店員の働き
本日2話目
ルイは皿を洗いながら、口頭でクラウに使い方を説明してみた。
クラウは戸惑っている。口頭の説明では難しいみたいだ。
何度も「違う、その横だ、そこじゃなくて、その下の小さな凹んだ・・・」等指示を出す。
やっとクラウは使い方を飲み込んだ。
ルイの指示した箇所を押さえて、
「あ、あああああー」
と録音する。
ルイは内心がっかりした。テストといえど、もう少し何か意味のある言葉を入れてほしい。
クラウが再生を試みた。
〝あ、あああああー、あ、あああああー、あ、あああああー”
やはり音が小さい。
クラウは「おぉ」と感心したように呟いてから、困惑した。
「これどうやって止めるんだ?」
「もう一度再生用のボタンを長押しして」
再生され続けていた〝あ、あああああー” が止まる。
「うるさいなコレ・・・」
とボソッと文句が聞こえたので、ルイはムッとしつつ、尋ねた。
「感想をできれば教えてほしい」
「・・・感想? えーと、単純にすごいな、とは」
「あとは? 正直に」
「・・・売れるのか、これ?」
ストレートすぎる感想にルイは眉間にしわを寄せた。
機嫌を損ないつつ、ルイは言った。
「例えば、『いらっしゃいませ』とか『スープがお買い得』とか入れるんだ」
「いらっしゃいませー、スープ安いよ!」
クラウはさっそく録音し直し、再生した。
〝いらっしゃいませー、スープ安いよ!、いらっしゃいませー、スープ安いよ!”
クラウが停止しないので、ずっとその言葉が流れている。
何だかけなされているようでルイはムッとしながらクラウに背を向けて皿洗いを続けた。
〝いらっしゃいませー、スープ安いよ!、いらっしゃいませー、スープ安いよ!”
クラウがずっと黙っている。
いいからその声を早く消してもらいたいんだが。
〝いらっしゃいませー、スープ安いよ!、いらっしゃいませー、スープ安いよ!”
「・・・言うべきか迷ってる事を言ってみたら怒るよな?」
「そう言われて聞かない方が心が狭いだろう」
「だよな、あんたもう怒ってるし良いよな」
クラウは真顔でチラと振り返ったルイを見て頷く。
どういう理屈だ!
「えーと、ごめんな、気を悪くすると思うんだけどさ」
どんな前フリだ。ルイはイライラしつつ、聞くと言ってしまった以上言葉を待った。
「ずーっと繰り返されて、煩い」
「・・・」
「あと」
ルイの表情を一応確認しつつ、クラウは真面目な顔をしている。まだ言うつもりだ。
「聞き飽きる」
「それは」
「まだある。実際店舗に置くには音が小さい」
それはルイも問題に感じている。頷きを返した。
「それから」
まだあるのか。
「やっぱり使いづらい。使用できる音で流れてたとして、客との会話で邪魔になった時にすぐ消したいけど、操作しにくい」
「・・・」
ルイの心の中から苛立ちが消えた。それは考えてなかった。
皿洗いも丁度終え、ルイは手をタオルで拭きつつクラウをむいた。
「なら、きみなら、どういう風であれば欲しい?」
単純に興味が湧いた。
「露店に売るんだろ?」
「当初の予定では。でも例えば、きみの店の場合なら」
クラウはじっとルイの様子を見て、
「好き放題で良いか?」
と尋ねた。
***
クラウの数々の希望を受けて、ルイは椅子に座りつつぼやくように呟いた。
「かなり高額になる」
その言葉にクラウは肩をすくめる。
希望の時間に音楽が鳴れば良い。録音できる言葉をもっと長くしたい。
何パターンか録音しておいて、それを交互に流したりしたい。
