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取り戻した日常

ルイは店側のカウンターから、正面の窓ガラスを通して道行く人たちをボゥと眺めていた。


クラウが店にいるとお客様は来るんだけど、ルイが立っているとなぜか客は来ない。

どうしてだろう。仏頂面だからだろうか。それともヒゲが怖いのかな。


ちなみにクラウは建物内にいる。

単に、いつも奥に引きこもっていてはいけない、自分だって店を営んでいる人間なのだ! と心を改めたように思い立ち、4日に1度の割合で、定期的にルイが店側にいるようにしているだけだ。つまりルイのレベルアップを図っての事。


製作が忙しいのにそんなに無理しなくても、とクラウには首を傾げるようにされたが、ルイの時にお客様が来た実績は1度ぐらい作っておきたいものである。

なおこの時間、クラウは家の整理や掃除を行う事にしたようだ。クラウこそ外出して息抜きしてくれて構わないのだけどな。


***


ルイが、貴族、そればかりかあの有名な魔法騎士レンの血を引く貴族、と広く知れ渡り、加えて元婚約者の押しかけ騒動があった後。

町の皆さまの協力のお陰で、ルイたちは日常を取り戻せた。


グラオンでは、クラウの張り出した嘆願書は翌日の時点で署名が一定数を超え、迅速に国に報告が上げられていた。

加えてルイたちの味方になってくれた自警団の人たちが、まず立ち退きをジョアナたちに要請した。しかしジョアナたちに聞く耳は無い。自警団は平民だからだ。


町では早々に揶揄する歌が流行りだし、合言葉のように皆がこれ見よがしに歌った。

町の外に出て行く人には、なんとルイが売っていたモノクロ自動複写装置で複製した、ルイたちについての話を無料で持たせ、噂や話題の種にさせていた。ちょっと恐ろしい。


一方で、メリディアの王子の私兵というのが現れた。

結果として分かったが、『アンティークショップ・リーリア』のシーラの知り合いだそうだ。

加えて瓶詰の店の店主から繋がっている貴族の方々からも動きがあったらしいのだが、王子の行動が早かったので他は王子に任せて見守る形をとったそうだ。


メリディアの王子というのは性格に難のある人物らしい。勿論シーラが言うには、だが。

町の人たちによると、私兵の一人が王子からの通達を、書かれたまま読み上げた。

要約すると、

『夫婦仲を裂くなんて碌な女じゃねぇな』

という感じらしい。

当然ジョアナは怒り狂ったが、その私兵が意見を述べた。

ここで暴れたなら、秩序を乱す罪であなたを捉えよと命を受けている、と。

それが嫌ならば即刻国に戻られた方が良い、と丁寧に説明が続いたそうで、それを受けてジョアナは怒りながら撤退していったらしい。


見ていた人たちは大いに喜び、ついでに王子を称える歌を贈ったそうだ。

『成果を上げてくれた事には素直に感謝するが、調子に乗る様が腹立たしい』とシーラがここにはいない相手を凍らせる勢いで吐き捨てるように言ったのでルイは苦笑を覚えた。どうやらかなり懇意の人間らしいと気づいたのだ。


一方、トリアナでは、ジョアナに王自らの叱責があった。さすがのジョアナも茫然となり、家名にも傷がついたという話だ。

ジョアナの婚約者が解消を強く求めてそれも認められた。ルイ個人は、すでにジョアナの振る舞いに耐えかねていたところを、これを良い機会だと婚約者が判断したからに過ぎないと考えている。

婚約しながら他の男を他国にまで追いかけた。誰がそのまま生涯の妻にしたいと思うだろう。虐げに耐える未来しか見えていないなら、尚更。


正直ルイはジョアナがどうなろうがどうでもよいのでこれ以上考えるつもりはない。


とにかく、貴族という身分が知れ渡ってからも、グラオンという町は寛大にも、前と変わらずルイとクラウに友好的に存在している。

大変だったねと、主にクラウに声がかけられても、貴族のルイ目当てに近寄るような妙な人も入ってこない。結界作成具はそんなところまで防げない。直接の危害を与えないからだ。

