服選び
注文の魔道具の作成に集中していたルイは、カタン、とテーブルにカップが置かれた音にハッと顔を上げた。
「店長。あんまり集中しすぎると体に良くなさそう。適度に休憩入れた方が良いよ」
クラウが真面目な顔で傍に立っている。
もらったものを飲んでみると、酸っぱいけれどわずかに甘い味だった。
「これ、どうしたの?」
「水にズキッセル搾った。美味しいってお客さんが教えてくれて」
「そっか。サッパリして良いね」
「うん」
「ありがとう、クラウ」
「どういたしまして」
クラウ自身も小休憩のようだ。コクコクと飲み干してから、カップを簡単に洗ってまた店側に戻っていった。
そのクラウの後ろ姿を追っていたルイは、あれ、クラウって女性用のドレスとかワンピースとか持ってるのかな、とふと思った。
今日の晩御飯はレストランで食べる約束と予約をしているわけだが。
「・・・」
持っていないのだとしたら、あのレストランではクラウはドレスコードに引っかかりそう。動きやすさ重視で、いかにも冒険者の休日、といった格好だ。しかも男性の方。
あのレストランの下見にて周りの様子もうかがったが、利用している人たちはそれなりに皆、整った身なりをしていた。少なくとも女性は女性らしい服装だ。
店が迎え入れてくれたとしても、このまま行けば、場違いを察してクラウは居心地の悪さを感じそう・・・。
どうしよう。服を持っているかを確認するのも変な気がする。そして、女性らしい服は持っていない気がする。
出稼ぎを基本にしていた人だから、女と思われるようなものは荷物に無さそう。
作業の手を止めてルイは考えてみる。
服を贈るのはまだ婚約もしていないのに変だ。それにサイズが分からない。
だとすれば、食事の前に、ルイもクラウもそれぞれ服を買ってそれで行った方が良いのかな。
本格的になってきたけどクラウに拒否されないか心配だ。でもジェシカさんの紹介の店だからと説明すれば納得するかも。下見に行ってきた事も打ち明けて。
それに、ルイもプロポーズに相応しそうなきちんとした服は持って来ていない。
***
「え? そうなんだ?」
ルイが下見に行ってきた事、利用者の身なりが上流だったと伝えると、クラウは驚いた。
ちなみに貴族に比べれば明らかに庶民と分かる服装だが、クラウには『上流』というイメージで伝わると判断しての説明だ。
「うん。でも折角の紹介の店だし、行ってみたいと思ったんだ。お願い。少し気取った事をさせてくれないかな。少しお互いドレスアップして食べに行こうよ」
少し照れたが真剣に伝える。
「分かった」
クラウは少し戸惑いながらも頷いてくれた。
「じゃあ、今日はイレギュラーだけど、店を閉めよう」
「お客さん、困らないかな? 午後は規則正しく開けてるのにさ・・・」
「うーん。じゃあ、今日は案内板に、紙のメモも貼っておかない? 『申し訳ありません、本日は終了しました。明日から通常営業です』とか」
「うん、分かった・・・。じゃあ、もう今からこの指示に沿えばいいの?」
クラウは、ルイの手渡した大まかな予定表に目を落とした。
クラウの意思を無視して強制はしたくないから、この後の流れを少し書いたのだ。互いに服屋で『上流』な服を買って着替えまでさせてもらって、レストランに。という程度だけど。
過去自分が意志を無視されて扱われてストレスだったから、クラウには確認しておきたい。
「ううん。できるだけ一緒に行く。店にも迎えにいくよ。でもその紙の時間にもし私の迎えが間に合わないなら、申し訳ないけれどもう一つの封筒を店の人に渡して。それで、レストランで合流しよう。封筒にはレストランの場所と名前が書いてあるから、お店の人に教えてもらって」
「ふぅん・・・?」
「あの、その内容、嫌じゃない?」
「・・・いや、嫌とかそういうのが分からない。やったことないからさ」
「そっか。じゃあ、試してもらえると嬉しいな。良いかな」
「うん、良いよ」
