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シーラの訪問

それは、『音声記憶装置の簡易版』4つ目が出来た日の事だ。


まだ朝早い時間、クラウと入れ替わるように、シーラがルイの店を訪れた。

あまりにも珍しい事で、ルイはクラウに何かあったのかと一瞬で顔が強張ったほどだ。


「いえ。こちらから出向くべきだと思ったまでです」

久しぶりに会うシーラが淡々と冷たい視線をルイに向けながら先に言った。


「それよりも何よりも、まず。ルイ様。クラウ様とのご結婚、おめでとうございます」

「え、あ、有難うございます」

突然に丁寧に祝いを述べられてとっさに対応できなかったがルイも慌てて礼を返す。


「こちらを。お祝いにと思いまして。いつも大変お世話になっているルイ様とクラウ様に、感謝の気持ちも込めております」

「・・・まさか、ご丁寧にわざわざ。・・・どうもありがとうございます。こちらこそ日々のご愛顧に心より感謝申し上げます」


シーラが、持ってきた贈り物の包みをスルリと解く。ルイは驚いたが、こちらはそのような習慣なのかもしれない、と思いつく。

「ティアラです。花嫁の頭を彩ります」

「わぁ・・・」

繊細で美しい、金色の冠だった。


「クラウ様には金が似合います。装飾は、『くう』の魔法石にいたしました」

「え、作ってくださったのですか!?」


「えぇ。お祝いですもの。ジェシカと私とサリエで、楽しんで作らせていただきました」

「ありがとうございます・・・」

「どういたしまして。・・・最近売って下さる魔法石の魔力の質が、どんどん変わってきておりまして。私はそれで、二人のご様子を察していたのです。移り変わりを」

「・・・」

ルイは無言になった。それ、ものすごく恥ずかしい話じゃないのか?


シーラは、にっこりとほほ笑んだ。ルイの顔が引きつった。

「仲が良くて美しい事です」

「ありがとう、ございます・・・」


シーラはそのままルイをじっと見つめる。眺めているので、ルイは途中で不思議に思う。

「クラウ様は、『空』の魔力が突出しています。けれど、『熱』への魔力を高めるとは不思議なものです」

「・・・」


「ルイ様。私が、頬に触れても宜しいですか?」

「申し訳ありませんがお断りいたします」

即決即断だ。


「そう言われると思いました」

初めから期待していなかったように淡々とシーラは答えて、それから目を細めてルイを見つめた。


ルイは尋ねた。

「・・・今日は、このお祝いの品を届けに、来てくださったのですか?」

「はい。それから、式には、ジェシカだけを連れて行っていただきたいという事をお伝えに。私とサリエは、メリディアの貴族に連なるものです。恐らく私どもが行くと、余計な波風を立ててしまいますので。せっかくのお2人のお祝いの式に、本当に残念ではあるのですが・・・。ご容赦くださいませ」

「・・・いえ、配慮してくださった事に心から感謝申し上げます」


「ジェシカには、店が忙しいから、ジェシカが店の代表だと伝えました。なお、灼炎龍グランドル様にジェシカが近づくいい機会だと思っての事です」

「シーラさんは正直者ですね」

「正直を友情の証と考えておりますので」

「光栄です」

友情という言葉に、二人でクスクスと笑う。


「・・・ルイ様。きっとそのうち、魔法石の買取は、止めてしまうかもしれません」

「え?」

ジェシカたちに何かあるのか、と瞬間に案じたルイの顔色が変わったのを見て、シーラは首を横に振った。

「私どもは変わりません。ルイ様の魔法石の質が、変わるからです」

「え?」

「高値をつけています。それは質に見合った値段です」

「・・・えぇ」

「ルイ様は、他の人より、『熱』への親和性が高い。だからだと思っていました」

「・・・」

「違いました。ルイ様は、魔力を、魔法石に溜めやすい状態におられた。それが真実。例えば、まるで魔力があふれ出している大魔導士のように」

シーラの言葉に、ルイの表情が固まる。

ルイの特異体質をシーラは見抜いた。


「・・・同じような人を、傍で見てきました。とても苦労した人です。我が国の王子の1人で、彼は幼少時、信頼していた部下に裏切られました。彼の目の前で裏切りが起こり、彼を守ろうとして亡くなった者も出ました。彼の魔力は、成長しても身体に収まらず、王宮の数々の魔法道具の誤作動を引き起こしました。彼にはどうすることもできず、心底忌々しそうに悪態をついていたものです」