だけど、これは町の人の結束の結果だとクラウが言う。

なんて有難い事だろうと、ルイはしみじみと思う。


まぁ、ルイが店番の時には、お客さんがなぜか入ってこないんだけど。どうしてかなぁ。


***


「適当な質問ができないんだよね。ルイさんの場合」

久しぶりに夕食をクラウと外に食べに行ったら、周囲の人がそんな事を言った。


「クラウちゃんの場合、『頼むか迷ってるんだけどこんなのできるのかしら~』って程度でも聞きやすいんだけど。ルイさんだと、こっちもきっちり気合を入れてから質問しなきゃ、って気分になるのよねぇ」

「どうしてだろうな」

「ひげだからかしら」

「待ってください。ヒゲにそんな効果はついていません」

「そんなこと無いわよ」

「そんなヒゲ面普通無いし」


「ルイのひげはもうルイとセットだから諦めてもらうしかないよねぇ」

とペロリと焼き鳥を食べてクラウは言った。彼女はルイのヒゲにむしろ親しみを持っている。


「私にも何でも聞いて下さったら良いんですよ!」

ルイが少し必死だったようだ。皆がアハハ、と作った顔で笑ったので逆に落ち込んだ。


拗ねてしまったルイのヒゲを、クラウがチョンチョンとつついた。

「食事の時は邪魔だから外せばいいのに」

「嫌だ」

「顔が良すぎてさらすのが怖いんだよね」

クラウが同情したように言うのを、聞いていた皆が肩をすくめた。それぞれの食事に戻っていく。


「良いじゃない。私がいるんだし。ルイは制作に打ち込めばいい。私は作るのできないんだから」

慰めていると分かるのでルイはまた膨れた。

斜め後ろのテーブルから声がかけられた。

「そういえばルイさん、お湯の温度をずっと保つ道具って作れる?」

振り向いて答える。

「どれぐらいの量ですか? 作れますが、永遠に冷めないというのは無理です。どれぐらい保つのをご希望ですか?」


「うん。やっぱり簡単に質問できないわ」

「だよな」

隣のテーブルから余計な会話が聞こえるが、斜め後ろのテーブルの男性はルイの返答に思案している。


食事しながら会話して、一つ受注が決まった。

成果の一つかな? いや、クラウがいてくれた場所での受注だからちょっと違う。

などと思いながら、頑張ろうとルイは思う。


***


グランドルの宝箱、それからクラウの生家のための結界作成具の作成も終わったので、午前中が全て自由時間になっている今、注文をこなすスピードは上がっている。

しかも、他の人の使っている道具と同じものを、という注文が増えているが、その場合は試行錯誤の時間を設けなくても良い分早く出来上がる。


とはいえ少しづつ改良は加えていっている。同じようなものをいくつも作るうち、ふと気づいた点が改良に役立つ。


店は順調に回っている。

クラウも楽しそうにしてくれている。


ただ、『アンティークショップ・リーリア』への魔法石の販売は、あっという間に2日に1個程度の頻度に落ちてしまった。ルイの体質は完全に正常に戻ったらしい。

クラウは毎日『アンティークショップ・リーリア』に行く事が出来なくなってとても寂しそうだが、仕方ない。こちらも向こうも店をしている。毎日遊びにいくだけというのは迷惑になるだろうから。

