被害
ルイの家族は、一生に一度はグランドルの奥さんの墓参りをする。家訓になっている。
そもそも、ルイの家はグランドルに関しての心得が多い。
『生涯を通してよき友人であれ』
『彼が困っていたら騎士道精神に則り、可能な限り彼を助けよ』
ちなみに、親はグランドルに遺された資産の運用も任されている。
本当は毎年増えていく仕組みが作られているのだが、大金になりすぎて後年になって上限が決められたという。それでも恐ろしい金額で、仮に一度に全て使われると国が混乱に陥るから、一度に使える額も決めてあるそうだ。
それは良いとして、とにかく、ルイは家族でグランドル本人の背に乗せられて、3度ほど彼の妻の墓参りに行ったことがある。
皆で花を手向けて礼をするのだ。
墓標は、伝説の聖剣『戦乙女の剣』。
グランドルが、触っても良い、抜こうと試しても構わない、と言うので、皆が墓参りのたびに冗談交じりで抜こうと試してみたりもする。
代々、『抜いた者が、グランドルの新しい心の支えになる』と教えられていたからだし、皆、グランドルに好意的であるからだ。幼少時から常に彼の背で遊んでいれば、彼を好いて当然だ。
つまり。ルイは見た事がある。『戦乙女の剣』を。
ルイは緊張し、悟られないようさりげなく、テーブルの上に転がっている、魔力入りの魔法石を握り込んだ。
『雷』と『空』と『土』。これら魔法石でできる手段を頭の中で取捨選択する。
目の前の男が、ルイの様子の変化に剣を握ってゆらりと立ち上がった。
「おい、注意しろよ」
と言ったのは男だ。
「この剣、シャレにならないぐらいよく切れる。すこしでも攻撃しようとするなら、容赦なく切るぞ」
つけヒゲで表情も分かりにくいはずなのに、これ程に察するなんて。ルイは警戒しながら、問いかけた。
「それは、グランドルの奥さんの剣だろう。なぜあなたが、」
と言いかけてから、ルイはあれ、とまた気づいた。
あの剣は、女性にしか使えない。
いや、持つ事などはできるという。男や、選ばれていない者でも。
だが切れないのだ。グランドルでさえ剣を使えず、岩の方を溶かしてあの剣を墓標のように立てたという。
「え?」
ルイは訝しんだ。
目の前の男は、『よく切れる』と言った。
「ん?」
ルイは眉をひそめた。
え。この人、女性? 違うだろ?
「え?」
もう一度ルイは疑いの声を上げた。
黙って緊張している相手に向かって、ルイも警戒を続けながら、尋ねた。
「・・・戦乙女の剣、ですよね」
「そうらしい」
ルイは聞いて無言になった。
相手も無言でじっとルイの次の動きを警戒している。
「あのですね」
と、ルイはまた眉を潜めて尋ねた。
「あのー・・・」
ルイは躊躇った。あまりにも、失礼じゃないだろうか。『女性ですか?』と聞くのって。
えーと。
「戦乙女の剣は、女性しか選ばない、んですが」
ルイの言葉に、相手の方が眉をひそめた。しかし無言だ。
ルイは続けた。
「・・・女の方、なんでしょうか」
あなたが抜いた? あの岩から。
「答える義務はあるのか?」
無いかもしれない。
お互い無言でじっと対峙している。
相手が口を開いた。
「とにかく、ケンカしにきたわけじゃない。龍のグランドルの事で、あんたを頼ってきたんだ。落ち着け」
「どういう事でしょう」
「正直に言う。あの龍、俺の姉さんに一目惚れして、それでー」
この言葉にルイは驚いた。
グランドルが! 一目惚れって! それは、ものすごく! ルイたちが祝うべき話じゃないか!
