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それぞれの部屋で

今日は、アリエルの希望で、ルイとクラウも泊めてもらう。

アリエルは、姉妹2人で過ごすことを心から楽しみにしているようだ。グランドルに言わせれば、式よりこちらの方がアリエルにとって重要らしい。


とはいえ、ルイと話をして落ち着きはみせたものの、やはりグランドルは常に上空を気にしていた。

グランドルは、どうしてもなのかとアリエルに念押しして、結局アリエルの希望を叶えることにした。

つまり、今日はアリエルとクラウが同じ部屋に、ついでにグランドルとルイが同じ部屋で眠る事になる。


しかし姉妹が3階の部屋に姿を消した瞬間、グランドルがイライラと再び警戒心を表に出し始めた。

料理程度の時間なら抑えられたが、夜は長い。警戒相手とグランドルの力の差は歴然らしく、一瞬でアリエルを奪われないか、引き離されてしまわないかと不安だという。


せめて龍の姿で守る事ができれば、と歯ぎしりしそうな様子に、ルイも確認してみたが、この家を守りかつ龍の姿を現していれる場所は無いという。


「せめて一番いい場所にいよう。どこで待機しているのが良いんだ?」

「あの者は常に上から来る。アリエルたちの上の部屋ならば」

「どこでも良い。物置でも良い。私だって心配だ。クラウも一緒なのだし。選べる一番良い場所で警戒しておこうよ」

「そうしよう」


4階、姉妹のいる部屋の真上は両親の部屋だった。

これはルイが躊躇ちゅうちょした。きっと、ここには思い出がずっしりと詰まっている。この説明にグランドルは納得した。彼は龍だけれど、人の気持ちも分かってくれる。


この建物は5階まである。

5階は、完全にほこりまみれだったが、寝泊まりできるような部屋だった。

「昔、使用人が何人もいたそうだ」

グランドルの説明に、なるほどとルイも頷いた。

この料理屋は、4人家族、しかも親2人、娘2人にしては大きな店だと感じていた。住み込みの人たちがいたならやっていけたのも納得だ。そういえば、クラウも福利厚生の話をした時にそんな話をしてたっけ。


ルイが長年の埃に咳をしたのを気にして、グランドルが一瞬で部屋を焼き払い、埃を消した。造作もない事だという。

窓を開けて少し換気もした。


「ルイ。お前は人だ。睡眠が必要だろう? 疲れたのなら遠慮なく眠れ」

「ありがとう。でもせっかくだから起きていたい」

グランドルは椅子に、ルイはベッドに腰かける。


グランドルはそれから周囲を見上げまわす。

今はいないというが、気配なく急に現れるのだという。警戒は怠れない。


時折ポツポツ、普段どんな風に過ごしているかお互い話をしながら、緊張して時を過ごした。


せめて、アリエルさんとクラウが、楽しい時間を過ごしてくれていたら良いと、グランドルとルイで話をする。


***


日付が変わった頃だ。

グランドルがポツリと言った。

「クラウディーヌが泣いている」

「え?」


グランドルは教えてくれた。

「明日、ルイにはクラウディーヌから詳しく話をされるだろう。だが心の準備は必要だ。ルイ。アリエルは、この建物を手放したいと考えている」

「え」

「会話が終わったのは少し前だ。クラウディーヌが泣いている。アリエルも寝たふりをしながら起きている。気づいている。哀れだ。親と子のような姉妹だ。ルイはどう思う」


ルイは動揺していた。

「なぜ手放すんだ。ご両親の、大切なお店だと・・・」

「クラウディーヌの宝物だからといって、アリエルにとってもそうだとは限らない。分かるはずだ、ルイ」

グランドルの視線がいつになく険しい。

この話題はグランドルは完全にアリエル側だ。


「私はアリエルの希望を叶える。重しを手放して良い頃だ」

グランドルが怒っていた。ルイは息を飲んだ。

どういう事だ。


そうだ、アリエルさんは、料理屋が負担だった。


だけど、本当は手放したいぐらい、嫌だったのか?


