戻したい
「感謝申し上げます。灼炎龍グランドル様」
「『戦乙女の剣』を戻したい」
シーラの礼に、グランドルはまるで指示のように告げた。
「かしこまりました。けれど、売ってしまったものです、説得に向かわなくてはなりません。売った先は、この国メリディアの王家です。あの剣は、メリディアの地に在り続けた聖剣です。手放されたのなら、王家が管理するのが順当だと判断いたしましたため」
その説明に、アリエルが不安そうにしている。
グランドルは気づいて、アリエルを優しく見やった。
「大丈夫だ。あなたが心配する事はない。戻したいが、万が一戻らなくてもあなたさえいればいいのだから。だが、少し試みるのを許してもらえるだろうか」
「良いけど、でも」
「大丈夫、こんな風に人手に渡るべき剣ではない。ただ戻したい」
「クラウは妹なの。ねぇ、仲良くして」
「努力はするが、だが・・・」
二人の会話に、ルイは、シーラ、ジェシカと目を合わせた。
三人でお互いの様子を探ろうとするが、三人ともが蚊帳の外で、主役二人の会話が落ち着くのを待つだけだ、という認識は同じらしい。三人が無言でじっと待つ。
「いつ行かれますか。すぐをご希望でしょうか」
邪魔にならない頃合いに、シーラが尋ねる。
グランドルはアリエルを傍に抱き寄せながら頷きを返した。
「すぐに。この人も一緒に行く。メリディアの王家と言ったが、王は誰だ」
「ガーユウェルド=ソクリア=メリディア様です」
「知らんな。まぁ良い」
「店長。私は外出します」
「うん。いってらっしゃい、シーラ」
「ルイはどうする。一緒に来るか?」
「いや・・・メリディアの王家のところにいきなり行くのは・・・私は遠慮させてもらってもいいかな」
「その方がよろしいでしょう」
シーラも言うので、ルイはやはりグランドルたちを見送る方になった。
「グランドル。剣が戻ったら、また店に顔を見せに来てくれたらうれしいよ。色々話も聞きたいし」
「分かった。終わったらそちらに行こう」
グランドルが親しみの笑顔を向けるので、ルイも安心して笑んだ。
***
バタバタッと、シーラに連れられてグランドルとアリエルが店を出て行く。
残されたジェシカとルイとで、ボゥッと見送ってから、ルイはため息をついた。
「ねぇ、あなたたちは何者なのかな」
「ふふー。『アンティークショップ・リーリア』の店長と、店長代理と、店員ですヨ!」
ジェシカが嬉しそうに飛び跳ねるように言う言葉に、ルイも笑った。
「でもー、ルイ様。クラウ様とケンカしたんですね?」
「え?」
急になんという話題を寄越すのか。ルイはただ驚いて目を丸くした。
ジェシカがどこか意地悪そうに笑っている。
「あの剣の買い取り、私がしたんですヨ! クラウ様、ものすごーく、ものすごーく、暗かったんですよー。あ、ケンカしたなこれ、ってピンと来ましたね!」
「ケンカじゃないよ。なんて言って良いのか分からないけど。仲は悪いよ」
相手が機械人形だと知っているから、ルイは気安く心のうちを話す。
つんつん、と指でルイをつついてくるので、ルイはまた驚いてから苦笑した。
「ルイ様は、1人で店やってると、寂しくなるでしょう。人恋しくなるんですよ。私も店長だから分かるんです」
「えぇ?」
冗談だろうとルイは笑う。
「ジェシカさんには、シーラさんと、サリエさんがいるから、寂しくなんてないでしょう」
ふふ、とジェシカは笑った。何かを答えてくれると思ったのに、答えはない。
心配になってルイがジェシカを見つめる。
ジェシカの笑顔は変わらない。
機械人形のくせに、秘密を抱えているのだと、ルイは思った。
***
「ジェシカさんは・・・どうして、機械人形、なのですか?」
「死んだからですヨ」