あとは、メニューを告げられたら、そのメニューの値段や説明をこの魔道具が答えたら嬉しい。
「俺、好き勝手に言って生きてきたからさ」
とクラウが少し苦笑してルイに言った。
「それでないと負けるっていうのもあるけど、だからごめん、普通の女とかより遠慮ないんだ」
その言葉にルイは苦笑した。
見た目や言葉遣いからして、クラウを普通の女性だと思ったことはない。
むしろ、普通に女性らしかったらルイはきっと店内に留めるのも嫌だったと思う。
「いや、貴重な意見をありがとう。思ってもみなかった案も聞けた」
「そう言ってもらえたら良かったよ。・・・ほら、俺、出稼ぎでさ、ハッキリ意見言っていかないと、しぶしぶやってて死んだら後悔しかないだろ。そういうのもあってさ」
少し自嘲する様子なので、ルイは逆に意外に思った。
様子を少し見つめてから、
「いや、1ヶ月だし、思うところを言ってくれればいい。苛立つこともあると思うが、他の案が出てくることもあるだろうし」
本当に無理なら、1ヶ月を待たずに終わればいいだけだ、とルイは思った。
「あのさ。俺、好き勝手言ったけど、他の人の意見も聞けばいいのに。うちの店でもあったよ。メニューにするか迷うのを、馴染みの客に食べてもらってさ、意見聞いて決めるんだ」
「へぇ・・・」
他の店の方法に、ルイは興味を惹かれて頷く。
「これ、試作品だろ? 店に出して、来た人に試して貰ったら? きっと色んな人が色んなこというからさ」
「・・・そうだな。そうしてもいいかな」
一生懸命説明してくる様子が頼もしく、ルイの顔がほころんだ。
正直、客は来ないと思うけど、ギルドから注文を届けに来る人もいるし、たまに知り合いが顔を出してくることもある。意見を聞くのも良い。
クラウは言いたいことをいうくせに、自分の発言に自信がないのか。だから、他の人にも聞いてみろと勧めるのだ。
こう見えて、意外と色々気を遣う人なのかもしれない。
***
クラウの話を受けて、ルイは店のサンプルを増やした。
『音声記憶装置の簡易版』と、瓶詰の店用に試作していた『重量軽減板』だ。
『重量軽減板』は、載せたものを少しだけ宙に浮かせて、少しだけ重さを減らせる。トレイやワゴンの上に置いて使うイメージだ。
ただ、板の上から離れると重さは元に戻る。
瓶詰の店の店主の求めるものでは無かったのでボツだった。
そうして、クラウが店番をしてくれるようになって2日目。
なんと、客が入ってきた。
***
「いらっしゃいませ」
と。扉につけた鐘が鳴り、クラウが声を上げたので、奥にいて魔道具を作っていたルイは顔を上げた。
店側の様子は見ることはできない。
「何をお求めでしょうか?」
クラウが、聞いたことのない明るい声で尋ねている。
さすが料理屋の娘だ。とルイは感心した。
「えっと、いや、実はずっと気になってたんだけど、入って良いか分からなくて、今日は店が開いてるし来てみたんだ」
と、答えがあった。
ルイよりも年上、兄の年齢の男性のようだ。聞き覚えは無いと思う。
店にいる時は『OPEN』の札をつけているのにな、とルイは首を傾げた。
しょっちゅう『CLOSE』にしているつもりはないんだが。
「魔道具ルーグラって、魔道具を売ってるんだろ? えっと、あんまり魔道具って見た事ないんだけど」
「サンプルがあります。良かったら説明しましょうか」
「あ、うん」
クラウの明るい申し出に、男は嬉しそうに答えている。
どうしたものか。ルイも様子を見に行くべきか?
