ルイ、出発する
ルイは、誉れある名家に生まれた。家族は全て、騎士、または国に仕える役人だ。
だから、男児も女児も、まずは騎士になることを理想とする。
ちなみに代々、美男美女揃い。そんな中で、ルイは男でありながら美女系の容姿と体格を受け継いだ。
これはルイにとって不運以外の何物でもなかった。物心つく前から、国の偉い人たち、特に女性たちに愛らしい、と褒められて、好きなように可愛がられることになったのだ。
正直、あの人たちは自分が愛でたいから愛でるだけで、ルイの不満や不快さなど考えることはない。
騎士になれば、女性たちにもみくちゃにされるような付き合いはしなくて済む。守れと言われたものを守れば良い。周囲は同じ使命を持つ規律正しい騎士。つまり安心。
だがルイは不幸なことに、騎士の適正が無いと判断された。騎士になる訓練を受けられない。代わりに、役人になるための勉強が本格的になる。
父や兄は、少年になってもなおルイの人気が衰えないのをいいことに、ルイに情勢把握など裏方の仕事を期待した。つまり今までと変わらず女たちとも会話なんて楽しむふりをしなくてはならないのだ。
ルイは絶望した。絶対役人なんてなりたくない。
最近唇へのキスを求められる。気持ち悪い。笑顔と言葉でかわし続けるが時々本気で怖い。
化粧の濃い、ルイよりも大きな子どももいるような女性たちは一体何を考えているのか。
もう無理、もう嫌だ。特に女なんて大嫌いだ。
化粧が濃くて胸を強調するし匂いはキツイし宝石はギラギラだし上品そうな言葉で腹の中は真っ黒で相手を罵りあっている。
一体誰がこんな世界にあこがれるのか。そんなやつらは、みんな騙されているとしか思えない。
そんなルイは、14歳の誕生日を持って家から出ることに成功した。
さようなら。我慢の日々。
騎士にはなれない。役人には絶対ならない。
まだ適性があるといわれた魔力を使って、自作の魔道具を売って暮らします。
***
「どこに行かれるんです、坊ちゃん」
乗合馬車の中で、ルイはそう声をかけられた。
選んでルイに声がかかったのは、やはり自分が浮いているからだろう。身なりも変えなくては。
「隣国メリディアへ」
言葉少なに答えるが、相手の男は興味深そうにルイを観察している。
ルイは顔をしかめた。さっさと変装したい。
「坊ちゃんお一人で、メリディアへなんの御用です?」
「あなたこそ、どちらへ」
ルイの切り返しに、ハハッハ、と、男は愉快そうに笑った。
「私は商人ですよ。同じ馬車になった縁です、少し見て行ってください」
この言葉にルイは少し思案した。商人。つまり先輩というわけだ。
「何を売っている?」
とルイは慎重に言葉少なに尋ねた。
「魔物ですよ。これからは、便利な魔物を飼う時代が来ます。ほら、例えばこれとかいかがでしょう」
商人は馬車の中で、鞄の一つをカチリと開けた。乗っていた者たち全ての視線が商人に集中する。
商人はカパリと鞄を大きく開いて見せた。
特注品なのか、または商人職にとっては当たり前の鞄か分からないが、鞄が展開してショーケースのような形になる。突然小さな店が現れたようで、ワァと馬車の中が華やいだ。
すごい、とルイは思った。
こんな風に場を変えてしまう。プロだ!
