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災難と交換

「ごめんなさい、ルイくん」

アリエルが慌て、クラウも動きながら何か言おうとした時だ。

上階から、グランドルの叫び声がした。

「ルイ下へ! 待て止まれ! 人間がいる、それ以上近づくな!」


なぜルイの名を。止まれって。

分からなくて瞬く。

脳裏にパッと光が散って、気がつけばクラウとアリエルに支えられていた。


「来るな! ルイ下へ!」

悲鳴のような声に、続いて妙な笑い声が脳内に響いた。

勝手に震えがきた。逃げなければ。

「ルイ! ちょっとルイ!」

「クラウ、ルイくんを下に! そっち持って!」


ルイは茫然と、自分の右を支えるクラウを見た。

クラウには何も起こっていないようだった。


遺して死ぬのは嫌だ、とルイは思った。


きっと泣く。絶対に。


「グランドルッ! ちゃんと守りなさいっ!!」

アリエルが上階に向かって叱咤の声を上げた。

「誰か知らないけど、『ちょっと待て』もできないのっ!? 龍なんでしょ、ちょっとぐらい待ちなさいよっ!!」


パァとまた眩しさを感じた。


「ルイ、しっかりして」

泣き声でクラウが、そしてアリエルがルイの身体を持ち上げていた。

変だ。酷く重くて、動かせない。眩しい何かで焼き殺されそうだ。


「グランドルッ!! 屋根壊しても良いっ!!」

アリエルが怒鳴る。

瞬間、建物がドッと揺れ、木が割れ飛ぶ音がした。


また、妙に響くような笑い声が聞こえた気がする。中からルイを砕こうとする。

耐えろ。


「ルイ、ルイ、」

クラウの声は心地よい。

「ごめん、迷惑、かけて」

「ルイ、嫌だよ、しっかりして」


「クラウディーヌ、一人でいける?」

「行く」

「分かった。私はここで」

「う、ん、」

「大丈夫」

姉妹の短い言葉のやり取りが交わされる。


「お姉ちゃん、嫌だよ」

「知ってる。任せて。クラウもよ」

「う、」


***


1階に連れていかれた。厨房が直視できない程輝いている。

降りていく中で楽にはなったルイは厨房は無理だと伝える事ができたので、食堂の方の椅子に座らせてもらう。

ひどく情けない。


クラウがバタバタと走って厨房に入っていく。あんなに光っているところなのに、クラウを止める事もできない。


あれほどになっていても、分からないのか?


ルイはギュッと目をしかめた。凍え死にしそうに急に寒い。

「ルイ。どうしたの。どうして? どうしよう」

クラウが水を入れたコップをルイの傍に置く。


ルイはやっと口を開いた。

「寒い。でも、大丈夫。寒いだけになった」

降りた事で、脳裏の眩しさも笑い声も魔力による圧迫も和らいだ。

代わりに、ルイの周りを暖気がチラチラしている。グランドルだと勝手に思う。きっと守ろうとしてくれている。

なのに、寒い。歯が鳴り出した。


クラウがパニックになりかけている。

「なに、どうしたの、なに、なんで」

クラウの手のひらがルイの腕に触れる。とても暖かい。


歯を鳴らすルイに、

「火、持ってくる」

クラウがまたそばを離れた。

すぐに戻ってきた、と思ったらボゥと側で空気が燃え上がる音がした。クラウが平鍋の中に火をつけたのだ。

机の上に遮熱板を置いて炎を上げる平鍋を置く。


「ちょっとマシ? もっと要る?」

「うん、ありがとう」


フゥと気が遠くなる。急に眠気に襲われてしまった。

寒さのせいか。

この状態、耐えないといけないのでは、とルイは思う。

今までずっと緊張していたから疲れが出てきただけ?


ルイの周りを暖気が囲った。

ふっと楽になる。顔を上げて、テーブルの上、炎を出す平鍋が4つに増えていた。これかな。あれ? グランドルか?


未知の龍について思う。

何をしに現れたのか。

ルイが邪魔に?

