グランドル、飛び回る
本日2話目
それはグランドルとアリエルの結婚式に、ルイとクラウディーヌがきて、数日泊まってからまた彼らの町に送った直後の事だ。
クラウディーヌから混乱した通信が入って、グランドルは共にいたアリエルと跳び上がるように驚いた。
ルイが連れていかれたと泣いている。
アリエルと急いで出発の用意をしながら、ルイの父のヒルクにも連絡を取った。
そうこうしているうちにルイが帰宅したのが通信具から知れた。
無言で状況を把握しようと努める中で向こうではケンカが始まる。それを聞く隣のアリエルが酷く苛立ち殺気を放ちだすので、グランドルとしては気が気ではない。
とにかく2つの通信具を携えて、ルイとクラウの元にと飛び立った。
グラオンでルイとクラウと合流、すぐさま今度はトリアナの国に向かう。アリエルが通信具を駆使してヒルクに連絡を取ってくれるので頼もしい。やはりさすがは前世に勇者を経験した人だ。
トリアナでヒルクの提案に乗り、自分の名を最大限に活用してトリアナの王に面会を求める。
返事を待つ間、ヒルクに謝罪された。
ルイには秘密にしてあるが、ヒルクはルイを守るために、常にグラオンに私兵を配置している。今までにもルイを訪れる者がおり、うまく排除していたが、ルイの不在、かつ、向こうの家の従者たちも留守だと見せれば諦めるだろうと店まで連れて行ってしまったところに、ルイたちが戻ってしまったのだという。
酷く悔やんでいるヒルクの肩を叩いて慰めてやる。
タイミングの悪い時というのはどうしてもある。
ヒルクにもルイにも自分がついている、と告げると、ヒルクはまるで子どもの時のように項垂れながら頷いた。
ところでグランドルは王宮が嫌いだ。面白味も興味もないので煩わしい。
それが急な要件だと乗り込んだので、就寝中であった王も何事かと姿を現した。
こんな事態に眠っていたのかと思うと苛立ちを覚え、グランドルが不快気に、
「急ぎ対応を求める」
というと相手は目を白黒させたが、まぁ八つ当たりだとも分かっている。ただし構うところではない。
王に、ヒルクが、次いでルイが起こったことを説明し、王の後ろ盾を求めた。
王が難しそうな顔をするのでグランドルは苛立った。にこやかな顔をしながら傍のアリエルも殺気を漏らしている。妹のクラウディーヌにとって幸せな決断が為されない限り、彼女は様々な者を一生恨むだろう。それは幸せな事ではないし、彼女の役に立ちたいとグランドルは願う。勿論ルイとヒルクのためにも。
グランドルは王に唸った。
「お前が相思相愛の相手と結ばれているのを、例えば龍などがお前の愛する妻を殺し、お前を住まいに連れ帰りお前の自由を奪ったならどう思う。そんな気は起きないが、実際にそれを為す事は我々には可能だ」
未だに眠気を残した様子だった王が、急に姿勢を正した。やっと耳に入ったのかとまた苛立つ。
これだから王宮は好む場所では無いのだ。皆好きな事を言う割に、他人の言葉は耳に入れない。
つまりこのトリアナの王は、龍の言葉は耳に入れても、人の言葉は聞こえない質なのかと思う。
なのでグランドルが告げてやった。
「私はルイとこのクラウディーヌの結婚に立ち会った。クラウディーヌは我妻アリエルの大切に思う妹だ。その夫婦を裂くなら、同じ思いを関わる者全てに味わわせてやろう」
結局、王はルイとクラウディーヌが夫婦だと自分も認めると言い、邪魔者の貴族令嬢にお咎めの通知を渡すと言った。
王宮から戻る中で、アリエルがポソリと、
「結局グランドルの脅しが一番効くのね・・・」
と冷静でいて呆れたような言葉を漏らしたが。
『人間は権力に近づく程に権力や脅威に弱いみたい』と言ったのは、前世のあなたなのだがな。
忘れているのなら仕方ない。人間なのだから。
とはいえ、それすらも愛おしく思うのは困るほどだな。
***
ヒルクの家に、アリエル、そしてルイとクラウディーヌが泊まる事になった。
賑やかで楽しい。
