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お使い

クラウについては子育て中心に暮らしていたある日。お昼を食べていた時だ。


ルイは真面目な顔で、クラウにこう頼まれた。

「聖剣、手元に戻したい。どうしたら良いかな」


「どうして今更」

驚いたルイに、クラウは赤子の様子に目を遣ってから、答えた。

「武器はあった方が良いから!」

「物騒な発言」

「だって何があるか分からないじゃない。あれがあれば、『勇者』って証明になるから、無茶な事言われても言い返せるかもって思って。それにあの剣、他の人には使えないんでしょ? レンドルフの近くに置いても切れないって便利!」

「うーん」


子どもができて母性本能に目覚めているクラウは、同時に防御と攻撃にも意識が向くようだ。

ただ、その一因には、以前にルイの元婚約者の騒動があったことをルイは察している。有事に使えるものはやはり普段から傍に置いた方が安心できる。


とはいえあの剣はメリディアの王家の管理下に置かれているからなぁ。

『野獣が出て退治にいくから返してくれ』なら話は通りそうな気がするが、『護身用に便利なので欲しいです』というのはどうなのかな。


とはいえ、クラウがはっきりと取り戻す意志を表明したのは初めてだと思う。

「とりあえず、シーラさんに話してみる」

「うん。お願い。必要だったら、私が行くよ」

「きみはレンドルフを見ていて」

ルイがあやしても泣き止まなくて途方に暮れるので。


「この後行く?」

「明日の午前では駄目?」

「この後なら、ついでにフルーツ買って来て欲しい。あと新しい服作るから布が欲しい」

「分かりました。この後行ってきます」


***


クラウに頼まれてお使いで『アンティークショップ・リーリア』に行く。

店頭に立っていたのはシーラだった。丁度良い。


クラウが聖剣を戻したいと言っていると伝えて、ついでに店内を見回す。

クラウが喜びそうな裁縫箱が置いてあった。外側の装飾は、薄く彫り込んであるタイプで、作業の邪魔にならないように工夫してあるのだろう。


クラウは最近裁縫にいそしんでいる。子どものおむつや、よだれ前掛けといった小物が多いが、少し先に向けて大きめの服を今からコツコツ作っている。ちなみにたまにルイも刺繍に参加する。ルイは器用なので良い出来上がりになるのが嬉しい。ただし、のめり込む前にクラウに「注文の品を作らなきゃ」と叱られる。


さて値段を聞いてみれば、中の針と糸もセット、それから色々小道具と布のサンプルが入っていて5万エラ。

気軽に買うには少し値が高いので、どういう名目で買おうかな。3つめの出産祝い?

とりあえず購入した。


「ルイ様は、女性に尽くすタイプですね」

とシーラに呟かれた。

「シーラさんの想い人は、違うのですか」

と聞いてみた。

「おりません」

いるのは知っています。ジェシカさんに聞いています。内緒の話なのでこちらから口は割れませんが。


シーラがジッとルイを見ている。

ルイはニコリと笑み、尋ねてみた。

「何でしょう?」

「私も幸せになりたいです」

ルイは目を丸くした。意外にも本音を聞かされたぞ。


ルイは首を傾げて尋ねた。

「幸せ、つまり、私たちを羨んだ発言だと推察しますが、つまり具体的には」

「ルイ様では参考になりません」

「聞いたのはシーラさんなのに」

「判断を誤ったまでです」

「そう言われると力になれると示したくなりますね」

「いっそ男性から見ていただいた方が良いのでしょうか」

結構本気で悩んでいるのかな、とルイは思った。


「ルイ様。以前、力をお貸ししました」

シーラが決意をしたようにルイを見つめる。ルイは頷く。ジョアナ事件についての事だ。

「友人として、ここはひとつ力をお貸しください」

うん。必死な人の力になれるなら。

ルイは力強く頷いた。

「分かりました。私にできることなら。ただ、クラウには事情を話しますが」

「えぇ。クラウさんなら構いません」


***


「というわけで、近々、シーラさんとメリディアの王子様に会う事になったんだ」

「え、大丈夫なの、それ」


帰宅して、お土産の裁縫箱と、追加で購入した肌触りの良い生地をクラウの部屋にて披露しつつ、ルイは話した。なお、フルーツは、ついでに買い込んだ他の食材と一緒に2階の台所に置いてきた。


