鉱石の町グラオン
道具屋を出て、馬車で次の町に移動した。
とはいえ、道具屋で時間を取ったので、午後はそれほど移動できず、中途半端な町に来てしまった。
つまり、食堂が無かったのだ。
旅の者は宿に泊まり、そこで夕食と朝食も食べる。
それを知ったルイが宿に赴き、食事だけを頼めないか、と尋ねたところ、宿に泊まる人数分しか用意がないという答えで、無理だと断られてしまった。
ショックを受けているルイに、宿の女性は、食料を売ってくれる家を教えてくれた。
困ったな。
ルイは料理などしたことが無かった。
何度か、まだ小さい時に父と兄と姉に連れられて野外キャンプをした時に、父たちの手伝いを少ししたぐらいだ。
とにかく今日の夕食と明日の朝食さえ何とかしのげれば。次の町でたくさん食べれば良いのだから。
ルイは、教えてもらった家に素直に向かった。
「すみません。旅の者なのですが、夕食に困っています」
「芋と卵なら売ってあげられるけど、どれだけ欲しい?」
芋4コと卵4コを入手した。500エラだった。高いのか安いのか分からない。
「すみません、食べ方を教えてもらいたいのです。どうすれば良いのでしょうか」
「え!? アンタ旅の間どうしてたんだい!」
ルイの質問に心底呆れながら、その家の女性は単純明快に教えてくれた。
「鍋に水入れて芋も卵も入れて茹でたら良いよ」
「どれぐらい茹でたらいいのでしょうか」
「困った子だねぇ。芋は、適当にとってみて固かったらまだだ。卵は、そうだね、殻が割れて白い中身が見えたら大丈夫だろうよ」
「有難うございます。頑張ります」
「ちょっとあんた、火事は出さないでよ。あと、芋と卵、湯の中に手を突っ込んで取ったりしないでくれよ」
「・・・」
「いいかい、フォークだよ。フォークは持ってるね!?」
「はい。一応。あと、火事には気を付け、水場の近くで料理します」
ルイの様子にますます怪訝そうになった女性は、さらに注意を重ねて告げ、最後には、
「はぁー」
と呆れたように首を傾げた。
「あんた、旅をするなら、料理も覚えた方が良いよ? その方が金もかからないんだしね」
ルイは頷いた。
料理について、できるようになったら、前向きに検討します。
***
初めての事に不安だけしかない。
しかしやるしかない。お腹は減った。
昼間に貰った魚の干物に、心から感謝をささげた。あの時はどうしてこれをくれたのかと思ったのだが。
自分の気持ちの代わりようにルイは可笑しくなった。
さぁ、料理を開始しよう。ちなみに鍋はある。自分は入れた覚えがないのだが、なぜか荷物の中に平鍋が1つ入っていたのだ。母か兄か。心当たりが多すぎて誰の仕業か分からない。
余計な荷物を、と思っていたのに。ありがとう、感謝します。
とりあえず、今日は料理に熱の魔法石を使う事にした。
***
色々手間取ったが、夕食に干物2枚、卵を2コ、芋を3コを無事食べることができた。
ほっとした。
朝食に卵2コ、芋1コを残してある。
すでに野宿の簡易テントに寝転びながら、ルイは、
「料理か」
と一人ごちた。
今日は、絶対に量が足りないけれど。
自分で料理をした方が安いのだろうか。
一番費用が掛かるのは夕食だ。提供する側も、夕食の方が高額になる。
ならば、夕食だけでもこれから料理を心がけてみるか。
***
翌日。ルイが軽い朝食を食べて馬車に乗ろうと歩いていると、
「ちょっと、料理大丈夫だったかい」
と昨日の女性に声をかけられた。
「はい。お陰様で、無事に食べる事が出来ました」
「そりゃよかったよ。私も昨日色々気になってしまったんだよ。アンタね、旅するんだったら、ちゃんと何かあった時のために荷物の中に食料を入れておかなきゃいけないよ」
「はい。ありがとう、そうします」
「世話の焼ける子だねぇ」
とても仕方なさそうに言われた。
初めて会う人なのに気さくだ。そして、押しつけがましいけれど、ルイの顔目当てではなく、親戚のように心配しているのが分かった。
なんだかホッとした。
女性でも、こういう人もいるんだよな。
「あんた、笑うといよいよ男前だねぇ」
「男前?」
褒め言葉にルイは眉を潜めてしまった。マスクと帽子をしていますが?