心の拠り所にしている場所に、アリエルもいて楽しそうに笑っているのを心から幸せだと思う。
つい、昔を思い出す。
アリエルの前世の女勇者アイスミントと、この家の祖先のレンと。それから、今は子孫もないハヴィ。
懐かしい。
それでいて、今はさらに賑やかに幸せに満ちている。
ただしこれが一時のものだと知ってはいる。
けれど次に彼女に会えたなら彼女はどんな風にいるのだろうか。
人間の姿の彼女を見るのは、今回が最後なのだ、と気付いてグランドルは目を細める。
美しく、短い生を輝き、消える彼女。全てを忘れて、グランドルにだけ思い出を残す。
「どうしたの」
アリエルが気づいて近寄り、じっと見つめた。
「綺麗だと思っていた」
「嘘。それだけじゃないでしょう」
手を伸ばして顔を引き寄せられる。これが彼女のくせなのか、それとも身長差でそうなるのかは判断がつかない。
「アリエル。思っていたことを告げても良いだろうか」
「どうぞ、グランドル。願うところよ?」
真剣な眼差しに、告白する。
「あなたは人間として最後の生を生きているのだと、思い、見ていたのだ」
「・・・」
アリエルは無言でグランドルを見つめ、それから目を細めて微笑んだ。
「そうね。できることをたくさんしましょう。そう思えば、王宮に行ったのもいい経験ね」
「そうだな。あなたはいつも前向きだ」
「私だけを見て」
彼女は不満そうになった。グランドルはまた微笑ましくなった。変わらないからだ。前も今も。
「あなただけだ」
「私もよ。知ってる?」
「・・・知らなかった」
「もう。おバカな龍ね」
楽しそうにクスクスと笑いだしたので、自然とグランドルも楽しくなる。
***
滞在期間に、グランドルに王からのパーティへの誘いが持ち掛けられた。
話を持ってきたのはヒルクの弟のうちの1人だ。
どうしてわざわざ、と歯牙にもかけない返事をするところを、アリエルが、
「喜んで」
と受けたので驚いた。
「王様に直訴したでしょう? 対価を求めているのよ。ルイくんとクラウディーヌはパーティも試合も断ったから、私たちが代わりに行きましょう」
強い意志を込めて見上げられて、グランドルには、
「あなたが良いというのなら」
という答え以外持たない。
ヒルクと相談し、結局1ヶ月この家に滞在して、王宮のパーティや何かの集いに顔を見せることになった。
ただし、ルイとクラウディーヌには理由は秘密だ。ルイは気が付くのかもしれないが。
ひとえに、アリエルが王宮のパーティに興味を示し、出てみたいから、というのが表立っての理由になった。
頑張る人だとアリエルについてグランドルは思う。
せめて自分のところでは本音で甘えてもらえたい。頭を撫でてそう告げた。
一方で、ルイとクラウディーヌ、そして自分とアリエルの結婚を祝うパーティがルイの家で催された。
着飾ったアリエルは勿論美しく輝いているが、彼女は自分のことよりも妹のクラウディーヌが気になって仕方ない様子だ。内心で呆れを覚えるほどに、集まった皆に、自分たちは世界を旅してまわるので、妹についてどうか頼むとお願いしている。
特にルイの母親には、両親が早くに亡くなった事、アリエルが親代わりだった事、どうか後をよろしく頼むと涙を浮かべさえして頼み込んでいた。
ルイの母親はよく泣く人間だ。アリエルの様子につられて涙を浮かべ、硬く握手して、
「どうかお任せくださいませ」
と答えていた。
これに気を許したのかアリエルが、実はクラウディーヌは昔お姫様に憧れていて、など幼少時の思い出を語りだし、その話を受けたらしい、ルイの母親がクラウディーヌを着飾らせて再び現れてみせたのでアリエルは酷く感激していた。
クラウディーヌ本人が居たたまれなさそうにしているのはどうでも良いらしい。素直になれていないだけだとアリエルは言う。
アリエルはクラウディーヌが去った後嬉しそうに涙をぬぐうし、クラウディーヌの傍のルイはいつもと違う装いのせいか満面の笑顔で浮かれているし、他の家族たちがそれを微笑ましく見守っているので、これで良いのだな、と思うばかりだ。
