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絶対に魔道具売って生計を立てる  作者: 天川ひつじ
第1章 店を開こう
4/100

宿とヒゲ

本日2話目

店を出ると、随分薄暗くなっていた。

先に宿を決める事にしようか。夕食後だと宿を探すのも面倒になりそうだ。


雰囲気が安心できそうだと勝手に判断した宿に入る。1軒目は満室で断られた。まずい。早く宿を決めなければ。


焦って入った2軒目は空いていた。

ほっとして、宿泊手続きを済ませてからルイは周囲を見回した。

立派な方の宿に入った気もする。1軒目より装飾に凝っているし空間が広い。ということは、高いのか? だから空いていたのか? うーん、相場が分からない。我ながら、商売を考えているのに致命的だ。


とりあえず宿泊代は9,000エラ。

ということは、エラの残金は38,350。ではなくて、馬車代も払ったから36,650エラ。

ん。待てよ、その前に自国での馬車代と食費代と宿代を計算に入れてなかった。つまり自国のコインも減っている。きちんと把握しておかないと。

まて、どうせなら毎日記録をつけた方がいい気がするぞ。


あと、なんかコインが思う以上に早く消えていく予感がする。

目的地まで今日の換金分で足りるのか心配になってきた。

いや、道具が売れれば問題ない。


とにかく本当にいい加減、身体を清めたいから今日は宿だ。あとは限界まで野宿。


ん? 野宿でも清潔さを保つ魔法具があれば宿も泊まる必要はない。どうして出発前に気づかなかったのか。

やはり旅には出るものだ、作りたいものが次々でてくるな。


「3階の右奥から2つ目の部屋です。307番の札がついています」

カウンターでカードを受け取る。簡単な開錠施錠の魔道具だ。


「風呂の利用時間は?」

とルイは尋ねた。

「今すぐに入る事も出来ますよ。希望した時に言ってくれれば、いつ使っても構いません。午前中は掃除で少し使えない時間帯がありますが」

「分かった。また声をかける」

とルイは伝えた。


***


307という室番の書かれた札の扉を開ける。

薄っぺらい板で驚いた。大丈夫かこれ。換金所のトイレの個室の方がもっと分厚い扉だったぞ!

え、ここ、安宿?


まぁ良い、風呂がいつでも入れるって言うからもうそれだけで許す。


ルイは扉を閉めて施錠してから、荷物を床においてベッドに腰かけた。

ギッ、となった。予想外に沈まなかったので思わず腿の下を見た。ベッドだ。何だこの薄さは。固い。

「・・・嘘だろう、野宿の簡易テントの方が快適だっていうのか・・・?」


簡易テントは、旅を心待ちにしていたルイが手間と時間をそれなりに投入した代物だ。

「あれを大量生産した方が売れないか? いや待て、そうすると宿屋に恨まれることになるのか?」

待て、そもそもそんな事を気にしていたら商売などできないのではないのか?


