本音を教えてほしい
ルイは、まずクラウの気持ちを聞く事を優先することにした。
本音を言う事を我慢してほしくないと思うからだ。そう思うのは、自分がずっと本音を抑えて生きてきたから。
「クラウ。私はきみの気持ちを尊重したい。だから聞きたいんだ。きみの希望は、この家を引き取ることだ。それで良い?」
「うん」
どこか緊張しているクラウに、ルイは慎重に確認していく。
「きみが希望するなら、私はそれを叶えたいと思うよ」
ルイの言葉に、クラウがほっと緊張を緩める。
「私は、クラウから話されるだろうと、まだ詳しく聞いていないから、きみから色々詳しく教えてくれないか。それで、クラウがどうしたいのか聞きたいんだ。・・・お願いだ、私はきみの夫だよ」
今、店長などと呼ばないで欲しい。それが正しく伝わると良いのに。直接言うと傷つけそうに思えて口に出せない。
「うん」
嬉しそうに少しソワソワしたようになって、クラウは床を見つめてから、期待を込めた口調で説明を始めた。
「あの、お姉ちゃんは色々見て回りたくて旅に憧れていたんだって。この家は無人になるし、お姉ちゃんは色んなところで寝泊まりもしたいし、やっぱり料理も難しいから店は無理だし、手入れも大変だから、もう売ることにしたって。私が悲しむとは分かっているけれど、私はグラオンに住んでいるから、私が管理するのは大変だし、丁度お姉ちゃんの知り合いで建物を探している人がいたから、その人が買ってくれる話になったって。良い人だからその人に渡して大丈夫だし、向こうも乗り気なんだって。それで、私たちが帰ったらすぐに売ってしまうから、売って欲しくない私のものはグラオンに送るからどれを送って欲しいか教えてって、いう、話だった」
一生懸命話すのを、ルイは頷いてみせながら耳を傾けた。
きっと、アリエルさんはクラウに納得させるための話をしたに違いない。あの人はそういう人だ。
一方であれほどルイを止めようとした。つまり直接教えていない問題がある。
なんだろう。
「でも、ルイが魔道具を作ってくれたら、たまに見に行くだけで良いんでしょう? じゃあ、見にいける時に様子を見に行くだけで良い。お願い。売りたくないよ」
ルイは頷く。
クラウが売りたくないのはとてもよく分かっている。
「クラウ。私は、きみの夫だよね」
「うん」
少し躊躇うようにクラウが頷いたので、ルイはまた不満を持った。
「私は、きみがもっと本心を打ち明けてくれたらいいのにって、さっきから思ってる」
「え。言ってるよ?」
静かに、けれど少しムッとした表情を出したルイに、クラウは戸惑った。
正論で責めず、感情に訴えたい。
口論でやり込めたくはない。そうしてしまえば、クラウの本音を閉じ込めてしまうと思うから。
「私は、きみが困ってたら助けになりたい。なのに、きみはただの店員みたいに私に頼む。クラウ、私はきみの夫で、きみは私の妻でしょう? 私はそんなに頼りない? 私には主張してくれればいいのに。『この家を貰いたい、1ヶ月に1度様子を見に来たい、良いよね』ぐらい言ってくれたらいいんだ。きみが私に気を遣って一線を引くのは、やっぱり私が年下で、甘えられない?」
苛立ちよりも拗ねる態度を表に出す。威圧しては良くないと思った。
だけど本当に分かって。
お願いだから頼って欲しい。
それともやはり、自分には役不足なんだろうか。酷く悔しい。