シーラが苦笑気味にではあるが微笑む。珍しいとルイは思う。


「彼は、でも、落ち着いた。義理の母親が出来たのですが、その方がとても懐の深い愛情深い方で。暴れる子虎も懐かせてしまったのです。私は彼の変化を知って驚きました。つまり、見て知っているのです」

シーラは、ただ真っ直ぐに偽ることなくルイを見た。


「ルイ様。ご結婚、おめでとうございます。どうか幸せに過ごされますことを」


「・・・ひょっとして・・・」

ルイは動揺しながら、尋ねようとした。

シーラは目を細めて首を傾げ、人差し指を自分の唇を当てて、声を禁じる仕草をした。


「とはいえ、まだしばらく、頼らせていただきたく、どうぞよろしくお願いいたします」

とシーラは言った。

「このところ5個に増やして買取をさせていただいたので、少し蓄えもできました。しばらくの期間だったとはいえ、本当に貴重な質の魔法石を毎日提供して下さり、心からお礼申し上げます」


***


シーラは、ルイがジェシカに提案した、『熱』の魔法石に困ったらルイの家を頼れば良い、という案を断ってから、帰っていった。

やはり、他国トリアナの貴族と懇意になるのは避けたいという事だった。シーラは自分たちでジェシカを守りたいと思っているのだ。

その上、ルイのような特異体質でなければ、結局のところ誰が魔力を込めても同じと判断したらしい。


確かに、速度に差が出る程度で、じっと集中すれば質を高めて魔力を込める事は心得のある者なら可能なのだ。


「ただいまー。あれ、店長どうしたの、こっちに出てるの珍しいね。お客さん来たの?」

シーラと入れ替わりで戻ってきたクラウに、ルイは贈り物を示して見せた。

「シーラさんが、お祝いにって持って来てくれたんだ。式にはジェシカさんが代表で参加してくれるって」

「・・・何これ」

クラウがティアラを見て感動した。涙ぐむようになるので、ルイは少し不思議に思う。

目を潤ませながら、クラウは説明してくれた。

「ジェシカ店長に、話してたんだ。小さい頃の思い出とか、憧れとか、それで、覚えててくれたんだ・・・」

「そっか」

落ちてしまった涙を乱雑に手でぬぐいながら、それでもクラウがティアラを見ている。


「クラウには金が似合うって、3人で作ってくれたそうだよ。魔法石は、クラウが特性が強いからって『空』を使ってあるそうだ」

「嬉しい」

「なんだか妬けるかも」

涙をぬぐうクラウに苦笑して、ルイも手の平で涙をぬぐってあげた。


それでね、クラウ。

ところで、違う話だけど。

きみがいてくれるから、私は安定したらしいよ。


毎日魔法石を買い取ってもらっていたけど、それは無くなってしまうかもしれないって。

とはいえ、今までに存分に稼がせてもらった。


『アンティークショップ・リーリア』から卒業しても、きちんと正しくやっていこう。

土壌はもうできている。

ますます一緒にやっていきたい。


ティアラを持ち上げてクラウの頭に載せてみる。

「似合う?」

と照れたように言うので、

「とても似合う」

と真実を教えた。


***


昼食後の事だ。


『音声記憶装置の簡易版』4つ目が出来た、と報告がてら、完成済みの4つを2人で持ち出して改めてテストしたところ、4つに音量の違いがあるのに気が付いた。


「5つ同時納品だから、同じ性能であるべきだ。おかしいな、どこで違いが出てるんだ」

明らかに差のある、音の大きいのと小さいのを2つ並べて、ルイは一度閉じていた外箱を開ける。


「1つ1つ売ってたら、きっと気づかない程度かもしれないけど、今回はまずいね」

クラウも心配そうに眉を潜める。


慎重に内部構造を見比べる。

「魔法石の質に違いがあるとは思えないけどな・・・」

ルイは呟きながら、凝視する。


「可能性があるとしたら、何なの?」

クラウも横で覗き込んできた。