「ちょっと待て・・・」

ルイはベッドに座り込んで両手でこめかみを挟むようにして俯いた。考え込みそうだ。


待て、ヒゲがかゆい。限界だ。絶対今日洗わないと。


***


ヒゲのあまりのかゆさに、食事もこの宿で取ることにした。

ヒゲって不便だなとこの変装をしてからつくづくと思う。食べる時に色々ジャマだ。下手したら長いひげが口に入ってくる。

どうも日を追うごとにヒゲについて考える頻度が高まった気がする。これで良いのか自分。


ヒゲ面の先輩はどうやってうまく食事をしているのか。見回すが皆きれいに剃っている。まぁそれが普通だ。隣国でも同じようだ。


でもなぁ、ヒゲで隠さないと、本当に嫌な目に遭うからなぁ・・・。

ルイにとっての必需品だ。


食事は、まぁ、腹が膨れたし身体が温まった。旨いとは思わなかったが、多分こういうのが普通の料理なのだろうとルイは思う。少なくとも、毒などは入っていなくて良かった。

一応、ルイも多少の毒には耐えられるけれど。


***


夕食後、念願の風呂を利用することにした。行った時に利用者が1人いたが、ルイと入れ替わりで出ていって誰もいなくなった。幸運だ。


この隙に、とルイはつけヒゲを外して鏡をみた。口周りがつけヒゲにやられて荒れていた。虫刺されまでできている。

ちなみに、自前の青ヒゲはまだ生えそろわず不格好だ。早く伸びてほしい。


ルイは頭髪や身体を洗うついでに、つけヒゲも石鹸をつけてよく洗った。


部屋に戻る際は、ずぶ濡れのつけヒゲをまた顔に張り付けた。

部屋の中で乾かそう。


戻った部屋の中で簡易テントを展開した方がよく寝れるような気がしたが、せっかくの宿だからルイは宿のベッドで眠る事にした。


***


ギィ、バタバタバタ

「さぁ行くぞ!」

「おはよう!」

「おはようさん!」


おはようございます。


廊下からの音が筒抜けの307号室にて。

ルイはため息をついた。

うるさくて眠れなかった。廊下、あと上からと両隣からも。足音とイビキが。

加えて、宿の外では酔っ払いが大声で犬とケンカしていた。


待ってくれ、これが宿なのか? これが普通なのか?

