カルーグ、末弟ルイとグランドルに会う
カルーグ=ヴェンディクスがその役を引き受けたのは、やはり興味があったからだ。
末弟ルイの居場所は本人から手紙で知らされていた。しかしそもそも、ルイには尾行兼守護がつけられている。
カルーグは先に彼らに会った。こちらも元気そうだ。ニヤリと笑って軽く拳を打ち合う。主従の関係ではあるが、彼らはヴェンディクス家の私兵の騎士たちだ。カルーグ自身が行った遺跡探検の仲間として旅に出た事もある。
彼らからも末弟ルイの近況を聞き、店の場所も明確に知る。
だからこそカルーグは迷いなくルイの店の扉の前に立つ。
扉についている案内板は『CLOSE』だ。
なるほど。
カルーグは、手首に隠し留めている仕事道具を引き出し、あまり躊躇せず開錠した。
***
扉の鈴が、ガランガランと鳴る。
慌てたようにルイともう一人が現れた。
久しぶりに会ったルイは、見慣れない茶色いヒゲを張り付けていた。
ルイなりの防御策だとカルーグは察する。
そういえば、フィリスティアのあの毛皮。やはりルイの仕業だったかな。
執事のグラリエが『代々お手入れさせていただいておりましたものを・・・』と嘆いていたわけだが。
だが元気そうで何より。
「悪い、開錠した」
カルーグの言葉に、ルイは呆れたような顔をした。
***
ルイが昼食時もヒゲをつけたままなので驚いた。
使い慣れているらしい。不憫だ。
もっとルイに図太さがあれば。と、カルーグは思う。
ルイは優秀な役人になる。騎士の適性がないと知り喜んだご婦人方も多かった。
ルイの容姿を愛でる者は多い。ルイが所属する部署が優遇されるのは目に見えている。きっと作業は潤滑に進むだろう。
そもそも、ルイは細かい事柄の物覚えが良い。
加えて、幼少時から茶会に呼ばれていたから、すでに上層部の顔と人名と家を把握している。
ただ、ルイは繊細なままに育った。
強くあるには幼すぎ、図太くなる前に我慢だけを叩きこまれた。上層部に愛でられすぎて守りが届かなかった。
別の町で暮らすと言われて、家族は嘆いた。
同時に、ルイには無理だと皆思った。
けれどルイは生涯をかけたように訴えるから、祖父と父は許可を出した。やってみて諦める他ないだろうと、侮った。
それなのに。
ルイは戻る気配はなく、ルイにとっては順調な事に店を続けている。
お陰で、優秀な私兵4人もこの町に住み続けている。
***
昼食を、カルーグはルイとクラウと一緒にとった。クラウは居心地が悪そうだ。
「ところで、クラウさん」
続けた言葉に、ルイがカァッと赤面した。
やはり異性としてクラウを気にしているのか。
こういうタイプが好みなのか。
ご婦人方の面影が何一つないからか。
そうか、あの御方にも似ているか。ルイが助けてもらったと憧れていた第二王女様に。あの人は自ら騎士のように動く人だった。
では、クラウはどう思っているのだろう。
「店長は、真面目ですね。店に非常に一生懸命取り組んでいる人だと思います」
もう少し聞きたい。
隣で、ルイは耳を赤くしながら無心になろうと黙々と食事の手を動かしている。
「そもそも約束の1ヵ月間、私と店長は、店を聖剣で壊してしまった罪人と、その保証を求める店主の関係でした。それなのに、そんな相手に店長は食事も寝床も提供する。根本的に純粋な人なのだろうと、思います」
答えてクラウがルイを見やり、頷ずくような動きを見せた。
この者は、ルイの年齢を考慮した判断をしている。
たかが数年幼いからとルイの苦労を見くびるな。
カルーグは腹に怒りを感じた。ルイが珍しく信頼を寄せたのに。ルイの価値を取り上げてもらいたい。
クラウがピクリと反応した。
そうして彼女は怒った。カルーグと同じような笑顔で。
数秒、無言で睨み合う。
ルイがカルーグを咎めようとした。言わせる前に、カルーグは威圧を消す。
「ルイはあなたより年下ですが、だからと甘く見ないで欲しい。ルイにも、誰にも真似できないものがある。せめて同い年と見ていただきたい」
