ルイとグランドルと
グランドルが不機嫌そうに顔をしかめたが、目を輝かせるアリエルに肩を落とした。
グランドル、きみ、立場が弱すぎないか。
そして、私の意見は通らないのか、とルイは不満に思った。
「ルイ。結婚のお祝いだよ。お姉ちゃんと私に、姉妹の時間をちょうだい」
「・・・もぅ」
ルイはため息をついた。私も弱すぎないか。
「クラウディーヌー!!」
アリエルが喜んでクラウに抱き付いている。
グランドルとルイでそれを憮然と見やった。
おかしくないか。夫より姉妹を選ぶとか。
グランドルとルイで視線を交し合う。深いため息。それでも文句が出せないのは、妻の希望と笑顔には勝てないからだ。
***
「どうしてアリエルさん、あんなに姉妹にこだわるんだ」
5階、グランドルの破壊から免れた1室にて、ルイは言った。
「それをいうなら、あのまま黙っていれば良いものを、クラウディーヌの余計な発言でこうなったのだぞ、ルイ」
グランドルが睨んできた。ルイも不満だが、グランドルもご不満のようだ。
指摘を受けてルイはムッと睨んだ。グランドルの言う通りだ。でもそもそもアリエルさんがあんなに嘆くからだ。
無言になって、お互いため息をつく事、数度。
イライラしながら落ち着こうとしているグランドルはこう言った。
「仕方あるまい。アリエルに以前より強請られていたのは事実なのだ」
アリエルの希望が強烈すぎたせいだという認識はあるらしい。
「家を売るというからだろう? だったら売らなければいいのに」
「そうは行くまい。クラウディーヌはルイの店に住んでいる。通常の人間では管理が大変だ。行き来に何日もかかるというではないか。売る方が良いと妹を案じてアリエルが決断したのだぞ」
「先にクラウにも相談して決めるべきだよ」
「だから今日、姉妹だけの時間を欲しているのだ」
「話自体は終わったんだろう」
ルイの指摘にグランドルは妙な顔をした。
それからグランドルが首を横に振った。
「ここで不毛な会話をするのが馬鹿らしい。もう事態は変えられん」
先ほどまで一緒に不満を垂れ流していたくせに、ルイを置いて先に大人の境地に行ってしまったようだ。
ムッとしたが、ルイも落ち着こう。
「ルイ。私たちは世界を旅に出るだろう。しばらく会えなくなる。呼べばすぐに行ってやりたいと思っているが」
グランドルが真顔でルイに伝えてきた。
ルイも真顔になってグランドルを見上げた。
「・・・しばらくって、どのぐらい? 3ヶ月ほど?」
「さぁ。分からない。アリエルの希望を叶えてやりたい。珍しい景色を見たいと頼まれたから、いろいろと見せて回ってやりたい。・・・彼女は、この家からずっと出れなかった。すまないが、気持ちを察してやれ。ルイだって、家を出て自分で選んだ店を持っただろう?」
「・・・分かった。その話は、明日改めてきっちりと」
「あぁ」
グランドルが頷く。
ルイも頷いた。
じっと見つめ合う。
隣の部屋から、ビョウビョウと風が鳴る音が聞こえてくる。グランドルが屋根と壁を吹き飛ばした結果だ。
「ところで、アリエルさんは、クラウにさっきの話をしてくれる様子だ」
「・・・」
苦虫を嚙みつぶしたようなグランドルの表情だ。
「そしたらクラウは、私にもそれを教えてくれるらしい」
「そのようだな」
どうにも仕方なさそうにグランドルが眉を下げた。
「だったら、私だって、グランドルから聞いても良いと思うんだ。グランドル。結局、何だったんだ? それとも、やはり人間は聞かない方が良い話?」
ルイの言葉にグランドルは目を閉じた。考えているようだ。
「・・・グランドルは怒ると思う事を、私は今から言う」
「何だ」
「アリエルさんの悪口だ」
「悪口だと」
グランドルがカッと目を開く。とはいえ、魔力で圧されているわけでもない。
グランドルは結局、ルイたちをとても大切にしてくれているとルイは改めて知った。
先ほどの龍のように、人間を巻き込まないよう、きっと抑えてくれている。
