説明と、思考
さて。アリエルは本当にほぼすべての調理器具を破壊していた。
クラウまでもが「持った途端に壊れた」と包丁や皿まで壊してしまった。
さすがに変だ。
ルイは厨房からの騒ぎを耳にしながら考えた。
ルイが厨房に行くことのないようにと傍にいるらしいグランドルを見上げる。
「グランドル。今、厨房は危険だと話して良いかな。私が気づいたことにする。グランドルは、黙っていてくれたらいいから」
「頼りにしている、ルイ」
グランドルが身をかがめてルイに視線を合わせ、真剣なまなざしで言った。ルイは心して頷いた。
「グランドル、アリエルさんとクラウをこっちに呼んでもらえないか」
「分かった」
***
項垂れているアリエルと、真剣に顔をしかめて考え込んでいるクラウが、グランドルに連れられて食堂に来た。
涙目になって、アリエルが詫びた。
「ルイくん。ごめんなさい。ご飯、出せなくなっちゃった・・・」
この様子にルイは心を本気で痛めた。気の毒すぎる。
クラウも悲しそうに俯いている。
ルイは勇気を出した。今だ。
「アリエルさん、クラウ。昨日、あの龍が来た時に、厨房がものすごく光っていたんです。その影響かもしれません」
「え?」
涙目のアリエルが顔を上げ、クラウもすがるようにルイを見る。グランドルはアリエルの肩を抱く様にしてアリエルの様子を心配そうに見つめていた。
ルイは話した。
昨日の時点で、厨房にはものすごい量の魔力が溢れていた、と。
クラウはやる気を出すと魔力を放出する体質の様子だから、きっと姉妹二人で頑張って料理を作ってきた結果、厨房自体が普通ではない魔力に溢れていたようにルイには思える、と。
そこに、昨日、あの龍が来た。ルイの体調がおかしくなったのはあの龍のせいで、厨房はルイの目には眩しくて直視できないほど光っていた。たぶん、魔力に反応したのだと思う、とも。
「調理器具ですが、昨日の龍の魔力に耐えられなかったのだと思います」
とルイは教えた。これは多分本当の事だ。
「え、でも朝・・・昼ご飯の時は大丈夫だったよ」
「今日は、皆眠たくてボゥとしていたから、アリエルさんもクラウも、いつもより魔力を出さずに調理場にいたんじゃないかな。だからお昼は持ちこたえられたけど、もう無理なんだと思う。推察だけど」
ルイの説明に、アリエルとクラウが不思議そうに視線を交わす。
ルイはさらに教えた。
「それから、厨房だけど、普通の人は入れないほど魔力が満ちているから、他の人は入らない方が良い状態になっています」
まるで昨日の龍のせいであるような流れでルイは話した。嘘は全くついていない。聞いた方が勝手に昨日の龍のせいだと勘違いするのは願うところだ。
真面目にルイの説明を聞いている姉妹に、ルイも真面目に伝えた。
「私にも入るのは無理です。入ったらどうなるか想像はつかないけれど、まず近寄りたいと思わない場所になっています。・・・昨日、私は酷い状態になったけれど、ひょっとするとあのようになる可能性もあります」
これも真実だ。
「アリエルさんとクラウが無事なのは、昨日の龍が来た時に2人は問題なかったように、何か強いのだと思います。なお、私についても、これでも普通の人よりは魔力の耐性は強い方です」
じっと聞いている姉妹に、ルイは告げた。
「ですから、アリエルさん。クラウもだけど。壊れてしまったのは、高すぎる魔力のせいです。どうしようもない」
「でも・・・御飯が作れなくなっちゃって・・・。全部壊れちゃうなんて。よりによってこんな日に!」
アリエルが嘆いた。
きっと、ルイとクラウを一生懸命もてなそうとしてくれたのだ。出された本気に、きっと壊れていったのだろう。
クラウも沈痛な表情で俯いた。
「・・・思い出の調理器具だった?」
ルイが尋ねてみる。
クラウは頷いた。
「お皿もたくさん壊しちゃった・・・。お鍋とかは時々壊れてきて、全部買い替えて来てるし思い入れはないんだけど・・・」
