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対面

式の日がきた。

事前に連絡し合っていた通り、昼過ぎにグランドルとアリエルがルイとクラウを迎えに来てくれた。

なお、ルイとクラウは、午前中にそれぞれの服の購入店にて着替えさせてもらっていた。もちろん本日のルイにヒゲはない。


荷物も持って、4人で『アンティークショップ・リーリア』にジェシカを迎えに行く。


郊外に移動して、グランドルが赤い龍の姿に戻る。

初めて見るジェシカが驚きのあまり硬直しているのを、赤いドレス姿のクラウが心配して肩を抱き寄せて落ち着かせていた。


慣れているアリエルを先頭、ルイを最後尾として、間にジェシカとクラウが引っ付いて、グランドルの背に登って背中から突き出し並ぶ骨に縋りつく。

ゆっくりとグランドルが伏せていた身体を起こし、グランドルにしてはきっと緩やかな速度で前に進む。

いつのまにか宙に浮いている。


グランドルの背に乗っても風に押しつぶされることはない。ふわりとした風を感じる程度に守られている。

巨大な姿だから真下の光景はグランドルの胴に阻まれて見ることができない。上に空、左右にも空。

普通は人が見る事の出来ない光景。


ルイたち家族は時折楽しませてもらっていた光景だけれど。

グランドルは人とは違う存在なのだとルイに実感させてくる。


人とは違うものを見て、人を超えて生きている。

人を恋しがるくせに、人を好むものでもない。


でも、ルイは幼少時から親身に傍に在ろうとしてくれるこの赤い龍に最高に友情を感じている。


***


「ところで、ルイ。私とアリエルから、サプライズプレゼントというものを贈りたい」

クラウの住んでいた、シュディールという町の教会に直接降り立って、人の姿に戻ったグランドルは昔から変わらない親しみのある笑みをルイに向けた。


「サプライズプレゼント?」

グランドルが?

ルイは目を丸くする。


「・・・実は、頼まれた。きっとそうした方が良いと思った。・・・喜んでもらえると良いのだが」

グランドルにしては曖昧な表現だとルイは首を傾げた。

アリエルが、意味ありげに微笑んでいる。

「・・・クラウ。義理の、新しいお父さんとお母さんができる日ね。本当におめでとう」

「・・・ありがとう」

急な祝いの言葉に、クラウも戸惑ったようになった。


グランドルが笑った。

「ヒルクに頼まれた。息子の結婚式に是非出席したいと。大切な子どもの大切な式典で、見守っている事を表したいのだと。それに、相手の女性にとっても、親の出席は非常に気がかりのはず、と」


なんとなく予想がついてきて、ルイは言葉を失った。

つまり。両親が来ているのか?

まさか。カァッとルイは赤面した。


「祝わせてやれ。お前だって、子ができて妻ができたら祝福したいと思うのだろう?」

「・・・」

きっと、その通りだと、思う。ルイは赤面したままで、グランドルを見上げる。幼少時から変わらぬ友好的な笑み。

ルイはそれからクラウを見た。

クラウは嬉しそうに安堵したようにルイを見ていた。

「良かったじゃない、祝ってもらえるなんて」

「でも、私の方だけ」

ルイはうっかり口に出しかけて途中で止めた。


アリエルが肩をすくめた。

「気を遣わなくて良いのよ。それに、私たちの方の結婚式への出席を嫌がったから、ルイくんまでご両親も呼ばないって決めちゃったのかしら、って。でも、ご両親でしょ。お願い。クラウにもルイくんのご両親からの祝福をあげて?」


ルイは恥ずかしさで目が潤みそうだった。

親が出て来るなんて恥ずかしい、というのもあるけれど。きちんと両親や家族にクラウを、クラウに両親や家族を、紹介するべきで、その方がクラウにだって良いはずだという考えに全く至っていなかったのだ。


