表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/100

ルイとグランドルと

グランドルが不機嫌そうに顔をしかめたが、目を輝かせるアリエルに肩を落とした。


グランドル、きみ、立場が弱すぎないか。

そして、私の意見は通らないのか、とルイは不満に思った。

「ルイ。結婚のお祝いだよ。お姉ちゃんと私に、姉妹の時間をちょうだい」

「・・・もぅ」

ルイはため息をついた。私も弱すぎないか。


「クラウディーヌー!!」

アリエルが喜んでクラウに抱き付いている。

グランドルとルイでそれを憮然と見やった。

おかしくないか。夫より姉妹を選ぶとか。

グランドルとルイで視線を交し合う。深いため息。それでも文句が出せないのは、妻の希望と笑顔には勝てないからだ。


***


「どうしてアリエルさん、あんなに姉妹にこだわるんだ」

5階、グランドルの破壊から免れた1室にて、ルイは言った。


「それをいうなら、あのまま黙っていれば良いものを、クラウディーヌの余計な発言でこうなったのだぞ、ルイ」

グランドルが睨んできた。ルイも不満だが、グランドルもご不満のようだ。

指摘を受けてルイはムッと睨んだ。グランドルの言う通りだ。でもそもそもアリエルさんがあんなに嘆くからだ。


無言になって、お互いため息をつく事、数度。

イライラしながら落ち着こうとしているグランドルはこう言った。

「仕方あるまい。アリエルに以前より強請られていたのは事実なのだ」

アリエルの希望が強烈すぎたせいだという認識はあるらしい。


「家を売るというからだろう? だったら売らなければいいのに」

「そうは行くまい。クラウディーヌはルイの店に住んでいる。通常の人間では管理が大変だ。行き来に何日もかかるというではないか。売る方が良いと妹を案じてアリエルが決断したのだぞ」


「先にクラウにも相談して決めるべきだよ」

「だから今日、姉妹だけの時間を欲しているのだ」

「話自体は終わったんだろう」

ルイの指摘にグランドルは妙な顔をした。


それからグランドルが首を横に振った。

「ここで不毛な会話をするのが馬鹿らしい。もう事態は変えられん」

先ほどまで一緒に不満を垂れ流していたくせに、ルイを置いて先に大人の境地に行ってしまったようだ。

ムッとしたが、ルイも落ち着こう。


「ルイ。私たちは世界を旅に出るだろう。しばらく会えなくなる。呼べばすぐに行ってやりたいと思っているが」

グランドルが真顔でルイに伝えてきた。


ルイも真顔になってグランドルを見上げた。

「・・・しばらくって、どのぐらい? 3ヶ月ほど?」


「さぁ。分からない。アリエルの希望を叶えてやりたい。珍しい景色を見たいと頼まれたから、いろいろと見せて回ってやりたい。・・・彼女は、この家からずっと出れなかった。すまないが、気持ちを察してやれ。ルイだって、家を出て自分で選んだ店を持っただろう?」

