がんばろう
音量差の原因が分かって、ルイは早速『音声記憶装置の簡易版』を作り直した。
途中からのやり直しで済んだので2日で2つとも作り直すことができた。
なお、今回は、直さなかったものと同じような音量になるように、『少し尖っている魔法石』を選んでいる。
「よし。じゃあ最後の1つに取り掛かるぞ!」
「おめでとうー」
作り直しの苦労をねぎらって、クラウがパチパチと拍手を贈ってくれた。ありがとう。
ガランガラン
「あ。お客さんかな」
クラウが店側に向かい、扉をあけたところで声を上げた。
「あ、『マイズリー家具屋』さん! ルイ! 宝箱の箱が来たよ!」
***
「毎度どうもー! お届けに上がりました!」
「ありがとうございます!」
ルイも一緒に出迎える。3人がかりで運ばれている大きな箱にテンションが上がる。
「どこに置かせてもらいましょう?」
「どうしよう。奥のテーブルに置いて欲しいのだけど、入るかな・・・」
「ギリギリ行けそうですね。注意して運ぼう」
しきりの扉を見て、運んでいるジェイクが残りの2人に声をかけた。
まずい、扉の大きさなど気にせず注文していた。
通ってくれなければどうしようか。扉を大きくしてもらうしかないかもしれない。
裏口は階段下に出る扉だから空間が狭い。例え出入りを一時的に許可しても裏口は無理そう。
かなりギリギリだったが、無事に扉を通り抜けた。かなりハラハラしたが通って良かった。
扉に近い方、宝箱作業用にしているテーブルの上に置いてもらう。
テーブルとほぼ同じぐらいのサイズだ。
「納品前に確認してもらっていいですか。基本的に宝箱によく使われているクレイルの樹を使っています。ただし、重心確保と頑丈にするために、底だけ厚みを変えてあります。それから、蓋は、3枚の板を曲げたのを並べて繋げています。この大きさなので、分解してしまわないよう、それぞれの角に必要最低限の金具を付けています。この上から装飾用の金具を取り付けていただければと思います」
「ありがとう」
説明の途中だったが、ルイは思わず感謝の言葉を口にした。依頼内容を完遂してくれていると感じたからだ。
「光栄です」
ジェイクは笑顔を光らせてから、説明を続ける。
「蓋は取り付けてあります。蝶番は、強度の兼ね合いがあり、頑丈な大きめのものを取り付けさせていただきましたが、この状態でも問題ありませんでしょうか? これより小さなものですと、長期の使用に耐えにくいのです」
「なるほど。分かりました。頑丈優先で構いません。機能が損なわれては意味がありませんから」
「ありがとうございます」
ジェイクが頷いて答える。ルイが良しとするのを見越して選んでくれたようだ。
「それから、こちらはウチの店長からのサービスです。いつも御贔屓にしてくださり有難うございます、と言っていました」
ジェイクから、紙袋を渡される。
開けて中を確認させてもらったところ、宝箱の装飾に使えそうな金具が5,6個ほど入っていた。
「なお、『もし使われないのがあれば返してもらえれば』なんて言ってました」
「あはは。有難うございます。作り終わって余ったものがあればお返しいたします」
「微妙にケチなサービスですみません、ほんと」
「いえ。見せていただけるだけでも参考になって嬉しいです。助かります」
製作費と運搬費合わせて32,000エラをコインで支払う。
いつも頼もしくきっちり仕事をしてくれる家具屋の面々は、良い笑顔で去っていった。
「なんかあの人たちさぁ、仕事っぷりが良いよねぇ」
とクラウがしみじみ感心したように見送ってルイに言った。
ついクラウの様子を見やってみれば、単に仕事人として惚れ惚れしているだけの様子だった。良かった。気にしすぎ?