「風邪ひいたのかい。それとも女避けかい」
「・・・」
「とにかく気をつけなよ。じゃあね」
「はい・・・。どうぞお元気で・・・」
女性の方が、さっさと離れていった。
ルイは少しその場にとどまってしまった。少し動揺していたためだ。
どうして女避けなどと言われた? どうして分かった?
「・・・」
あ。髪の毛がはみ出している。そういえば切っていないから少しは伸びているだろう。
マスクは、毎日丁寧に洗っているが・・・。
考えても分からない。不安になる。やはりヒゲが恋しい。
でも、とにかく移動しよう。
***
ルイは移動の旅を続けた。ちなみに、マスクに隠してヒゲを少しずつ伸ばしている。
マスクはずいぶん弱ってきたので、新しいのを1つ買い直した。
何度か、料理を心がけた。
料理というのはおこがましい。素材を焼くか煮るか、そのまま食べるか。という選択だ。
確かに資金は少し浮いた。
ただ、当然ながら、本職の作った料理の方が良い。味がついているんだよな。
料理には、ソースとか調味料とか入れるのを途中で知った。
途中の町で、結界作成具をもう1つ道具屋に売った。
2つ目も売れるのかどうか、売れる値段も知りたかった。
結果、売れたが、やはり同じ値段だった。35,000エラだ。
これが結界作成具の妥当な価格なのだろうか。
なお、2つ目の店主は、1つ目の店主のようにうるさい注文はしてこなかった。拍子抜けした。
売れた後で思ったのだが、やはり手間があれほど違うのに同じ値段というのは平等でない気がする。
そのあたりも価格を付ける時に考えた方が良いのかもしれない。だが、どうつけていいかまでは思いつかない。
高い値段をつけておいて、手間なく売れたらラッキーと思うべきだろうか。
だが、高い値段だと、そもそも売れないのだ。
難しいな、とルイは思う。
そして、自国を出てから15日目の、昼の事だった。
ついに鉱石の町グラオンに到着した。今日は記念すべき日だ。
ついでに自国で拾った魔物が初めてフワっとした綿を生み出した。ひとつまみしかないけれど純白の羽毛ににたその綿が、まるで贈り物のように思えた。
***
鉱石の町グラオン。
周囲に高い山がある。様々な属性が採集されている。
大きく質の良い魔法石も産出する。
それでも、町並みは今まで通ってきた町とあまり変わらない。
ただ、町を歩く人に、きっと採掘を行う人だろうと思う、肉体労働者が多い気がする。
同時に、明らかに商人と思う格好で歩いている人もいる。
やっと目的地について、ルイはまず人通りの多い場所がどこか把握することにした。
どうせだから、昼食も取ろう。
***
ルイは長い道中、ずっと考えていた。
グラオンについたらどう動くか、だ。
もともとは、魔道具を露店で売る、または懇意になった商店に置かせてもらおうと思っていたのだ。
だが、道中で、新しい魔道具の案を思いついたし、自作のものの改良点にも気がついた。
どうしても、開発場所は必要になる。露店で売ろうが、他店に置かせてもらおうが。
そもそも、店を続けるなら開発は必要だ。新しいものを出していかなくては。
屋外では、誰かに見られて開発中の案を盗まれてはたまらない。
開発場所として、簡易テントは狭すぎる。
部屋が欲しい。つまり借りなくては。
だったら、もう店を決めてしまったらどうなのだろうか。
簡易テントが展開できるスペースさえあればそれで暮らせる。
売り物は、熱の魔法石に魔力を込めたものを売ろう。
生活にも頻繁に使うし、戦闘にも多用されるから需要が高いはずだ。
結界作成具は売れるが、原価に見合わない。