クラウは少し動揺した。
「あの、え、あの・・・」
ルイは無言で、言葉の続きをじっと待った。
ルイが黙っている中、クラウは口を閉じて目を泳がし、それから徐々に赤面した。
「あ、ごめんね、ルイ。違う。頼りにしてる。本当だよ」
少し縋るように目線をルイに向けてきた。
それでもルイは黙って言葉の続きを待つ。
「あの、ごめん、怒らないで」
怒っていたのがバレたようだ。クラウがオロオロと視線を彷徨わせる。
「どうしよう。ごめん、違うの」
これでまだ無言でいたらその方が酷い。
ルイは少しだけ柔らかくなるように意識して口を開いた。
「何が違うのか、教えて・・・?」
「やだルイ、怒らないで」
泣き出しそうになったので、ルイは息を吐いた。追い詰めない手段を選んだつもりだったのが追い詰めてしまったようだ。ごめんなさい。失敗。
「クラウ。ごめん、変な態度を取って。仲直り」
ルイが腕を広げると、クラウも抱き付いてきた。
ギュッと抱き付かれたので、かなり不安にさせてしまったとルイは反省した。そして同時に少し嬉しくもあった。それだけ自分を重要に思ってくれているのだとこんなところで実感できてしまった。
「・・・もっと頼ってって、言いたかったんだよ」
「うん。頼ってるよ」
「違うよ。もっと我儘言って良いんだよ。アリエルさんのあの我儘ぶり。クラウは私にはあんな風に言ってくれてもいいよ。グランドルだってため息をつきながら嬉しそうにしていたの、きみは見ていなかった?」
「うん・・・」
「好きな人から、自分だけに我儘みせられるのって、嬉しいんだよ」
言い聞かせるように、ルイは顔を動かしてクラウにキスをした。
クラウが情けなさそうな顔をしている。
「お願い。我儘を聞きたいな」
「ルイの馬鹿。優しすぎる」
「きみだけだから良いんだよ」
「嘘だよ、ルイは皆に優しいよ」
「違う」
優しいところだけしかきみが知らないだけだよ。
抱きしめると、クラウが肩に頭の重みを預けてきた。
「家、私が貰いたいよ」
「うん。貰えば良いよ。お金が必要なら私も出すよ。給料から前借りだなんて、そんな事いわれる夫の情けなさを察して欲しい。それとも、クラウ個人の所有にしたいから全部自分で支払いたい? だったらお金は貸すという形で良いんだけどね」
「ルイ、好きだよ」
クラウが動いてキスをくれたので、嬉しくて笑んだ。そのままさらに尋ねてみた。
「他にも我儘をたくさん言って。私を困らせてくれればいい」
「・・・そんな事しない」
「言ってみて欲しいな。・・・1ヶ月に1度、この家に帰ってきたいの? 結界作成具を私に作って欲しい?」
「え、あ、うん。そう、そうだよ。お願いしたいの」
「良いよ。前向きに考える」
「前向きに考える? 未定なの?」
情けない声をクラウが上げる。ルイは真面目な答えを返した。
「実際は1ヶ月に1度は、少し難しいかも。数か月に1度ならまだ叶えやすいな」
「そっか・・・うん」
「もっと。私の都合を考えて、我慢して口に言えない事とか、聞きたい」
熱い視線で見つめてみる。聞きたいのは本心だ。
けれどクラウは無言だ。
とはいえ、『無い』という答えが返ってこない事もルイは気づいていた。
見当がつかないので、少し誘導できればと思って口を開いた。
「・・・家を貰って、1ヶ月か数か月に1度、ここに戻って、それで・・・」
それで?