「そっか・・・」
落ち込む姉妹に、当たり前の言葉しか見つからなかった。
「いつかは壊れるものだから・・・残っているのもあるんだろう?」
「うん」
少し考えるように首を傾けてじっと俯くアリエルと、隣でため息をついて気持ちを切り替えようとしているクラウを前に、ルイは言った。
「クラウ。今、きみの希望を言っても良い?」
「え。え、うん」
クラウが驚いて目を丸くした。ルイが切りだすと思っていなかったようだ。
ルイは頷いて見せて、クラウとルイの様子を交互に見つめたアリエル、傍にいるグランドルに視線を向けた。
「アリエルさん。この家ですが、売るのを止めて欲しいんです。理由は2つあります。1つは、クラウがこの家を大切に思っている。クラウにどうぞ譲ってほしい。お願いします」
「・・・もう1つは?」
「厨房の状態が危険すぎるからです。普通の人には使えません。この家は、売ってはいけない」
「・・・嘘よぅ」
アリエルが額を抑えるような仕草をした。
「本当です。ですから、この家をアリエルさんが手放したいというなら、どうかクラウに下さい。お願いします」
「・・・ルイくんは、本当に良いの?」
額を抑えた手をテーブルの上についたような姿勢で、アリエルが下から睨むようにして尋ねてきた。
「・・・はい」
「・・・ちょっと、クラウディーヌ。席を外して」
「え」
「いえ、大丈夫です。私はクラウの希望を叶えたい。お願いします」
アリエルは真剣な表情だったが、ルイも真剣に対峙した。
たぶん、アリエルは忠告をルイにくれるつもりだろう。止めた方が良いという具体的な忠告を。
でも、聞かなくても良い。
クラウを外すとクラウは動揺する。
自分はクラウの側に立っていたい。
「お姉ちゃん。何かあるの?」
クラウが心配そうに尋ねた。
アリエルは瞼を閉じて顔をしかめた。
「・・・あなたは、大切に、しすぎてるから。失くした方が、良いと思ったの」
アリエルが苦しそうに告げた。
クラウが驚く。
ルイは姉妹の様子をじっと見つめた。
アリエルは、クラウがこの家を大事にしている様子を、誰より見てきた。
アリエルはクラウのために、料理屋を続けてきた。アリエル自身は手放したいと思っていたのに。
頭が下がる思いがした。少し泣きそうになる。
こう見えて、アリエルは本当にクラウを大切に生きてきた。
無言でアリエルの様子を見つめていたクラウが、自分の言葉に顔を赤くして項垂れるアリエルに、告げた。
「・・・お姉ちゃんがいらないなら、私が欲しいの。私に頂戴」
一番冷静なのはクラウなんじゃないか、とルイは思った。それほどに、アリエルの様子にも揺れず、ハッキリと告げられた要望だった。
「・・・分かった」
ポツリと、詰まった声で、テーブルの上を見つめたままのアリエルが答えた。
***
ルイとクラウはもう1泊することになった。
明日、家の交渉をしている人に、アリエルとルイが断りに行くことになったからだ。
クラウも同行したがったけれど、アリエルはルイを指名した。
「義弟自慢をしたいからルイくんが良い。あと、相手は1人なのにこっち3人なんて。グランドルまで来てしまいそう。そしたら4人よ。そんな真似できないわ」
「だったら、ルイじゃなくて私を連れて行けばいいのに」
クラウは妙だと思った様子だ。
アリエルは口を尖らせた。
「交渉事、ルイくんの方が頼りになるでしょ」
「・・・うん」
クラウが納得した。
ルイは姉妹の様子を無言で見ていた。
ひょっとして難しい話になるのかな、と予感した。
そうでなければ、アリエルは単独で話をつけにいきそうな人に思えた。
心しておこう。
なお、グラオンの店について心配に思ったが、アリエルに命じられて、グランドルが一っ跳びして、夜のうちに店に新しい張り紙をしてきてくれることになった。
『誠に申し訳ありません。事情により、本日もおやすみさせていただきます』