クラウはルイの様子に気付く事なく言った。
「なんか今後とも長く付き合いたくなるってああいう感じなんだろうな」
「ああいう感じって?」
興味を惹かれてルイは尋ねる。
「んー。そうだなぁ。ものを頼んでさ、『良いもの手に入れた!』『良い選択をした!』って嬉しくなる感じかなぁ? ルイは思わない?」
「なるほど。うん。とはいえ、『失敗した!』という経験もないな、と今気づいた」
「ふぅん。・・・あ、忘れてるよ。私にくれた素焼きの馬、あの時、ぼったくられるところだったじゃないか。あぁいう相手は嫌だろ?」
「あの時の私は気づいていなかったけどね、初め」
「困った店長ー。でもさ、例え同じ品物で同じ値段でも、やっぱり相手が態度悪かったら嫌じゃないか。許容範囲なら、多少高くても気持ちのいい店で買いたいもんだと思うよ」
「うーん。そうなのかな」
「ルイだって、なんだかんだ店を選んでるじゃないか。瓶詰の『トルウィス食料品店』だって、店主会いたさに、購入を口実に行ってるようなところあるでしょ」
「そう言われればそうだな」
笑いながらのクラウの指摘にルイは納得した。
瓶詰の店の品物は、量は少なくて値段は高い。でも味が好きな上に、ルイ個人があの、のんびりしながらもとても丁寧な物腰の店主が好きなのだ。あの店にいくとほっと落ち着ける気分がするのである。
「ねぇ、もし、ものすごくダメな仕上がりだけど人柄が良い店と、ものすごく素晴らしい仕上がりだけど人柄が最悪な店なら、ルイはどっちに行く」
「迷わず、素晴らしい仕上がりの方だ」
「そっか。でもさ、帰り際に『チッ』とか言われるんだよ」
「バートンさんみたいな人かな」
「バートンさんは私には親切だよ。許せない感じの『チッ』だよ」
「うーん。まぁ、私ならそれでも素晴らしい仕上がりの方に行く。いくら人柄が良くても内容が伴わないなら頼む気は起きないよ」
「そっか。うーん」
ルイは楽しく笑った。
「でも、クラウが言おうとした事は良く分かったよ。人柄を買ってもらうという事も大切だって話だろう?」
「うん。そう」
「私は人柄に難があるから、クラウがサポートしてくれると嬉しいな。技術の方は頑張って磨くから」
ルイの言葉にクラウが苦笑した。
「私が人柄担当ってかなり不安。でも、頑張る」
「うん。頑張ろうね。両方とも最悪だなんて言われる事だけは避けたいし」
「うん。最高じゃなくても最善を尽くそう!」
クラウがやる気に火をつけたようでグッと握りこぶしを作った。
パチィ
と、店側の棚あたりで、空気が鳴った。
クラウは気づかない様子だが、ルイは正面に取り付けてある棚を凝視した。
光ってないか?
***
棚に近寄りつつ、ルイは頼んだ。
「・・・クラウ。もう一度やる気を出してみて」
「はぁ?」
「握りこぶしを作って、『やるぞ!』って」
「・・・『やるぞ』」
「本気で」
「何をやればいいの」
「本気で『やるぞ』をやってくれれば」
「うわ、なんか今の言い方腹が立つな」
ムッとされたので、ルイは真面目に謝った。
「ごめんなさい。店を頑張ってやるぞってもう一度意気込んでみてください」
「実験?」
「うん」
「よくわかんないけど、行くよ。『店、店員として頑張るぞー! 本気で!』」
パチィッ!
