魔法石
ギルドへの馬車に乗って、ルイの気分は少し落ち着いた。
どうも女性たちに急に寄って来られて冷静さを欠いていたようだ。
護衛なんていらないじゃないか。私には結界作成具があるじゃないか。
いっその事、結界を旅の間ずっと展開したら良いんじゃないだろうか。
いや、そうすると魔法石のエネルギーが足りない。常時の使用までは考えていない。
魔力を補給すれば可能だが、常時使用に耐えられるほどの量は簡単には補給できない。
だったら常時の必要はあるのか?
危険が迫った時だけ即使用すれば良いじゃないか。
そうだ、そうしよう。つまり、やはり護衛も不要だ。
うん。冷静になれて良かった。
「冒険者ギルド、着いたよ」
あっという間に着いた。宿の女性から貰った代金で馬車代を払って降りた。
***
冒険者ギルドは、大昔、自国で兄の1人にねだって連れて来てもらった。
あまり治安が良いとは言えない上に、騎士が行くと皆警戒してしまうから、あまり行かない方が良いと兄は言った。
ここは自国ではないが、冒険者ギルドというのは隣国でも似た雰囲気だ。
冒険者が仕事を探していたり、情報交換していたり、カウンターで相談や買い取りを依頼している。
列などはない様子なので、ルイは空いている窓口にサッと進んだ。
カウンターの向こうは眼鏡をかけた老人だ。
「すみません。買い取っていただけないかの相談と、それからフィリスティアの毛皮は置いていますか」
「毛皮はどれぐらいの量が必要かな。買い取りはあちらの扉に」
「えっと毛皮は・・・これぐらいの量です」
ヒゲをつくるために必要な量です、などとは言えないので手で大体の大きさを示す。
カウンターの向こうの老人はフンフン、と頷いて立ち上がった。買い取り用の部屋に移動してくれるようだ。
***
どうして買取は別室なのだろうか。
あれか。換金所と同じ理屈か。財産に直結する事だから、他の人に懐具合が分からないように取り計らってあるのかもしれない。
・・・という事は、このように別室にしていない時代があり、その時代に何度もそういう事が原因で諍いが起ったという事だ。
やはり気を引き締めないといけない、とルイは思った。
「さて。何を売りたいというのだろうか」
老人が、ルイの頼んだ毛皮を何束かトレイに乗せながらやってきた。
ルイは机の上に魔力分解機器を丁寧に置いた。
初めてのきちんとした商談だと、見知らぬ部屋においた自分の作品を目にして気づく。緊張が高まる。
「これは魔力分解機器です。戦闘時に、戦闘相手の魔力を分解し、必要であれば、各魔法石に魔力を特性別に分けて溜めます。7種類に分解できる」
「んん?」
老人は訝し気な顔をして、毛皮を机の上に置いてから、眼鏡をかけ直すようにしてルイの魔道具に顔を近づけた。
「これを戦闘時に持ち込むというのかね」
「はい。集団戦闘なら持ち込み可能だと思いますが」
「ふーむ。持たせてもらう事は可能かな。両手でないと難しいね、これは」
「はい、両手で。持ってみてください」
ルイの返事に、老人が魔道具を持ち上げた。
「やはり重い。これは、あなた、無理じゃないかなぁ」
「まさか。十分持ち込めるものです。重さも子犬程度だ」
ルイの言葉に、老人は不思議そうにルイを見た。
「あなたは冒険者ギルドに登録しているかな」
「いいえ。申し訳ありません、冒険者ではありません。冒険に使える魔道具を作っています」
「・・・これはー」
老人は、元に置いた魔道具に視線をやって、少し言い方を考えるように語尾を伸ばした。
「冒険者たちにとって邪魔になるんじゃ、ないかなぁ」
この言葉に、ルイの方が眉をひそめた。
そんなはずはない。この器具以上の装備を、彼らは常に持ち歩くのに。
ふ、と思い出したイメージに、ルイは『ん?』と眉をしかめた。
自分のイメージは、あくまで騎士たちの集まりだ。
ひょっとして、私が想定している冒険者のレベルは普通より高すぎる?