いや。ルイにそんな価値はないだろう。ただ耐えられていないのだ。

あぁ。今日、父上が来ていなくて良かった。

父ヒルクだってこれは無理だろう。強いとは言っても、父は紛れもなく普通の人間の範疇にいるのだから。

アリエルやクラウたちが別格で・・・。


「・・・クラウは、身体、大丈夫?」

「え? 何、私は全然・・・」

「そっか・・・。良かった・・・」


「どうしてルイが?」

クラウが泣きそうに繰り返す。

「私が、狙われたわけじゃない。ただ、耐えられていないだけだ。きみたち姉妹は、抵抗力が、あるのかな・・・。・・・アリエルさんは?」

「お姉ちゃん、上に」


クラウの言葉に、ルイはガバリと起き上った。

「アリエルさんも、早く」

「きっと降りて来ない。お姉ちゃんガンコなんだ」

「駄目だ、降ろさないと」

「絶対無理、テコでも動かないよ」

言ってからクラウが震えてウワァ、と泣き出した。まるで子どものような泣き方だった。


ルイは焦った。

「迎えに行こう」

「だって、もう来ないよ。お姉ちゃんは、向こうの方が良いんだから。私のとこなんて降りて来ない!」


ルイは手を伸ばした。

「クラウ。ごめん。私が不甲斐なくて。ごめん」

泣きじゃくるのを抱きしめる。

子どものように泣き続けるのを、ルイはゴクリ、と唾を飲み込んだ。

アリエルを迎えに行かなければ。


だが、一番不甲斐ない自分が、また上階に行けるのかどうか。

でも試すしかない。

「クラウ。迎えに行こう。一緒に。私だけでは無理かもしれない。来てもらえる?」


クラウが泣いていて、動けない。


***


フッと周囲が暗くなった。

厨房の輝きが急に落ちたのだ。


ルイは震えた。

「クラウ。去ったかもしれない」

「え」

クラウが泣きぬれた顔を上げる。


ルイの身体が急に軽くなった。呼吸が楽になって、先ほどまでは呼吸も苦しかったのだとやっと気づく事が出来た。


ドン、と上階で大きな音がした。何かが落ちたような音だ。

何だ。

ルイとクラウで、顔を強張らせて上を見つめる。


ドン

バン


ドン、上階から勢いよく影が落ちてきた。

ルイとクラウが正体を確かめる前に向こうから声が上がり、駆け寄ってきた。

「ルイ!」

アリエルを腕に抱えた、人型のグランドルだった。


グランドルはあろうことか、脇にアリエルを降ろしてまでクラウごとルイを引き寄せ抱きしめた。

「良かった・・・生きている」

「この火鍋はどうしたの」

尋ねたのはアリエルだ。それからクラウの泣き顔に動きを止めた。


「グランドル。アリエルさん。無事でよかった・・・」

ルイの安堵の声に、クラウがまたしゃくりあげた。

「あぁ。それよりルイが不安でならなかった。あの者の影響をよく免れてくれた」

「守ってくれたんだろう、グランドル。ありがとう。寒さで大変だったけど、きみが暖かくしてくれたんだろう」

「クラウディーヌの火も役だっただろう?」

「そうだね。クラウ。皆無事だよ。良かった」


「本当に、人騒がせな龍ね」

ポツリと呟いて、アリエルがグランドルについでに抱きしめられているクラウの頭を撫でた。

「クラウ。心配かけたわね。大丈夫、あなたの旦那さま、ちゃんと守ってみせたでしょ?」

「おねえちゃんー」

「私だってここにいるわよ。誰よ、降りて来ないって。来たじゃないの」

「きこえてたの?」

「うん」


変だな、とルイは思った。

1階のこの場所のクラウの言葉が、音から察して少なくとも3階以上にはいたように思えるアリエルの耳に届いたのか?