ほっとした。
***
自分の過去は、本当に嫌な思いをたくさんしたけれど。
こんな風に役に立つことを感謝する日が来るなんて思わなかった。
クラウは貴族ではないし、貴族扱いに戸惑ったり嫌がったりするかもしれない。
でもいつもと少しだけ違うエスコートを。過去に強要されたり教えられたり周囲の様子から学んだことからクラウが嬉しく受け取ってくれそうな程度に気を付けながら、丁寧に振る舞う。
レストランに近いエリアにまず連れ立って歩いていく。荷物はいらないと伝えたのでクラウは完全に手ぶらだ。きっと内ポケットにお金とか色々仕込んでいるんだろうけど。
前回の下見の時に、服屋が何軒も連なっていた場所を記憶している。
「クラウって、どういう服装が好きなの? 本当は。出稼ぎなんてしなかった時」
「えぇ? うーん」
「例えば、どの店のが好み?」
「・・・女の子っぽいのに憧れるんだけど、似合わなくて。似合うのはむしろ男の服なんだ」
少し目を伏せてクラウが暗くなった。
クラウの様子の変化にルイは内心驚いたが、フォローに努める。
「だったら、シンプルな雰囲気でワンポイントに工夫してあるものか、逆にスタイリッシュな方が似合うのかな」
「分からない。着たこと無いから」
「そうなのか?」
「うん。ごめん、暗くなっちゃって」
「良いよ。私にも話すと暗く滅入る話題あるから」
「そうなの?」
「うん」
「そっか」
「この店とかどうかな。クラウの趣味に合う?」
「うーん」
「じゃあ、憧れる店はどこ?」
「あ、あのウサギ可愛い」
「それ服じゃなくて小物だろう。クラウ、きみ、ウサギが好き?」
クスクスとルイが笑うと、クラウは真面目に頷いた。
「うん。服より小物が好き。・・・服は、気に入ってるのと似合うのは別だから」
「そっか。じゃあ、ウサギの店に入ってみようよ」
「え。うん」
***
店内を見渡す。ふむ。どちらかと言うとクラウより少し上の世代向けの雰囲気だ、と思う。
とはいえ、クラウは背が高いから着こなしそう。
「いらっしゃいませ」
「彼女に似合って彼女が気に入る服が欲しいのだけど、この後着せてもらう事もできますか」
「勿論です」
この回答にルイは後ろで少し待機状態のクラウの様子を見た。
店内はあまり興味が無さそうで、ルイと店員のやりとりに注目している。
「何か気に入りそうな服はある?」
と聞いてみた。
クラウは困ったように答えた。
「ごめん、本当に分からない。家では貰った服ばかりで・・・」
貰った服?
強制的に貰ったもの、って事だろうか。
これは時間がかかりそうだ、とルイは直感した。
好みまで決まっていない人は珍しい。いや、普通はこうなのかな。貴族のご婦人方はファッションもたしなみの一つなのだから。
「・・・すみません、カタログはあります? 雰囲気を知りたくて」
店員は驚いたようだった。
「カタログは、この店では作っていません。あの、では、何点かご紹介しても? あの方に合う服、です、よね。彼女様、ですね・・・?」
どこか探るように尋ねてくる。
・・・あ。クラウの性別を判断しかねている。とはいえ会話から女性のようだとは察している様子。
「うん。じゃあ、何点か」
「ルイ。なぁ、この店にするの?」
クラウがそっと確認するので、ルイは振り返って見つめた。不満ではなくて不安そうだ。
「・・・クラウ。ウサギも見せてもらおうか。ついでに」
「え、うん・・・」
「そのウサギ人気があるんですよ」
急に元気になったように店員が笑顔を作った。
***
本当はクラウの判断などを見て店を決めようと思っていたが、1軒目でこれほど手間取るならこの店に決めた方が良さそうだ、とルイは判断していた。
本当に無いなら違う店に行った方が良いが、なにぶん、この後ルイ自身も服を選びに行く上にレストランに予約もしてある。そして女性と言うのは着替えやセッティングに予想以上に時間がかかるものだと身に染みて知っている。つまり立て込んでいるのだ。