「これはねぇ、部屋のホコリを食べるんです。掃除の助けになりますよ。2,500チルです。きちんと育てたら大きくなって分裂して増える。そうしたら効率も上がります。棚の後ろにでも放り込めば勝手にきれいにしてくれる」
小さく光るゼリーがプニっと持ち上がる。
「どうですか」
商人が馬車の中で皆の顔を見回した。それから笑みつつ、それを元に戻して、
「それから・・・そうだなぁ、こちらもオススメですが、これは少し貴族様向けです。どうですか坊ちゃん。書きかけのインクを消すんです。乾いたのは無理ですよ。手紙の文章を間違ってもこれがあれば安心、その文字だけコイツで消せばいい。一から書き直さなくて良いっていうのは本当に手間も時間もかからず素晴らしいと思います。こちらは3,500チル」
ルイは瞬いた。知らなかった魔物がたくさんいる。
魔物については学んできている。家に資料もたくさんある上に、家出は常に考えていたから、危機管理の一環で真面目に習得した。
なのにここにある、手が届く価格の魔物たちを自分が知らないというのであれば、近年、品種改良して生み出されたものに違いない。
周りで商人の説明を一緒に聞いていたうちの2人が、それぞれ魔物を購入した。
ルイはハッとした。
「私、私は魔道具を持っている。誰か買わないか」
「魔道具?」
と馬車の中の一人が尋ねた。
「そうだ。魔道具だ」
「坊ちゃん」
商人が、少したしなめるようにルイに笑んでいた。
え、なんだろう。
「坊ちゃんは、一体何をお持ちです?」
ルイは急いで、荷物の一番上に入っているモノを掴んだ。
取り出すと、魔力分解機器だった。
「これは、魔力分解機器だ。戦闘の際に相手の魔力を分解し、必要であれば特徴ごとに分けたものを各特性を保つ魔法石に・・・」
他の乗客が眉をしかめたのをルイは気づかない。
商人だけはふと興味を引かれたようにルイに尋ねた。
「なんと。魔法石が入っているのですね。お値段は」
ルイは生き生きと答えた。
「75,000チルだ。魔法石は7つもある。破格の値段だろう」
「魔法石は、取り出せますか?」
商人は尋ねた。ジェスチャーで、持たせてくれと示すので、ルイはその両手に持たせてやる。
「手順を踏めば取り出せる。ただし・・・」
「なるほど、立派なお品だ」
何かを判断して、商人はニコリと笑んで、ルイに返した。
あ、断られた。とルイにも分かった。
どうしてだろう。かなり有能な品物なのだが。これを作るにあたりアドバイスを仰いだ魔道具作成の教官も、出来を褒めてくれたのに。
ルイは周囲の反応を伺うために馬車の中を見回した。
一人が、肩をすくめて発言した。
「庶民には不要なものですし、その前に値段も高すぎます」
「そうか」
そうだな。
「ギルドに、持ち込むつもりだ」
とルイは言った。少し言い訳のようになった気もする。
「良い値がつくよう祈っておりますよ」
と商人が素敵な笑顔で言ってくれた。
あぁ、つまりこれは売れないと思っているのだ。
女たちに慣れていたルイには、商人が腹に隠した言葉を察した。
自信作なのだが。
***
馬車は一つの町にたどり着く。
魔法の教師や元冒険者の教師に教えを乞い、初心者が冒険するなら何が必要かは調査済みだ。
ルイは本日は野宿を試すことにした。
試験済みの結界作成具を使う。
魔物も強盗も入ってこない。こんなに完璧な結界は正しい魔法使いでないと張れない。
便利だと自分で思う。
絶対売れると思うんだけど。値段は決めかねている。
「とにかく隣国についたら、相場とか知らないといけないよな」
ルイは魔道具の一つを展開して出した簡易テントに、荷物を放り込んで自分ももぐる。
「えーと。とにかく、明日は絶対早起きだ。もう寝よう」
絶対、実家から尾行がついている。早々に巻かねばならない。
ルイは変装用のグッズが入った小袋を開き、中を確認した。深めの帽子につけヒゲだ。怪しい。
それから、元冒険者の教官が昔来ていたという衣服。
