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朝昼兼用

本日2話目

その後。

結局、ルイは朝方に眠ってしまった。うつらうつらしてしまった時にグランドルが頭を撫でてきて、それが酷く心地よかった。

小さい頃から大切にしてくれてきた大きな手だ。


照れくさいけれどやはり幸せな気分を思い出しながら、そうか、とルイは思った。

そうか、グランドルも結婚した。

もう、なかなか会えなくなるんだな・・・。


それは寂しい。

でも、ルイだって独り立ちする良い大人だ。

元気でと見送るのが相応しい。


それでもまた、何年かに一度ぐらいは、会いに来てくれたら嬉しい。

グラオンで、ルイとクラウが、グランドルとアリエルさんを迎えられたらいい。

そんな未来に、なっていると良い・・・。


***


決まった睡眠が必要ではないらしいグランドル以外、皆が寝坊した。

皆が揃ったのはお昼の時間だった。アリエルもクラウもルイも、欠伸をした。グランドルは首を傾げた。


「ご飯です。お昼御飯です」

アリエルが言った。出てきたパンは、丁度いい感じに焼けていた。

クラウが無言でスープを出してきた。こちらは普通に美味しそうだ。

ルイが立ち上がり、

「サラダを作りましょうか」

と言った途端、グランドルに肩を押されて座らされた。

「ルイは座っていろ。サラダなど食わなくても生きていける」

「・・・」

ルイは無言でグランドルの真顔を見つめ、秀麗な眉根がどんどん寄せられていくのを見て思い出した。

ルイが厨房に入ると危険なのだ。

思い出したので、テーブルの上を見た。きれいに焼けたパン。

着席したアリエルとクラウは眠たそうだ。


なるほど、とルイは無言でうなずいた。

やる気がない方が、彼女たちは普通に料理できるのかもしれない。

クラウに料理をしてもらうにあたってなんという難しい問題だろう、とルイはぼんやりと思った。

まぁ良い。慣れたから。


ダメ人間たちを前に、きちんとした会話を促したのはグランドルだった。

「昨晩は、きちんと話し合えたのか、アリエル。クラウディーヌ」

姉妹は呼ばれて揃ってグランドルを見やり、もぐもぐと咀嚼しながら、二人揃ってコクリと頷いた。


グランドルが仕方なさそうにルイを見た。

「話にならない」

コクリ、とルイも頷いた。

日が昇って世の中がざわめいてから眠ったので、普段の半分ぐらいの睡眠時間なのだ。


「嘆かわしい」

言いながら、グランドルが呆れたように体勢を崩して頬杖などをついた。


「頬杖なんて珍しいね、グランドル」

ルイがやっと発言すると、答えたのはアリエルだ。

「グランドルって、龍にしては人に近くなっちゃったって、昨日怒られてたのよ」

「怒られてなど」

グランドルが体勢を素早く戻してアリエルに文句を言う。


クラウが嬉しそうにした。

「ルイとグランドルって、似てるね」

「そう?」

「うん」

笑顔のクラウに、ルイも嬉しくなった。


「クラウ、ご実家だと、ちょっと幼くて可愛い」

「え、そう?」

「うん」


「あーあ、クラウディーヌがすっかりルイくんびいきになっちゃってさ」

アリエルが口を尖らせた。こちらも成人女性とは思えない幼さだ。

「つまんない。つまんない」

「あなたには私がいるだろう、アリエル」

不機嫌に窘めるようにグランドルが告げた。がんばれグランドル、とルイはどこか他人事のように思った。


「だって。つまんない」

「やれやれ。まぁ、構わないが」

グランドルが微笑ましそうに眩しそうに見るので、ルイはグランドルから視線を外した。心配する事など何もなかった。


「ルイも、昨日色々話をした? 眠そう」

「うん。アリエルさんとグランドルがしばらく旅に出るって」

「じゃあ、聞いた・・・?」

クラウが恐れるようにルイに確認してきたので、ルイは少し首を傾げた。どれについてだろう。


冷静さを叩き起こしてじっとクラウを見つめていると、クラウはしょんぼりと肩を落とした。

それから、隣に座っているアリエルを見て確認する。

「ルイに言うよ?」

「え? 何を?」

「家の話」

「あ、うん。そうだったわ」

「皆、いい加減に目を覚ませ」

嘆かわしそうにグランドルが窘めて、もっともだと皆で背筋を伸ばした。


