お願いと、約束
ルイは、先にと促して、クラウを連れて金属工芸ギルドに行って、噂への対応をお願いした。
ギルドに来ていた中で、以前にもギルドや街中で会って挨拶をした事のある人、数人にもお願いする。
金属工芸ギルドは、ルイの気質に似た人が多いらしく、ルイの店の状態を伝えると自分の事のように顔をしかめて、微力ながらといいながら、噂への対応を約束してくれた。
「あんた、きちんと人脈持ってるんだね」
ギルドを出てから、ポツリとクラウが呟くのを、ルイはただクラウの様子を見やるだけで無言だった。
自分がクラウに腹を立てているのを感じていた。
せっかく一緒に店をと思ったのに、と思いかけた自分にルイは驚いた。
迷惑な客を一度追い払ってもらっただけで。
その後、真剣にルイの店を心配してくれたのを見ただけで。
自分はクラウを店の味方だと思ったようだ。
それなのにあっという間に離れるというから、勝手に裏切られた気分になったのか。
ルイは自嘲した。
グランドルが1ヶ月頻繁に来てくれていて、それが来なくなったからって、寂しくなったとでも?
***
「少し、話そう」
ルイは、クラウに話しかけて、露店で飲み物を買う事にした。
クラウが戸惑っている。
ルイは少し考えて、クラウがそれを嫌いでは無いかを確認して、クラウの分も購入した。
ジュースを1つクラウに持たせて、雑踏から少し抜ける。クラウは大人しくついて来る。
道の端に、どこかの店が出している空箱が転がっているから、そこにルイは腰かけて、クラウも促した。
長居するつもりはないから、ここで良い。
「ここで」
ルイは言葉短く説明をした。
クラウにも飲み物を促して、先に一口飲む。
クラウはルイの様子を観察してから、持たせている飲み物に口をつけた。
「・・・あんたの方のが美味しいな」
とポツリと言うので、ルイは小さく笑った。
無言のままのルイに、クラウが気詰まりなのか、ポソリと発言を続ける。
「丁度いい具合に冷えてたから」
「ありがとう」
作ったものを褒めてもらえるのは単純に嬉しい。自分の口角が上がってしまう。自分も結構単純だな、と思う。
しばらく二人でそれぞれ木箱に座って、飲み物を飲む。
ルイが無言なので、クラウは居心地が悪そうだ。
少しだけそんな時間を過ごしてから、やっとルイは気持ちを口にできた。
「・・・帰りたいなら、帰れば良い」
その言葉に驚いて、クラウがルイを見る。
ルイは続けた。
「・・・荷物も全部、必要ない。あの剣も。置いて行かないでくれ」
もうこの人が戻ってくることを、ルイは期待しないのだから。
「え? ・・・良いのか?」
クラウが驚いている。
ルイは頷いた。
コクリ、と最後に残ったものを飲み込んで、薄っぺらい簡易の木製のコップをパキパキと割って地面に捨てる。
ルイはクラウを見て優しく笑んだ。
「良いよ」
もう、きみには何も期待しない。約束を守る事も、責任を果たすことも。
だから、荷物など残さず、何もなかったように私の目の前からいなくなれ。
クラウがルイの表情を真顔でじっと見ていた。
「・・・聖剣を置いて行く。絶対戻ってくる」
「不要だ。きみ、剣がないと困るだろう? 危険に備えて持ったほうが良い」
「でも」
「大丈夫だ。気にしない」
ルイが穏やかに答えるのを、クラウは悔しそうにした。歯を食いしばるようにして目線を落とす。
「ごめんなさい。本当に、絶対戻るから。ごめんなさい。9日後。9日後に戻ってくる。往復だけで6日かかる、だから3日間で、向こうに説明して、何とか折り合いつけて・・・」
良いよ、もう。
ルイは穏やかな仮面の笑みをだけを、返事としてクラウに向けた。
戻って来なくて、構わない。
自分はクラウを許さないだけなのだから。
***
飲み終わって、今度は『アンティークショップ・リーリア』にも噂へのフォローを頼もうと足を向けた。クラウは項垂れた様子でついてくる。
「ストーップ! お待ちください、ルイ様!」
店のドアを開けようとしたところで、横から知らない女性に止められた。
ルイはギョッとして体を強張らせた。
「驚かせて申し訳ございません。私、この店の店員、サリエと申します」
ルイの苦手とする年代の女性が、ルイを鳥肌にさせる美しい動作で礼をとる。まるで貴族のようだ。
「いつも、店長ジェシカと、店長代理シーラがお世話になっております。私からも毎日のご提供に心よりお礼申し上げます」
滑らかに慎ましやかにそれでいて柔和に、サリエという女性店員がルイに微笑みかける。
ルイの胃に重いものが乗るような感覚が来る。吐きそうになるのを抑えて、ルイはとっさに笑む。
礼を取る。
「ルイです。こちらこそ毎日、感謝してもしきれません。あなたのような方が働いておられたとは」
「普段は奥にいるのです」
「今日はどうしてまた。入ってはいけないのですか?」
ルイは笑みながら尋ねた。今日、朝に溜まった魔法石を売りに来たばかりだ。来ない間で、何かあったのか?