「光った! 『空』だ! 熱っ!」
陳列している魔力入りの魔法石の中の1つが光った。つまみ上げようとしてルイは取りこぼし、魔法石が宙に滑る。
カツン、と床に落ちた。
パァン、と宙が光った。
「光った! 違う、魔力の放出だ!」
「え? 何々?」
クラウには見えないのか。
ということは微細な程度なのか。
床に転がった魔法石を再び持とうとするのにパチッとはじくように刺激があって持てない。
クラウがルイの様子を心配して、手を伸ばした。
「! 気をつけて、怪我しないで」
「え、うん。・・・え、普通に持てたよ?」
ルイは指でつまみ上げている様子をまじまじと見た。
「クラウ。きみ、聖剣に選ばれた」
「売ったけど」
「それでも、選ばれているんだ」
「何か問題が?」
「昔に選ばれた勇者も、普通の人だった。選ばれてから急激に力が伸びたって記録にある」
「昔の姉さんなんだよね。ちなみに私は売ったんだよ」
「でも、クラウ。きみ、多分・・・。ちょっと待って」
ルイは立ちあがって奥に向かう。
宝箱用のテーブルの傍、椅子の上に移動させた中から、自国の魔道具の先生にもらった大粒の『空』の魔法石を取り上げ、急いで戻る。
「持ってみて」
「こっちのは?」
「そっちは売り物の棚に戻しておいて。・・・うわ、恐ろしい圧縮状態だな・・・」
「圧縮? えーと、その大きなの、頂戴」
クラウが両手の上に大粒の『空』を載せる。
「それで、やる気を出して!」
「・・・はい。店、頑張るぞー!」
「本気で」
「えー・・・。頑張るぞー!!」
ルイがじっと魔法石を凝視するのを、クラウがじっと見つめた。
「あのー。店長。どんな感じなの」
「クラウ」
ルイは、ガシリとクラウの両手を自分の両手で力強く包んだ。
驚くクラウに、ルイは真顔で説明した。
「きみ、本気でやる気を出すと、魔力を放出してるみたいだ」
「それ、すごい?」
「便利」
「うわぁ」
本当は、調整しないと不便な事は秘密。
***
クラウは、店番をしつつ、やる気を出しつつ、宝箱に使う大粒の『空』の魔法石を持つことになった。触れつつ内装について考えてもらうと丁度いい感じに魔力が溜まっていきそうだ。
「すごく嬉しいな。魔力を込めるの、大変だなと思ってたんだ」
ニコニコしながら言うルイに、クラウの方はどこかやる気が無さそうに、
「ふぅん」
と答えた。
「役に立つのはものすごく嬉しいんだよ。でも、なんかあの剣の影響かと思うとやる気がそがれるよー」
「そんなこと言わないで! 聖剣はかなり役に立ってくれてるよ! もっとあの剣を尊重して。そもそも、私がきみに会えたのは聖剣が問題だったからだろう。聖剣に感謝してもしきれない」
ルイの切実な言葉に、クラウがカァと頬を染めた。
「う、うん・・・」
動揺して、頷いている。
「分かった。うん。見直してみる」
「うん。・・・もし売り払ったのが気になるのなら、なんとか戻るように手配してみるから!」
「あ、ううん。そういう未練は一切ないから」
「・・・残念だよ」
「ルイが欲しいなら勝手に戻せばいいと思うけどさ」
「うん・・・」
***
さて。ルイの方も、『音声記憶装置の簡易版』5つめに取り掛かろう。
作り直しも含めてもう『音声記憶装置の簡易版』ばかり作っているので手際がかなり向上している。
これが終わったら、次の冷蔵庫の注文があるんだけど、その前に1つ『音声記憶装置の改良版』も作ろうかな。音を大きくして、録音再生時間を長くして、音量調節機能をつけて・・・。そういえばクラウは何種類か録音しておいて切り替えたいとか言ってたな。そこまでつけると高額になりすぎるかな。でもその方が便利かな。
そもそも露店で使いたいという要望があって着手して、『簡易版』止まりの状態だったわけだ。
露店の要望をもう一度聞き直した方が良いかも。そもそも注文という形でなくて「あれば良い」という程度だったから、作っても買ってくれるか分からないわけだが。
とはいえ、今、『音声記憶装置の簡易版』もサンプルが無い状態だから、『改良版』を作ってサンプルに置いておけばいいわけだし。
手慣れた作業になっているので、改良版についても考えつつ、ルイは作り進める。
***
時間が来て、クラウが2階に晩御飯を用意してくれた。
そろそろ、自分も料理を作りたくなってきたなぁ。
でも、本当に時間が足りない。
正直に、料理の時間が持てない事を気落ちしていたら、クラウに苦笑された。
「頑張ってるんだからさ、我慢だけすればいいってもんじゃないからさ。明後日には5つ目が完成するんだろ。明後日の晩、ご馳走作ってよ」
「うん」
「5つめ完成のお祝いだね」
「本当だね」
気分が向上した。
また明日も頑張ろう。