いや、自国でも1回宿に泊まったが、こんなに五月蠅くなかった。どうしてだ。


「結界作成したから、か?」

自国内だから、女からいつ追われるかと緊張感があったもので、結界作成具を部屋の中で使った。若干の遮音効果があるのに違いない。

昨日は使わなかった。どうやら隣国に来て自分は思った以上に開放的になっているようだ。気を引き締めた方が良い。


とにかくもう朝だ。自分も移動しよう。眠気はどうしても無理なら昼寝しよう。

あ、眠気を吸い取る魔法具とかあったら良いよな。うん、かなり良いよな。


ルイは眩しい朝日に目を細めて、嘆息しながら身をおこしてベッドを降りた。

荷物良し、それから、ヒゲ。


あれ。とルイは驚いた。

ゴワゴワしている。思わずルイは手の中のつけヒゲを凝視した。

全体的にパサついている。枝毛がハンパない。なでつけてもクセが取れない。固まっている。


しまった。石鹸で洗ってはいけなかったのか。


焦りながら持参品の中から鏡を探し出し、アゴにひげを当てて覗いてみる。

ダメだ。明らかにおかしい。

長さが足りない上に、とにかく質感と見た目にヒゲっぽさがない。


ルイは右手に鏡、左手につけヒゲを持ったまま項垂れた。


どうする。どうするって。

とにかくこれもう使えない。となると、新しいのを作るほかはない。


問題は、新しいのを作るには素材が無いって事だ。

「あー、くそ、フィリスティアの毛皮・・・」

売っているとしたら道具屋。いや、昨日は見なかった。どこだ。

ちなみに自国からは、家にあったのを拝借して作ったのだ。


また出費か。足りないものばかり出てきていないか。

何か道中で売る事を本気で検討しないといけないだろう。売るとしたら何だ。

そうだ、冒険者ギルド。あそこに持ち込もう。

犯罪に使われるとまずいのは省くから、そうなると・・・やっぱり魔力分解機器か。あれは真面目に戦闘して真面目に魔法石に魔力を貯めるという品物だからだ。

でもあれ、1機しか作ってない。買いたたかれると困る。とにかくでも相場は知らないと。


で。それでだ。

ウー、とルイは小さく呻きながら顔を上げて再度鏡を見た。

生えそろわない青色の自前のヒゲ。この状態は単なる無精ひげだ。

くそう、せっかくここまでは伸びたのに。


いくらなんでもこの顔で外に出るのは自分で許せなくて、ルイは泣く泣く伸びたヒゲを剃る事にした。

本当、事前計画がうまく行かない。


***


ヒゲの無くなったルイが、宿で簡素な朝食を取ろうと昨晩も使った食堂に向かうと、食堂の使用人の女性たちがルイが通ったのを二度見した。

止めてくれ、見るな。鳥肌が本気でブワッと立った。

昨日はヒゲについてヒソヒソ遠巻きに話していたくせに、ヒゲが無くなった途端、誰がルイの席に注文を聞きに行くか取り合いしている。


隣の男性がその様子に気づいて、ルイを確認した。

そして笑う。

「兄ちゃん、えらい別嬪だが、アゴはどうした。ニキビか。酷く荒れてるな」

「ちょっと虫に刺されて」

「へぇー」

ルイの不幸に男はニヤリと笑うので、ルイは肩を竦めて流しておいた。


ルイの顔立ちのせいで、女には必要以上に絡まれて、男からは嫉妬のように絡まれる。肌荒れの効果はないようだ。

面倒くさい、面倒くさい、大嫌いだ!


と叫び出したいが、14歳になるまでずっと耐えてきたから今更だ。

あぁ、でも、ヒゲ面の時の平穏が酷く懐かしい・・・。ヒゲ、一気に生えてこないかな。怪しい薬とかあったら今、即決して購入してしまいかねないと自分で思う。


勝ったらしい女性の店員が注文を取りに来た。

ヒゲを失ったルイは、いつものように女に向ける笑顔でオススメを聞き、その通りに注文した。

店員は満面の笑顔で嬉しそうに厨房に戻り、サービスです、と小声と色目を使いながら大盛りの皿を置いて行った。


2つ分かったことがある。

自分はヒゲを失うと、つい笑顔を顔に張り付けてしまうらしい。どうもそれが防御策のようだ。

そして、その効果で、やはり何らかの特例措置を受けることになるらしい。


礼儀正しく食事に口をつけながら、ルイは考えた。

だけどさ、大盛りがサービスだというのは単純すぎやしないだろうか。眠いからこんなに食べるのは結構キツイんだが・・・。

残すわけにはいかない。

きっとヒゲがあったら、マナー違反でも食べられない分は残したんだろうけどな。


なんだか自分がヒゲ依存症になってきている気がする。これから私はどう生きていくのだろう。


***


ヒゲを失ったことをただ悲しんでいるわけにもいかない。とにかく、早くギルドにいって魔道具が売れるか確認して、すぐに次の町に向かおう。


自分の顔は、女だけではなく男にも魅力がある。護衛が何人もいたし家が家だから問題なかったが、周囲がルイの事でピリピリしていたことが何度もある。ルイ自身を目当てにした誘拐未遂が何回か起こったようなのだ。恐ろしい。

きっとルイのために詳しくは話されなかったのだろうが、そのような時は茶会の女たちも不安そうにして、いつもに増してルイを抱きしめてきた。そして何が起こっているのか結構な情報をボロボロ漏らすわけだが。


とにかく顔立ちに関しては色んな意味で迷惑しかない。


とにかく、素顔をさらしてダラダラしていたら狙われる。

まさかここで護衛を雇うわけにもいかないし、素性の知れない誰を雇えば良いというのか。その前に資金がない。


えぇい、とにかく金がいる。


宿で教えてもらった場所に向かう。

ちなみに、少し距離があるので、親切にも宿がギルド代までの馬車代を奢ってくれた。申し出に驚いた一瞬の隙に、受付の前にまで出てきていた女性の1人がサッとルイの手にコインを握らせたのだ。

ゾワッと身体が震えそうになったが笑顔で耐えた。鳥肌だって服で隠れて外からは見えない。

「どうかまた来てくださいね! お待ちしてます!」


この状況では断る方がきっと問題を起こす。

裏心しか見えない金だが、もう会う事も無いから良いだろう。笑顔がお礼になるのも知っている。

ルイは笑顔で

「ありがとう。またきっと」

と返事をした。

世の中はどうしてこんなに歪んでいるのだろうと自分で思う。


さようなら、宿屋。

きっともう会う事はない。次に町に来た時は、私は必ず野宿します。

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