誰にだって、表に出さない事柄はあると知っている。ルイは真顔になった。


「分かった」

緊張のせいか、ルイの声はかすれてしまった。

「クラウの事は任せて。でも、明日、アリエルさんと色々話をさせてもらうと思う」


「アリエルに決して無理をさせるな」

「努力する。だけど私はクラウが泣くのは嫌なんだ。アリエルさんだってそこは同意してくれるはずだ。アリエルさんの意志が決まっているのなら、こちら側の最善を探したい」


「なるほど。分かった」

いつもになく見下した雰囲気でグランドルが頷く。この件に関して、グランドルが味方になることはなさそうだ。


ルイはため息をついた。

泣いているのか。明日、目が腫れているのかな。むしろ腫れていたら、どうしたんだと尋ねることができるのに。


「・・・ルイ。クラウディーヌが動く。水を飲みに行くと言っている」

「ん」

「絶対に厨房には踏み入るな。例え水を汲めと頼まれても拒むのだぞ。とはいえ、行けば危険だと分かるはずだ」

「・・・分かった」

ルイは立ち上がった。グランドルは、警戒のためにこの場を動かない様子だ。

そっと静かに部屋を出た。


厨房の話題が出たという事は、1階だ。向かおう。


***


静かに厨房に向かう。

クラウはもう先にいるのだろうか。


1階に降りて、奥に進む。厨房の扉を確認して足を進めて、数歩でルイは立ちすくんだ。


見えた先、開いた扉の向こう、厨房が青白く光っていた。

多くの鍋。調理用フォーク。計量スプーン。調理台。

特に持ち手の部分が光を放っている。手垢がつく箇所と同じ。つまりアリエルとクラウが頻繁に手にする場所。


コォオオオオ


風が通っているはずはないのに、高く突き抜けていくような音が、聞こえた気がした。


グランドルは昼間、『活性化した魔物の巣窟と同程度の警戒を』と忠告をくれていた。

ならば、ギリギリのところで覗くほかはない。


ジリリ、とにじりよる気分で奥に近づく。

おかしい、というのは肌で感じた。

使用人がいたという。過去形。理由は知らないが、今はいなくて当然だ、とルイは思った。こんな環境、普通の人には耐えられない。


魔力が高すぎる。圧縮が酷すぎる。


魔法石と同じだ、とふと思う。

限界まで圧縮された魔力が、勝手に放出されている。


そういえば。クラウは本気のやる気を出すと魔力を放出する。

昼間のグランドルの推察が正しいなら、きっとアリエルの方が強い。つまり彼女たちは、姉妹で高い魔力を放出しながら、ここで料理を作り上げてきた。


魔力がつぎ込まれ圧縮を重ねられた、本来ならただの鍋が、国宝レベルの魔道具のようだ。特別な機能が命じられていないだけ。

一方、魔力に耐えられない器具が、ふとした弾みで破壊されていくのだろう。

味が落ち着かないはずだ。

彼女たちは、『くう』の力が強い。料理には向いていない。効果が極端で、加減の調節も難しい。破壊にさえ至るのだから。


「・・・誰。ひょっとして、ルイ?」

少しのどに詰まったような声が、厨房からした。

クラウだ。中にいる。


ルイは自分が踏み込まないよう気を付けながら、返事をした。自分は空間内部に耐えられそうにない。

「うん。ちょっとね。降りてきた。クラウも眠れないの?」

「うん。ルイも水、飲む?」

「んー。止めておくよ。クラウ。そっち寒そうだよ。こっちに来て欲しいな」

「え? そっちもこっちも同じだけどな」

不思議そうに答えながら、クラウが厨房から現れた。


ゥイ

と妙な音を出して、部屋が少し収まった。

クラウが入っていた事で、魔力が流れていたのかもしれない。


「本当に良いの?」

「うん。きみの顔見たら安心した。喉も別に乾いていなかった」

ルイの言葉に、クラウが笑った。

「変なの。そっか。でもすごいタイミング」


「クラウ」

ルイは手を伸ばした。

「泣いてる」

「うん。泣いてた」

素直な言葉に、ルイはクラウを抱きしめた。


「どうしよう、ルイ」

「どうしたの」

「すごいねルイ、私が降りてきたタイミングで来てくれるなんてさ」

「本当だ。夫婦だからだ」

「夫婦すごい」