グランドルならいざ知らず。


「グランドル。何だったんだ?」

「・・・話の出来る内容ではない」

「・・・分かった」

ルイとグランドルの会話に、クラウが反応した。理不尽に感じた様子だ。


その表情を瞬間に見て取ったらしいアリエルがクラウの頭を撫でて教えた。

「もう来ないみたいよ。グランドルと、ついでに私に話があったみたいなの。結婚式を挙げたでしょ。仲間としてのお祝いのつもりなんじゃないの」

「嘘」

「ふふ。じゃあグランドルに教えてもらって」

「アリエル・・・」

グランドルが渋面を作っている。

そして、やっとルイとクラウを腕の中から解放した。


「私は、あなたが失われないかと本当に恐怖を覚えた」

「そうね。無事でよかったわ」

「つまりこの後は、アリエルは私と。ルイとクラウディーヌとの部屋で良いだろう」

「あら。人間のような機微を覚えたの、グランドル」

じっと真顔になったグランドルに、アリエルは少し首を傾げるように笑んだ。

「巻き込まれたのよ。クラウなんてルイくんを失うところだった。言ってあげなきゃ」


ルイは微妙な気分になった。

アリエルは思った以上にクラウ寄りだ。ルイはどうやら付属物だ。

今更だが足手まといを謝りたい。

しかし今はそんな会話の流れではないようだ。


グランドルがため息をついた。

「こちらも全てを失うところだった」

「でも失わなかったでしょ。本当に、良かった・・・」

アリエルが静かに独り言のように呟いた。


「だがアリエル。ルイとクラウディーヌをもう同じ部屋にしてやった方が良いのではないか。可哀そうに」

グランドルがまるで窘めるように言うのを、アリエルが急にムッとした。

それからクラウを、ルイの様子を見る。


「やだ。クラウ。今日はお姉ちゃんと一緒の部屋で寝ましょうね!」

「え、う、うん・・・。何があったか教えてくれる?」

「えぇ」

「アリエル!」

「ルイ、明日、お姉ちゃんからの話、教えてあげるね」

「うん・・・分かった」


「ほら見ろ。ルイが可哀想ではないか」

グランドルがアリエルを窘める。


ルイは情けない気分でグランドルを見上げた。自分だけができない子みたいな気分だ。

「グランドルだって、アリエルさんとが良いんだろう?」

はぁ。とグランドルがため息をついた。

「ルイの無事は確認した。私はアリエルと話をしたい」


「ねぇ、でも今日はクラウディーヌが来てくれてるの。今日は姉妹で同じ部屋で寝たいのよ」

「あなたはまだその希望を叶えたいのか?」

グランドルが情けない声をあげる。

むしろグランドルを応援する気持ちでルイはグランドルを見つめる。

死を身近に感じたのだ。正直、グランドルよりクラウといたい。グランドルが嫌とかそういう話ではない。クラウが良いのだ。


グランドルもひょっとして同じなのかもしれない。アリエルに訴えた。

「私と話をしよう。もう姉妹の交流は終わったはずだろう?」

「まだよ。約束したでしょう? 朝まで、私とクラウの時間にさせてくれるって。お願い。ね、グランドル?」


きっとアリエルさんが勝つのだろうなぁ、とルイはなんだか虚しく思っていた。

涙を乱暴にぬぐいながら、クラウがルイに問いかけてきた。

「ルイ、本当にもう大丈夫?」


ふっと気が緩んだようにルイは笑んだ。

「うん。ごめん、本当に心配させた」

「無事でよかった・・・」

グランドルたちが話し合うのを他所に、抱きしめ合う。

生きている実感がわいてきた。

良かった、生きていられた。

良かった。まだ生きていられるのだ。


そう思ったら、急に身体が震えだした。情けない。ゾッとしたのだ。

クラウも同じ様子だった。


「見ろアリエル。ルイとクラウディーヌも、もう2人一緒にさせた方が良い」

「やー」

子どものようにアリエルがだだをこねだした。泣きそうだ。

「やだー、今日は姉妹でずっと過ごすって、良いって約束してくれた!」

「我儘を言うな」

グランドルが呆れたようにアリエルを抱きしめて宥め始めた。


ルイは放したくなくてクラウを抱きしめつつ、心配になってグランドルとアリエルを見やった。

どうしてあれほど姉妹で過ごすことにこだわるのだろう。

グランドル、頼む、頑張って説得して。


クラウが、涙声ながら笑った。

「私の取り合い。変なの」

ルイは拗ねる気分でクラウを見た。クラウにもルイを希望して欲しい。


クラウはグランドルに言った。

「ねぇ、ちょっとだけ、お互いの宝物を交換しようよ、グランドル」

「なんだと?」

「クラウ!」

アリエルがパァと喜びの声を上げる。


「絶対に大切に守ってね。ルイをちょっとだけ貸してあげる。代わりに、お姉ちゃんを大切に預かる。明日の朝に返すから」

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