ルイに目を向けるきっかけになると良い。
***
夜は店には兄弟のみとなる。近況を話し合う。
その中で、ルイは、クラウを異性として意識しているのではないと少しムキになって否定した。そうか、とカルーグは笑って収めた。
翌日。クラウに自分のライフワークについて話したらクラウと随分打ち解けた。
思わず2人で宝箱のロマンについて盛り上がっていたら、ルイが落ち込んでいた。すまない。
予定が詰まっているのに、ルイ可愛さにもう1泊。
その日の夜に、カルーグは再度聞いてみた。
自分にも特定の女性がいると適当な嘘をついてから話題を振る。
途端、ルイの顔が赤くなった。つけヒゲをとり素顔だから表情がよく分かる。
昨日より反応がハッキリと出た。
ルイは顔を赤くしたまま俯き、チラチラとカルーグの様子を伺い、打ち明けようか迷った。
自分が14の時にこんな動きをしたら誰かに殴られそうなものを、ルイがすると許せる。
と感心しつつ、待つ。
けれど結局、ルイは頭を垂れて、答えなかった。
態度から答えは出ているが。
ひょっとして、今日自覚したのか?
***
「さて」
ルイたちと別れ、グラオンを発つ。
「シュディールには通常3日かかるというわけか」
カルーグは、首からぶら下げていた笛を取り出した。
ビィー
と、人の耳には届かない音が出る笛を鳴らすと、空から幻獣ギリアンが舞い表れた。遺跡の一つで契約を結んだ魔獣だ。
「灼炎龍グランドルの住む町に向かう。頼めるか?」
相性が良くないのか、薄い青色の長い毛を持つ鳥に似た生き物は不機嫌そうに黙り込んだが、それでもカルーグが首元に乗り上がるや否や、地面を軽く蹴って空に舞い上がる。
「町の名前は、シュディール。とはいえ、灼炎龍グランドルの気配の方へ」
『ギュ』
一気に空高く跳ね上がった幻獣が、周辺を覆うかのように翼を広げた。
延泊で遅れた予定を取り戻さねば。
***
「何をしにきた?」
グランドルは、カルーグを見て首を傾げた。
「元気そうだ、グランドル。私の名前は?」
「セドリックだったか」
残念。
「すまない。だが、ルイの二番目の兄だろう」
グランドルは詫びているが、淡々ともしている。
未だに、ルイはグランドルの中で別格だ。
グランドルの背で嘔吐したからだ。誰のせいかというと授乳後の赤子を連れ出した父のせいだ。
なお、故意に真似るには失礼すぎるので、後続者は出ていない。
そして、その他の者は、顔立ちも服装も似ているといって、グランドルは名前を覚えきれない。
酷いよなぁ。
カルーグが諦めの境地に至っていると、
「どなた?」
柔らかい明るい声がして美人が顔を出した。
グランドルの顔が見たことないほど和ぐのをカルーグは見た。
「アリエル。紹介しよう。ルイの二番目の兄だ」
「カルーグ=ヴェンディクスと申します。グランドルとは代々に友人です」
「まぁ」
かつての勇者の生まれ変わり、とみられる美人が少し驚いてから笑顔になる。
カルーグもニコリと笑みを返す。
ちなみに、この人は、かなりしたたかなタイプかも。
***
グランドルとアリエルに祝いの言葉を述べた。
アリエルの人となりを掴みたい。
ルイたちが作る贈り物のため、さりげなくアリエルが喜ぶものを探る。つかめない。
だが、妹クラウが戻ってきたら結婚式の日取りを考える、という話は聞けた。
式は大仰にしたくないとアリエルは言ったが、カルーグは是非自分たちも出席させてほしいと力説しておく。
***
「ルイくんはどんな子だったのですか?」
グランドルたちの様子を知ろうと思って会話をしていたら、アリエルが目を輝かせて尋ねてきた。
「ルイ、ですか? どうしてまた」
「グラオンでお会いしましたから単に興味が」
とアリエルがほがらかに笑う。
ひょっとしてこの人はすでに、ルイが無自覚だった恋心に気付いているのか。
この人がルイの義理の姉になったり?