ルイは少し首を傾げた。それを一生というのは少し想像しづらいと感じたのだ。
ちょっと待て。具体的に考えてみよう。
それに、どうしてアリエルさんはあんなにルイを止めようとしているのか。
「どうしたの、ルイ」
クラウが様子を覗いてきた。
「いや、うん、ちょっと具体的に今後を想像してみたいと思って・・・」
「具体的に今後?」
「うん」
あれ、とルイは気づいた。クラウが少し緊張したような気がする。
どうしてだ。
「ちょっと待ってクラウ。現状から想像しよう」
ルイはクラウの顔をしっかり見つめた。
まず、グラオンにルイとクラウは住んでいる。そこからスタート。
***
「グラオンで、魔道具ルーグラという魔道具の店を、私とクラウで営んでいる」
「うん」
「こちらの家をクラウが貰う。数か月に1度、クラウが店からいなくなる」
「う、うん」
「店の状況によるけど、私は店に残るはず。クラウは、短くて8日から10日、店にはいなくなる・・・」
あれ、下手したら半月いなくなる事態も発生しそうだ、とルイは気づいた。
「ちょっと待って」
「え? なんで?」
「ちょっと想像が難しくなったから。先に、この家の事は別にして、店のみで想像させて」
「え、どうして」
「考えをまとめたい」
クラウが不安そうになったが、ルイは、考えをまとめようとした。
店。多分順調にやっていけると、想像する。
そうだ、途中でルイの体質は完全に正常になるだろう。そうすると『アンティークショップ・リーリア』への魔法石の販売頻度は落ちてしまう。
それでも今までに売った魔道具のメンテナンスも今後は増える一方だから、店はやっていけそうだ。
むしろ問題になるのは、店が忙しすぎて、ルイとクラウだけでは手が足りなくなるかもしれない、と今すでに薄々感じている事だ。
弟子でも取る事になるかもしれない。ルイの製作の手伝いをしてくれる人。
でも、ルイはまだ若いし、クラウと一緒にいる事を考えると、まだ他の人を店の働き手に入れたくない。
だからしばらくはやはり2人でやれる範囲で頑張って、ある程度自分の年齢が落ち着いてきたら弟子でも・・・。
あれ、その頃には。
ルイは顔を上げて、じっとルイを待っているクラウを見つめ返した。
「・・・クラウ。私たちは夫婦だから、いつか、子どもができると、思う」
「・・・うん」
少し顔を赤らめてクラウが答えた。
嬉しそうな様子に安心する。
子どもは授かりものだから、実際どの時期に何人できるのか予想はつかない。でも、生まれてきたらと願っている。
「・・・子どもが、例えば乳幼児がいる時には、クラウはこちらの家をどうするつもり? きみは母親になる。乳幼児を置いて、1人でこちらを見に来るの?」
ルイはクラウが答える前にさらに続けた。
「こちらを定期的に、様子を見に来るのは、どんどん難しくなったりしないか?」
ハッと気づいたように、クラウは目を大きくした。
「・・・え。あ」
それから何かに気付いてから目を伏せて黙した。
何を隠したのだろう?
「我儘なクラウを見てみたい」
ルイが真面目に催促すると、クラウが躊躇いながらも告白した。
「・・・こっちに、住みたい」
ルイは驚いたが、目を大きく開いて瞬くのみに留める事が出来た。
否定の声が出なかったのが幸いしたのか、クラウが打ち明けるように言ってきた。
「こっちの方が家族で住みやすいよ。・・・ルイ、こっちで、住みたい。ルイも、それで、産まれてくる子どもも、こっちの家で住みたいよ」
まさか、とルイは思った。声は上げない。冷静を装って、ルイは聞く。
それでも心の中では動揺していた。
でも、そうだ、前に打ち明けられていた内容を覚えている。
この家に、アリエルさんの家族と自分の家族が住んで、一緒に店をやっていけたらいいのに、とクラウが願っていたというのを、聞いていた。
ちょっと待って。
グラオンの店は。待て。あちらを売る?
待て、落ち着け。
こちらで魔道具の店など無理だ。
グラオンを選んだのには理由がある。魔法石を産出する町で、安く魔法石が入手できるからだ。それに、大きな活気のある町だ。
だけどこちらは、『町』と呼ばれるけど『村』とも呼ばれるような、田舎だ。人も少くどこか寂れている。魔道具の需要だってあるかどうか。買ってくれても、グラオンほどには売れて行かない。
「クラウ、その場合・・・私たちは、どうやって生活をしているんだろう」
冷静さを装いながら、ルイは尋ねてみた。
クラウも考えを探るように、それでいてためらいながら、案を口にする。
「えっと・・・ルイは、こっちで、魔道具を作って売って・・・グラオンにも出張・・・? あ、でも、私は料理屋をしたいな。料理は下手だけどちょっとはマシになってるし・・・スープだったら大丈夫だし」
言いながら、どんどんクラウの顔は明るくなった。はにかんで笑った。
「ルイが、料理がうまいから、ルイが料理をしてくれると良いんだけどな」
ルイは動揺を押し隠し、じっとクラウの様子を見つめた。
これが、この人の本当の、心の奥底からの希望なのだ。




