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絶対に魔道具売って生計を立てる  作者: 天川ひつじ
第1章 店を開こう
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はじまり

「私、もう、嫌だ」

と、龍の顎の下にできた陰に隠れて、小さな子が泣いた。

「行きたくない。行きたくない。行きたくない」


「行きたくないなら、行かなくても良い。だが、私の顎の下からはいつか出て行かなくてはならないぞ」

龍は小さな囁き声で言ってやった。

「そのうち腹も減るだろう。だから今のうちに、泣けるだけ泣いて、すぐに顔を整えるが良い」


小さな男の子は声を殺して泣く。


「約束してやる。ルイ、お前が本当に困ったら、私が助けになる事なら何でも言うが良い。秘密の話でも、なんでもな。お前はレンの子孫だ。大切だ」


この子は、龍が遠い遠い昔に友人となった魔法騎士の子孫の1人だ。

とはいえ、大勢いる中で、この子には特別に目をかけている。

龍の背で嘔吐したからだ。長く生きてきた中でそんな粗相は初めてだった。強烈に印象に残って記憶した。

ちなみに、乳児の彼を龍の背に連れて行ったのはその父親だ。


そして嘔吐から2年後の今、顎の下を隠れ家のようにして、龍にだけ秘密の話を打ち明けている。


***


赤い龍は、長い時間を生きている。

大昔、聖剣『戦乙女の剣』を携えて、女勇者が龍の眠っていた洞にやってきた。

結果、龍は彼女たちと共に旅をして、魔王も倒した。

女勇者には仲間がいた。魔法騎士と、魔獣使いと。


龍の妻となった女勇者が死んだ後。

龍は、魔法騎士と、魔獣使いの子孫たちの姿を心の拠り所にした。

魔法騎士の子孫だけが、繫栄を続けている。

もともとは研究者だった魔獣使いの子孫は、もう絶えた。


***


幼児ルイが泣いてから半年後に、龍は再度、騎士の子孫の家を訪れた。

本来、龍は気まぐれに思い出した時に訪問するので、うっかりすると10年ほど経つこともある。つまり相当不定期で、今回は珍しく短期間だった。ルイが気になっての事である。


毎回、訪問時は、一度は人の姿を取る。人の仔細がよく掴めるからだ。

ルイは、龍の顔を見てすがるような目をじっと向けた。龍は眉をしかめた。状況は全く改善していないと思ったのだ。


騎士の家に来た時は、あいさつを交わしたら、大体が乞われて、広大な庭の中で龍の姿に戻る。この子孫たちは繁栄に繁栄を重ねて、広い敷地に住んでいる。

騎士の家族たちが龍の背に登り、滑って降りるのを楽しむ。大昔からのルールのようになっている。大人も子どもも本気で楽しんでいるから、構わない。


龍の姿で大人しく寝そべっていると、ルイが龍の顔のところまでやってきて、頬にもたれるようにして座り込んだ。

そのまま、砂いじりをして遊びだす。

きっと、他の者が去るのを待っているのだろうと赤い龍は思った。前回がそうだったからだ。


数時間経って、他の皆が予定やらなにやらで姿を消すと、ルイは

「顎の下に入れて」

と頼んできた。

龍は地面につけていた頭を浮かせて、空間を作ってやる。そこにルイは潜り込む。


「調子はどうだ」

と龍は聞いた。

ルイは、龍の顎の下で、ポツリと秘密を打ち明けた。

「私、女の人、きらい。みんなきらい」

状況は何も改善していないようだ。赤い龍は、静かにまず確認した。

「・・・親に話さなかったのか? もう嫌だと」

「『皆に可愛がってもらえて良い』って、言う」


「お前は嫌だと訴えたのだろう?」

「『贅沢だ』って言うよ」


「・・・私から話をしてやろうか?」

「・・・言わないで。秘密の話でしょ」

とルイは言った。


***


ルイは、天使のよう、と言われて、国の貴族たちに愛でられていた。

家は国に仕える騎士で、立場とかなんだかで、止めるのも雰囲気を悪くするのかもしれない。が、その前に、どうやらルイの本気で嫌がるのを子どもだからだと思っていたようだ。


