アリエルの希望
「ルイ。裏口からアリエルが入れるようにしてもらいたい」
ルイを気遣いつつ、グランドルがアリエルを連れて正面から店に入ってきた。王宮から戻ってきたのだ。
ルイは笑顔で迎えた。
「大丈夫だ。グランドルに素敵な恋人ができたから、迷惑な人たちは諦めて来なくなったんだ。堂々と正面から来てもらって大丈夫だよ」
「そうか。なら良かった」
グランドルがホッとしている。
その傍で、アリエルとクラウが両手を顔の横で組み合うようにして再会を喜んでいる。
お互いの様子に安堵している様子だ。
クラウの顔がいつもより柔和で幼くてルイは驚いた。あれがクラウの素の顔なのかもしれない。
「ごめん、お姉ちゃんまで連れていかれて・・・大丈夫?」
「うん。こっちより、クラウは大丈夫? ごめんね心配したでしょ? グランドルには聖剣なんていらないでしょって怒っておいたから!」
「え」
その会話にルイも驚いた。
グランドルに尋ねる。
「聖剣・・・」
その単語に、グランドルは目を伏せて首を横に振った。ルイは目を丸くした。
えっ、とルイが驚きの声を上げるのを、今度はアリエルが呼びかけた。
「グランドル?」
「あなたさえいれば何もいらない」
「ね?」
「あぁ。問題ない」
グランドルは笑顔で頷いている。
クラウがアリエルの向こうで瞬いている。
「お姉ちゃん・・・クソ龍に勝ったんだ! おめでとう」
「クソ龍なんていわないであげて。クラウ。彼は彼で一途なの。でも・・・」
アリエルの顔が翳る。
グランドルが慌てた。
ルイも慌てた。
「ク、クラウ!」
「なんだよ」
「ちょっと、外に、お姉さんと行ってきて。再会を祝して!」
戸惑い首を傾げたクラウの前、アリエルが目を細めてルイを見た。笑っている。でも、どこか鋭い。
静かに怒られているのはグランドルか!
「クラウ! 女の子らしく! カフェでお茶してきて! ほら、バートンさんの友達のとこ!」
「えぇ?」
「お茶代は、ルイくんが出してくれるのかな?」
「出します」
アリエルの問いにルイは丁寧語で即答した。
逆らってはいけないとルイの14年の本能が告げたのだ。
「良いわ。いきましょう。ルイくんが奢ってくれるって。嬉しい。ふふ」
アリエルが恋人のようにクラウに腕を絡めた。
グランドルが動揺している。
あれは、ルイはよく見た事のある、女性が嫉妬心を煽る動きだ。そこまでショックを受けるな、グランドル!
「私も行こう」
とグランドルが言い出すので、ルイは引き留めた。
「グランドル。話を聞きたい」
「だがアリエルと離れるなど」
アリエルが絡むと面倒くさいのか、グランドルって! でもこれが龍の恋愛というものかもしれない。
人間がすぐ死ぬことを嘆いているのだから仕方がないか。
「グランドル。クラウがついている。そうだ、私の作った魔道具も持たせるから大丈夫だ」
ルイは皆を少し待機させて、奥に店用の結界作成具を取りに行った。
店用に3台あるから、1つを使用状態にして、クラウが持ちやすいよう鞄につめる。
それから慌ててお茶代になりそうな金額のコインも入れた。我ながら言いなりか、とルイは思ったが本能的にアリエルに従った方が良いと思ってしまう。あの人は怖い。
戻ると、ほんの少しの間にグランドルが必死にアリエルに離れたくないと訴えていた。
クラウが鬱陶しそうな目をしている。
ちょっとクラウの気持ちが分かってしまった。
グランドルごめん。友人として反省だ。
***
ルイは何とかグランドルを引き留めつつ、アリエルとクラウを送り出した。
グランドルはアリエルの姿が消えても、ガラス窓をじっと見つめている。
あまりに切なそうなので、ルイは申し訳なく思ってしまった。
「ごめん、グランドル。ただ、アリエルさんたちのいないところで、グランドルから話を聞きたくて。アリエルさんには言いづらい事だってありそうだと、思ったから」
「・・・」
