意外に簡単
パン屋から戻ったルイを、クラウが出迎えた。
「おかえり」
「ただいま」
「どうだった?」
誰もいない店内を見やってから、ルイは答えた。
「今回は断って来た」
「え」
クラウが意外そうな顔をした。
「火力を上げたいと言われたけど、窯が耐えられるのか私には判断できなかったんだ」
「窯・・・。そっか・・・」
「うん」
ここにきてルイはため息をついた。できないと言って断ったのは初めてだった。
「私に余裕があって、懇意となる窯職人と協力し合ってなら良いものが作れるのかもしれない。けれどそんな知り合いもいないし、余裕がない。良い窯に変える代金が大変だからと私の店に来たという話だったけど・・・。あの窯のままでできるかどうか・・・。もし品物ができたとしても、希望は数千エラ、頑張ったら1万、2万、という事だったけれど・・・とてもその金額ではできない」
「それは安すぎるね」
「うん。だから、残念だけど」
「出来ない事は無理なんだから断って良かったよ」
クラウがどこかひょうひょうと肩をすくめて見せた。
「クラウにも断った経験がある?」
「あるよ。出稼ぎ依頼、何件か断った。死んだら意味ないし、断っても安全な他の話があったからさ。もし何も無いなら、一か八か、望みをかけて挑戦したかもしれないけど」
「それは止めて正解だよ」
「ルイも同じだよ。だから落ち込まなくて良いよ」
この言葉に、ルイは少し目を丸くした。
そうか、クラウは慰めてくれているのか。
ルイは少し笑みを浮かべる事が出来た。
「ありがとう」
「いや。そういう事もあるよ。こっちだってボランティアじゃないんだからさ」
「うん」
***
まだ午前で、本来なら宝箱制作の時間にするところだったが、本日は、『音声記憶装置の簡易版』3つ目に取り掛かる。
昨日は服を買ったりレストランに行ったりしたので、進みが遅い。それに、宝箱の方は、家具屋に頼んだ木箱が到着してから作業した方が良いと考えているからだ。
黙々と作業していたら、昼の時間になったようだ。
「店長。私、2階で昼ご飯作ってくる」
「あ、うん。ありがとう」
「できたら呼びに来るね」
「うん」
クラウを見送って、ルイは思った。
すでに家族っぽい。
「・・・」
クスリ、と一人で笑って、ルイは声がかかるまで再び作業に集中した。
***
昼御飯だ。
本日は柔らかすぎてフォークで突き刺せないほどの煮ものをスプーンで食べる。
いつもは硬すぎるから注意をしたが加減が掴めないらしい。
こういう時のために、あの砂時計タイマーを使ってくれると良いなと思ってあれにしたわけだが、どうやらルイの予想を超えて貴重な宝物になったようなので、少なくとも台所にあの砂時計は置かれていない。
大切にしてくれているから余計な事は言わないでおこう、とルイは噛まずに飲み込めるほどの物体をゆっくりと口にする。
クラウも自分の料理をまるでスープのようだ、と思ったのだろうか。
「ジェシカ店長、やっぱりスープ飲めないんだって」
とそんな話題を振ってきた。
「そうか・・・。ジェシカさんは機械人形だから。紅茶とクッキーが口にできるだけでもすごい事だと思うよ」
「うん・・・。でもすごく落ち込んでいて、悪い事しちゃった」
「・・・直接、ジェシカさんが食べられないって言ってきたの?」
「うん」
「そっか。・・・スープって複雑だからね」
「そうなの? 紅茶とクッキーは大丈夫なのに?」
「私の作るものと、シーラさんたちの得意分野は確実に違うと思うんだ。でも、魔法石を使っているから想像できるところはある。魔法石には特性があって、それぞれ、得意分野がある。例えば、そうだな、暗冷所で日持ちする食物には保管に土の魔法石を使うけど、あまり空は向かないとか。食物を破壊する場合があるからね」
破壊、という単語に、クラウが顔を引きつらせる。
「組み合わせや方法は私には分からないんだけど、多分、紅茶と特定のクッキーに対応できるよう、魔法石を組み合わせたり命令を入れているんじゃないかな。勝手な推測だけどね。きっとクッキーにも食べられるものと食べられないものがある、と勝手に想像の上で話しているんだけど」
「・・・ふぅん・・・」
「スープは、その時々に合わせていろんなものをいれて煮込むだろう? 素材も分量も変わるはずだから」
「・・・ふぅん」
声音にはっと気づいてクラウを見ると、やはりクラウは意気消沈していた。
「ごめん! つい」
ルイは慌てたが、クラウが元気をなくしている。『ジェシカに悪い事をした』とますます思ってしまったらしい。失言だ。
ルイは慌てて、別の話題に変えようとした。
「え、と、そうだ、レストランの話題にはなった?」
「え、うん」
クラウが気づいてルイに話そうとして顔を上げて、ルイを見てパァと赤面する。身を引くようになってから、ふとクラウは首を捻るように眉を潜めた。
・・・どうしました?