ルイの表情と態度の変化に、相手は顔をしかめた。
「あんたは、あの龍と仲が良いんだろ。ちょっと何とかしてくれよ。もうやってらんないよ」
ルイは首を傾げた。
***
ルイは、互いに椅子に座って話をきちんと聞いた。
相手は自分をクラウと名乗った。男っぽいが、話の途中でやっぱり女だと判明した。そうでなければ剣を抜く事が出来た説明がつかないからだ。しかし、男にしか見えない。一人称が『俺』なのもどういった事情だろう。
とにかく、グランドルがクラウの姉に一目惚れをした。どうもグランドルの妻の生まれ変わりのようだとクラウは言った。
それにはルイは頷くほかない。グランドルに関しての事柄は、先祖レンから代々伝わってきている。グランドルは、彼の妻が再び生まれ変わって現れることを願っていたという。
クラウとその姉は、生活が苦しくてかなり窮地に追い込まれていたところを、グランドルが自分に遺された資金を動かし、金銭的に救済したという。
それは良かった、とルイはグランドルのために素直に思った。
そして、グランドルはクラウの姉に熱烈に求婚した。姉が頷いてしまったのを、クラウは反対した。姉を止めようと急ぎ、グランドルをなんとかするためにルイを探しに来たのだという。
どうしてそんな話に?
ルイは首を傾げて眉をしかめた。
「ちょっと待ってくれ」
ルイは尋ねた。
「どうしてあなたが怒るんだ。グランドルが苦境を助けて、お姉さんだって、頬を染めるぐらいだからグランドルが好きなんだろう」
「姉さんに龍がべったりなんだ。本気で目障りなんだ」
とクラウが忌々しそうに言った。
ルイは呆れた。
「お姉さんが幸せになるんだから祝福するべきだ。それに、グランドルは良い奴だ」
龍だから、色々と感性に不思議なところがあるけど、彼には悪気はないのだし生き物として違うのだからそのあたりは大目に見てほしい。
そもそもルイの家系は代々グランドルの友人だ。皆で彼をフォローし、盛大に祝福するだけである。
クラウはため息をついて首を横に振った。
「あいつのせいで、店から客が消えた」
「え?」
「ずっと赤字だったけど、客はいた。でも、あの龍が姉さんの周りに常に張っているせいで、全ていなくなった。いいか、本当に1人も! 来ないんだ!」
ちなみに料理屋だそうだ。
ルイはキョトンとして、クラウを見つめた。
クラウは怒った。
「あんた! あの龍をなんとかしてくれ! せっかく守ってきた、両親の遺した店なのに!!」
「え? 店は残っているんでしょう」
「建物があるだけだよ! 店じゃない!」
「・・・言っては何だけど、赤字経営だったんでしょう。今更じゃないですか」
それに、生活に困る事はない。グランドルが動かせる金の莫大さを考えると、金銭的な心配をする必要などなにもない。
「あのなぁ! あんただって・・・!」
騒ぐので、少しうんざりして、ルイは指摘した。
「お姉さんも幸せなら、祝福すれば良いと思うけど」
「聞いてたか!? 店に客がいないんだよ! 両親の、家族の店なんだっ!」
酷く怒って顔を真っ赤に涙さえにじませる相手を、ルイは少し冷静に見つめた。
クラウが、店に思い入れがあるのが分かった。
とはいえ。ルイは少し突き放すように指摘した。
「お客が来なくなった、理由はグランドルがお姉さんの傍にいるからだっていうなら、それはお客の目当てがお姉さんだった、ってだけなのでは? お客に勝ち目が無くなったから来なくなっただけだ。だったら、お姉さんに恋人ができればグランドルでなくとも同じ事態になるのでは?」
世の中はそういうものだと思う。
さすがに少しためらってから、ルイは思う事実を告げた。
「味で売っている店でなかったと、言う事では?」
「てめぇ! 言って良い事と悪いことがある!」
クラウは目を見張り、苛立って立ち上がった。
「あんただって、この店! あんた目当ての客だっているだろうが! それ含めて商売だろ!」
クラウは、右手に握る聖剣を、店、正しくは店側を分ける壁に向けた。威嚇か。
「良いか、ウチの店を馬鹿にしたら、この店だって叩ききってやる!」
酷い形相で殺気を放つ。
ルイは無言で静かにクラウを見つめた。
聞きたくない指摘を受けて逆上するのは無様な事だと、思う。これは、クラウが女だからだろうか。
過去を思い出しかけてルイは自分を制した。わざわざ醜い思い出を掘り返すことはない。
クラウは、ルイを睨みながらも、剣を降ろすために腕を動かした。ヒュッと鳴った。
ゾッときた。ルイはほぼ反射的に、握ったままだった魔法石の魔力で防御結界を展開した。
ピシィイ!