「・・・分かった。その話は、明日改めてきっちりと」

「あぁ」

グランドルが頷く。

ルイも頷いた。


じっと見つめ合う。

隣の部屋から、ビョウビョウと風が鳴る音が聞こえてくる。グランドルが屋根と壁を吹き飛ばした結果だ。


「ところで、アリエルさんは、クラウにさっきの話をしてくれる様子だ」

「・・・」

苦虫を嚙みつぶしたようなグランドルの表情だ。


「そしたらクラウは、私にもそれを教えてくれるらしい」

「そのようだな」

どうにも仕方なさそうにグランドルが眉を下げた。


「だったら、私だって、グランドルから聞いても良いと思うんだ。グランドル。結局、何だったんだ? それとも、やはり人間は聞かない方が良い話?」

ルイの言葉にグランドルは目を閉じた。考えているようだ。


「・・・グランドルは怒ると思う事を、私は今から言う」

「何だ」


「アリエルさんの悪口だ」

「悪口だと」

グランドルがカッと目を開く。とはいえ、魔力で圧されているわけでもない。

グランドルは結局、ルイたちをとても大切にしてくれているとルイは改めて知った。

先ほどの龍のように、人間を巻き込まないよう、きっと抑えてくれている。


「アリエルさんは、王宮のご婦人方に似ている」

「・・・悪口か」

グランドルが意味を探るような顔をした。とはいえ、ルイが酷く迷惑を被ってきたのは知ってくれている。

グランドルは頷いた。

「なるほど。わずかに分かる」

「わずか?」

「クラウディーヌは似ていないな」

「うん。そうだ。たぶん、合ってる」


うん、うん、とお互いに頷き合う。

「それで?」

とグランドルが尋ねた。秘密を共有するような顔になっている。


「つまり、アリエルさんは、物事を勝手に変えて、クラウがショックを受けないような話に変えて話す人だと思う」

真実を腹に隠して告げる能力がある人だ。

「否定はできんな」

ルイの言葉を吟味するように、グランドルは頷いた。


「本当の事を今話してもらえないか?」

「なぜだ」


ルイは少し言葉を選ぶために迷った。


グランドルは龍で、ルイは人だ。

グランドルが判断したなら、ルイが知る必要が無い事だとも、思うし、そう思ってきた。

けれど。

「違う事をきっと教えられる。どれが嘘かは知りたいと思う。・・・本当の事を知っていたら、グランドルとアリエルさんを、うまくフォローできるのじゃないかって、思うのは、私の傲慢なのかもしれない。けれど・・・私は多分、きみのことは、本当の事ばかりを知っていたい。きみは、私には、真実を告げるか、告げられないと教えてくれるかだ。嘘なんてなかった。・・・だから嫌なのかもしれない。アリエルさんを通して、きみたちの嘘の話を聞くことになるのが」


グランドルはルイの言葉を聞いて、じっと考えるようにしてから、息を静かに吐いた。

「分かった。ルイ。教えよう」

言葉にルイは真っ直ぐにグランドルの視線を受ける。


「私とルイとは、秘密を共有する、親友なのだから」

どこか得意げに笑うので、ルイは目を丸くした。


「グランドル! 大好きだ!」

グランドルは喜ぶルイの頭に手のひらを置いて優しく笑んた。


「無事で、本当に良かった」


***


グランドルが話してくれた。

ただし、ルイにだけだとグランドルは言った。

アリエルがどのようにクラウに話をするのか分からない。クラウについては、アリエルの判断に任せたいからだ。


「今日、式でルイとクラウディーヌがくれたあの祝福だが、どうやらあれが興味を引いたようだ」

そんな言葉に、ルイはギョッとした。


グランドルは、話を続けた。

「祝福先が私だと気づき、相手を確認しようと興味本気で挨拶に来た」

真顔だ。

グランドルが嘘を言う事はないと思う。


「本当に? だが、グランドルの結婚相手はアリエルさんで、人だ。アリエルさんは無事で済んだけど、普通なら、会うなんて無理だ。普通の人間は私のようになる。むしろ私はまだ代々の血筋で魔力への抵抗が強いはずだ」

つまり、会う事で相手を殺す可能性があったのだ。信じられない思いで告げたルイに、グランドルは頷いた。

「あの者は、あまりそのような事を気にしない」


なんという迷惑。

グランドルが諭すように言った。

「むしろ、あれでもこちらに気は遣ったといえる。ルイが傍から離れた時に現れたのだから」


グランドルは美しく笑った。

「恐らく特例だ。私が人に混じっているのをしっているからだ。だが普通は気にも留めない。私だって同じだ。私が人を丁重に扱おうとするのは、アリエルが必要であり、彼女が人だからだ。繋がる者たち以外はどうなろうが良い。とはいえ、今アリエルが傍にいるから良いが、いない時は、人を壊すのは恐ろしい。アリエルの祖先となる者が混じっているのかもしれないのだ」