「クラウが聖剣を買い戻したいって言っただろう? シーラさんは、王子様を通じて売ったらしいんだ。だから買戻しの話を、シーラさんと私が王子様に会ってお願いしてみることになった」

「ふぅん。どっちがついでか分からないね。むしろルイ、シーラさんたちの恋愛ってすごく複雑そう。首突っ込んで大丈夫?」

「分からないけど。友人として誠実に対応したい」

「うん。ホント気を付けて会ってきてよ」


話しながらルイが赤子用の籠を覗き込めば、レンドルフは眠っている。


「ところで、ルイ。お使いに行ってくれてる間に、お客さんが1人来たんだよ」

ちなみに、店に人がいない場合は、置いているチャイムを鳴らして訪問を知らせてもらい、上階のクラウが降りていくスタイルに変えている。


「え。誰?」

「それが、知らない人でさ。レンドルフが愚図ってたから抱いたまま降りていったんだ。そのせいか、お邪魔してすみません、って丁寧に言って。また来ますって帰っていっちゃった。なんか本当にごめん」

「ふぅん・・・誰だろう。本当に知らない人?」

「うん。見たこと無かった」

「じゃあ・・・また来てくれるのを待つしかないな」

「うん・・・」


店の役に立てていない事をクラウが申し訳なく思っている様子なので、ルイは座っているクラウの頭を撫でてみた。

「大丈夫。必要だったら絶対また来てくれるから。それに間の悪い時ってあるものだよ」


***


知らない人は、その日のうちに現れた。夜にバートンに連れられて。

「ルイ。あんた昼間いなかったんだって?」

と、来た早々にバートンが聞いてきた。


「はい。用事で外出していました」

「なんか不便だねぇ。もう1人店員を入れたらどうなんだい」

「そう言われましても・・・。私がまだ若いので、前向きになれなくて」

「困ったね。できるだけ決めた時間は店にいな。『午前は留守が多いけど午後なら大丈夫』って教えて留守だったんだ、教えた方も困るじゃないか」

「それは・・・本当に申し訳ありません」

バートンの咎めに、ルイは素直に詫びた。お客様を紹介してくれたのに、確かにルイの方がこれでは問題だ。


連れて来てくれた男性にも改めて詫びると、

「いやいや」

と軽く手をあげて詫びを制してくれた。気さくな様子だが、上品な振る舞いをする人だ。最も、貴族というよりは、貴族に仕える人たちのような雰囲気。


「ところで、お詫びに夕食を作ってくれたら嬉しいんだけど頼めるかい」

とバートンが言った。

連れてきた男性の方は、申し訳なさそうに笑んでいる。

多分、バートンがその予定で行くと教えて連れてきたのだろう。


「お口に合うか分かりませんが。どうぞ」

ルイは快諾し、1階の店舗を閉め、2階にバートンと男性を案内した。


***


2階、奥の応接室の方にバートンと男性を案内し、ルイは台所に立って料理を開始する。

あまり待たせるわけにも行かない。ルイたちの食事はまだだったので、クラウが作り置きしてくれていたものも使うことにしよう。自分たちは後で作り直せばいいだけだ。


「レンドルフは元気かい?」

と、開け放した扉、奥の部屋からバートンが大きな声で聞いてきた。


「はい。お陰様で。ただ、肌荒れがあって」

「そりゃ可哀想に。ちゃんと拭いてやってるかい。酷かったら医者に見せなよ」

「薬をもらっていて、塗ってるのですが」

「そうかい。ある程度は皆いろいろあるもんだけど、大げさと思わず小まめに医者に確認しなよ」

「はい。ところで、どの程度召し上がりますか?」

「私は普通に空腹だね。仕事帰りだからね。ウィザティムさんはどうだい。まぁまぁ味は、食べられる。あんたの店には程遠いがね」


ん?