化粧の強い臭いが嫌だ。

顔いっぱいの化粧が怖い。

ギュッと抱きしめられて苦しい。

宝石があたって痛い。

頬にキスをねだられて大変。頬にキスされるのも。

自分が取り合いされて、あっちへこっちへ渡されて、嫌だ。


ルイの状況を、男は『良い思いできるのも今のうちだ』と笑い、女は『もうこの子は』と笑う。

家族は、『でも皆さん素敵な方よ。そんな嫌がるなんて失礼ですよ』と宥めた。


***


「私も、ついていってやろう」

と龍は言った。

龍の人の時の姿は、人間には好評らしい上に、存在は国に認められている。つまり阻止される可能性はないと考えたのだ。

「本当に? 来てくれる?」

「構わない」


そして、龍は実際に、ルイと一緒に行動した。

ルイが子どもながらに、家からの言いつけを守り、一生懸命耐えているのを目の当たりにして驚いた。

限界だと思った時に、龍が、派手派手しく着飾った女たちの中からルイを取り上げて自らの腕に抱いた。ちなみに龍は立っていた。

文句を女たちに言ってやろうと思ったが、龍も事前注意を受けていた。

いわく、女たちは、ルイの家よりも位が高いのだ。王妃までも混じっている。

つまり雇用主で、反感を買うのは避けなければならなかった。

そうでなければ、ルイの家が今後も存続できるかに関わってしまう、と言われれば壊すことは躊躇ためらわれる。


だが龍は、人間ではなく龍だった。

ルイを女たちの手から取り上げ、己の腕の中にキープする。

薄く女たちに笑みを見せる。それだけで女たちはルイを取り上げた事を許したようだ。

「まぁ、絵になりますわ」

と上機嫌に笑うので龍は内心苛立ちを覚えたが、色々あって人の渡世術もなんとなく覚えてきているので顔には出さずにおいておく。

そのままルイを腕に抱き上げたまま数時間を立って過ごした。

解散となり、帰宅するべく馬車に共に乗り込んだ時に、ルイが、

「ありがとう」

とほっとしたように嬉しそうに言った。


***


龍としては特別目をかけているルイの事は気がかりだったが、他の子孫たちに、

「ルイを甘やかしてしまう」

と注意を受けた。

「ルイのためになりません」

とも。

そうなのだろうか。龍は、人でないので困惑したが、たしかにルイの人生をずっと傍についているのはおかしいと判断した。


半年間ルイと行動を共にしてから、龍は少し離れてみることにした。


***


気になって仕方ないが、他の子孫たちに、「傍に居続けるのではなく見守ってやってほしい」と頼まれて困った龍は、3か月の間をあけて定期的にルイの様子を見に行くことにした。

ルイは相変わらず龍の顎の下で秘密の話をしたがった。


ある時、ルイはこう言った。

「私は4歳になったから、お仕事を頼まれたんだ」

「仕事か。そうか」


「王妃様たちのお茶会で、誰が、何を言ってたか、覚えて、父様と兄様に教えるの。秘密の話だよ」

「ほぅ。うまくやれそうか?」


「いないひとの悪口をいっぱい言ってるんだ。でも、その人がいると仲良くしてる。みんな、嘘つきなんだよ」

「そうなのか?」


「うん。女の人、怖い。でもお仕事は頑張る」

「そうか」


「グランドルはなんのお仕事してるの?」

グランドルとは龍の名だ。騎士の子孫たちには教えてやっている。

「私は龍だ。仕事は不要だ」


「でもお金持ち」

「それは、レンとハヴィがそのようにした。使いたいように使えと計らってくれていた」

レンとハヴィというのが、大昔の仲間の名前だ。レンの方がルイの先祖だ。


「良いなぁ」

と、龍の顎の下でルイは言った。

「私もグランドルみたいに龍になりたいな」


龍はこの言葉に笑った。


***


定期的に訪れる。しかし、ルイを愛玩動物のように扱っている状況に変化はなく、ルイはすでに6歳児で人間不信になっていた。

加えて、6歳児という年齢の割には、妙に大人びた考えを持つようになってしまった。


やはり龍の顎の下で、ルイは言った。

「私の家は、代々の騎士の家系だ。または、役人になるか。私は役人は絶対嫌だ。あんな表裏の激しい人たちを相手に、顔色を窺い、心にもない美しい言葉を並べ立てて日々過ごすなんて、絶対無理だ。だから私は騎士を目指す。絶対騎士だ。その方がマシだ」