「魔法石の質や大きさだと思う。とはいえ、そもそもこの装置はもっと音が大きくて良いはずなんだ。原因が分からない」

ルイは試しに、左右の魔法具から中核となる『雷』の魔法石を抜き取って、逆に組み込んだ。

金属線が歪まないように慎重に。


「音量テスト、音量テスト。音量が変わるだろうか」

同時に起動して、同じ声を録音する。

それから順番に再生。


〝音量テスト、音量テスト。音量が変わるだろうか”

〝音量テスト、音量テスト。音量が変わるだろうか”


「やっぱり、左の方が大きいね」

とクラウ。

「うん。中核の魔法石は関係ないって事だね。困ったな。全部試した方が良いけれど、あまりすると金属線が歪む・・・」

「そうなると作り直し?」

「うん」

「うーん。でもこのままじゃケンカになるよ。同じにしなきゃ」

「うん」


ルイは、ため息をついた。

「原因が分かったら、改良版ができる。2機は作り直しと諦めて調査するよ」


***


使用している魔法石を差し替えていく。

これで変わりが無いなら、金属線などが原因になってくる。しかし、線の長短が影響するほどの精密な道具ではないはずだ。


非常に小さな『空』を差し替えた時に、音量の逆転が起こった。


「これだ! でもどうして」

ルイは改めて取り出した2つの、ほんのカケラを眺める。

あまりにも微細な大きさなのに。


「それが原因・・・。それ、『空』?」

とクラウが尋ねた。

「うん。透明だろう。魔法石の中では最も硬くて、威力も強い。一番性質が変わっているんだ。・・・旅に使う鞄とかにも、少しこれが仕込まれている事が多いんだよ。空間を広げることができるから」

「へー。知らなかった」

「うん。あまりに極端に使うと調和を壊すと言われていて、補助程度に使うのがベストって言われているから、鞄の使用者が気づいていない場合もあるんだ。ちなみに、補助程度がベストと言うのは、犯罪に使われるのを防ぐためのデマという説もあるんだけどね」

「なんだそれ」

クラウが笑う。


「他の『空』に変えてみようかな」

「うん」

「ちなみにクラウ、この2つ見て何か違いがあると思う?」

「うーん。私は素人だから馬鹿な事しか言えないよ」

「うん。それでも良いよ」

「なんか酷い言い方だよね」

クラウが失笑しつつ、ルイがテーブルの上にそっと置いた2つの欠片を指で指した。


「こっち、形が丸くて、こっちは尖ってるなぁって思う」

「・・・あぁ。そうだね」

「形は関係ない?」

「とは言われているけど、実は関係あるのかな」

「他の開けてみたら? 他のはどうなってるのかな」

「そうだね」


ルイは残りの2つも開けてみた。

これらまで作り直すのは嫌なので、内部構造には触れないように気を付けつつ、組み込んである魔法石をじっと見つめる。

「尖ってる方かな」

「そんな感じ。ねぇ、丸い方が音が大きいんだっけ?」

「うーん。ひょっとして丸い方が良いのか? ・・・あ、待て、正規版を確認するよ」

「正規版?」

「自国で作って持ってきた、本来の魔道具だよ。一級品を使いすぎてて、売ってないんだ」

「へぇー」


棚の奥に片付けている、『音声記憶装置』を取り出す。


ルイは慎重に外箱を開けて、中を覗き込んだ。


「丸いとは言い切れないけど、大粒で規則正しくカットされているから鋭利でもない」

「私も見て良い?」

「うん」


「わぁ、すごく大きくて綺麗だね」

「一級品だから。作ってた時は自覚なかったんだけどね」

「これさ、カットされてるけど、これを小さくしたら丸い形に近くなると思うんだけど」

「・・・そう言われるとそうだね」

ルイとクラウで見つめ合う。


つまり丸い形の方が音が大きい? 魔法石の形が、音量に影響を与えているのだろうか。

だとしたら、発見だ。

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