すんなりと返された答えに、予想はしていたとはいえ、ルイは少しドキリとした。
「・・・シーラさんとサリエさんが、あなたを作ったんですね」
「親友です。私を、治そうとしてくれたの。でも、死んじゃった。私はただの人形ですが、初めは生きた人間でした。生きた人間が、動かしていた。その考え方や行動が蓄積して、人間でなくなっても、人形として、こんな風に。私は、ただの膨大なパターンから生み出される、かつての人間の記録なのです」
「・・・知らなかったら、人間だとしか思いません」
「私も、初めは自分を人間だと思っていました。自分が修理されるまでは。・・・記憶のような記録も、魔力の程度によって再生に限界があります。今、こんな話ができるのは、先ほど赤龍サマが私の魔力を全て充填したからです。シーラも嬉しそうだったでしょう。だって、魔力が満ちているほど、人間に近づくのだもの」
どうしてこんな話を、シーラがいないところでしているのだろう。
ルイは少し動揺しながら、話を続ける。この話の流れのきっかけをつくったのはルイだ。
「シーラはね、本当は、良いところのお嬢様なの。サリエは、お手伝いさん。でも、仲良くなりすぎて、シーラは私の店をやってくれてる。これでいいのかなって思うけど、やっぱり嬉しい事なので、困ってしまう。だって、この店が私の存在意義なんですから」
「・・・あなたがいるから、店が続いているんでしょう?」
「店が無くなれば、私が動く意味はない気がします。いくらシーラとサリエが、私を愛してくれても」
「・・・じゃあ・・・長くお店を続けてください」
「はい」
「私も、この店があって・・・生活ができるのは『アンティークショップ・リーリア』のお陰です。店長さんが私の魔法石をあてにしてくれるお陰です。だから・・・えっと、現金な言い方だけど、私のためにもずっと変わらずいてください」
「はい。ふふ」
嬉しそうに、ジェシカは笑んだ。
ルイはまるで少女にしか見えない機械人形に笑みを返す。
「私の夢は、シーラとサリエがいなくなっても、1人で店をやっていく事です」
「え」
語られた決意に、ルイは驚いてしまった。
シーラとサリエがいなくなる?
ペロリ、と少し舌先を出しておどけてみせて、ジェシカはまた笑う。
「言ったなんて秘密デスよ。シーラには、求婚者が2人います。シーラの本命はそのうちの1人ですが、お互い意地っ張りでうまく行っていません。人間のジェシカが生きていたころからの付き合いです。シーラには正当に幸せになってもらいたいデス」
「・・・サリエさんは?」
「サリエは、シーラの付き人です。シーラがうまく行くよう願っている。うまく行けば、きっとシーラについて王宮に行くでしょう」
「王宮?」
「あ。言いすぎマシタ。迂闊デス」
ジェシカは、両方の人差し指で自分の口にバツ印を作った。
「・・・一人だと、寂しくなりますね」
と、どういっていいのか分からなくなったルイは言った。
「大丈夫ですよ、ルイ様」
まるで大人のように、ジェシカが告げた。
どう返事をしていいのか分からなくて、今度こそルイは、ただ微笑むだけになった。
***
店を退出して、ルイは自分の店に戻った。
そのうちグランドルがアリエルと共に来てくれるだろう。
少し、店内の掃除をしておこう。
それからクラウの事を思い出してしまって、ルイはため息をついた。
戻って来なくて良いと思ったし、見放したけれど、グランドルとお姉さんアリエルがこちらにいる今、一体何をしているんだろうか。
グランドルと一緒に来れたはずだろう、と思うとイライラとする。
どうやら完全にクラウの事を嫌いになったらしい。
ルイのジュースを美味しいと言ってくれた人だけれど!
