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絶対に魔道具売って生計を立てる  作者: 天川ひつじ
第2章 つながり
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カフェと露店と

せっかくだから皆でカフェを楽しんだ。

不思議なメンバーだなとルイは思った。


グランドルが、こんな女の子ばかりが集まるカフェにいるなんて。しかも大切な恋人連れだ。

ルイの代々の家族が誰も見る事のなかった特別な表情と態度。あ、祖先のレンなら目にしていたはず。そうか、今、自分はレンと同じ笑顔を見ているのか。

幸せに満ち足りた、けれど幼くも見える表情に、今までのグランドルはずっと寂しかったのだと思い至って、ルイは友人として胸が締め付けられるように思ったが、直後に、あぁ、アリエルさんがいてくれて良かったと安堵した。

どうか少しでもその幸せが長く続けばいいと、知らず願う。


アリエルは、グランドルとクラウが一緒の席にいる事を本心から喜んでいるようで、はにかむように笑っていた。

グランドルよりは周りを見ていて、クラウに、ついでにルイに、そして周囲に気を使ったり注意を向けたりする。とはいえ、気持ちの大部分はグランドルに向いている。この人も分かりやすい人だな、と、ふと思う。やはりルイが苦手とする女性に分類してしまう人だけれど、それでもグランドルのために、今ここに生きていてくれて良かった。


クラウは、仕方なさそうにしながら、姉の様子に静かに笑んでいる。寂しそうに見えてしまうのはルイの気のせいではないはずだ。

後で、クラウに『私の店になくてはならない人だ』なんていってみた方が良いだろうか、とルイは本気で検討した。いや、言ったら引きそうだから止めておこう。美味しいご飯を大盛りにした方が喜んでくれそうだ。

そんな事をルイに思われているとは露知らず、クラウはそれでも時折振られる会話に笑っている。姉妹の仲が本当に良いのだろうと思う。

クラウの意思では無かったけど、彼女がグランドルとアリエルを引き合わせた。クラウは、ルイの家族も代々見守ってきた、あの聖剣に選ばれた人だったと不意に思い出して動揺する。この人、すごい人だった。