でもクラウに店番を頼んでいるわけだし、もう少し任せてみようか。
奥で魔道具試作の手を止めつつ、ルイは店側の様子に耳を澄ませる。
店の方では、クラウが冷蔵庫から説明を始めた。
「へー。すごいな」
本当に珍しいらしい。日常に溢れているとはいえ、変わった品は身の回りに無いのかもしれない。
「うあ、高いな」
値段を聞いて驚いている。
「ご希望の場合、月々払いで貸し出すことも可能です」
クラウがベテランの案内員のようだ。
声だけ聞くと女性だ。
男の恰好だけど、出稼ぎではこんな案内はしなかったのかもしれない。命をかけた仕事をしていたみたいだし。
店員をすると、実家の時に戻っちゃうのかな。
「え、ずっと払わないといけないのか? ずっと貸し出し?」
「えっと、どういう意味でしょう?」
「いや、例えば、ちょっとずつ払ってさ、本来の額まで払ったら、貸し出しでは無くて、俺の、っていうか」
「あぁ。店長に確認します。ご希望ですか?」
「いや、とりあえず今は聞いてみただけ」
ふむ、なるほど。そういう売り方も良いかもしれない。
バートンさんに相談してみよう。良いアドバイスを貰えるから。
クラウは店内の品を紹介していき、『音声記憶装置の簡易版』についても話した。
「え! これ、欲しい!」
説明するや否や、男が食いついた。
「あ、ありがとうございます。あの、そのままでご希望ですか? あの、例えばこうしてほしい、とか・・・」
「いや、これ、こういうの欲しかったんだ! 値段は!?」
「お待ちいただけますか、店長を呼びます」
クラウも少し驚いたように対応している。
仕切りの壁についた扉が開いて、クラウが奥にやってきた。
小声で、
「聞こえてたか?」
と聞いてくる。あの明るい女性らしい声は完全に客向けらしい。
「行こう」
ルイは立ち上がる。クラウも頷くので頷き合った。
***
完全な試作品、しかも改良が必要だと思っていたのに、その人は嬉しそうにしていた。
きちんと値段を決めていなかったが、素材の費用、他の魔法具とのバランスもパッと考えたルイは、
「35,000エラ」
と答えた。
瓶詰の店に売ったリストバンドより高いが、とりあえずこの値段で相手の様子を探ってみよう。
ちなみに、小さいままとはいえ、使用の魔法石は魔力入りだ。3つ入っているから、本来はもっと高額だ。
ルイの店では、魔力入りの魔法石は1つ30,000エラの値をつけている。これは『アンティークショップ・リーリア』の買取価格に合わせているからだ。
だが、ルイは魔道具こそを売りたいので、魔道具の場合は価格を抑える。
「ただ、使用し続けて1ヶ月で機能しなくなります。魔力を込めるか、無理ならまた持ってきてくだされば、魔力をいれてお返しします。有料になりますが」
価格を抑えるために、自動で魔力を補給する装置をつけずに作ったためだ。
「魔力を入れる場合の価格は?」
「えぇ・・・。魔法石が3つ入っています。ただ、魔道具をお買い上げでのメンテナンスになるので、3つ合わせて30,000エラ」
ルイは即時判断で答えた。
とはいえ、毎月30,000エラが必要な魔道具って・・・どうなんだろう。高くないか?
「んー。悩むなぁ。まぁ良いか。とりあえず買った!」
ルイの迷いを気にせず、男は即決した。
ルイは驚いたがそれを隠し、冷静を装って礼を告げた。
「ありがとうございます」
「ところでどのように使われるのでしょうか」
「ん、いや、どうしても古語の発音が覚えられなくて」
試しに聞いてみると、少し困って照れたように、男は言った。
「古語の先生に一度録音をお願いしたら、ずっと家でも聞けると思ってさ。嬉しいよ」
思ってもみなかった使い道に、ルイは瞬いてから顔をほころばせた。
「また来るよ。ちなみに、俺、上に住んでる。ジークバナードだ」
「私は、店主のルイです。有難うございます、ジークバナード様」
握手をした。
「本当、この店、できた時から気になってたんだけどさ。覗いても誰もいなくてさ」
と、ジークバナードが笑っていた。
***
見送ってからルイが向くと、クラウは嬉しそうな笑顔を向けた。素直な表情になぜかルイはドキリとした。
「良かったな! 売れた!」
「有難う」
ルイは戸惑いを抑えて返事をした。
「きみが店に立っていてくれたお陰みたいだ。・・・今まで、店は開けていても、私は奥にいたから。あの人はそれでは入れなかったんだな」
「そうみたいだな」
クラウは嬉しそうに頷いてから、不思議そうにした。
「あんた、よく今まで、店やってきてるな」
「私は、依頼を聞いて来て、売りに行くのを基本にしている」
「そっか」
「でも、きみが店頭にいてくれると、他の人も来てくれるかもしれない」
「良かったよ」
嬉しそうにクラウが笑った。