「どうぞ。新郎新婦さま。ルイくんはこちらの風習を知らないはずだから、お父さんに教えておいたの。クラウは私が連れていくわね。じゃあ、式を始めましょう」

「ルイ。こちらに来い。ヒルクが待っている。連れて行こう」


***


父親ヒルクとは、本当に久しぶりに対面した。

グランドルに連れて来られたルイを見て、父はどこか無邪気に嬉しそうな笑みを見せた。

何を言われるのかとルイは緊張したが、何の言葉も無い。

ただ、肩をポンポンと叩く仕草で、父が満足しているのをルイは感じた。


無言のまま、ルイの、髪の色に合わせて選んだ深い紺色の上着に造花の飾りが取り付けられる。

これはなんだろう。クラウの地方の結婚式の儀礼のアイテムなのだろうな。


無言なのは、こちらも無言でいたほうが良いのだろうか。そう決まりがあるのだろうか。


父がルイの前に立つ。前を見やってから、振り返ってみせる。そして意味ありげに前を見る。ついていけばいいのだと察する。

父が歩く。数歩はなれてルイが歩き出すのを確認して、父がそれでいい、と態度で示すように頷いた。


たった、7歩の距離。

久しぶりに見る、父の背中だ。きちんと正装している。

父もトリアナの騎士だから、王国騎士の儀礼時の騎士服を着用している。


ルイは5人兄弟の末弟だ。だから、直接真後ろで父の背中を見て歩いた経験は数度しかない。ルイが直々に王に呼ばれた時に連れていかれた時ぐらい。

それでも、父が長期任務に出る時は、皆で出立を見送った。

それでなくとも、家から王宮などに向かう時にも、何度も見送った。


守られてきた、とルイは実感する。

王妃様たちの茶会の時も、王に呼び出された時も、婚約破棄の時も、その後の女性関係の騒動も、誘拐未遂が発生した時も。


憧れて、頼って、頼もしかった父の後を、私はきちんと生きていけるだろうか。

あなたと同じように、立派に生きていけるのだろうか。


扉が開けられる。父が開けて待っている。

言葉による説明がないのでルイは父の顔から状況を把握しようとする。

父はやはり暖かく見守りながら、扉の先を右手で示した。ルイは先に進めと言う事だろう。

動きに従い、父の様子を確認しながら扉を抜ける。

また肩が叩かれて、小声で、

「良くやった」

と囁かれた。

ドキリと心臓が跳ねる、顔が赤らむ。立ち止るべきかと思ったが、道の先、教会の司祭が片手を広げる仕草でルイを招く。

進むべきだ。


向こう、クラウが別の扉から、アリエルに見送られるように同じ空間に入ってくるのが見えた。


初めて入った、クラウの町の教会。

驚いたことに、天井が無い。壁は妙な曲線を描いていて、高さもバラバラだ。

雨が降ったらどうするのだろう。今日は晴れているけれど。


舞台は白い石でできていた。磨いてもいない、ただ、珍しく大きな石の上に、司祭が立って待っている。

傍に来るようにと手で示す。


人の手で石に階段が刻まれている。ルイは注意して階段を上って司祭の元に。でこぼこしている上に、緊張しているらしく汗が出てきた。

ルイがたどり着くと、クラウの方が先にたどり着いてルイの到着を待っている。

ルイが贈った赤いドレスと装飾品。短髪だからと選んだ、繊細だけれど大きな面積のある金色のイヤリング。同じ模様で細かく波打ちながら三角に近い形をつくる、胸元を彩るネックレス。天井も無いこの空間で、光を反射してとても綺麗だ。クラウにとても似合っている。

そして、頭上にはジェシカたちから贈られた金色のティアラ。悔しく感じてしまうほどに、これ以上無くはまっている。

まるで別の世界の王妃様みたいだ。


クラウは、左手に花束を持っていた。ルイが上着につけられた造花と違い生花だ。


「ルイ=ヴェンディクスさん。クラウディーヌ=カートルさん。今日は、ご結婚の祝福の授与と言うことで間違いありませんか?」

司祭が言葉を発した。

どうすれば良いのか。コクリとルイが頷いてから、クラウが小さく「はい」と答えたので、ルイも慌てて「はい」と発音した。

手順がわからない!