「アリエルさんは、王宮のご婦人方に似ている」
「・・・悪口か」
グランドルが意味を探るような顔をした。とはいえ、ルイが酷く迷惑を被ってきたのは知ってくれている。
グランドルは頷いた。
「なるほど。わずかに分かる」
「わずか?」
「クラウディーヌは似ていないな」
「うん。そうだ。たぶん、合ってる」
うん、うん、とお互いに頷き合う。
「それで?」
とグランドルが尋ねた。秘密を共有するような顔になっている。
「つまり、アリエルさんは、物事を勝手に変えて、クラウがショックを受けないような話に変えて話す人だと思う」
真実を腹に隠して告げる能力がある人だ。
「否定はできんな」
ルイの言葉を吟味するように、グランドルは頷いた。
「本当の事を今話してもらえないか?」
「なぜだ」
ルイは少し言葉を選ぶために迷った。
グランドルは龍で、ルイは人だ。
グランドルが判断したなら、ルイが知る必要が無い事だとも、思うし、そう思ってきた。
けれど。
「違う事をきっと教えられる。どれが嘘かは知りたいと思う。・・・本当の事を知っていたら、グランドルとアリエルさんを、うまくフォローできるのじゃないかって、思うのは、私の傲慢なのかもしれない。けれど・・・私は多分、きみのことは、本当の事ばかりを知っていたい。きみは、私には、真実を告げるか、告げられないと教えてくれるかだ。嘘なんてなかった。・・・だから嫌なのかもしれない。アリエルさんを通して、きみたちの嘘の話を聞くことになるのが」
グランドルはルイの言葉を聞いて、じっと考えるようにしてから、息を静かに吐いた。
「分かった。ルイ。教えよう」
言葉にルイは真っ直ぐにグランドルの視線を受ける。
「私とルイとは、秘密を共有する、親友なのだから」
どこか得意げに笑うので、ルイは目を丸くした。
「グランドル! 大好きだ!」
グランドルは喜ぶルイの頭に手のひらを置いて優しく笑んた。
「無事で、本当に良かった」
***
グランドルが話してくれた。
ただし、ルイにだけだとグランドルは言った。
アリエルがどのようにクラウに話をするのか分からない。クラウについては、アリエルの判断に任せたいからだ。
「今日、式でルイとクラウディーヌがくれたあの祝福だが、どうやらあれが興味を引いたようだ」
そんな言葉に、ルイはギョッとした。
グランドルは、話を続けた。
「祝福先が私だと気づき、相手を確認しようと興味本気で挨拶に来た」
真顔だ。
グランドルが嘘を言う事はないと思う。
「本当に? だが、グランドルの結婚相手はアリエルさんで、人だ。アリエルさんは無事で済んだけど、普通なら、会うなんて無理だ。普通の人間は私のようになる。むしろ私はまだ代々の血筋で魔力への抵抗が強いはずだ」
つまり、会う事で相手を殺す可能性があったのだ。信じられない思いで告げたルイに、グランドルは頷いた。
「あの者は、あまりそのような事を気にしない」
なんという迷惑。
グランドルが諭すように言った。
「むしろ、あれでもこちらに気は遣ったといえる。ルイが傍から離れた時に現れたのだから」
グランドルは美しく笑った。
「恐らく特例だ。私が人に混じっているのをしっているからだ。だが普通は気にも留めない。私だって同じだ。私が人を丁重に扱おうとするのは、アリエルが必要であり、彼女が人だからだ。繋がる者たち以外はどうなろうが良い。とはいえ、今アリエルが傍にいるから良いが、いない時は、人を壊すのは恐ろしい。アリエルの祖先となる者が混じっているのかもしれないのだ」
「・・・そっか」
「ルイも想像してみれば良い。クラウディーヌが・・・そうだな、魔物のプヨンではどうだ」
「プヨン・・・」
道端でたまに遭遇する、プヨプヨした生き物である。親しみもないし特に感情は湧かない。
「クラウディーヌがプヨンなのだ」
グランドルの意図は分かったが想像しにくいな、とルイは思ったが、頑張ろう。