「あの・・・恐れ入ります、ご教授いただければ幸いなのですか」
「おや、急に口調が改まったね」
老人が少し驚いた。
「これを軽々と持っていけるような冒険者は、非常にレベルが高いのでしょうか」
「そりゃまぁ、そうだね。余計な荷物を持つ余裕がある人たちだけだ」
「しかし、これで戦闘を繰り返せば、内蔵している魔法石に質を分けた魔力が溜まります。それを売れば高額になる。売ったら、新しい魔法石を充填すれば繰り返して・・・」
「あぁ、まぁそれは理想的な理論だけれど、あなたは冒険者ではないというのがよく分かる発想だね」
老人が楽しそうに笑った。
え、どういう事だろう。ルイが老人の様子をじっと見つめる。
「そんな繰り返しなど不要だ。世の中にはもっと効率のいい仕事がある。冒険者というのは、あなたのように長期的なプランを持つのは苦手なものが多いんだ。単純に、手早くお金を欲しがるものが冒険者になるのだよ」
「え、しかし」
ははは、と老人がやはり楽しそうに笑った。ルイには好意的なようだが、どうも子どもを愛でるような表情だ。
「魔法石単体なら、買取は可能だよ。もちろん、魔力が溜まっているほど高値で買い取ることができる。器械込みでと言われても、単純に魔法石のお値段しか出せません。それから、手間がかかるので、魔法石と器械を分けてから売っていただく事になりますよ」
「・・・え、それは、魔道具本体は、どういう・・・」
嫌な予感しかしないが、ルイは聞いた。
「申し訳ないが、破棄させてもらうしかないね」
やっぱりか。ルイは項垂れた。
「先に、毛皮の方を。フィリスティアにも等級があるのだけど、どれをお求めかな」
ルイは暗い気分のまま、3種類の毛皮に目を遣った。家から持ってきたのは一番左のに似ている。
「・・・こちらの値段は?」
「一級品だ。値段は35,000エラ」
「え!?」
ルイは思わず声を上げた。
待て、エラの手持ちは、昨日の夕食代を引いて現在35,650だ。
なのに、毛皮にそんなに支払う事になるのか!? そんなに高い毛皮だったのか!?
「言ってもまだ安い方だ。小さいからね」
老人の言葉に、言葉に詰まる。家の毛皮、切り刻んだけど、あれものすごい高級品だったらしい。
別に咎めた者はいないから良いと思うが。
隣の毛皮に目を移す。だめだ、急に掃除道具のモップのように毛羽立っている。
そもそも一級品さえ、元のつけヒゲにやや劣る。
「・・・お尋ねしますが、魔法石はいくらで引き取ってもらえますか?」
「種類は何かね」
「空に、雷に、水に、凍に、風に、熱に、土です」
「価格は需要に応じてそれぞれ違う値段がつくが、全て売るつもりかい?」
「えー・・・」
ルイは考えた。これから魔法石の取れる町に向かう。
そこは魔法石がまだ安いはずだ。器械だけ持ちこみ、向こうで新しいのを買えば・・・。
待て。
いや、魔法石にも質がある。たぶん、今持っているのは最高級だったりしそうだ。
だとしたら、魔力を貯めてその魔力を使った方が良い品物ができる。
だったら、ヒゲはどうする。
いや、ヒゲにこんなに悩むってどうなんだ私は!?
ヒゲの他に顔を隠せるものはないか。
・・・マスクがあるじゃないか!