「ルイ。あのさ。なんで、ジェシカ店長、知ってるんだろう」
「何を」
その聞き方、不吉な感じがするんだけど。
「ニッコニッコしてさ。ジェシカ店長が。店に入った途端だよ。『コイバナを是非聞きたいデス』って。可愛かったけど。今思い返すとすごく、変」
「・・・コイバナってなに」
「・・・恋の話」
「つまり、私たちの昨日の会話を?」
「教えてくれって」
二人でじっと真剣な顔で見つめ合う。
ルイは口を開いた。
「あの店、変なんだ。店に入る前に、どこかの時点で、誰が来るのか把握している」
「あのレストランに、ジェシカ店長の知り合いが働いているとか」
「・・・それだ。シーラさん関係。・・・あれ?」
ひょっとして、3階にあった品物は、『アンティークショップ・リーリア』が絡んでいたり?
「・・・考え過ぎかな」
「・・・かな」
「それで、ジェシカさんにはなんて言ったの?」
「え。あ」
急にクラウが慌てたように動揺した。
「え、えっと。その。うん、婚約者にって話をされたって」
「うん」
ルイは不思議に思った。それ、本当の事だよね。恥ずかしがることだろうか。
「あ、1か月後に結婚かもっていうのも話した」
「うん」
ルイはさらに首を傾げた。そんなに機嫌を伺われるような内容だろうか。
少し無言になったので、ルイは言ってみた。
「式をするなら、ジェシカさんたちにも来てもらった方が、クラウは嬉しそうだね」
「あ」
クラウがまた顔を赤くして言葉を失っている。
ルイは不思議に思いつつ、そういえばと思い出した。
「クラウ、今日、アリエルさんたちに報告したらどうかな。私も実家に手紙を出すよ。そうだ、先にアリエルさんに、アリエルさんたちの式に何人呼んで良いかを確認して欲しいんだ。それも実家に知らせないと」
「あ」
急にクラウの表情が真顔に戻った。
じっとルイを見る。
なんだろう。
「ルイ。あの、1か月後、本当に私たち、結婚するの?」
「え。うん」
嫌だぞ、今更断るなんて言われたら。
「ルイ」
クラウが咎めるように睨んだ。
え、何!?