「あの、失礼ですが。お連れ様はどのような」
と、サリエが尋ねてきた。
お連れ様、と言われてルイはクラウを振り返った。クラウはずっと落ち込んだ顔をしているが、この流れで不思議そうにルイたちを見返してきた。
「この人は、クラウと言って・・・。少し縁があって今日はこのように」
「そうですか・・・。では、恐れ入りますが、ルイ様、クラウ様。今回は別の出入り口からおはいりいただけますか?」
「何かあったのですか?」
「私どもの方はいつも通りです」
ルイとクラウを誘導するサリエに、ルイは警戒しつつ首を傾げる。
サリエの言葉を信じるならば、つまり今日特別に連れてきたクラウに問題があるようだ。
細い路地をぐんぐん進む。少し横に周るだけかと思ったのに、意外に歩く距離が長い。
まさかこれが全て店だというのか?
ただひたすらまっすぐ進む。突き当りに、扉がある。
「こちらは、内部の倉庫なのですが、恐れ入りますが今日はこちらに。どうぞ」
扉を開けられた途端。
「いらっしゃいまセー! ルイ様!」
と、店長ジェシカの明るい声が中から聞こえた。
***
「急にサリエが行ったから驚かせたらすみません! こっちは、管理倉庫なんですヨ。どうぞどうぞ! シーラは店の方にいるので、これませんケド、大丈夫ですよね?」
「え、えぇ」
ルイは部屋に踏み込むのを躊躇った。
理由は、店長ジェシカの状態にある。
首と胴が離れているのだ。何本かの金属線が首と胴を繋いでいる。
そして、その胴も大きく5つほどのパーツに分かれていた。胸部から歯車、そして、魔法石の赤い輝きが見える。
クラウが足を踏み込んだ瞬間、店長ジェシカの様子を見て短い悲鳴を上げた。
直後、ピィン、と頭上で音がした。
「あ。サリエ! 文鳥時計が壊れちゃっタ!」
「あらー・・・まぁ・・・」
パタン、とクラウの後から入ったサリエが困ったように天井を見あげる。
目線にならってルイも見ると、壁につけられた美しい意匠の掛時計から、なぜだか文鳥が飛び出してゆらゆら横に揺れていた。
目線を戻すと、店長ジェシカは興味深そうに、サリエはどこか取扱いに困るように、クラウをじぃと見つめていた。
まさか。
「クラウが、来た影響でしょうか?」
「正直に申し上げますと、その通りです」
サリエが白状した。
「え、俺のせい!?」
「大丈夫です、他には影響を受けそうな品物は周囲に置いてございませんので」
サリエが安心させるように笑むが、クラウは絶句した。
「クラウさんは、何者ですか?」
目を輝かせるように店長ジェシカが問うてきた。サリエも興味を持っている。
クラウは絶句したままだったので、ルイがどうしようかと首を傾げた。
「えーと。『選ばれた者』とでも言いましょうか」
証拠の聖剣は、今持ってきていないのだけれど。
「え、あ、あの。ごめん、俺がいない方が良いなら、すぐ出て行くから!」
クラウが慌てて申し出てきた。
「クラウさん! 気にしないでください! この『アンティークショップ・リーリア』には、古いものとか魔力を使うものとか色々グッズを取り揃えてるんです! 稀にこういうお客様も来られるから慣れてるし大丈夫ですヨ! 多少壊れても大丈夫!」
「え、あ、あの」
クラウがうろたえている。
ルイも不思議に思った。少なくとも、ルイの方の店は、何もしないで壊れた、というものはない。
剣で直接的に壊されたものはあるが。