ルイは、自分が特別な時間を過ごしている気分を味わった。

今日はきっと、特別な日だ。

グランドルがルイを見て少し驚いたようになり嬉しそうに目を細める。その態度は『良かったな』と伝えている。ルイの内心の高揚を見て取ったのだろう。

幸せが満ちていく気持ちがした。


***


ルイの店に一旦戻る事にした。

カフェから店に戻る道で、アリエルとクラウが露店を覗きながら楽しそうに歩いている。

グランドルはアリエルの後ろについているが、それ以上固まると通行の邪魔になるので、ルイは少し遅れてついていく。


アリエルが、置物を売っている露店で龍の置物を指して、グランドルをふり仰いで、

「あなたに似ているわ」

と笑顔を向ける。

グランドルはアリエルの背後からアリエルを包むように露店をみやり、

「それを愛でるぐらいなら私に構って貰いたい」

などと言った。

アリエルが驚いて少し顔を赤くしながら楽しそうに笑った。


その傍でクラウの顔が引きつっていて、ついでに露店の店主もドン引きしていた。

ルイは思うのだが、グランドルは人間でないからか、いつも自分の思うところをストレートに表現すると思う。


グランドルとアリエルが露店の品物を話題にしながら結局いちゃつきだしたので、ルイは苦笑しながらクラウの方に声をかけた。

「良いものは見つけた?」

「・・・あー。これ、良いんじゃないか?」

クラウが指さしたのは、魔法石だった。残念。変な魔力が混じっている上に安くない。

いや、そうじゃなくてさ。

「クラウ。店の事はいいから、何かきみの好きなものは?」


「なんだ男同士で」

と店主が言った。

否定するのも面倒だとルイは流すことにした。

クラウも肩をすくめたのを店主への返事にした。そもそもクラウが性別を偽っている。

ただし、クラウの態度に店主が自分の発言に疑問を抱いたようで、首をかしげた。


「男物の方が好きなのか?」

と試しにルイは聞いてみた。

「ん? 機能性高いしさ、衣服は好きかな」

とのクラウの答えだ。


「きみ、それ、なんだか仕事を基準にしてないか? 出稼ぎ前からそうだったのか?」

ルイは何だか不思議に思いつつ、重ねて尋ねた。

「例えば置物は? この店できみ個人が気に入るのは?」


クラウは何かを探るようにルイを見てから、未だに露店の前であぁだこうだといちゃついている姉たちを見た。

動かない様子に、ルイに答えることにしたようだ。

「えーと」


「せっかくだから知っておきたい」

とルイは言ってみた。ついでに『露店の店主に迷惑をかけているのでひょっとして買うかもしれない』と目で伝わらないかと念じてみる。クラウは察しが良いから分かってくれないだろうか。さすがに長文すぎるかな。


