クラウが言うには
冷えたジュースを一気に飲もうとしたクラウは、ゴクゴクッと飲んでから、一度気が付いたように動きを止めて、カップを見つめた。
「おいしい、これ」
「あ、ありがとう」
「まさか、あんたが作ったのか、これ?」
クラウが訝し気に尋ねるので、ルイは少し誇らしくなりながら頷いた。
「あぁ。露店で買ったものを、搾って冷やしただけだが」
ルイの返答にクラウは無言でルイを見つめてから、もう一度、
「おいしい」
と呟いて、残りをゴクゴクと飲み干した。
やはり動作は男そのものだが、殺気は消えていた。落ち着いたようだ。
餌付け、という単語がルイの頭に浮かぶ。
うん、クラウにはおいしいものを振る舞うよう心がけてみよう。
「ところで、差支えなければ教えてもらいたいのだが・・・男のように振る舞っているのは、何か理由が?」
ルイは尋ねてみた。
クラウはルイを見やってから、スィ、と椅子の上に置いた聖剣を見やった。
ルイは言葉を足した。
「いや、教えたくないならそれで構わないんだ」
「いや、もうあんたには女ってバレてるから、隠す必要はない。ただ、その方が安全で便利で効率的だっただけだ」
とクラウは飲み終わって空になったカップを少し持て余すようにして、ルイの様子を確認してから台所に置いた。
「安全で便利で効率的?」
もう少し具体的でないと想像しにくく、ルイは重ねて尋ねた。
クラウは頷いてから答えてくれた。
「うちの店を支えるために、出稼ぎに出た。もともと店番はしてたし普通より強いと思う。性格もこんなんだし。女一人だと舐められるし色々まずいけど、男だと仕事に恵まれる。男だと疑われず思わせるために、行動も言葉も全て変えた」
「・・・努力家なんだな」
ルイは素直に感心した。
クラウは嫌そうに眉をしかめた。
「教えてくれてありがとう。それから、あの人たちを追い払ってくれてありがとう。私は・・・出て行くのももう嫌で・・・だから助かった」
ルイが真顔で言った御礼と事情に、クラウはため息をついた。
それから、少しじっと床を見つめて無言になった。考え事をしているように思えて、ルイも待つ。
クラウはルイを見て、少し困ったように顔をしかめた。
ルイを心配しているようにも見える。どうしたのだろう。
クラウが口を開こうとしないので、ルイは予定を切り出した。
「この後、裏口から、家具屋に行く。一緒に来て欲しい」
「家具屋?」
「修理を依頼しに行く。これが無いと、困るから」
「・・・分かった」
クラウは少し考えるようにして、自分が割ってしまったテーブルを見つめ、それから頷いた。
***
聖剣を店内に残して裏口を使おうとしたら、クラウが裏口を使えなかったので、ルイはクラウも使えるように設定した。どうやら、結界を素通りできるのは聖剣を持っている時に限るようだ。
家具屋に行く前に、露店を通るので、ルイは目に留まった店で、魔法石を安く買いつつ進む。
馴染みになった店もある。
「おい、あんた、酷い悪口言われてるぞ」
と、親子で露店をやっている人が教えてくれた。
「え?」
ルイが瞬く。何のことだ。
ルイのキョトンとした表情に、親の方も、心配そうに聞いてきた。
「いや、あんたの店に行ったら、『ブスは帰れ』って酷い罵倒を受けたって、若い子がものすごく怒りながら通って行ったんだ。大丈夫か?」
「え? それは」
「ついさっきだ。『魔道具ルーグラ』だろ、あんたの店。ものすごいイケメンがいるっていう噂の」
と、息子の方もルイを心配したように尋ねる。
話にルイは顔をしかめた。
慌ててて口を開いたのはクラウだ。
「待て、違うんだ。俺が悪いんだ。あんまりしつこいから、つい口が滑って、こいつは悪くない」
「あんたは友だちか?」
「違う、俺は、ちょっとだけ店番を頼まれて。でも、本当にこいつ困ってて、あの子たち絶対に客じゃないのに店に居座ろうとするんだ、営業妨害で、それで」
クラウが必死に説明している。