***
ルイとクラウディーヌを、翌日の昼、またグラオンに送り届けた。
グラオンの様子がどうなっているのか、ルイとクラウディーヌは非常に心配していて、こちらも心配なので、グランドルとアリエルに加え、ついてきたルイの2番目の姉も一緒に半日ほどルイたちと共に過ごした。
聞き込みと称し、こっそり2番目の姉が私兵に連絡を取り確認したところ、昨日のうちに迷惑な貴族はこの町を去ったらしい。なんでもメリディアの私兵が動いた影響だそうだ。
メリディアの、グラオンに影響力をもつ貴族の中の1つのようだ。
町からの聞き込み結果として知らされたこの情報に、誰だろう、とルイとクラウディーヌが可能性のある人たちの名前をあげていた。
なお、クラウディーヌが使った嘆願書という手段も迅速に発動し、メリディアに正式な訴えとして提出済みだったらしい。ひょっとしてその結果なのかもしれないとも話していた。
まだ状況は落ち着いているわけではないだろうが、大丈夫そうだ、と安心したようにルイとクラウディーヌが息を吐いているのを見て、見守る側としても安堵した。
何かあったらすぐに呼べと伝えてから、その日の夜、再びアリエルとルイの姉を背に乗せてトリアナに戻った。
***
ルイの家、ヒルクに、ルイの姉とグランドルとアリエルから報告をした。
なお、ルイはクラウディーヌのために家名を捨てるという連絡までヒルクにしていたらしい。
そうならなくて良かったと、ヒルクたちから深々と頭を下げられた。
ヒルクの妻がまた泣くのを、アリエルが手を取り、
「こちらこそ感謝します」
と一緒に涙する。
すぐに涙するので少し複雑だ。
さて、王宮に招かれている。
アリエルはルイの家の者たちからの支援を受けて見事に着飾る。
そんな彼女を連れていくのは楽しい。毎日様子が違うからだ。
アリエルも、『人間最後ということだから』とグランドルに言い、ドレスや食べ物や飲み物を楽しむことに決めたようだ。
複雑な人間関係も、今のアリエルには楽しい様子だ。
彼女が楽しんでいるならそれで良い。
自分たちが幸せそうに過ごしているので、トリアナの王も自分の威光が届いているからだと満足気だという事だ。そちらは勝手にすればいいが、王宮に招いて貰ったことには素直に礼を告げておいた。アリエルの笑顔が自分の幸せの元なのだから。
***
初めに約束した1ヶ月が過ぎたので、いよいよ旅に出ることになった。
アリエルの生家については、ルイが作り上げた器具を設置済み。屋根については、ルイとクラウディーヌの懇意にしている者に修理を依頼し、人力で町まで行き、屋根を直してもらったそうだ。
費用は相当にかかったそうだが、それでも縁のある者の方に頼みたかった、とルイとクラウディーヌは話していた。
なんでも生家周辺で修理をと思った場合、酷く嫌な性格の相手に頼むほか無いそうで、それでもその人間に頼む予定だったそうなのだが、あまりの態度の悪さにルイが絶句したとか。
それほどの人間を見たのが初めてだったそうだ。
以前にルイは『仕事ができるなら人間性なんて関係ない』とクラウディーヌに答えていたらしいが、やはり限度というものはある、と知ったらしい。
『あんな人の仕事ぶりが良いとは絶対に思えない。私も自らの性格を反省した。改めたい』とまで言ったそうなので逆に少し興味は湧くが、アリエルに『会わなくても良いわよ用事も無くなったのだし』と言われて興味は失せた。
とにかく、屋根の修理も終わり、道具も設置されたので、グランドルとアリエルは家を気にする事も無く自由の身である。
今、龍の姿のグランドルと、背に乗るアリエルを見送りに多くの者が来てくれている。
元気で、と手を振られるのを、アリエルも手を振り返して応えている。
「さぁ。行こう」
いってらっしゃい! と声が上がる中、ふわりと上がった。