クラウはルイの言葉に鼻をすすって笑った。ルイが来れたのはグランドルのお陰だが、言う必要はない。


「ルイ。どうしよう」

「うん。どうしたの。何でも聞くよ」

「うん。でも明日にする。お姉ちゃんが心配しちゃうから」

「・・・そっか」

「最後かもしれないからさ」

「何が? 姉妹で同じ部屋で眠るのが?」

「・・・うん」

「大丈夫だよ、クラウ。グラオンにも来て泊まってもらう事も出来る。その時は一緒に寝ればいいんだ」

「・・・うん」

「グランドルを説得しないといけないけどね」

「ふ、ははは」

クラウが吹き出した。


抱き合っていたのを腕を緩めて、暗がりの中でお互いの顔を確認する。互いが移動につけた灯りで、どんな顔をしているかは分かる。


「たくさん話をした?」

「うん。たぶんお姉ちゃん待ってるから、もう行くね」

「うん」

「話は弾んでる?」

「うーん、渋い男同士の話をしてるかな」

「あはは。そっか」

クラウが楽しそうにまた笑った。


お互いの頬にキスを贈り合う。

「おやすみなさい、ルイ」

「おやすみなさい、クラウ。身体冷やさないでね」

「そこまで寒くないよ?」

「きみを見送ってから戻りたい」

「そうなの? 分かった」


クラウが階段を登っていくのを見守る。

嘘はつきたくないのに、どうも嘘つきになっていく、とルイは思いながらクラウを見つめる。

クラウもルイの様子を時折確認しながら、上階に姿を消した。


少し待ってから、ルイは再び厨房を見た。

光は収まってきている。だけど、ルイにはやはり踏み込むことはできそうにない。

あそこに違和感も感じず普通に入っているクラウとアリエルの方が変なのだ。


***


ビリッと、急に厨房が再び輝きを増した。

光量にルイは目を腕で庇った。


なんだ。

周囲を見回す。

アリエルとクラウは上階、3階のはず。

ルイだって離れている。それにルイがこんなに刺激を与えられるはずはない。


と、可能性に思い至った瞬間、ルイはゾッとした。


グランドルが警戒した相手。未知の龍。


まさか、今、上空に現れているのでは?


できるだけ、足音を立てないように気を遣いながらも、ルイは急いで階段を駆け上がった。


***


3階に至った瞬間だ。

ルイは立ちすくんでしまった。

意志を無視して足が震え、上からの圧力にペタリと座り込みかけて慌てて階段の手すりに縋った。


上階を見つめる。

恐ろしい魔力の圧迫。

身体が床に押し付けられそうに感じる。


グランドルについて思ったが、ルイは歯を食いしばって、姉妹が寝ている部屋に向かう。

ルイにはこれ以上、上に行けない。


「クラウ! アリエルさん! 無事ですか!?」


ルイのノックに、パタパタッとすぐ足音がして、扉が細く開けられた。クラウだ。

「ルイ。どうしたの。何かあった」

自らの言葉にクラウの表情が強張った。クラウもグランドルの警戒を見続けたから、異変の可能性に気付いたのだろう。

とはいえ、クラウは普通に動いている。


「たぶん今、上に現れてる」

「どうしよう」

「少しでも下に」

「うん、待って。お姉ちゃん!」

すぐにバタッと音がして、アリエルが扉を大きく開けた。ガウンを羽織り、ルイとクラウにも押し付けてきた。アリエルも何の圧迫も感じていないようだ。

「グランドルは!?」


「上にいるはずです。魔力が強すぎて私には行けない。お願いです、アリエルさん下に避難して」

「嫌よ。上に行くわ」

「駄目です! グランドルはあなたを心配している!」


「お姉ちゃん、下に行こうよ」

「いいえ。嫌よ。二人は行って。私には夫の元に駆けつける権利があるの!」

「お姉ちゃん!」

「グランドルは無事かもしれない。あなたが失われては、グランドルが壊れてしまいます、そうなっても良いんですか!?」

ルイはグランドルのために訴えた。

アリエルがルイを押すように出ようとしたので、ルイがよろめく。アリエルが、クラウが、驚いてルイを見つめた。

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