第14章 材料
―――まだ、ほんの子供だ。俺みたいな奴なんかより、ずっと、ずっと子供だ。
―――どうして。
ヒーローの腕を振り払って俺は部屋の入口へ駆け込んだ。ピクリとも身体を動かさなくなった子供たちを数人のヒーローが囲んでいる。
「何、したんですか?まさか、殺したんですか…?」
目の前の光景に心臓の音が大きくなって、息が苦しくなる。
「殺してはいない。おとなしくさせただけだ。こっちは私たちヒーローに任せて、君はチェックがまだだろう」
(ドウしてコンナこトスルの)
そういうとヒーローたちは腕に持った麻酔銃をちらつかせる。
俺でもわかる。この後、この子たちがどうなってしまうのか。わかってるはずなのに、それなのに。
「ほら、君。戻りなさい」
(カワいソウ)
やめろ、黙れ。黙ってくれ。静かにしてくれ。呼ばないでくれ。俺は普通の日常に戻るんだ。面倒なことに首を突っ込んでロクなことにならない。
「ファミリア各員、これより材料の積み込みを始める。ほら、ボスがお待ちだ。さっさと動いた動いた」
(子ドモはドウなッちゃうノ)
訊くな、何も言うな。黙ってチェックを受けて、無実を証明して、家に送り届けてもらえばいい。だから今は黙れ―――――――――――ッ
「その、子供たち。これからどうするんですか?」
―――――――言った。
ヒーローたちの空気が変わった。肌がちりちりと灼けているような感覚に襲われる。全身から汗が噴き出る、足が震える。胃の中が逆流しそうになる。みな、一様にスーツを纏い表情はわからないけれど、これだけは分かる。
俺は間違いなく、入ってはいけない領域に踏み込んだということを。
ヒーローの一人が麻酔銃を構えながら言った。
「いずれにせよ。これを見てしまったからには生かしておく必要はない。他の住民に混乱が起きないよう、君はここで怪人たちと私たちの戦闘に巻き込まれて死んだことにするつもりだった」
「ただ、君が起きたまま死ぬか、眠ったまま死ぬかのどちらか、だ」
ヒーローたちが俺に近づこうと向かってくる中、積み上げられた子供たちの山からもぞもぞと動いていた子がいた。その子は麻酔がまだ回っていないのか、ここから逃げようとふらふらと走り出した時だった。
「ァ」
フードごと、頭部が吹き飛んだ。
地面やコンクリートの壁に一部が飛び散った。こちらへ銃口を向けていたヒーローの一人が撃ったのだろう。広がる、子供だったものが。そして血の色は、赤かった。
「ふむ、実弾に切り替えていたのを忘れていた。しかし、だ。いずれ、この子供たちは我々と我々が守るべき弱者、国民を襲う怪物となるのだ。ここで殺すも、変わりはないだろう」
「安心してくれ、痛みは一瞬だ。君もすぐにこの怪物と同じところへ行ける。いや、それはまずいのか。彼は仮にも我らが守るべき人間、国民だ」
もうダメだ。どうにかなってしまいそうだ。身体が苦しい、気持ち悪い。逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい。
ついに足が崩れ落ち、涙と嗚咽が混じりあい、呻く。俺は今、人生で一番ひどい顔をしているのだろう。一瞬だけそんな考えが頭を走り、ふと子供の方をもう一度見る。そして、俺は信じられないものを見た。
身体が…頭を無くした身体が…動いていた。
足を引きずりながら、腕を確かに、確かに前に前に。
俺の表情を見てか、俺を殺そうと銃を構えていたヒーローが後ろを振り向き子供を確認すると、2発、3発と身体が完全に動かなくなるまで足を、腕を、お腹を、撃っていた。俺は、怪人としての異常なまでの肉体能力や気味の悪さに目を奪われていたのか。違う、そうじゃない。俺は怪人じゃないからどんな身体で、痛みとか苦しいだとかはわからない。けれど―――
その時、崩れた建物のがれきから人が出てきた。
「だからって、子供を……何の罪もない子供をッ、殺していい訳にはならねぇんだよオ!!!!!」
身体の先から変質していく人影、雲の隙間からさす月の光がその顔を照らし出した。宗介と呼ばれていた少年だった。ヒーローたちと遜色無いほどに隆起した筋肉と額からは突起が伸び、彼の姿が刻々と怪人のものへと変貌していった。
宗介の肉体が、元の子供の身体から大人と変わらないほどまでに変わった。しかし、彼の身体は先ほどのヒーローとの戦闘のせいか、身体の一部からは白煙が上がり、荒い息遣いや足を引きづっている素振りからかなり消耗しているのだろう。
その時、彼の言った言葉が頭をよぎった。
―――どんな力を持っていようが、子供は子供なんだよ。
「俺は、退けねぇ。この世界を、お前たちを殺して、子供たちが……笑って暮らせるように、なるまでッ!何百、何千のヒーローが来てもッ!俺は、俺たちはッ!!」
瓦礫から立ち上がって来たのは宗介だけでは無かった。一人、また一人と月の光が、まるで力を与えているかのように姿を現した。
「この世界にッ!あいつらの居場所を守ってやらなきゃいけねぇんだッ!!」
それは力強く、怪人、悪の手先といったイメージとはかけ離れた。
ヒーローのような姿だった。
「さぁ、ド畜生のエセヒーロー共ッ!!エキシビションは終わりだッ!!こっからが本当のッ!」
「戦いだ―――ッ!!!!」