「絶対、ご実家、ルイの結婚式にも出るって言うと思うよ」
なんだそんな話か。
ルイは口を開きかけて、少し首を傾げた。
「・・・来て欲しい?」
「どうして私に聞くの。ルイの家族でしょ」
クラウが呆れた。
でも、本当に事後報告でも良いかなと思っていたぐらいなのだ。
「やっぱりバートンさんに、この町での結婚の方法を教えてもらおう。この町で結婚するので、良いのかな。何か憧れがあるなら、是非叶えたいから言って欲しい」
ルイは真面目に尋ねた。
「・・・どこでもどんなのでも良いよ」
不貞腐れた様子に、あ、嘘だとルイは分かった。本音をしまい込んでいるだけだ。きっと話すのが恥ずかしいのだろう。
やっぱりドレスとか着たいのかな。
アリエルさんのドレスを注文したように、クラウの方の用意も進めなければ。
なんだか自分が希望した事とはいえ、非常に予定が詰まって忙しいな。
***
午後。
クラウに店番を任せて、とりあえずルイはバートンのところに行くことにした。
今日もバートンは超ご多忙だ。
本当にすみません。
「バートンさん。おすすめの野菜を5コほど。そして報告があります」
「ルイ! あんた昨日どうだったんだい!」
意外な事に、バートンさんが文句も言わず、先に本題について促してきた。気にしてくれていたようだ。
一方で、バートンは野菜を5つ袋に入れて、「150エラ」と手の平を出す。
コインを払いつつ、ルイは礼を言った。
「お陰で、きちんとクラウに伝える事が出来ました。それに、OKして貰った」
「良かったじゃないか! ちょっとハラハラしてたんだよ、あんた頼りないからねぇ」
ストレートな言葉にルイは心に傷を負ったが、気を取り直して報告を続ける。
「それで、あの、1か月後に結婚しようと約束を取り付けました」
「おめでとう! まぁー! なんてこった!」
喜んでいるわりに、非常に驚いた様子でルイを上から下まで見た。値踏みしないでください。
「それで、教えていただきたいのが、結婚ってどうやってできるんでしょう」
「はぁ!?」
バートンが目をむいた。大きく開いた口をなかなか閉じてくれない。
「私の家の場合は、自国と家に報告します。この国の普通の人の場合はどうすればいいんでしょう」
「クラウは? クラウも知らないのかい」
「教会で司祭に祝福を貰うはずだけど、この町には確か教会はないからどうするのだろう、と言っていました」
「あぁー」
バートンが残念そうにため息をついた。
「教会なんて古いのは無いね。搾取やなんやらを裏でやってて大昔に取り潰されたそうだよ。結婚は簡単だよ。お互い、砂時計を贈り合うんだ」
「・・・はい?」
「砂時計を贈り合う。あとは周りに『結婚した』って知らせればいいのさ。簡単だろ」
「・・・」
砂時計、もう贈ってしまいましたが。
ルイが真顔で尋ねたら、バートンが奇妙な顔をした。
「そうかい。じゃあ、クラウからも砂時計もらったらそれで成立だ」
「・・・本当の話ですよね」
「こんなことで嘘ついてどうするんだい。っていうか何、アンタ知らないで贈ったのかい、砂時計を」
「・・・はい」
数秒、ルイとバートンで見つめ合っていた。
***
店に戻ると、今日は新規のお客さんは来ていなかった。
クラウは店側にて、宝箱の内装について考えていたらしい。
「おかえり、店長。ねぇ明日の午前、『リーリア』の帰りに布を見て回ってきても良い?」
「うん。何なら、1日見て回ってきても良いよ。昼もどこかで食べてきたら」
「うわ、良いの!? 有難う。やっぱりいろいろ探して回らないとアイデアも出ないなって思って」
クラウが嬉しそうだ。
「ところで、今バートンさんに聞いて来たんだけど、クラウ。結婚について、驚く事を聞いた」
「え、何」
ルイは教えた。
「グラオンでは、結婚式など関係なくて、砂時計を贈り合う事で結婚が成立するらしい」
「・・・」
クラウも知らなかったようだ。
二人で無言になった。
「どうする。どうしたい?」
「ルイの負担にならなかったら、それで良いよ」
どこか戸惑うように、けれど真面目にクラウが答える。
ルイは苦笑した。
本当にどうしようか。
「私の国の風習に習う? 実家でパーティを開いてお披露目をする」
「無理、困るよ」
「じゃあ、どこか景色のいいところに行って、そこで私に砂時計をくれる?」
「・・・ルイはそれで良いの?」
「私は、クラウが喜んでくれるなら何でも良い」
「・・・本当の事を、言っても良い?」
遠慮がちな口調に緊張を覚えた。
「うん」
「・・・本当は、私は、自分の村の教会で、式をするのに、憧れてた。小さい頃」
たどたどしく打ち明けられた内容に、ルイはホッとした。同時に微笑ましくなる。
「じゃあ、そうしよう。クラウの村の教会で」
「でも、ただ、遠いし今忙しい・・・」
大丈夫。
「グランドルに頼もう。すぐ連れて行ってくれる」
クラウが意外な名前を聞いたように驚いた。




