クラウ、カルーグと対面する
クラウは驚いた。
『カルーお兄様!』って、なんだそれ。
店長ルイが、驚きつつも嬉しそうに、クラウに笑いながら紹介した。
「私の2番目の兄、カルーグだ」
「初めまして。カルーグと申します。開錠が趣味です。というのは嘘で、ちょっとした冗談です。仕事です」
店長の兄という身なりの整った男が、丁寧な礼をした。
クラウはギョッとした。
構わず、店長ルイが兄に文句を言った。
「止めてください。私は一般人なのに、勝手に鍵を開けるなど」
「ルイ。もうちょっと良い鍵に変えなさい。泥棒に入られたらどうするんだ。いくつか取り揃えて持ってきた。良かったら変えてやろうか?」
「・・・あ、変えてくださるならぜひお願いいたします」
「よし分かった可愛い末弟の頼みだからな!」
「あっ、そうだ、カルーお兄様、2階に店員用の部屋を借りました。その部屋の鍵も見て欲しいのですが」
「あぁ、任された!」
数秒、様子を見ていたクラウは声を上げた。
「仲が良い兄弟だとよくわかったけど、すみませんが紹介をやり切ってもらいたいんですが。店長」
店長ルイとカルーグはクラウの発言に顔を見合わせ、カルーグは興味深そうに言った。
「『店長』か! これは素晴らしい!」
「茶化さないでください、本当の事なのですから!」
カルーグが店長ルイの肩を叩いている。店長ルイが照れくささを隠そうとして不貞腐れた様子を装っている。単に仲の良い兄弟のじゃれ合いだ。
兄弟の顔立ちは似ている気がする。ただし、店長ルイはひげ面なので目元以外がよく分からない。美しく大きい瞳は似ている気がする。
そして、店長ルイが相当幼く見える。こちらが本来の姿だろうか。
「えーと。中断してごめん。カルーお兄様。こちらがクラウ。手紙で知らせた人です」
手紙?
と思いながら、クラウは自己紹介をした。
「初めまして。クラウです。ルイ店長にお世話になっています」
手を差し出すと、ニコリと笑まれて握手となる。
ルイが情報を足した。
「カルーお兄様は、私の国トリアナの騎士だ。見ればわかると思うけど」
分かるか!
とクラウは思ったが、静かに余所行きの笑みを浮かべた。
***
店長ルイが料理もしているという話に、カルーグは喜んだ。
「一品作るからぜひルイも作って欲しい」
という願いを受けて、まだ昼には少し早いながら、兄弟が作りあった料理をクラウも一緒に奥のテーブルで食べている。
どんだけ仲がいいんだ、この兄弟。とクラウは少し呆れていた。
しかも姉さんの数十倍料理がうまいってどういうことだ。
それにしても、兄と弟は食事の姿勢や食器を扱う手つきなどがとても似ている。
「ルイ。いつもつけたまま?」
「・・・はい。慣れました」
「そうか」
あえて不明瞭にされた会話に、クラウは少し居心地の悪さを感じる。
あと、すでにそこかしこで気配はあったが、やはり店長ルイは良いところのお坊ちゃん確定だ。
「ところで、クラウさん。ルイをどう思っていますか?」
「え?」
急な意外な問いかけにクラウは声をあげた。
カルーグの隣、店長ルイも驚き、食事の手を宙に止めた。
「私の弟は、あなたをとても信頼しているそうだ」
それは、どうも。とクラウは思った。
動きがあったので見やれば、店長ルイが赤面して俯いたのだった。なんだか気の毒。
「ルイはこう見えて人見知りです。あなたを信頼していると手紙に書くのは余程の事です。だから、クラウさんからみてルイは良い人間か知りたいと思ったのです」
ニコリと上品にカルーグが笑んでくる。
店長ルイが赤くなりつつも、再び食事の手を動かし出す。きっと兄なので止められないのだろう、とクラウは勝手に察した。
「えーと」
なんかのテストみたいだなコレ、とクラウは漠然と思いながらも考えた。とはいえ隠す事などない。
「店長は、真面目ですね。店に非常に一生懸命取り組んでいる人だと思います」
「良かったな、ルイ。クラウさん、他には? あれば兄として是非聞きたい」