グランドルはやっとルイを見て、肩を落とした。項垂れている。
「グランドル。聖剣はどうしたんだ? 大切な剣だって、私たち家族は全員知ってる。それを、メリディアの王家に置いて来たのか?」
尋ねるのは、グランドルの事が心配だからだ。
グランドルはルイをじっと見た。悲しみが漂っているのは、気のせいではないと思う。
「アリエルに、知られたのだ」
「・・・何を」
「あれが、アイスミントの・・・つまり、今のアリエルにとっては他人としか思えない者の、形見なのだと」
ルイは何かを答えたかったが、答えられなかった。
「アイスミントも生まれ変わりを信じなかった。彼女にとっては、全て違う別の者だ。おかしなものだな。レンやハヴィの方が、分かってくれたのだが」
「・・・私たちも、グランドルが言うならそうなんだって思うよ、皆」
「助かる」
グランドルが寂しそうに笑むので、ルイは力づけようと思う。それをグランドルは察したらしい。
グランドルの方が、ルイの頭に手をやって撫でる。
「そんな顔をするな」
「だけど。待ってくれ、つまり、アリエルさんが、アイスミントさんの剣だからって、グランドルに怒ったのか?」
「・・・そもそも、メリディアの王家から取引を持ち掛けられて決断が長引いた」
「取引って」
「『戦乙女の剣』を返す代わりに、王宮に住んでほしいと。アリエルと共に暮らせばいいと言われた」
「・・・」
それは問題だ、とルイは思った。
メリディアの王家がグランドルを取り込むことを意味している。
ルイの家が繁栄しているのは、グランドルと親しい事も大きい。そのルイの家を自国トリアナの王家が重用することでグランドルを味方につけていると周囲に知らしめている。
確かにこちらの国、メリディアの王家だって、グランドルの力を欲しいだろう。
ただし、そうなると今は平和な状況であるのに、バランスが変わって何が起こるか予想がつかない。
恐らく、アリエルとグランドルが王宮で過ごしたとなれば、グランドルは少なくとも、その王宮が崩壊するまでその思い出の場所を大切に守る。仮に戦いがあっても、その場所だけは絶対に守る。
それがメリディアの王家を守る事になろうがなるまいが。
『アンティークショップ・リーリア』の店員サリエがルイに取引内容を教えなかった理由が分かった。ルイはメリディアではなく、他国トリアナの王家に近い人間だからだ。きっとルイの身分など、あの店はすでに把握している。
「グランドル。それを、渋ったのはグランドル、か?」
「私も迷った。そもそも王族は嫌いだからな。お前たちだけが特別で、そもそも人間の暮らしは馬鹿らしい。お前たちがいるのに、違う国の王家に近づくのも本意ではない。それにアリエルも困惑した」
「アリエルさんが困惑したのは、お店があるから?」
「彼女はクラウを気にしていた。一人残すから駄目だと。あの家をあれに渡せば構わないと、そこは思うのだが」
グランドルは眉を潜めた。『あれ』呼ばわりとは。グランドルもクラウが嫌いらしい。邪魔でしかないのだろう。
「グランドル。あぁ見えて、クラウも良い人だよ。アリエルさんの大切な妹なんだから、仲良くしたらどうだ」
ルイはつい頼むように言った。
グランドルは、未だにルイの頭に載せていた手の平で、ルイの頭を軽くポンポンとたたいた。
「そうは言っても。本当に邪魔だ。彼女の妹でなければ遠くに投げ捨てたい」
「止めてくれ。本気で頼むよ。アリエルさんだってそんなことしたら怒って口を効かなくなるぞ」
「そう思うからしていないだろう」
思った以上に仲が悪い。どうしてルイが二人の仲をこんなに心配しなくてはならないのか。
「ごめん、話がそれたけど、では条件を飲まずに、帰ってきたってことなんだな?」
「そうだ。迷っているうちに、アリエルが『戦乙女の剣』の謂れをどこかで耳にしたようだ。私の妻の剣で、私が大切にし続けてきたものだと。・・・それを聞いて、アリエルが怒った」