そして、目くらまし用魔道具。ただしこれは使い捨てだ。1つしかない。
使いどころは、やっぱり変装して出立する時だと思う。
「・・・これ、犯罪に使われたらヤバいんじゃないか?」
ルイは自作した魔法具に眉をひそめた。
まぁそういうのは後で考えよう。
***
翌日、まだ薄暗い早朝にルイはムクリと起きた。
今後がかかっている。寝坊などしていられない。
伸びた髭を剃ろうとしてから、どうせ変装すると思い出して、そのままにつけヒゲを装着した。
動物の毛でつくったもので、色は茶色だ。地毛は青色だが。
帽子を深くかぶる。髪がでないように全て中に。
鏡を見る。大丈夫だ。
頷いて、着替える。しまった、先に着替えてからヒゲと帽子をつければよかった。邪魔だ。
狭いテントの中でバタバタしながら着替える。ヒゲと帽子は一旦外したので付け直した。
「身なり良し、荷物良し」
ルイはウンウンと頷いた。
あ、それから言葉遣いも直さなくては。
しかし、怪しまれない言葉遣いが分からない。まぁ無言無口を基本に、周りの言葉に耳を澄ませることにしよう。
ルイは、テントの入り口をわずかにそっと開けて、目くらましの魔道具をテントの外に放り投げた。
ポウン
軽快な音がして、キラキラと光が散る。
その様子を確認してから、ルイは静かにテントから出て荷物を片付け、結界用の魔道具も回収して足早にその場を去った。
あの目くらましの効果で、周囲からはまだテントがあるように見えているはずだ。
やっぱり、犯罪に使われたらマズイ気がする。
***
隣国のメリディアには、馬車で7日ほどかかる。
隣国にまで行くのは、ルイだとバレたら、女たちが押し寄せて来そうな恐れを感じるからだ。
1人は無理やりルイに婚約者まで押し付けた。家からも正式に断ってもらっているが、婚約者の少女はそれでもルイに向かってくる。怖い。そんな性格の少女を押し付けた母親も非情に怖い。とにかくバレてなるものか。
隣国であれば、自国のように自由に振る舞えないはずだ。
ちなみに隣国止りなのは、そこが自分が幼少時に憧れた王女様が嫁いだ国だからだ。
第二王女様は10歳ほど年上の人で、他の女たちとは違って騎士のように格好良かった。ルイに干渉せず、むしろ他の者をたしなめた。ほっとしたこともある。
つまり勝手に憧れと期待を感じる国なのだ。
さて、日中は馬車でいける町まで移動し、夜は野宿を基本にする。ただし安宿にも1泊した。単純に泊まってみたかっただけだ。
5日目の朝は野宿で迎えた。
結界道具を回収したら、消えた境界線のギリギリ外側に、魔物がコロンと落ちているのに気が付いた。
どうしてここに。
「結界が壁になったのか? ごめんな」
ルイは呟いて、フニッとその淡い銀色を放つモワモワした塊をつまみ上げた。
こいつは知っている。魔物に分類されるが基本的に大人しい。ただし、食べ物によって狂暴化するわけだが、いまのところ狂暴化の兆候はない。
「プラティクス。エサとして水と光を与え続けた場合、非常に上質な綿を生産する」
ルイは記憶しているこの魔物の情報をそらんじた。
そして頷く。
「よし、飼おう」
初日に馬車の中で会った商人が、これから魔物の時代だとか言っていた。よし、飼おう。
そうだ。うまく増やして売ろう。
ウンウン、とルイは本日もつけているヒゲ面で頷き、
「・・・ヒゲがかゆい・・・」
ルイはアゴを指でかいた。
ヒゲの汚れと虫と匂いを食べてくれる魔物も落ちてないかなぁ。
まぁ、隣国についてからにしよう。国内で油断するわけには行かない。
***
旅立ちから8日目の早朝の事だった。
正式な身分証明書を見せて、ルイはついに隣国メリディアの土を踏んだ。
やった。
「すみません、鉱石の町というグラオンに行きたいのですが」
「あぁ、そちらの馬車です。リグリシオに到着した後は、また他の者に聞いてください」
「ありがとう」
魔道具の素材となる石を産出する町に向かう。