第12章 戦う理由
人も車も見当たらない、横断歩道が赤から青へと変わる、深夜1時。あの光の正体が気になった昭彦は廃墟のような真っ暗なビル群を走り抜ける。この先にあるのは市内を分断するように横たわるハイウェイだ。自転車のペダルと吐き出した息だけが耳に入る。
「さっきまで、あんなにうるさかったのに・・・何が、起きて・・・!」
夜のひんやりとした空気がいつもなら気持ちいいはずなのに、今日は違った。好奇心と一緒に湧き出るのは恐怖心なのだろうか。いつかの日のテレビで見た怪人が醜い姿で暴れまわっている光景を思い出し、彼の身体からじわりと汗がにじみ出た。
しかし、ペダルを踏む彼の足は一向に止まることは無かった。そうして、様々なビルの合間を駆け抜けていた時だ。視界の隅に街灯に照らされた集団を捉えた。そこでようやくペダルを踏むのを止め、音が出ないようにゆっくりと建物の影へと自転車を寄せ、止めた。建物の影から覗くように見ると、皆一様の白いフードを頭から被っており、身長からしてまだ幼い子供だろうか、それが建物の間にある小さな公園の噴水付近で十数人ほど集まっていた。
深夜の街中、人もいない公園で集まる白いフードの子供たち。それだけでも十分に異質であるということ、さらに昭彦は子供たちを観察している中、恐ろしいことに気付いた。
数人の子供たちはフードをかき分けるように禍々しい腕や、植物のツルのようなもの、高く生えた角などが露出していた。さらには人の身体を保てずに気味の悪い形になっている何かや頭がある部分から足が生えている何かまでいた。昭彦はその光景に戦慄し、震える手でポケットに閉まっていた携帯電話に手を伸ばしていた。
「怪人だ・・・違う、怪人なんてものじゃない・・・化け物だ・・・あんなの人じゃ・・・ないっ!」
もう彼の目には目の前の集団が子供ではなく“化け物”として映っていた。取り出した携帯でヒーロー協会に電話をかけようと指を動かそうとした刹那――。
「今すぐにその携帯を捨てて。でないと、あなたの手を切り落とす」
驚きのあまり昭彦は携帯を地面に落とすとゆっくりと後ろを振り向いた。影から出てきたのはナース服に似た姿の“怪人”だった。触手のような髪の先端は注射器のようになっており、剥き出しの針がゆらゆらと動いていた。
「は、は・・・い、ッ―――!!」
そのうちの一本が昭彦の首に突き立てられた。鋭い痛みと共に昭彦の意識は徐々に、闇の中へと沈んでいった。深い眠りへと落ちた彼の身体を抱え上げると怪人はその姿を再びビルの合間の暗闇へと帰って行った。その後、地面に転がった彼の携帯のバイブレーションだけが低い唸り声を上げ続けていた。
***
「――わか―――なら!――――違うと―――」
「そうじゃな―――――知られた――――――殺すしか――――」
「―――いつも―――――あれと――――だから!」
年若い男女のもめているような声がぼんやりとした意識を徐々に覚醒させていった。やがて殴られたような痛みが全身を襲うと苦しさから声を漏らした。
「うぅ・・・こ、ここは・・・」
昭彦は冷たい床から身体を起こそうとしたが思うように動かない。自分の腕が幾重にも巻かれたガムテープか何かが強く締めあげていることに気付いた。そして彼は自分の置かれている状況を確認するべく顔を上げた。四方は灰色のコンクリート剥き出しの壁に覆われ窓が1つもなく、ゆらゆらと頭上で揺れる電球が室内を照らしていた。そして先程の声とおぼしき男女が壁に寄りかかるように未だにいがみ合っていた。もぞもぞと動いていた昭彦に気付いたのか、それまでいがみ合っていた男が昭彦に近づき腰を下ろすと低い声で脅すように話かけてきた。
「おはよう、少年。音々から話は聞いた。お前、あれを見たんだってな」
「あ、あなた、たちは・・・!」
「この街の誰もが俺たちを軍隊とか怪人なんて呼びやがる。実際にその実態なんてガキの
集まりでしかないってんだから、面白いこともあったもんだ」
「軍隊・・・」
(この前さぁ、別の学校の俺のダチがさ、襲われたんだよ!怪人にさ!!)
頭に昼間の会話が浮かぶ。軍隊を名乗るまだ年若い低い声の男は真剣な表情のまま、昭彦の顔を見下ろしていた。昭彦は初めて見る怪人、そのあまりにも人と変わりない姿に驚いた。
「え、だって、あなたは人間じゃ・・・」
「当たり前だろ、お前。怪人がずっとあんな姿のままで生活なんてしてるわけねぇだろ。それに俺たちは怪人こそが人間の進化、選ばれた者たちだって思ってるんだよ」
「でも、悪いことをしている。あなたたちは・・・人を襲ったり、あんな化け物の子供を集めたりして・・・」
昭彦の放った言葉を聞いた途端、男の表情は険しくなり、常人離れした強靭な腕が鈍い衝撃音と共にコンクリートの地面に穴を開けた。怪人の力を間近で見た昭彦は短い悲鳴を上げた。男は一段と声にドスを効かせこう言った。
「違う、俺たちが間違ってるんじゃねぇ、この世界がおかしいんだよ。お前は見たんだろ。あの子供たちを。どんな力を持っていようが、子供は子供なんだよ。それを、何も悪い事なんてしてきちゃいねぇのに、それなのに・・・!」
「・・・俺は見た。あいつらのような子供が、まだ言葉だって分かんねぇようなガキどもが、あんなゴミのように、あんな・・・あんなよぉ!!」
男の身体は言葉を吐き出すにつれ徐々に変化していき、金属のように頑丈な身体が、塔のように長い頭が、元の人の身体とは違った。怪人としての姿へと変貌をとげた。その様子を後ろで見ていた女が慌てて昭彦と男の間に割り入ってきた。
「落ち着いて宗介!そうやってすぐにカッと来るのはあなたの悪い癖よ!」
「音々・・・ごめん。ちょっくら頭冷やしてくる。大和を呼んでおくから、頼むわ・・・」
そう言うと宗介と呼ばれた男の身体は元の人間の身体となって、重い金属の扉を開け外へと出た。扉の隙間からは同じようなコンクリートの通路だけが見えた。室内には音々と呼ばれた女と昭彦の二人っきりになった。宗介が部屋を出てから室内には静寂が満ちた。音々という女は何かを話すこともせず、ただ先程までと同じように壁にもたれかかってはぼんやりと宙を眺めていた。そんな中、昭彦はこれから自分がどうなってしまうのか音々に尋ねた。
「そうねぇ・・・私だけで決めれることではないのだけど。出来れば私はあなたを殺したりなんてしたくないかな」
「それってやっぱり、口封じなんですか?」
「そりゃあそうでしょ。でも仕方ないわね。あなたは見てしまったのだもの」
「平気なんですか、人を殺すってことが」
「平気と言われれば、平気じゃないよ。でもね、私たちは子供とかである前に怪人なの。何もしなくたって殺されるのは私たち。だから殺すの」
そう語る音々の瞳には揺れる電球が映り込んでいた。昭彦はそんな1人の怪人を見上げ、思った。
―――同じ世界で、町で生きているはずなのに、こんなにも違って見えるのか、と。
そんな時、爆発音と共に室内が大きく揺れた。
どうも、蒼北裕です。前章から一年経ちました。
次章を書き上げることが出来たため、今回は12章を公開することにしました。
なお、13章は次週掲載を予定しております。