グランドルはアリエルと離れることを嫌がったが、結局は頷いていた。
「一人で行って来れるでしょ?」
と笑まれて、
「勿論だ」
と笑んでいた。
微妙にルイは切なくなった。がんばれグランドル。そして本当に有難う。
***
晩御飯は、グランドルが焼いてくれた肉を皆で分けて食べた。
パンは全て炭化後だったので無し。
クラウが畑で引っこ抜いてきた緑色の葉っぱもグランドルが焼いてくれたのを食べた。
グランドルがいたら料理に困らないな、という話から、アリエルとグランドルが行くはずの旅行について話は盛り上がった。
色々見せたいところがあると微笑むグランドルに、アリエルは心から嬉しそうで幸せそうだった。
クラウが動揺しているのをルイは察していた。
だからクラウにも、おすすめの場所はあるかとルイは話を振った。
クラウは、自分は行ったことは無いけれど、出稼ぎで聞いた土地の話などをした。
ルイも、トリアナのルイの実家も訪れて欲しいとアピールしておいた。きっと実家の皆も喜ぶだろう。
夜は、グランドルがグラオンにお使いに行ってしまうので、アリエルとルイでクラウを取り合う賭けをして、ルイが負けた。腕相撲だった。情けなくてしばらくテーブルから顔が上げられなかった。
そんなルイの傍で、アリエルはクラウに抱き付いて喜んでいた。
悔しすぎる。色んな意味で泣けそう。
ちなみに、アリエルが本気すぎて魔力が流れてきて驚いた。
***
夜。ルイは部屋に一人でいる。
今日、忘れられなかった出来事を思い返す。クラウの心の底の希望の事を。
思い返してみると気づく。
あまりにも計画性のない希望だという事に。
曖昧な計画。生計をたてて暮らせる目途なんて見えない。
完全な夢想。
ルイは訪れた痛みにギュッと瞼を閉じようとする。
クラウの憧れ。
あまりにも不完全。
つまり、真面目に考え尽くされてはいないもの。
奥底に眠らせてあった宝物。しまい込んで、実際取り出すつもりはもう無かったはずの。
そんな宝物を、ルイがせがんで見せてもらった。
心をそれだけ開いてくれた。
なのに、きちんと反応を返せなかった。無責任だ。きっとクラウを傷つけた。
そればかりか気を遣わせた。言ったことを後悔させた。
ルイはため息をついた。
自分がこれ以上後悔しても仕方ない。
私は、クラウの希望を、叶えることはできないんだろうか。
完璧な形では無くても、少しでも・・・。
だって、これではあまりにも不公平だ。
ルイの方ばかり支えてもらい、クラウ自身は諦めさせたのだから。
具体的に考えてみよう。
もし、この家で、ルイとクラウが住むとしたら。
クラウが奥底で願っているように、ルイが料理をここで振る舞うとしたら。
「・・・」
浮かんでは消えていく案。差し障る現実。足りないもの。また現れては消えていく案。
そうして、ルイは知った。
自分は魔道具を作って生計を立てると誓った。
だけど、魔道具でなくても良いのだと。
私は、あの家の、あの環境から、独り立ちできる正当な手段であれば、何でも良かった。
他の人よりは魔力が多く、魔法使いになるほどには多くなかった。
結果として魔道具作成を選んだ。無意識に、騎士の人たちの役に立ってもらえることを願ってもいたから。
でも、もうルイには、騎士などどうでも良い。
そして、生計を立てて、クラウと暮らしていければ、それで良い。
グラオンで持つ事のできた店で、ずっと過ごせたならそれで良い。大満足。
お客様だってついている。仕事のやり取りで知り合った人たちも大勢いる。
活気ある町で、一緒に過ごす。
でも、それはルイが望んでいる未来であるだけだ。
ねぇ、クラウ。
私はきっと欲張りだから、きみの希望も叶えられないかと考えてしまう。
どうか時間を私に欲しい。
私の夢も、まだ形になったばかりなんだ。
きみの夢も叶えたい。
気づいていなかった不平等を、どうか直させてほしい。