クラウはどこか驚いたようにルイを見た。ちょっと挙動不審になった。ルイを、露店の品を、それからアリエルを見やる。


クラウがわずかに赤面した。

「えーと」

口元を手で隠すようにして話すのを、珍しいとルイは思った。

「実は、こんなの好きなんだけど」

耳を赤くして少しためらいがちに指差されたのは、素焼きに簡単に彩色を施した小さな馬の置物だった。幼い子どもが好みそうな造形だ。

精巧でも勇壮でもない馬の置物はルイにとっては珍しく、これをクラウが選んだのを意外に思う。


じっとルイが指された置物を注目するのを、クラウは慌てた。

「いや、えっと。・・・じつは、小さい、可愛いの、好きなんだ・・・」

心の内をみせてどこか口籠る様子に、ルイも気恥ずかしさを覚えた。つられてしまったようだ。

ちなみに、グランドルとアリエルは相変わらず二人の世界に入っているが実際買う様子はない。なぜなら、グランドルが置物に嫉妬しているからだ。

露店の店主がやはり迷惑そうだ。


ルイはクラウに視線で伝えた。『これ買っていい?』と。先ほどの長文も伝わった様子なのだからこれぐらい伝わるだろう。

クラウがどこか緊張している様子に見えた。


「これを買います」

「まいどー。箱つけるか?」

「はい」

ルイと店主の会話に、クラウが動揺した。

あれ、視線での会話はやっぱり伝わって無かったかな。


「すみません、そういえばお値段いくらでしたっけ」

「兄ちゃん、太っ腹だなぁ。10,000エラだ」


「嘘ですね。値札はどこに」

「ここだ。この馬の台座裏。ほら、10,000エラって書いてある」


「あれ。失礼しました。本当だ」

「ちょ、ストップ、ストップ!」

慌てたようにクラウが声を上げた。ルイが、店主が、そしてアリエルとグランドルも気づいてクラウを見た。


「高い、高いだろ!」

「そんなこと無い、モノが良いんだよ」


「高い! そんなの買わない、ほら、行こう、そんな金払ってる場合じゃないだろう!?」

クラウがルイに訴えた。

ルイはふむ、と頷いた。

「確かに、10,000エラは疑わしいと思ったけど」

「待ちな兄ちゃんたち。いくらなら買う。9,500にしてやるよ」

あれ、値引きが発生した、とルイは興味を引かれた。どこまで引くのだろう。


「実は、800エラ程度に思っていた」

と、ルイは本気で思っていた値段を言ってみた。

赤茶の脆い素焼き、彩色もごく最小限、加えて手のひらに乗るほどの小さな品だからだ。

とはいえルイは普段買わない品の一般的な相場が未だに掴めていない。


「そんな安くない、見ろちゃんと台座に・・・」


アリエルがグランドルに何かを耳打ちして、グランドルが「確かに」と頷いた。

グランドルは、馬の置かれていた木箱を指差した。

「ルイ。そこに1,200と書いてあるのはそれの値札のように思うが」


動きが止まった店主に対し、アリエルがスィとその紙きれをつまみ上げた。

それから他の品物も。

「ほら、値札ね? お隣の置物にも、この紙で値段がつけられているものね?」

ニコリと笑うアリエルからは、カエルを睨むヘビのような圧を感じる。


「あ、あ、ごめんな! いやこっちに書いてあるからよぅ、こっちが値段だと・・・あ、そっちが値札かあ! いやぁ、勘違いした、ゴメンゴメン!」

店主が汗をかきながら嘘くさい笑顔で謝るので、ルイもニコリと作り物の笑顔を出した。

「値引いてくださるんですよね? 500エラに?」

「そんな馬鹿な。1,200で500は無いよー、兄ちゃん」

「台座に300と書いてあったら、300エラだったのでしょう? 良いじゃないですか」


「なぁ、本当に要らないよ。行こう」

と、クラウが言った。

ルイが見ると、クラウは困った様子で、この店から早く出たがっていた。

この店主の態度に不満を持ったのだとルイは察する。当然だとは思った。


「1,000で手を打たないか」

と露店の店主が言った。

「800?」

とルイは試した。

「900だ!」

「わかりました。900で」

ルイは商談を成立させた。


***


素焼きの馬は、箱に入ってルイの手に。


ルイは、それをクラウに進呈した。

クラウの少しためらう様子に、

「安かったけど、貰ってくれる?」

と頼んでみる。


「よく言うよ。10,000で買おうとしたくせに」

「うん。あんな店主がいるとは思わなかった。いい勉強になった」

「全く・・・」

ルイの真剣な発言にクラウは苦笑し、

「本当に貰って良いのか?」

と念押ししてきた。


「うん。・・・あの、私の趣味とは違うので、貰ってくれると嬉しい」

正直に答えたが、受け取ってもらえるか徐々に緊張を覚える。

「分かった。・・・ありがとう」

最後にクラウが嬉しそうに表情を緩めたので、ルイはホッとした。

思った以上に自分が安堵したのを、どうしてだろうとルイは理由を探して思い当たる。

そうか、家族や義務以外で、女性に贈り物をしたのは初めてだ。

だから緊張した。だから嬉しかったのだ。


***


グランドルにアリエルが腕を絡めて、仲良く楽しそうに談笑しながら歩いていく。

その後ろを、クラウとルイがついていく。


クラウが周囲を見回した。どうしたのかと少し警戒したルイに、クラウは言った。

「あんたはどんなものが好きなんだ?」


「好きなもの? 私の?」

「うん。いや、なんかこっちだけ貰って悪いしさ。良かったら教えて欲しいんだけど」


「・・・色なら紺。華やぎより落ち着き。剣より魔道具」

「・・・色しか分からなかった! このあたりの露店で、あんたの好みのありそうな店は?」

ルイは周囲を見回した。

「あの布屋の、あの紺色は好みだ」

「あのさ、布もらってもあんた困らないか? 他に具体的にない?」


ルイは理解して驚いた。クラウが真面目な顔でルイの様子を見ていた。

「え、いや、私は良いから」

妙に焦ってそう答えた。

クラウは残念そうに呟いた。

「そうだよな。あんたの好みのって、なんか高級そうだもんな。皿もスプーンも、あれ全部凝ってるの俺にだって分かるし」

「え、あ、そうじゃない」


「あ! 良い包丁、プレゼントしようか!」

「え? 包丁」


「ほら、使い勝手良いとか分かるし・・・そうだ、砥石! あんたのとこの、そろそろ研いだ方が良い」

「確かに」


「じゃあ砥石プレゼントするよ!」

「え? 自分で買うから良い、そんなわざわざ・・・」


「良いじゃないか。俺だって何か贈りたいし」

目を輝かせていうので、ルイはそれならと頷いた。

「・・・分かった、有難う」

「研ぎ方も教えてやれるしさ!」

「有難う」

名案だと楽しそうな様子に、なんだか嬉しくなってきた。ルイも笑う。


そんな二人の前方で。

アリエルが、

「砥石なのね」

と囁き苦笑を浮かべる。グランドルがそんな彼女の様子に、後方をサッと振りかえって確認し、

「楽しいなら良い事だ」

と微笑ましそうにアリエルに答える。

そんな様子を、後方の二人が気づく様子はない。


「なんだか、安心した」

アリエルが、打ち明けるようにグランドルに話した事も。


***


こうして4人でルイの店に戻った。

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