「・・・そっか」


「ルイも想像してみれば良い。クラウディーヌが・・・そうだな、魔物のプヨンではどうだ」

「プヨン・・・」

道端でたまに遭遇する、プヨプヨした生き物である。親しみもないし特に感情は湧かない。

「クラウディーヌがプヨンなのだ」

グランドルの意図は分かったが想像しにくいな、とルイは思ったが、頑張ろう。


「プヨンはすぐ死ぬだろう。だがいつかクラウディーヌがまた生まれてくるのだ。そう思うと、どのプヨンも殺せまい? どれが親になるか分からないのだ」

「きみの言いたいことは良く分かった、グランドル。とはいえ、きみは龍なのによく人を好きになったものだと今しみじみと思う・・・」

本心を告げたルイに、グランドルは笑った。


「おかしなことを言う」

「龍にとっては、おかしなことじゃないのか?」

「他を知らないが。だが、先ほどのあの者は、氷結ひょうけつぎょくを作ったと言っていた。私は2番目らしい。相手は人間ではない様子だが、他種族なのは違いない」

氷結ひょうけつぎょく?」

「氷結龍の事だ。私とは性質が対極にある者だから私と会う事はない。玉とは・・・自ら作る宝の事だ」


「さっきの龍は誰なの?」

「教えられない。分かってくれ、ルイ」

「うん、分かった」

ルイは頷く。打ち明け話でもなお秘密なら尊重するだけだ。


「・・・アリエルが、人という存在からは随分離れてきているようだ」

「そんな気は、なんとなくしてたよ」

「そうか」

ポツリとグランドルが話した真実には、あまり驚かなかった。


「あまりに人と違うために、あの者が一旦回収しようとしたのだ」

「・・・え!?」


「その方が速やかだと言われて、アリエルも素直に向かおうとした。だが、クラウディーヌの泣き声が届いて、アリエルがまだいけないと答えたのだ」

静かに思い出されるように話される内容に、ルイは言葉が出なかった。


「クラウディーヌは、アリエルにとって、人としての重しだ。クラウディーヌがいたから、生きてきた。・・・彼女は、魔物に近くなってきている。私の眷属に迎えることができるほどに」

「眷属だって!?」

「龍は強者だ。庇護を求めてきたなら、支配下に置いて守る事で、力を強めることもある。眷属は通常よりも強い個体となり、寿命も延びる」

ルイは驚いた。寿命が延びるって、それは望む事態じゃないのだろうか。


「ルイ。アリエルが完全に人ではなくなってしまう。人として生まれ変わりをしてきた存在が、人でなくなる。多少寿命が延びたところでいつかは死ぬのだ。その後、また彼女は生まれ変わるのだろうか?」

「・・・分からない。だから、眷属にはしなかった?」


「一応アリエルには伝えた。私たちは迷った。次ぎの可能性があると知っていて待つのさえ苦しいのに、分からないのでは。彼女の死後、私は耐えられないだろう。だったらと、アリエルはクラウディーヌのためにも、今は人のままが良いと答えた」

「・・・そうか」


「ルイ。私は、今の時間がとても大切だ。アリエルがいて、ルイが、クラウディーヌも揃っている。長く長く待って与えられた最上の時間だ」

「・・・うん」

「だから、今、アリエルが残ってくれてよかった。私には手が出せなかった。彼女の決断だけで全てが決まった」

「・・・え? 『今』?」

ルイはきょとんとした。話についていけなかったからだ。把握しようと尋ねる。

「さっきの龍が、何かしようとしてきたのか?」


「そうだ。今、人の枠を超えたアリエルを回収しようとしたのだ。人としての生を断ち切る」

それは、死ぬという事なのだろうか。

血の気が引く思いがしたルイに、グランドルは真顔で静かに教える。

「その方が、次に現れるのが早くなると、あの者は言った。アリエルと会話し、アリエルはその話を飲もうとした」


グランドルが情けなさそうに笑う。

「・・・クラウディーヌに助けられた。声がアリエルに直接届いたのだ。だからアリエルは止まった。置いていけないと言って。・・・私は安堵した。やっと会えたのに、今、消えてしまうなど」


グランドルは目を伏せてから壁の外を見るようにした

「彼女は、今回は人として死ぬはずだ。だが、次こそは、人には成れない。成れる何かに、なるようだ」

「何かって、なに・・・手がかりとか、何か」

「分からない。ただ、あの者は『良かったな』と。・・・私は、見つけ出せるだろうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