ルイはその様子を少し不思議に思った。
これほどルイのために・・・いや、違う、どうやらクラウは対応の仕方に問題があったと思っていたようだ。
「ごめん。俺が悪かった。カッと来て、イライラして口が滑った」
クラウがルイに謝った。
露店の親子も心配そうに会話を聞いている。
ルイは困惑した。確かに言葉に問題があったが、クラウは、ルイが対応できなかったことを対応してくれた。
ルイの表情を見てから、クラウは露店の親子に相談した。
「なんか、毎日、その、イケメン?目当てに女の子たちが押し寄せてて、こいつの店、相当困ってるみたいなんだ。なぁ、もう言いふらされてるのか? 俺が悪かったんだ。どうしよう」
クラウのこの様子に、露店の親子が同情を示した。
***
「・・・俺の対応は、客商売としてはかなりまずかったんだ」
露店をあとにして、ルイのすぐ横をついて歩きながら、クラウが申し訳なさそうに言った。
何とも言えない様子のルイに、クラウは説明をしてくれている。
「俺も、用心棒みたいな担当だった。でも、うちには、ああいうタイプの女の迷惑なのは、来なかったけど・・・。うちの場合は、代金踏み倒しとかさ、量に文句をつけてくるとかさ。でも、本筋から外れて悪口言うと、それが揚げ足取られてさ、それを一気に噂で広められるんだ」
「・・・広められたことが?」
「両親が生きてた時に、何度か」
クラウが頷いて答えてくれる。
「でも、他にも客がその場にいたからさ、馴染みの客がちゃんと『そんな事はない、向こうが酷かったからだ』ってフォローしてくれて、それで収まった。でも、今回のは、完全に俺のミスだ。本当にごめん。あんたの店、そういう客が、店内に誰一人いなかった。・・・まずいよ」
ルイは少し思案して、考えをまとめてから口を開いた。
「・・・私の店には基本的に客は店内にいない。ただ、酷い噂が立ったとして、こっちには、露店や店やギルドに知り合いがいる。だから、客からではなく、店のつきあいからフォローしてもらえるよう頼んでおこう」
クラウが驚いて、少し安堵したように雰囲気を柔らかくする。
その様子に、ルイも微笑む。
「教えてもらえたことを感謝する。それで、この後家具店に行くが、その後手当たり次第に知り合いの店に行こう。一緒に来て欲しい」
「・・・分かった」
クラウの表情が明るくなった。
ルイはやはり笑んだ。
意外にクラウが真面目で、それが頼もしかったからだ。
***
ルイとクラウで、『マイズリー家具屋』に行き、修理を頼んだ。
テーブルが無い状況に困っているとルイが言ったので、親切で熱意のある店主は、夕食後にルイの店に修理に来てくれることになった。日中は他の予定があって動けないそうだ。
それから、ルイは、困った女性客についての今日の出来事を説明し、噂に対してフォローしてもらえるように依頼した。
「ダンナが、ずっと困ってたの知ってるからな。そりゃ営業妨害だよ」
と、ルイの味方になってくれた。店を営む者同士、分かり合えるのだと思う。
***
次に、ルイとクラウで、バートンの露店に行く。
バートンにクラウを紹介しつつ、噂へのフォローも頼む。
「分かった。まぁ、愚痴ってたからねぇ、ルイ。任せときな。アタシらの噂の力をなめんじゃないよ」
とバートンは噂への対応を力強く約束してくれた。
「ところでルイ。この人もあそこに寝泊まりするのかい」
「え?」
バートンの問いかけに、ルイはキョトンとして、クラウを見た。
クラウは、『どうすんだ』とでもいうように、ルイの返答を待っていたようだが、ルイが何も考えていなかったのを見て取って肩を竦めた。
「俺は別にどこでも眠れる。あんたの店でも、その辺の道の上でも」
「道の上は無いだろう」
ルイの方が眉をしかめつつ、どうしようかと考えた。
どこかおすすめの宿はないかバートンに尋ねようと一瞬思ったが、その後にすぐ気づいた。クラウを1人にすると逃亡される可能性が高い。
ならば、店内に泊めるのか・・・?