「プヨンはすぐ死ぬだろう。だがいつかクラウディーヌがまた生まれてくるのだ。そう思うと、どのプヨンも殺せまい? どれが親になるか分からないのだ」
「きみの言いたいことは良く分かった、グランドル。とはいえ、きみは龍なのによく人を好きになったものだと今しみじみと思う・・・」
本心を告げたルイに、グランドルは笑った。
「おかしなことを言う」
「龍にとっては、おかしなことじゃないのか?」
「他を知らないが。だが、先ほどのあの者は、氷結も玉を作ったと言っていた。私は2番目らしい。相手は人間ではない様子だが、他種族なのは違いない」
「氷結と玉?」
「氷結龍の事だ。私とは性質が対極にある者だから私と会う事はない。玉とは・・・自ら作る宝の事だ」
「さっきの龍は誰なの?」
「教えられない。分かってくれ、ルイ」
「うん、分かった」
ルイは頷く。打ち明け話でもなお秘密なら尊重するだけだ。
「・・・アリエルが、人という存在からは随分離れてきているようだ」
「そんな気は、なんとなくしてたよ」
「そうか」
ポツリとグランドルが話した真実には、あまり驚かなかった。
「あまりに人と違うために、あの者が一旦回収しようとしたのだ」
「・・・え!?」
「その方が速やかだと言われて、アリエルも素直に向かおうとした。だが、クラウディーヌの泣き声が届いて、アリエルがまだいけないと答えたのだ」
静かに思い出されるように話される内容に、ルイは言葉が出なかった。
「クラウディーヌは、アリエルにとって、人としての重しだ。クラウディーヌがいたから、生きてきた。・・・彼女は、魔物に近くなってきている。私の眷属に迎えることができるほどに」
「眷属だって!?」
「龍は強者だ。庇護を求めてきたなら、支配下に置いて守る事で、力を強めることもある。眷属は通常よりも強い個体となり、寿命も延びる」
ルイは驚いた。寿命が延びるって、それは望む事態じゃないのだろうか。
「ルイ。アリエルが完全に人ではなくなってしまう。人として生まれ変わりをしてきた存在が、人でなくなる。多少寿命が延びたところでいつかは死ぬのだ。その後、また彼女は生まれ変わるのだろうか?」
「・・・分からない。だから、眷属にはしなかった?」
「一応アリエルには伝えた。私たちは迷った。次ぎの可能性があると知っていて待つのさえ苦しいのに、分からないのでは。彼女の死後、私は耐えられないだろう。だったらと、アリエルはクラウディーヌのためにも、今は人のままが良いと答えた」
「・・・そうか」
「ルイ。私は、今の時間がとても大切だ。アリエルがいて、ルイが、クラウディーヌも揃っている。長く長く待って与えられた最上の時間だ」
「・・・うん」
「だから、今、アリエルが残ってくれてよかった。私には手が出せなかった。彼女の決断だけで全てが決まった」
「・・・え? 『今』?」
ルイはきょとんとした。話についていけなかったからだ。把握しようと尋ねる。
「さっきの龍が、何かしようとしてきたのか?」
「そうだ。今、人の枠を超えたアリエルを回収しようとしたのだ。人としての生を断ち切る」
それは、死ぬという事なのだろうか。
血の気が引く思いがしたルイに、グランドルは真顔で静かに教える。
「その方が、次に現れるのが早くなると、あの者は言った。アリエルと会話し、アリエルはその話を飲もうとした」
グランドルが情けなさそうに笑う。
「・・・クラウディーヌに助けられた。声がアリエルに直接届いたのだ。だからアリエルは止まった。置いていけないと言って。・・・私は安堵した。やっと会えたのに、今、消えてしまうなど」
グランドルは目を伏せてから壁の外を見るようにした
「彼女は、今回は人として死ぬはずだ。だが、次こそは、人には成れない。成れる何かに、なるようだ」
「何かって、なに・・・手がかりとか、何か」
「分からない。ただ、あの者は『良かったな』と。・・・私は、見つけ出せるだろうか」