「分かりました。それでは。光の中に花束を」


意味の分からない言葉。クラウの様子を見れば、クラウは真剣な顔で左手の花束を司祭に向けて差し出していた。天井が無いので、日光に当たっている。

ルイは慌てて、父が胸元に取り付けた花飾りを外し、クラウを真似て左手で差し出し・・・司祭に小声で「右手ですよ」と教えられて急いで右手に持ち替えた。

なんだこの緊張感。

クラウがクスリと笑ったので、仕方ないような笑みをクラウに送る。

ンン、と司祭が咳払いをしたので、今のやり取りはどうやら控えるべきだった様子だ。


「イーディハ・ラシク・ウレイユス・キーン」

古語だ、とルイは察した。だが専門でないので意味が良く分からない。

パァ、と右手の花飾りが光ったので驚いた。


「花束の交換を」

司祭の言葉に、ルイはクラウの様子を見る。

クラウが右の手のひらを向けて来るので、ルイはクラウの反応を確認しつつ、自分が右手に持つ花飾りを手渡す。

それで良い、とクラウが頷いてくれて見せて、今度はルイの空いた右手に花束が渡された。


「天からの祝福をあなた方に」

司祭が厳かに述べて、クラウが司祭に礼を取ったのでルイも倣う。


それにしても、先に流れをしっかり聞いておくべきだった。『全部言ってくれるから大丈夫』とか鵜呑みにしてる場合じゃなかった! しかしもう遅い。


司祭は微笑んで頷き、去っていった。

この後どうすればいいのだろう。

司祭が去った後、父に母、グランドルにアリエル、そしてジェシカが嬉しそうに扉から入ってきた。


「儀式は終わりだよ。あとは皆に自由に祝ってもらうんだよ」

「花はどうすれば?」

「花束は枯れるまで玄関に飾っておくの。こっちのは造花だから、私が生涯大事に使うね」

「うん。分かった」

「緊張した?」

「とても。手順が分からなくて」


クスクスとクラウが笑った。とても美しいとルイは思った。

この人が妻になってくれたのだと思うと、ルイは胸がいっぱいになった。

「ルイ、すごく頼もしくて格好いいよ」

クラウが照れたように教えてくれた。

ルイは単純に素直に喜んだ。

自分が、クラウに負けないようにと精一杯大人に見えるよう整えたのを分かっての発言だ。分かっているけど、それでも嬉しい。

「クラウ、誰かにとられないかと心配するぐらい、綺麗で美しいよ」

「もう」

クラウが赤面した。

「ルイの優しさだって分かってるけど本当に照れるよ」

「本当の事だよ。惚れ直した」

「私なんて毎日そうだよ」

知らされた本音と思える言葉にルイは驚いた。そんな事を言ってくれるなんて。こちらこそまた惚れ直すよ。


父と母がルイの目の前にいた。

「ルイ。本当におめでとう。クラウさん。初めまして。ルイの親です。ルイをどうぞよろしくお願いします。頼りにしています。それから、どうか私たちとも家族になってもらえると嬉しい」

父が話しかけてきた。母は感動して泣いておりハンカチを握りしめてルイを見ていた。


ルイは、父と母にクラウを、クラウに両親を、そしてこの空間に集まってくれている人たちを紹介した。


祝いの言葉と態度に、気恥ずかしさを覚えながらも心から感謝した。


***


式の後は、クラウの生家へ。

未だに料理屋は休業中だ。たぶん、アリエルには再開の意思は無いのだろう。


けれど、家はまるで開店しているかのように解放されていた。

クラウが驚きつつ再会を喜んだ人たちが十人ほど待っていた。アリエルが声をかけたのだろう。

たくさんの料理が並んでいる。

ジェシカには、彼女が口にできる紅茶とクッキーでおもてなし。


アリエルがクラウの小さな頃の映像記録を持って来て上映した。可愛いなと思っていたら、ルイの映像記録も持ち込まれていてルイは絶叫しそうになった。


上映中、クラウがマジマジとルイの顔を見つめてきた。どういう意味?


皆でワイワイと食事と会話を楽しんだ。

なお、アリエルさん作の料理だけ突出してアレだったのでよくわかった。

ちなみにグランドルも手伝ったそうだ。肉はとても美味しく焼けていた。


***


ジェシカは日帰りでないとシーラたちが心配する。

式とその後の食事を無事終え、その日のうちに、再びグラオンまで運んでもらった。

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