「今、体のメンテナンス中で、動かないのがモドカシイです! 今度会えたら握手してくださいネ!」
「あ、あぁ・・・」
クラウは戸惑いっぱなしだ。無理もない。
サリエが、ルイに尋ねてきた。
「ところで、ルイ様。午前にお越しいただきましたが、何か当店に不備でもございましたか?」
「あ、いえ、そういう事ではなく・・・」
ルイはサリエに、店に来ていた女性客の事を説明した。悪評が聞こえたようなら、フォローをお願いしたいという事も。
サリエは頷いて、それから、まるで弟を見守るように微笑んだ。
ウッとルイは汗をかいた。
サリエは優しく答えた。
「かしこまりました。ルイ様は特別なお客様ですもの。当店でも及ばずながら力にならせていただきたく存じます」
「ありがとうございます」
にこやかに笑みながら、ルイは、帰りたい、と思っていた。
ちなみにクラウの方は、ジェシカに店の説明などを聞かされていた。
「珍しいものとか古いもの、色々買取もしてるんデスよー!」
***
『アンティークショップ・リーリア』の内部倉庫を退出し、町をしばらく歩いてから、やっと息を大きく吐いたルイに、クラウがどこか訝し気に尋ねてきた。
「あんた、あぁいうタイプ、苦手なのか?」
「え?」
「いや、無理して笑ってたみたいだからさ」
「・・・分かったのか?」
ルイは驚いた。苦手な女性に対しても礼節は尽くさなくてはならい。それはルイが子どもの頃からずっと指導を受け、身に着けてきたものだ。
それが、外から見て礼節を守れていないというなら大問題だ。
「・・・いや、なんていうか・・・たぶんサリエさんは気づいてないよ。俺、ほら、客商売の家の子だしさ、なんか分かるんだ。無理してるな、とかいうのはさ」
ルイはじっとクラウを見た。
どう答えて良いのか分からなかった。
何かを言ったところで、もうすぐ目の前からいなくなる人なのだから。
***
ルイとクラウは噂への対応への協力を求めて回って、ルイの店に戻った。もう夕暮れだ。
夕食後に、家具屋の店主が修理に来てくれる約束だ。そのまえにこちらも夕食を済ませておこう。
何を作ろうかと考えつつ、ルイはクラウに視線をやった。
「お疲れ様。もう、良いよ」
「え」
「自分の町に戻るんだろう。シュディールと言ったか」
「あ、あぁ・・・」
クラウは、ルイの様子を伺うようにしながら、ためらっている。
「私はこれから夕食を作る。だから・・・」
「分かった。じゃあ、出て行く。迷惑をかけて本当にごめん。必ず、9日後に戻るから。本当にごめんなさい」
クラウが深々と礼をした。
「・・・良いよ」
別に、戻って来なくても。
「荷物、本当に全部持って行ってくれ。邪魔になるから」
「・・・分かった」
クラウが聖剣と荷物を掴む。
ルイは食料保管庫から野菜と鶏肉を取り出す。包丁も。鍋をセットする。
黙々と、夕食をつくりだして、ルイは完全にクラウに背を向けた。
「じゃあ。・・・ごめんなさい」
項垂れた声でクラウが声をかけた。少しの間があってから、裏口がそっと閉じられた。
「・・・」
無言でルイは、肉を切った。思うように切れなくてイラッとして、自分の指を切りそうになってヒヤッとする。
ルイはため息をついた。
良い大人なのだから、夕食を一緒に食べていくか聞くべきだった。でも、言いたくなかった。
無言で夕食を作り上げた。