と思ってから、そうか、どうやら褒めてもらったのが嬉しかったようだ、とルイは気づいた。
我ながら単純だな。
自分に呆れてしまったルイは、黙々と掃除を続けることにした。
夕食はどうしようか。グランドルたちはいつ戻ってくるのか分からない。
「メリディアの王家との交渉か・・・」
シーラさんの発言を顧みると、聖剣を取り戻すのは、すんなりいかないかもしれない。
それでもグランドルは龍だし、メリディアにも伝説として存在は知られているはずだ。
あ。そうなると、逆に王宮で歓迎を受けているかもしれない。
剣の交渉もするだろうが、王家だってグランドルと近づきたいはずだ。人を超える力を持つ存在なのだ。
だとすると、店に来てくれるのは数日後になるかもしれないな。
ルイは、知らずため息をついた。
それから、今日のグランドルの様子を思い返した。
結婚はまだというけれど、見た事もない態度で幸せそうにしていたグランドル。
今まではルイを目にかけてくれたのだけど、きっともう、ルイなどあまり気にしないのだろうと想像がついた。
そう思うとやはり寂しい。
小さい頃から悩みを打ち明け気にかけて来てくれた存在が、急に他のところに行ったのだ。
今日ルイの店に現れたのも、聖剣を取り戻すためであって、ルイの顔を見たかったから来てくれたわけではない。
急に拗ねるような気分になる。
気持ちを持て余して、ルイはため息をつき、魔物の銀に目を留めて話しかけてみた。
「銀ー。・・・店、頑張ろうな」
今では6体に増えている魔物たちは、言葉もなく、もわもわと水槽の中に収まっている。
なんだか、虚しい。
そうだ。こんな時こそ、制作に打ち込もう。
***
とりあえず夕食を作って、ルイは魔道具の作成に着手した。
瓶詰の店『トルウィス食料品店』に約束していた、瓶の重さを軽減するリストバンドだ。
簡易冷蔵庫を作り直した分、予定よりも納期が遅れているが、『数日の遅れなど構わないよ』と言ってもらっている。
黙々と作業に打ち込む。
特定の瓶だけを対象にする上に、ルイの手元には対象となる空き瓶がある。
魔法石の組み合わせを少し迷ったので、実験して一番感触の良い組み合わせにしようと思う。
となると、石の組み合わせを自由にできる土台を先に作った方がいいかも知れない。あくまで試作として。
金属線で編み上げる方が軽いはずなので最終的にはそのつもりだが、金属線は石を何度も取り換える場合の試作には向かない。どうしてもクセがつくから、一番初め以外の結果が正しく分からない。
ルイは組み合わせを調べるために、金属板を加工することにした。少し手間になるが、組み換えの際は楽になるはずだ。
就寝の時間になるまで、ルイは作業に没頭した。
***
結局、組み合わせは『風』と『空』が良さそうだと結論付けて、ルイが金属線で完成品を作り上げたのは2日後の晩だ。
今日はもう遅いから、瓶詰の店『トルウィス食料品店』に完成品を届けるのは明日にしよう。
なお、グランドルとアリエルはまだ店に来ない。
『アンティークショップ・リーリア』の店長代理シーラもまだ店に戻っていないそうだ。日課である魔法石の販売に行くと、店頭には店員サリエがいて、まだ交渉の途中のようだと教えてくれた。
まぁ、多分そのうち戻ってくるだろう。
・・・でも、アリエルさん、店をずっと閉めっぱなしで大丈夫なのかな、とルイは思った。
ルイの店だって、毎日ルイを頼りにしてくれるお客様・・・具体的に言うと店長ジェシカ、がいるのに。
アリエルさんの店はクラウの店でもある。
グランドルが来たからお客が全然来なくなったとクラウは怒っていた。
本当に、誰一人店に来ないんだろうか。
だったら、確かに店を何日も閉めても問題ないのだろうけれど・・・。
ルイは目を伏せた。
確かにそんな店、『店』なんて呼べないだろうな、とルイはここにきて、思った。
グランドルは幸せそうで良かったと思う。アリエルさんだって幸せそうに見えた。
ルイは、奥の、裏側についている小さな窓から暗くなった外を見やる。
裏側の通りは圧倒的に人通りが少ない。今は誰も見えない。
クラウの気持ちが、今更少し分かるように思うなんて、どうしてだろう。
クラウは、残されてしまったのだ。