だがどうも信用ならないから泊めたくないな。
いや待て、その前にクラウは女性だった。
そう考えたら途端にゾッと鳥肌が立つ。同じ店内で眠るとか絶対嫌だ。
だが、1人にさせたら絶対逃亡される。
え、待て、もう弁償とかそんなのどうでもいいかもしれない。逃げるなら逃げたほうが私に負担がかからないような。
ルイが悩むのを見て取ったバートンは、面倒くさそうに、
「忙しいから、まぁ勝手にしな」
と言って追い払うようにルイに手を振った。
***
道中、クラウをどうしようかと悩みながら道を歩く。
クラウの方が呆れている。
「俺、別に店内の床で寝転がるので良いんだけど。金もないし、道の上よりその方がマシだからそっちだと有難いんだけど。数日それでどうってことない」
ルイは聞き咎めた。
「・・・数日?」
「あの、さ。やっぱり1ヶ月は長すぎる。不当だ。そりゃ、店を壊したのは本当に悪かった。反省してるよ。店番もちゃんとうまくできなかったしさ、もうちょっとやらなきゃって思う。けど、だけど、1ヶ月は長すぎる!」
クラウが力説してきた。
ルイは眉をひそめた。
「長すぎる? こっちは、きみが自覚無しとはいえ、切り殺されるところだった。剣の軌跡は確かに私を通っていた。私が魔法石でとっさに反応できなければ、あの剣の威力だ、死んでいた。なのにそれを不問にするための期間の1ヶ月が長すぎると?」
うっ、とクラウが身をそらせた。ついでに、目線も逸らせた。
「ごめん・・・ごめん、本当に・・・」
反省の色を見せている。反省して当たり前だが、この人どうも単純すぎないか、とルイは疑うように思った。
クラウが項垂れて黙って歩くので、ルイも黙って道を歩く。
なお、次に向かっているのは、ルイの所属する『金属工芸ギルド』だ。
建物が見えて、ルイが進む。クラウも少し遅れてついてくる。
ルイがギルドの門を通ろうとした時に、クラウが小さく、それでも言った。
「俺が悪いのはよくわかる。でも、少し時間を、ください。姉さんたちのところに、どうしても一度は戻りたい。俺の町のシュディールから、この町まで3日で来れる。・・・どうしても、あいつの知り合いに状況を見てほしくて、止めてほしくて、何とかしてほしいって、飛び出してきた。そりゃあんたにも予定とか都合があるって思うけど、何とか連れ帰って、そしたら、往復で6日、だったらまだ間に合うって、思って」
クラウが、項垂れるように話す、まとまらない説明をルイは振り返って聞いていた。
「どうか、頼む。お願いします」
クラウが必死の顔をして、ルイを見た。
「必ず戻ってくる。あの剣を置いて行くから、あれだけで足りないなら、他にも置いて行くから、一度、シュディールに戻りたいんだ。お願いだ。絶対、戻ってくる。期日を決めてくれたら、絶対守る」
ルイは、無言でクラウを見た。
彼女は、本心で、今ルイに頼みごとをしている。それは疑う気になれなかった。
けれど、ルイは、その頼みを素直に受け取ることはできない。
「・・・きみが、心変わりしない保証が、ないと思うんだ」
ルイは努めて静かに言った。
「信じてくれ、絶対、必ず、絶対に戻るから、だから一度・・・!」
ルイは首を横に振った。
「きみが、今、本心でそう言ってるのはよく分かるんだ。だけど」
人は、心変わりをするものだと、ルイは知っている。
その時は本心だったけれど。どこかに行けば、心は変わる。誰かに会えば、心は変わる。
信頼し合っている間柄なら、信じることはできるけれど、ルイとクラウにはそれは無い。
ルイはじっと見た。
信頼が無いのだから、この人の無責任さを、見放すほかないのだと思う。