「・・・」
アリエルさんって、怒ったらものすごく怖いだろう、と詳しく聞く前にルイは察した。
「彼女に、彼女と他のものと、どちらが大切なのかと、詰め寄られた。アリエル以上に大切なものは無い。それは間違いない。選ぶなら彼女しかない」
「・・・うん」
「ただ・・・」
グランドルは悲し気に目を伏せた。
「ルイ。人間はすぐ死ぬ。『戦乙女の剣』だけは、姿形を変えず、長きに在り続けるのだ。・・・傍にないのは不安だ」
まさか、
「アリエルさんが亡くなったらメリディアの王家を襲撃して剣を奪えば良い」
などと安易な事は口が裂けても言えない。
本気でやりかねないし、もしやってしまったら、グランドルは少なくともメリディアの敵になる。
こんな風に、龍と人が気安く交流できなくなるかもしれない。
ルイは慰めの言葉を探して口を開いた。
言葉を探しているのを、ルイと付き合いの長いグランドルは気づいたようで、ふと表情を和らげる。
「大丈夫だ。弱音を聞いてくれた事に礼を言う。ルイ、お前は本当にレンに似ている。男同士だと言って、様々に相談に乗って力づけてくれる。ありがとう」
ルイは泣きそうになった。
「こっちこそ、ありがとう。ごめん、話してくれて」
「いいや。頼りにしている。私は龍だ。彼女との悩みがあったらまた聞いて貰いたい。頼めるか」
「うん。私で、レンみたいに、答えられるか分からないけど」
「お前は優しいな。だから大丈夫だ」
グランドルが優しく笑んだ。
まるで自分が慰められた気分で、ルイは切なくなった。
***
グランドルがアリエルのところに行きたいというので、ルイはグランドルと共にクラウたちが行っているはずの店に探しに行った。
聖剣も無くなった今、グランドルは多分アリエルさんへの執着が増すのだろうな、とルイは思った。
アリエルの姿を見た途端、隣のグランドルがホッと安堵したのをルイは察した。
クラウが苦虫をかみつぶしたような顔をしたので、後ろ向きのアリエルがグランドルの到着に気付いて振り向く。グランドルの様子に目を細めて嬉しそうに頬をゆるめる。
誰にも入る隙の無い恋人同士だ、とルイは思った。
ルイを置いて、グランドルは足早にもうアリエルの傍にたどり着いている。
まるで迷子が親を見つけたみたいだ、と、なぜか思う。嬉しそうに泣きそうにさえ見えるのだ。
アリエルは苦笑しながらも愛おし気に、グランドルの伸ばした手に手を添えた。
クラウがどこか諦めたような静かな顔で、目の前の様子を見つめていた。
クラウがルイの視線に気づいた。それから肩をすくめ、ルイに向かって苦笑を見せる。
きっとクラウの方も、グランドルがいないから話せる、アリエルからの打ち明け話を聞いたのだろう、とルイは思った。
クラウが、諦めながら、アリエルを見守るような、そんな表情をするのだから。
クラウが席を譲るように立ち上がり、グランドルに告げた。
「結婚、許してやるよ。姉さんが、あんたが好きだって頼むから。姉さんのために、許してやる」
「・・・」
グランドルが、真顔で、その言葉を受けていた。
「私の命に代えて、彼女を守る」
「当たり前だ」
グランドルの宣言に、クラウが、寂しそうながらも、鼻で笑うような顔をした。それから、クラウも真顔になる。
「あんたのせいで、姉さんが色々巻き込まれるなんて許さない。絶対に守ってくれよ」
「当然だ」
「グランドル」
声をかけたのは、アリエルだった。
「クラウディーヌが、認めてくれたわ。あなたも、聖剣なんて忘れて。クラウディーヌを許して」
クラウがその言葉に驚いた。ルイも驚いた。
グランドルは少しだけ目を伏せてから、穏やかにアリエルを見つめた。
「誓おう。クラウディーヌについても、許そう」
「仲良くして。私、二人とも大切なのよ。仲良くしてほしいの」
「そう努めよう」
グランドルの言葉に、クラウが一つ、頷いた。