「すみません、急に話が変わるのですが、衛生用のマスクはおいていますか。値段も知りたい」
「はぁ? マスクは普通はないけど、まぁ私ので良ければ1つ、200エラで売ってあげても良いけどね」
「ではすみません、毛皮は無理でした。マスクを1つ。魔法石含め、魔道具も売るのは諦めます!」
「はぁ。まぁ、良いけどね・・・」
急に機嫌を損ねたようになりつつ、老人は、
「じゃあ、カウンターの方に戻ってください。マスクはそこで。そっちに置いてるから」
と言った。
部屋を出て、カウンターにてマスク1枚だけ購入する。この老人との個人売買である。
ひげの代用品としてマスクを手に入れた時に、ルイは急に思い出した。風呂問題!
「すみません、『熱』の魔法石の小さいものをできれば見たい。手ごろな、小さいのを1つ買いたい」
「どうしてさっき一緒に言わないの」
文句をブツブツ言う老人に案内されて、再度買取部屋に移動することになった。本当に申し訳ない。
再びの買取部屋にて、ルイは速攻マスクを装着した。
魔法石を持ってきてくれる間に、部屋についていた鏡で顔を確認した。
ヒゲの方が変装度が高かったが、値段を考えるとマスクで全く文句はない。良い買い物だ。
「おや、もうつけるのか。ニキビは隠さない方がいいのに」
「いえ、虫刺されです」
「そうかい」
老人が平たい木箱を持ってきた。
木製の椅子に座って眺める。『熱』を希望したから、全て赤い色をしている。
ルイは目を細めた。知り合いの龍のウロコの色を思い出して懐かしくなる。
彼は熱を使う龍だから同じ色をしているのかもしれない。
彼は、いつルイの出立を知るだろう。連絡用の魔道具を置いてきたから、連絡してきてくれると期待している。旅先で会えれば、嬉しい。
ちなみに出立や計画について具体的に先に教えておかなかったのは、龍の彼は『秘密』と言ったことは確実に守ってくれるのだが、うっかり『秘密』と言葉で伝え忘れた事は、家族に問われてあっという間に情報を流してしまうからだ。彼はルイとの友情にも厚いが、他の家族にも甘い。
さて、
「このあたりは、値段はどのぐらい」
と、ルイは箱に並ぶ魔法石の中、右端の方を指差した。左の方は小さすぎる。
「おや、案外大きいのを希望だね」
と老人が言うのでまた驚いた。これで『大きい』と言われるのか?
驚いたのが伝わったようで、
「いや、小さいのと言ったからね。こちらのサイズを希望なら、次の箱の方が色々ある」
「なるほど」
「この石は、2,500エラだね」
「2,500エラか・・・」
買える範囲ではある。
「何に使うのかね。安いのを合わせれば足りる時があるけど。こっちのは100エラからだよ」
そんな薄いカケラは使い勝手に困る。いくら安くても無理だ。
ルイは2,500エラの石を、じっと見つめながら答えた。
「旅で、風呂代わりに湯を作りたいと思って」
老人が、おや、とルイを見つめた。
「この魔法石には、全て魔力は入ってないよ」
「自分で溜めるので、空で構いません」
魔力が入っていないのは見ればわかる。
ルイの答えに、老人がまたジィとルイを見つめた。一体なんだ。
「あなたは、誰だろう」
「は?」
「さっきはマスクだったし、私個人が売ったから良いけどね、ギルドでの売買には身分証明書の提示を求めることがある」
老人の言葉に、ルイは無言になった。
あまり自分が何者か出したくない気がしたが、ここで出さないのは怪しい。
ルイは無言で荷物に手を伸ばし、丁寧に格納している身分証明書を抜き出して、みせた。
「隣国トリアナから来ました」
老人は、黙読して驚いた。
「これはなんと。握手をさせてもらっていいだろうか」
「え? はい・・・」
ルイが片手を出すと、老人がギュッと両手で包むように握ってくるので、ルイも残る片手を添えることになった。なんだ、どうしたのだ。
「いや、嬉しい。英雄の子孫に会えるとは!」
手を離した老人は、眼鏡をずらして浮かんだ涙を指で拭う。急に上機嫌になった。
ルイは驚いた。