第13章 チルドレン
扉の外側では子供の悲鳴が聞こえ、立て続けに銃声が部屋の中にまで響いてきた。目の前の女、音々は重い扉を勢いよく開けると外へと駆け出していった。昭彦は身体を起こし扉の向こうをじっと見つめていた。
きっと、ヒーローたちが駆けつけてきたのだろう。意識を失ってからどれだけたったのか、昭彦にはわからなかったが「ヒーローが助けにきた」と思うと幾分か心が落ち着いてくるのを感じた。
しばらく部屋の隅で小さくうずくまっていると、たくさんの足音が聞こえてきた。扉がゆっくりと開かれると、一人の見たことが無い怪人と白い布に覆われた影がこっちを見ていた。顔を覗かせていたのは昭彦が街中の公園で見た怪人の子供たちだった。子供たちは一様に怯えており、部屋に入るなり互いに身を寄せ合うように部屋の中央に次々と座り込んだ。そうして、最後の一人が座ると扉の前に立っていた怪人が静かに言った。
「いいかい、お兄さんたちが迎えに来るまで決してここを出ちゃいけないよ。約束できるね」
子供たちはうんうんと頷くと怪人は「いい子たちだ、お兄さんたちが守ってあげるからね」と残すと、ゆっくりと扉を閉めた。天井にぶら下がった照明が左右に大きく揺れる中、それまで冷たいだけの部屋には子供たちの震える声や息遣いが満ちていた。昭彦はそんな彼らにかける言葉も無く、ただじっとしているだけだった。不安と恐怖が声や身体の震えとなって現れ、それまでの埃っぽい空気が嫌な湿り気を帯び始めていたそんな時だった。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはどおしてここにいるの?」
一人の少女が昭彦にすり寄るように近づいてきた。見るとぼろぼろな布の先からは鱗に覆われた爬虫類の尻尾のようなものが見えていた。彼女はそう言うと俯いていた昭彦の顔を覗きながらなおも続けた。
「アタシたちとは違う人、違う人は怖いけど、お兄ちゃんは怖くなさそう」
昭彦はそんな無垢な顔を浮かべ聞いてくる少女を前にぽつりと言った。
「・・・俺は、君たちの方が怖くてたまらないよ。だってそうだろ。どう見たって普通の人間じゃない、その姿で人前に出てみろよ。誰だって逃げ出す、きっと君の家族だって」
昭彦を遮るように少女はグイっと彼の正面へ身体を向けると言った。
「家族なんてもう“いない”よ、お父さんもお母さんもみんな死んじゃったもん」
―――少女の瞳からは、涙が零れ落ちていた。
「あれ、どうしてだろ。もう、泣かないって決めたのに・・・なんで、なんでだろ」
そんな様子を見ていた他の子供たちも自分たちの家族を思い出してか、鼻をすする子や身に付けていた布で目をゴシゴシと拭く子、顔を見せないようにうずくまる子、外から気付かれないように声を殺し、泣いていたのだった。
彼女たちだけでも、助けてあげたいという気持ちがこの時、昭彦の中に生まれていた。彼女たちの姿は確かに人じゃないかもしれない。それでも、子供であることに変わらない。彼女たちが何をしたというのだ。何もしていないではないか。この瞬間、泣くことしか出来ない彼女たちが何を、何を―――。
そして、ここで何も出来ずにいる自分を、惨めに感じていた。ヒーローに見つかれば、この子供たちはどうなってしまうのだろうか。若い彼でも容易に想像出来てしまう、お決まりの末路。際限のない苦しみ、二度と見ることが出来ない空、死が足音を立てて迫ってくるだけの未来が、彼女たちを待っているのだろう。なぜ、ヒーローがそんなことをするのか。その理由は昭彦には分からない。彼は少女の頭に優しく手を置き、励まそうとしたその時だった。
「開けろォォ!」
巨大な獣のように野太い声が扉の向こう側から響いてきた。束の間、耳をつんざくような何かの回転音と共に鋼鉄製の扉から火花が飛び散り始めた。刳り貫くように扉の縁が溶け落ち、切り離されていく。離れた子供たちは皆、扉の先にいるヒーローに怯えている。昭彦にはここから一刻も早く抜け出してしまいたい。自由になりたい、これは夢なんだと、怪人に生活を脅かされない、こんなことには巻き込まれない平和な日常が戻ってくるんだと希望を見出す中、袖を通して伝わる震えに気付いた。
袖を見ると、鋭い爪にゴツゴツとした岩のような肌、けれど小さな小さな手が必死に掴んでいた。
―――ここにいるのは“子供”なんだ、と
「扉、開きました」
「では、中にいる材料を運び出せ。今度こそ化け物どもの妨害が入らないように必ず2名は輸送に同行しろ」
「了解しました」
扉が外されると、様々なパワードスーツに身を包んだヒーローたちが部屋に入ってくる。一人のヒーローが昭彦の姿に気付くと、腕に持っていた銃を向けた。レーザーポインターが昭彦の額を捉えていた。
「ち、違いますッ!俺。ぼ、僕はここに連れてこられて、閉じ込められていただけなんですッ!!」
必死に自分が人間であることを伝えようとする昭彦を見て、ヒーローたちは顔を合わせ何か言葉を交わしている。やがて一人のヒーローが部屋から出ると、残ったヒーローの一人が言った。
「ちょうどここには簡易式ではあるが、判定機がある。体内の血液にE細胞が混ざっていないか確認する、ついてこい。ただ、間違っても変な気を起こさないように」
「ありがとうございます…た、助かった」
「こちら、ファミリア03。人質と思しき少年を保護。これより判定機によるチェックを行う」
通信を終えたヒーローに連れられ、部屋から立ち去ろうとする昭彦の耳に入ったもの
それは―――
―――子供の悲鳴だった。