空気を割るような音がして、店と居住区をしきる壁が、真横に割れた。
「げ」
クラウが動揺した声をあげた。
ルイは茫然と壁を見た。
何よりも。
今、とっさに防御結界を展開できていなければ、もっと酷かった!? 剣の軌跡は、ルイをも通ったのに!
パン! と、手の中から音が鳴った。
手のひらを広げると、握り込んだうちの『空』の魔法石が粉と化していた。
まさか。『空』が壊れる事など。始祖の力を持つと言われるほどの属性の、魔法石が。
それから、気づいた。
クラウが、裏口に来れたのは。通れたのは。彼女が持つ聖剣の方が、ルイの魔道具が作った結界よりも強いからだ。
***
「かなり困ります」
ルイは怒っていた。
目の据わったルイの前に、申し訳なさそうに身を縮めるのは、聖剣の持ち主、クラウの方だ。
「弁償してもらいます。当然ですよね」
ルイの言葉に、クラウは歯ぎしりした。どういう態度だ、この人。
勿論、ルイは直せるお金を持っている。
だが、そういう問題ではない。勝手にやってきて店内で剣を振るい、しかも、本気でルイも切り殺される事態だった。
壁の弁償だけで済ませる方がおかしいぐらいだ。
「・・・金が、無い」
とクラウが絞り出すように言った。
「じゃあ、稼いでください。正当な手段で」
とルイは冷たく言った。無いなら稼ぐ、当たり前の話だ。
「・・・どれぐらい待ってもらえる。違うんだ、弁解させてくれよ」
クラウが泣き言を言い出した。
ルイはジト目で様子を見つめる。
「この剣、迷惑なんだよ、本当によく切れてさ」
「鞘に入れておけばいいでしょう」
とルイは言ってやってから、あれ、と内心で気が付いた。
聖剣『戦乙女の剣』って、そういえばむき身で岩に刺さっているのしか見た事ない。鞘は無いのか?
グランドルに聞けばわかるだろうか。
「無いって言うんだ!」
とクラウは泣きそうに呻いた。
「え?」
ルイは思わず聞き直した。
「鞘、ダメなんだ。わざわざ買った。鞘に入れたさ。でもこの剣! ちょっとした振動でズレてスッパリ鞘を切るんだ!」
「・・・グランドルに聞いたら、鞘は無いと?」
混乱を避けるべく、ルイは1つを確認する。
「『知らん』ってさ! そう、それもあってあんたのところに来たんだ!」
バッとクラウが顔を上げてルイを見る。
「あいつが、あんたの名前出して『優秀だから鞘も作ってくれるだろう』、とか、なぁ、頼むよ!」
ルイは少し混乱した。
「え、ちょ・・・ちょっと待ってください。えーと、クラウさんは、お姉さんがグランドルと結婚するのを反対するために、私のところに来たって、さっき言ってましたけど。え、鞘の作成依頼?」
クラウがギリリッと歯ぎしりした。剣をドン、とテーブルに突き立てた。
パン、
とテーブルが見事に真っ二つに割れた。
ドシャン、とテーブルの上に載せていた食器が、食材が、そしてあろうことか作成中の魔道具が、割れたテーブルの谷間に落ちて音を出した。
「あああっ!? おい、何をする!」
ルイが声を荒げ、クラウはハッとして慌てた。
「あ、ごめん、ちょっと脅そうと思っただけなんだ!」
「脅しに使うな! 聖剣なんだぞ!」
グランドルが長い年月を大事に拠り所にした剣なんだぞ!
「ごめん、本当にごめん、俺が悪かったから!」
「当たり前だ!」
「本当にごめんこの通り!」
「動くなっ! 聖剣を振り回すな!」
謝罪のために剣を持ったまま動こうとするので、ルイは厳しく制止した。
作成中だった魔道具を取り上げて確認する。
金属線が歪んでしまった。1つが歪めば連動して各所が歪む。ほぼ初めからやり直しだ。悔しくて泣きそうだ。
「あの、どれぐらいの金額になる・・・?」
とクラウが尋ねた。