ルイたちの店は定休日を定期的に設けているから、その日とか、都合を合せて遊びにいけばいいと提案すると頷いていた。


***


穏やかに過ごしている。

すでにグラオンに来て1年目は過ぎ、2年目に突入して半年。


「ルイ。話がある。すごい真面目な話」

ある日、硬い顔で緊張した様子のクラウがそんな事を言った。2階で夕食をとっていた時だ。

あまりの表情の硬さに、ゴクリ、とルイの喉が鳴った。こっちまで緊張する。


「何」

「・・・」

無言でルイをじっと見るクラウに、ルイは違和感を覚えた。

あれ、なんか緊張しているだけではないような。何か表情に出るのを堪えているような・・・。


「じゃーん!」

突然破顔したクラウが、テーブルの上に、一枚の紙を取り出した。

えっ、何これ。


身を乗り出して見つめたのを、クラウが疑惑の声を上げた。

「・・・あれ。喜んでくれないの?」

「え。ちょっと待ってよ、そこまで早く読めない」

「えー。ここ、ここここ!」

クラウが文章の後半部分を指で指す。それからさらに下の項目を指で指した。


『ご懐妊に間違いありません』


「えぇっ!?」

「あれ? 思ってた反応と違う!」

椅子から立ち上がってルイはクラウを見た。


「懐妊!? これ何!?」

「は!? 証明書!?」

「証明書! 懐妊の!」

「へ。うん。えー?」

クラウの機嫌が損なわれていくのに気が付いた。落ち着こう。落ち着こう。落ち着いた。


落ちついて、ルイは座った。

「懐妊」

「そ」

機嫌が悪くなっている。


「クラウが?」

「もう! ちょっと当たり前でしょう! 見ろこの食事を!」


見た。良く分からない。

というのが顔に出たようだ。


「くっそ祝いようのない旦那だな!」

「ま、待って。待って。懐妊した!?」

今更事実が飲み込めてきた。震える。

「遅い! もう! わぁって喜んでくれると思ったのに!」

「ちょ・・・!」


まずい、とルイは動揺した。何がかというと、クラウの期待に応えられていないという事がだ。


「そんな証明書初めて見るんだから! メリディアとトリアナ、文化違う!」

「片言で話すな! もう、頼りないな」

「待って」

情けなくてルイはとりあえず制止した。なぜケンカになっている。

一度俯き一呼吸してから、ルイは真面目に顔を上げた。


「妊娠。妊娠だ」

言ったら素直に喜びが湧き上がってきた。

「妊娠!? クラウ!」

「おっそい! やっとか!! そう、赤ちゃん!」

夕食のテーブルを挟んでお互い立ち上がり、遠いので抱き合えず両手を組むようにして喜んだ。


途端にウワァと喜びに浮かれ、少なくともクラウの習慣では今日の夕食は明らかに祝いの品々だったと説明を受けた。クラウもルイもニコニコしていた。


浮かれついでに、ルイは実家に手紙を送り、その後グランドルとアリエルに通信具で報告し、嬉しさ余って翌日午前中歩き回ったルイはバートンに始まり『アンティークショップ・リーリア』や瓶詰の店の店主やギルド関係の知り合いの店主たちに報告に回った。

あまりの喜びように最後は苦笑していたバートンたちだが、皆も嬉しそうに祝福してくれた。


***


その6か月後。

クラウは無事に出産。顔立ちはルイに似ている気がするが、普通よりも体の大きな男児だった。

予定日より少し遅かったので、駆けつけて待機していたアリエルとグランドル、ルイの祖母が来てくれていた。ルイの母よりも立場的に身軽に動けるので祖母が来たのだ。


皆にそっと抱き上げてもらいながら、ルイはやはり感動を覚えた。

自分も親になったのだ。

この子には苦労させたくない、などと思って、ルイは父たちの気持ちが分かったような気分になった。何だってしてみせようとここで誓ってしまう事ができる。間違いない。


名前は、皆の意見も聞きつつ、結局はクラウが希望したレンドルフという名にした。

せっかく父のルイが英雄の子孫なのだから、名前で残してやりたい、という事だ。ルイは貴族だが、貴族らしい暮らしをしていないから。あと、なんだか頑張り屋になりそうな名前、という事だ。


しばらく、アリエルとグランドル、ルイの祖母が滞在してくれることになった。

クラウの部屋にルイも野宿セットを広げて泊まる事にして、6階のルイの部屋をグランドルに、5階の客室をアリエルに、3階の仮眠室を整えて祖母に使ってもらった。祖母が3階なのは、上り下りが大変だと思ったからだ。しかしクラウが7階なので、祖母への配慮はあまり意味が無かっただろうか。


アリエルとグランドルは2ヶ月、祖母は3ヶ月滞在し、クラウとレンドルフの世話をしてくれた。

ちなみに経験者の祖母は非常にクラウにとって心強かったようだ。有難い。


子どもも無事に育っている。幸せだと思う。

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