友好的な笑みを浮かべながら、頭の中では慎重に言葉を選ぶ。
「ルイは、皆が『欲しい』というほどに愛らしい子どもでしたよ」
「何かエピソードが聞きたいわ」
「ルイの3歳頃を語りましょう。ルイは私たちが大好きで、近場で訓練だと知る日は、自分のおやつを取り分けては、兄である私たちに差し入れをしました。内気なので慣れない者が多いと真顔で待っているのですが、私たちを見つけた途端に嬉しそうに笑って走り寄ってくる」
「まぁ。それは可愛い盛りのお話ですね。その後は?」
カルーグは、可愛い弟自慢を追加で2つ紹介する。誰に言っても問題ない範囲の話題。
そして逆に尋ね返した。
「クラウさんは、どんな風だったのですか?」
こちらが本題。
カルーグの内心の声に気付いたように、アリエルがイタズラを見つけたように目を細めて笑う。
「クラウは、私よりもすごく優しい子なのよ」
とアリエルは言った。
「この店は、私よりもクラウの方が大事にしているの。あの子の方が、家族と思い出を愛している」
ニコニコと笑う。
ところが、急にアリエルはふと表情を翳らせた。
カルーグは不覚にもドキリとした。故意にではないと分かるから。
きっと関連して何かがあった。揺れた表情に陰を感じて、カルーグは彼女を守りたいと思った。魅入られた。
と、思った瞬間。
アリエルが目の前から消えた。
瞬きのうちに、視界はグランドルに変わった。
視線を上げるとグランドルと目が合う。
カルーグを恐ろしい不機嫌さで威圧していた。
背を冷たい汗が流れた。
殺される、と一瞬で知る。
目を外せない硬直状態の中、グランドルの横、後ろからアリエルの姿が現れた。どうも背中側に移動させられた様子だ。
アリエルはグランドルの横顔を見つめ、カルーグを見やり、それからグランドルをまた見つめた。
立って威嚇しているグランドルの傍、アリエルはそっと椅子に登り、
チュ
とグランドルの頬にキスをした。
グランドルの視線がカルーグから外れる。グランドルがアリエルを振り向く。見つめ合う。
「嫉妬してくれたの?」
答えないグランドルに、アリエルは改めて気持ちを伝えるようなキスした。
おーぅ。
ダメージを受けたカルーグは、姿勢を低くし隠れるようにそっと席を立った。
アリエルが助けてくれたのは良く分かった。あのままでは自分の末代まで敵視されかねない。
しかしだな。
色んな意味で無理だった。
カルーグは淡い恋心に別れを告げた。メンタル的な何かがごっそり削り取られた気分だ。
***
アリエルのお陰で、かなり軽減されたとはいえ警戒と威嚇を続けるグランドルに、野宿の方が良いかもしれない、と真面目に考えていたら、グランドルが渋面で「泊まれ」と言ってきた。
客人なのだから、とアリエルが指令を出したらしい。
しかし、嫌々なのがよく分かる。
このまま敵認定は嫌だ。仲間だと認め直してもらわなければ。
ルイ、悪い。
カルーグは心で弟に断りを入れた。
「グランドル。実はルイが、グランドルのために贈り物をしたいと考えている」
「・・・ルイが?」
カルーグは、結婚の贈り物を考えているという話を打ち明けた。ただし、聖剣の代わり、というのは秘密のままに。
アリエルに花嫁衣裳を考えているようだ、と話すと、グランドルの雰囲気が柔らかくなった。
「ありがとう」
と態度が変わったので、ほっとした。
***
翌日。
カルーグはつつがなく帰路についた。
グランドルに、ドレスの事がバレたけど、まぁ良いよな。
アリエルにもバレるのは時間の問題になりそうだが。
まぁ、バレてもやる事に変わりはないから、良しとしよう。