料理人の人だろうか。


「私も、普通に空腹です。大皿3枚ほどでしょうか」

「かしこまりました」

具体的な量を教えてもらえるのは有難い。


***


野菜と肉とナッツを炒めたもの、野菜ソース和えのパスタ、クラウの作り置きのスープ、クラウの作り置きの魚介類のマリネ。ソーセージ盛り合わせ、温めたパン。


「すみません。妻が授乳中でアルコールが飲めなくて。お酒を切らしていました」

詫びながらルイがグラスに果実で作ったジュースを注ぐ。

「いえ、突然の訪問にこれだけしていただいて十分です」

と男性が穏やかに発言した。

本当にこの人、落ち着きのある人だな、とルイは思う。


「量は足りますか?」

「あたしは十分だね。むしろ多いぐらいだ」

ですよね。でもゲストはバートンさんではないので、多めです。

「私もこれで十分です」

うーん。少し少ないのかな。食後にフルーツを提案してみることにしよう。


***


「というわけで、フルーツも食べてしまいました」

「なんだってー!」

クラウが悲しそうに悲鳴を上げた。


「レンドルフ、聞いて。レンドルフにあげるお乳の元になるフルーツだったのにー」

「ごめんね。明日また買ってくるね。レンドルフ」

「違うよ私が食べたかったのー」

「うん。でもしかたないから」

「うぅう。分かっています。うぅう」


授乳中のためか、クラウは最近食へのこだわりがとても強い上に食欲旺盛である。


「で。結局なんだったの?」

ルイがついでに運んであげた食事に手を付けながら、クラウが尋ねてきた。

ちなみに本日のおもてなしの残り物である。


ルイは目を開いている我が子の顔を覗き込んであやしてみながら答えた。

「バートンさんの建物で、昔レストランしていたって物件があって、私も前に見せてもらった場所なんだけど」

「うん」

「そこで、ウィザティムさんがレストランを開くんだって」

「へぇー。場所詳しく知ってるの?」

「うん」

「それで?」

「レンドルフ、今抱いていい?」

「良いけど、せっかく機嫌よくいるんだから、責任持ってね。すぐ降ろすと泣いちゃうよ」

「うん」


「で、それで? レストラン」

「うん」


そっとルイが抱き上げるのを、クラウも見つめてきた。

抱き上げが完了してジィッと我が子を観察する。

よし。成功した。泣かない。


「父親でも泣かない」

上機嫌でクラウに報告する。

「良かったね」

と頷かれた。

「降ろす時の方が勝負だよ。ルイパパ」

「はい」


にこにこ得意げに笑んでいると、食事を進めてからクラウが再度訪ねてきた。

「レストランの話を聞きたいな」


うん。つい後回しになってしまった。

「ウィザティムさんがレストランを開くんだ。それで、バートンさんが、私の店を紹介したんだ。店の中の色々なものを便利にしてくれるよ、という言い方で」

クラウがちょっとキョトン、とした。

「え? 例えば?」


「うん。例えば、冷蔵庫、冷凍庫、食料保管庫」

「あぁ」


「それから、簡易音声記憶装置を使って店内に曲も流したいって」

「え。他の道具じゃなくて、ルイの魔道具?」


「うん。音が良いって褒めてくれた。サンプルを見せたんだ」

「わぁ」


「それから、私が今まで作ったものを口にしたら、色んな案や希望が出てきたんだ」

「え。大丈夫、それ?」


ルイの腕の中で、レンドルフが眠そうに目を閉じはじめた。居心地が良いのなら嬉しいな。


「クラウ、寝そう」

「え。しぃー・・・」


2人で声を潜める。微妙に漂う緊張感。


少し揺らして待つうちに、レンドルフは眠った様子だ。

無言でアイコンタクトで、そっとそっと籠に降ろす。ここでミスをすればレンドルフはすぐに目を覚まして降ろされたことに抗議するように泣き声を上げる。


時間をかけて慎重に。


できた。


「やったー」

「やったー!」


小声で、ルイとクラウで喜びのハイタッチ。


子どもはとても可愛いが、一方で、眠ってくれているとちょっと親の休憩時間。

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