目を輝かせて尋ねる様子に、クラウはさらに普段を振り返る。
店長ルイの動きが硬い。緊張しているようだ。そりゃそうだろう、目の前で評価されるだなんて。
弁償期間が終わりそのまま店員としている今、クラウは店長ルイの事を信用はしている。
でも信頼までは至っていない、と判断する。仲間というわけでもない。一時的な協力者だと思う。
とはいえ。
「そもそも約束の1ヵ月間、私と店長は、店を聖剣で壊してしまった罪人と、その保証を求める店主の関係でした。それなのに、そんな相手に店長は食事も寝床も提供する。根本的に純粋な人なのだろうと、思います」
話しながら、クラウは自分の選んだ単語を吟味した。
うん。
確かに、純粋だと思う。
それは、店長ルイがまだ幼い少年だからこそかもしれない。
「私の弟を、決して見くびることなど、されないよう、心から願います」
まるで空から降ってきたような言葉に、クラウはカルーグを見た。
カルーグがじっとクラウを見据えていた。
なんだ。なにか、怒らせたのか? 圧迫を感じる。
隣で店長ルイも気づいたようでカルーグに眉を潜めて咎めようと口を動かした。
「見くびるなどありませんが?」
クラウは笑んでやった。
何が気に障ったか知らないが、カルーグこそ、クラウを見くびった発言をした。その自覚がないのなら、カルーグは単純に身分を振りかざす者だ。この世では当たり前のことだが、それでも嫌悪感を覚える。
しかし、カルーグは次に柔らかくニコリと笑み、圧を消した。敵対心がかわされたとクラウは感じた。
「ルイはあなたより年下ですが、だからと甘く見ないで欲しい。ルイにも、誰にも真似できないものがある。せめて同い年と見ていただきたい」
ん?
クラウは意味を掴みかねた。
カルーグは先ほどの緊迫のやり取りなど無かったかのように楽しそうに食事を再開する。
店長ルイはそんな兄を真顔で見つめて黙ったまま。
一体なんだというんだ。
その話題はもう終わった、という事だけが分かった。
***
カルーグは、店長ルイが送った手紙を受けてやってきた、代表だそうだ。
なお、単に一番迅速に動ける状態だったのでカルーグが来ただけだそうだ。
彼は店長ルイの実家や縁者から様々なものを託されてきた。
「グランドルとアリエルさんへの贈り物というのは良い案だ。お爺様もお婆様も、父上も母上も、皆がルイを褒めていた」
とカルーグは言った。
「資金に糸目はつけない。全面的にヴェンディクス家が支援する」
あらかじめ分かっていたかのように、店長ルイが頼む。
「カルーお兄様。しかし、私とクラウも、この贈り物に大きく関わりたいのです」
「分かっている。だが私たちも関わらせてほしい。隣国の地にいる私たちができるのは、金銭的援助でしか叶わない。ルイとクラウさんは、実際に作るところを担ってもらえないか。頼む」
その言葉に、静かにコクリと店長ルイが頷いた。
こうなるとクラウも同意見だ。
「それから、半永久的に変わらないと言われるもののリストを、学術塔に提出してもらった。作りたいものによって適切な素材も変わるという。このリストを見て、ルイは判断がつくか?」
細かい文字がビッシリと書き込まれている紙の束が渡される。
店長ルイの目が輝いた。
「ありがとうございます。とても助かります。学術塔の皆様に心からの感謝を」
「良かった」
と兄カルーグも嬉しそうに笑む。絵になる兄弟だ。
「お前の師の、キリアノーティクス様が、お前にこれをと。『空』の魔法石の大粒だ」
「これほどのものを、まさか」
「魔法石で一番硬い。キリアノーティクス様からの愛弟子への支援だそうだ」
「ありがとうございます・・・」
店長ルイが感極まったように呟くのを、カルーグが表情を和らげて肩を叩く。
「期待しているぞ、ルイ。グランドルの支えになるものを、作るんだ」
「はい。・・・あ、ただし、皆様、クラウのお姉さんのアリエルさんの、祝いの品と言うのもお忘れなく」