***


レモンを絞って果汁を落とした水を飲みながら、話をした。


ちなみに、やる気を出し始めたアリエルとクラウの様子に、

「何もしていないのでぜひ私にさせてください」

と申し出て、食堂のテーブルにて水差しに果汁を絞らせてもらったのはルイだ。

「おいしい」

とアリエルが驚き、クラウがルイの自慢を始めたのを、ルイは微笑みで受けた。


皆でさっぱり気分を切り替えて、真面目に話合うことになった。


「この家、売ろうと思っているん、だって」

クラウがルイに話し出した。喉がつかえたように声が途中で揺れた。

長方形のテーブル、クラウの正面に座っているルイは、痛ましさを覚えながら二度頷いた。

その様子にグランドルから先に知らせがあったことを察したようだ。縋るような目を向けられたので、ルイは言った。

「・・・詳しくは知らないんだ。クラウは、どうしたいと思うかも教えて欲しい。一緒に考えよう」


クラウが唇を噛んで俯いた。

クラウの隣に座っているアリエルも俯いている。表情が硬かった。

その隣、角を挟んで短辺の位置に座っているグランドルは、静かに様子を見守っている。


「どうしよう・・・」

俯いて本音を漏らすクラウに、ルイは視線をアリエルに向けた。


「アリエルさん。売るというのは、もう決まった事ですか? 売り先ももう決まったのですか?」

「・・・話は持って行ったわ。このあたりでは立派な建物だもの。宿屋になりそうだと言って買ってくれる人がいるの」


「待ってもらうことはできませんか? ・・・私は詳細を知らないけれど・・・クラウにはあまりにも急な話です。いえ、アリエルさんに管理を続けて欲しいと言っているわけではありません。ただ、こちらで検討する余地は残されていませんか?」


「検討って、どうするの」

アリエルが顔を上げた。いつもよりキツイ顔立ちになっていた。

この人は、きっと、言いたくない事をこれからいうのだと、ルイは察した。


「ルイくんとクラウは、グラオンに住んでいるじゃない。管理なんて無理よ。ルイくん、この家に住むの? 無理でしょ? 人も住まない建物を置いて行くなんて、危険だわ。だったらきちんと管理してくれる人に渡す方がよっぽど良い」

ルイは頷いた。

「一理あります」

アリエルの言い分を認めた言葉に、クラウがハッと顔を上げ、ルイを見た。泣きそうに顔が歪んだ。


「ただ、私の場合、無人の建物を守る魔道具を作る事が出来ます。買取のお話がすでに決まっているので交渉の余地について詳しく教えていただきたいのですが、私たちが管理させてもらう事も、選択肢に入れてもらいたい。もらい受けるにあたり、正当な額のお金も支払います」

こちらも金銭面での用意もできると告げた方が良いと判断した。


アリエルが真顔でルイを見つめた。

クラウが心配そうにルイを見て、隣のアリエルの様子を伺う。


「・・・お姉ちゃん。私が、貰ったら、駄目なのかな」

どこか返答を恐れるようにクラウが尋ねた。

「・・・邪魔になると、思うわ。クラウ。昨日話したでしょう?」

アリエルが宥めるようにクラウに答える。


「でも、保管できるんだったら、このままが良い」

「・・・クラウ。ルイくんの迷惑になる」

昨日何度も話し合ったのだろう。アリエルはそっと教えるように言った。


「アリエルさん、ご心配感謝します。けれど、私はクラウの気持ちも大切にしたい」

ルイが訴え始めたのを、アリエルは首を横に振ってから、否定的な眼差しでルイを見た。

ルイをじっと見つめて、また首を横に振る。


その様子に、さといルイは気づく。

この人は、本音をクラウには言っていない。けれど、クラウとルイのために、そう判断し、良かれと思ってこのように決めたのだ。


アリエルはルイをじっと見つめて、何かが伝わるように言った。ルイが正しく受け取れたか確認するように。

「ルイくん。止めた方が良い。・・・これは、年長者の、あなたの義理のお姉さんからの忠告よ。売った方が良い」


どうしてだろう。


ルイの表情に疑問が浮かんでいたのだろう。アリエルが何かを伝えるべきか少し躊躇ためらい、またジッとルイを見つめた。

まるで、言葉にできないが、ルイに一生懸命言い聞かせる様子だ。

止めた方が良い。


どうしてだろう。

厨房の異常に、気づいている・・・?