子どもの割に低いブツブツつぶやくような声音だった。

顎の下にもぐる前は、明るくにこやかに家族に笑顔を向けていたものを。どうやら家族の前でも偽って過ごしている様子だ。


「騎士か。似合うだろう。楽しみにしている」

と龍は応援した。


「うん。絶対騎士になる。絶対役人なんかにはならない!」

とルイはその言葉を何度も何度も繰り返した。


***


その2年後。ルイは、騎士となる適正が無いと判断された。

体力、腕力、その他運動神経。

ルイは、そもそも運動が不得意であったのだ。

だが思い返せば仕方が無いかもしれない。ルイは、頻繁に女たちの茶会に呼ばれた。体力を培う時間が、他の者に比べて圧倒的に少なかった。

そもそも、ルイは彼の祖母に顔立ちが似ていた。彼の祖母は、非常に小柄な女性だ。

つまり、どうやらルイは体格にも恵まれそうにないと判断されたのだった。


「役人だけは絶対に嫌だ。グランドル。私は、魔法の方に適性があるという。やはり目指すなら魔法使いだと思うか!?」

と8歳になったルイは龍に真剣に相談してきた。もう顎の下は卒業していた。

龍は正直に誠実に返答した。

「すまない。私には分からない」

「・・・そうだね。うん。ごめん」


「ただ・・・」

龍はジィと自分の顔の傍のルイを見てから、やはり正直に言った。

「お前は、魔法使いというのは難しいだろう」

「えっ、どうしてだ! 何を見て!」


「確かに、魔力は普通よりは多い。だが本職のものとは違う。魔法使いに適性があるといわれたのか?」

「えっ、言われてはない・・・」

語尾を濁らせるように口を噤み、ルイは項垂れた。

それから、両手で顔を覆った。

「どうしよう。私は、役人になるしかないのか? でも絶対無理!」


龍には答えが分からない。

「・・・他に仕事は色々とあると思うが?」

「例えば」


「町に出ればいろんな者が生きているだろう。町を歩いてみても良い」

「・・・」


こんな会話をしてから、3年後。

ルイは家出をしたらしい。そして、すぐに家の者に見つかり連れて帰られて酷く怒られたという。


その翌年。

1つ大人になったルイは、龍を誘って龍とともに家出の旅に出た。

龍は付き合ってやっていたが、龍は家族の方とも繫がっていた。代々、騎士の子孫の長には龍へ緊急連絡がとれる道具が渡されているのだ。

うっかり龍が現在地を口にしてしまったので、やはりすぐにつかまった。

龍も含めてものすごく怒られた。


さらに翌年、13歳。

ルイは引きこもりになっていた。

龍が人の姿をとってルイの部屋を訪れると、龍だと分かったルイは部屋に龍だけを通してくれた。

足を踏み入れて龍は驚いた。

「ここは道具屋か。ルイ、お前は何をしている?」

「言っただろ、グランドル。私は絶対、役人なんかにならないから! 父にも兄にも許可はもらったんだ」


「許可だと?」

龍が首を傾げると、引きこもりですっかり色白になったルイは、美しい少女のような顔立ちと年齢の割に低いままの背で、キッと決意をにじませた声音で宣言した。


「私は、魔道具を作って、それを売って生計を立てる!」


***


翌年。

14歳となった少年ルイは、自らが作った道具を背負い、長年続く騎士の名家である生家を脱出した。

『自分の店を持ち、立派に生計を立てて見せる』


龍がそれを知ったのは、ルイが旅立って3か月後。

龍に渡してほしいと頼まれたという、魔道具1つを家族から受け取った。

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