店員がクラウの好みを聞き出そうと試行錯誤している。
レストランで食事だ、という事は伝えた。もうこの店が良いと判断したので、ルイはこっそりと店員にどのレストランかと、記念日だという情報も与えた。
クラウが所在なさげでなんだか泣きそうに見えた時、ルイは決心した。
うん。勝手に選ぼう。ルイと店員とで。
ただしこの店員はルイにとって優秀とは思えないので、店員判断はあくまで参考にしよう。
自分の服は、慣れているからそこまで時間がかからない。店さえ見つけてしまえば良いし、この店に男性用の店を聞けばいいだけだ。
ルイはクラウに近寄り、まるで秘密を尋ねるように囁いた。
「クラウ。ちょっと可愛いのと、結構可愛いのと、大人っぽいのと、かっこいいのと、どれが良い?」
「分かんない」
本気で泣きそうだ。たぶん勝手が分からないからだ。ごめんね。
「大丈夫。昔は大人になったらこんな服着たいなとか憧れた服があったら参考にする」
「昔? 何でもいい」
困り果てている様子に、ルイはごく自然にクラウの額にキスをした。
クラウが驚いて絶句し赤面した。
「ごめん。本当に可愛かったので、つい」
自分の行動に内心で驚きつつ、ルイは詫びる。
椅子に座ってウサギを持たせてもらっているクラウが、赤い顔をしつつどこか睨むようにルイに言った。
「・・・昔は、レースとかリボンとかたくさんついてるいかにもお姫様な服に憧れたけど。似合わないって分かってる。だから着たくなくて無理」
「うん。無理はさせない。でも参考になった。ちょっと店内を見て回るから、クラウも、ほら、宝箱の内装の参考にもなるから、店内を見て回ると良いよ」
この発言に、クラウは目を丸くしてやっと笑った。
「うん。分かった」
***
途中、クラウがじっと真剣に服を選んで立ち止っているので様子を伺ってみれば、クラウは本気で宝箱の内装を考えていた。駄目だったか。ひょっとして自分を着飾らせることに抵抗を持っている。
ルイは宝箱について少し答えてから、引き続き店員と協力体制を維持した。
ついでに、数は少ないが男性用の服もあると判明した。ルイのももうここで良い。男性用は形の違いは女性に比べると微細なものだ。もう結構何でもいい。
「本心では可愛いのに憧れているけど、似合わないって拒否してる、と言う事は、少し大人っぽい雰囲気でわずかに可愛い要素が入ったものが良いと思う」
「色のご指定はありますか?」
「・・・赤にしよう。晴れやかだ」
シンプルな形状でも見栄えがする。可愛らしさより強さと情熱の色だが、未だに短髪を維持するクラウだから合うだろう。
「こちらと、こちら、このあたりでは」
「コサージュは? または、レースかリボンを、そうだな、金属製のもの」
「小物はこちらにございます」
「・・・靴も見たい。一式買ってここで身に着けていきます。全てを」
「はい!」
できる店員とそうとも言えない店員の違いって何だろう。
うん、自ら提案して来れるか、ただ受け身で走り回るかの違いかな。
自分の店の発展のためにも少し気にしておこう。
***
「クラウ。勝手に決めた。サイズが分からないから、数点候補があるんだ。着てみて、中から選んで。アクセサリーも全部違うから、サイズが問題ないなら、気に入ったアクセサリーのを選ぶと良いかも」
「え、うん」
クラウが動きを止めて緊張している。
ルイは手を差し出して笑んだ。
手のかかるお姫様。でも楽しくもある。
「決めたらそれに着替えて。店員さんに整えてもらって。大丈夫、その分このお店の売り上げになるのだし、私たちもたまにこういう日があったって良い」
クラウが気にしそうなことを先に告げておく。
「うん」
妙に幼く、クラウが頷いた。
さて。時間は間に合いそう。次は自分だ。
別の店員に接客して貰いながら、姿見も使う。
いつもより形式ばった服を前に、ルイは気づいた。
つけヒゲ。