「忘れるものか。グランドルの花嫁なのだから」
それから、カルーグは丁寧に箱をテーブルの上に取り出した。
「あと、こちらは、伯母上からデザインの何かの参考になればと」
慎重に箱から取り出されたものに、クラウは思わず息を飲んだ。
極上の装身具3種。なんて豪華で優美。クラウにでもこれは普通ではないと分かる。見事だ。
ただし、店長ルイにとっては、見慣れた範疇なのだろう。冷静に観察していた。
「カルユ様式ですね」
「これが、繊細ながらも細かく入り乱れるので強度が高いだろうと伯母上が。このデザインは長きにわたり、年代問わず人気も高い。グランドルが長年持つ品だ。安定して美しいと判断されるデザインが良いと、祖母の年代の方々の意見だ」
***
クラウがあっけにとられるほど、様々なものが集まる。
この数日、店長ルイとクラウが、一生懸命情報収集し、それでもまだ調べられていなくて判断できなかったものが、あっという間に提示される。
資金も、情報も、デザイン案も。
何だろう、これは。と、クラウは思った。
店長ルイが、カルーグに相談している。
現状、大きさを取ってドレスにするか迷っているとの言葉に、カルーグは、家からの総意を改めて述べた。励まし、力づけるように。
「何を贈るのかは、お前たちに任せる。費用は全面的に援助する。もし意見が必要なら答えるが、それに縛られない方が良い。誰かが独断で進めないと形にならないからだ」
店長ルイが深く頷いていた。
「・・・ドレスの場合、素材集めが大変です。素材集めもご協力いただけますか?」
「勿論だ」
と即答された。
***
カルーグは、店に2泊した。
こうなってみると、部屋を貰っていて良かったとクラウは思った。
自分より立派な体格の者、しかも良く知らない者と同室で眠るのは避けたい。
にこやかながら威圧感を操る好青年。のように見える腹黒。
というのが、決して口にはしないが、クラウがカルーグに下した評価だ。
2泊3日の間に、カルーグは贈り物について様々な伝言や品を届け、店長ルイからの相談に乗った。
また、家主バートンに挨拶にも行き、許可も貰って、本当に店の正面と裏と2階の鍵を変えてしまった。
やはり鍵は彼の趣味らしい。愛する弟が脆い鍵の家に住むなど耐えられないそうだ。
一緒にいる中でカルーグ自身が教えてくれたが、彼は幼少時に祖父が見せた『宝箱の開錠』に魅了され、開錠技術を高めまくった。
順当に隣国トリアナの騎士となり、普段は遺跡管理、つまり宝箱の開錠などに日々いそしんでいるらしい。幸せそうな人生だな。
ちなみに、クラウにも遺跡発掘にも加わった経験があったので、つい宝箱について熱く語り合ってしまった。
店長ルイをぽつんと仲間外れにしていたことに随分時間が経ってから2人して気づいて反省した。店長はなんだかしょんぼりしていた。
カルーグは、店長ルイに料理の指導もしていった。トリアナの騎士は長期訓練や野営もあり、ある程度料理も必須との事だ。
あの料理の腕が姉アリエルと自分にあれば・・・と思いつつ、クラウは兄弟の仲の良い様子を黙って見守った。
それから、わずかな滞在期間のくせに、カルーグは町に信者を増やした。美丈夫だからだ。町であちこち声がかかる。
また店に女性が押し寄せたら迷惑なんだけど、とクラウは心配したが、優秀な腹黒は愛する弟のためにうまく対応したらしく、滞在中も店は静かだった。
そして、カルーグは旅立っていった。
次に、あの龍と姉アリエルに会いにいくそうだ。
「寂しいな」
兄と過ごした数日ですっかり素の口調の店長ルイが呟いた。
どんだけ仲いいんだ。
***
カルーグの残していった贈り物のための色々を前に、クラウはどこか疲労感を覚えながらしみじみと感じる。
クラウにとってクソ忌々しいあの龍は、ルイの家族に心から慕われ心配され愛されているのだと。
自分の姉はそんな龍と結婚するのか。
なら少し、安心できるように思ってしまう自分は単純なのかな。