もう少し安い価格でできないか考えよう。
他に持ってきた魔道具は、魔力分解装置、自動複写装置、通信具、音声記録装置。
ただし、きっとこれらも原価に見合わない値段でしか売れないだろう。
なら、少し保管しておこう。
やはり安い価格を考えたい。機能を絞り特化すれば何種類もできるはず。
多分、準備不足で資金難になる。
その時は、持ってきた魔道具に使用している魔法石を売る事を考えよう。
道中で見てきたが、やはりかなり高品質の魔法石を使っていると確信した。
とにかく。
どこに店を出したいか、歩き回って探そう。
その間に、魔法石を買って、少しずつでも魔力を貯めていくのだ。
***
ルイは、昼食を求めがてら、町を歩く。
人に尋ねてみて、中心エリアを教えてもらった。
驚いた。大きな広場があり、そこに露店がひしめき合っていた。
なんとなくエリアごとに分かれているが、ほとんどが魔法石を売っている。
どうして、これほど売っているのに皆が店を続けていられるのだろう。
この広場の魔法石が、ずっと売れ続けているというのか。
いや、きっとそうに違いない。
自国にも魔法石は届く。庶民から王族まで。
生活に、武器に、研究に、服飾や装飾にも使う。使い道は多種多様だ。
ゴクリ、とルイは唾を飲みこんだ。
自分はここで、商売をしたいと思って、やってきたのだ。
露店でもこれほどの数。いきなり実店舗というのは夢を追いすぎているのか。動揺する。いや、とにかく見て回ろう。
通りながら、売られている魔法石をザッと見ていく。
安い。まさかこれほど安いとは。
ただし、質が悪いのもある。
魔力が空っぽなのも、変な魔力が入ってしまっているのも。
気に入ったのを、いくつか買おう。
だが注意しないと、ルイは魔力を勝手に石に入れてしまう。持って見れないのが歯がゆいが、仕方ない。
そんな事を思っていると、熱の魔法石ばかり集めた露店があった。
熱のばかりこれほどあつめて、よく木箱が燃えないな、とルイは不思議に思った。
特殊加工がしてあるのか?
とにかく、良いものが無いかよく見つめる。
木箱が燃えない理由が分かった。質の悪い石をあえて入れて、良質なものと木箱の接触を抑えているのだ。なるほど、参考になる。
「これの値段は?」
ルイは、木箱の中央付近にあるものを指で指した。
「150エラだよ。好きなのとりな」
安い!
この大きさと似たものを、ギルドで2,500エラで買ったのに。
そして、自分で取るのか。質の悪いのも混じっているというのに、価格が均一なのか。不思議だ。
ルイは関係ない石に触れないように注意しながら、5つを選んだ。
「これを」
「750エラね」
支払う。
店員は、じっとコインを見つめて、1枚1枚を指で弾いた。それぞれのコインからピンとかリンとか音がする。
「本物。はい、ありがとー」
「あぁ」
選んだ魔法石を慎重に荷物にしまった。
ちょっと待てよ。今、コインの真偽を確認されたぞ。
つまり、偽物が出回っているのか?
そういえば、ギルドで、トレイにコインを乗せたらピッという音がなった。
けれど、金額自体は役人が数えていた。つまり、あれもコインの真偽を調べる道具だったのでは。
うわー、本当にあるのか。偽物コイン。
商売をするなら、自分も判定用の道具を持った方が良いだろう。どう作って良いのか分からないけど。
なんだか準備するもの色々ありそうだ。
***
人混みが多すぎたので、取り急ぎルイは広場から撤退した。
えーと。
待て。落ち着け。安心できそうな雰囲気の場所に行きたい。
なぜならそういう場所に住みたいからだ。
町をみて、静かな雰囲気の方向に行けば良いだろうか。