いや、だったら、他の人に売るという事も止めるのでは?

止めた方が良いというのは、ルイに対してだ。


どうしてだろう。分からない。


「あなたは、グラオンでお店を持っているじゃない。ルイくん」

やはり、何かを奥に隠して、それでいてその奥がルイに伝わるようにと意図しながら、アリエルが言い聞かせるようにしてきた。


「でも、お姉ちゃん、グラオンからここまで、私の足なら3日だよ。1ヶ月のうち、たまに様子を見に来ることなら、ねぇ、ルイ、できるよね? 良いよね?」

クラウの言葉に、ルイはアリエルの様子も慎重に捕えようとしながら、頷いた。


うん。問題ない。普段は結界作成具で守っていればいい。

1ヶ月28日間のうち、例えば8日間を、こちらの保管にあてる・・・?

キツイな。

だがクラウは1人でも行きたいというだろう。1人で旅をさせるのは不安だけれど、それでも家と思い出の品々を失わせることを思えば、何か案を立てれば対応できると、思う。

移動日数をもっと短縮できれば良いが、グランドルが不在になるのなら自力手段のみになる。


ルイとアリエルとクラウの会話を、グランドルは見守るように静かに聞いているだけだ。


「私は・・・残しておいてほしい」

クラウが顔を赤くしながら言った。

きっと、昨日姉妹で同じことを話合ったはずだ。それでもどうしていいか分からなかった。

クラウはルイが味方になると信じて話しているのだ。


「お姉ちゃんが手放すなら、お願い、ルイ、私が持っていたい。ルイ、建物を守る道具を、作って。お金はちゃんと払う。それから、こっちの様子を見に来たい。お願い、店長、お願い」

「・・・店長だなんて言わないで、クラウ」

情けなくなってルイは悲しくなった。

他人行儀にならないで欲しい。

クラウが訴えた。

「でも、店とか関係なく、私の希望だし、だから私が買い取って、それで道具も、頼みたい」


ルイは絶望しそうになった。クラウはルイと自分を切り離して考えている。

それは正しい事なのかもしれないけれど、もっと頼って欲しいのに、一人で抱えようとする。

ルイには店長として許可を求めるだけで・・・。


ケンカをしよう。


「2人で話しよう。クラウ。すみませんアリエルさん、部屋を貸して欲しいです。話し合いたい」

「・・・えぇ。なんならもう1泊する?」

「今はその予定では無いですが・・・。分かりません」

「クラウの部屋はどうかしら」

「クラウ、良い?」

「うん」


ルイとクラウで立ち上がる。クラウはすでに何かを決めた顔をしていた。

ルイを説得しようとしている気がする。


そうではなくて。

きみは、私をもっと頼ってくれないのか?


***


クラウの部屋は、きちんと保管されている。クラウを表すような部屋だった。

さっぱりとしているのに、普通の人は開けにくい引き出しの中だけ、可愛い小物を詰め込んで隠してしまってあるような。


そんな部屋で、立ったまま話をした。時間を惜しんだから、入って扉を閉めた途端、ルイが口を開いたのだ。


「クラウ。きみの考えをちゃんと聞きたい。私しか聞かない。正直に言って欲しい」

ルイの希望に、クラウは頷く。


「お願い。この家を私が貰いたいの。でも売り先が決まってるって。でも、違約金を払えば・・・。でも、お金が、足りなかったら、お願い、給料から前借りさせてください」

ルイは、あくまでただの店員のように話すクラウに怒りを感じたが、表情には出さずに聞いた。

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