相場が分からない
俺はドラゴンの返り血を一身に浴びながら血溜まりの中立ち上がった。
「誠治、大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう、藤原くん」
「気にすんな、仲間だろ?」
「あれ、僕のこと信用出来ないんじゃ無かったの?」
「あのな」
俺はあの時誠治の為に一心不乱に突き進んだのだ。
そりゃあ、初めは信用してなかったが、何日も寝食を共にしたのだから流石に今は信用しているぞ。
誠治の抱えている男性は気絶していた。
そりゃ目の前でドラゴンが火吹いてたら恐怖で意識も飛ぶか。
「ソイツ担いでやるよ、貸せ」
俺が親切心で言ってやったら、誠治は苦笑しながら言った。
「いいよ。その前に取り敢えず、体拭いたら?」
「あ」
俺の体はドラゴンの真っ赤な血で染まっていた。ハタから見たら大怪我をしている様にも見える。
「ほら、これ使って」
そう言って誠治は俺に布を差し出してきた。
「お、サンキュ」
ガシガシと身体を拭うが身体にベットリと付いた血は中々取れない。
「あぁ、くっそ。この装備はもうダメかもな……」
「新しいのくらい多分買えるよ」
「二人とも〜!大丈夫だった〜⁉︎」
遠くから悠里が呼びかけてきた。流石に時間が掛かったから心配したのかもしれないな。
「おう、すぐ行く!」
「あ、ちょ」
俺は血でベトベトしていたが、構わずに気絶している男と誠治を担いだ。
血が付いて騒いでいる誠治をガン無視して俺は一気に跳躍し、悠里の元へと戻った。
「お帰り〜、すごい血だね」
「全部返り血だけどな」
「おお、それは凄いね」
俺たちの軽い掛け合いを見ながら、隣で二人の女性が絶句している。
ドラゴンをぶっ殺してこんな平然としてるやつ見たらそりゃ絶句もするわな。
「そんなことよりも早くお風呂に入りたいよ……うう、ベトベトする……」
俺から返り血をベットリと付けられた誠治が顔を青くしながら座り込んだ。
俺も疲れていたのでその場にバッタリと寝そべった。
「あ、あのっ!」
一人の女性が緊張の面持ちで口を開いた。
「はい?」
「た、助けて下さって有難うございます!私はリナと言います、こっちは同じパーティのミリスとハルトです」
俺たちに助けを求めた女性がお礼を言って名乗る。
リナと名乗った女性は金髪で美人だ。大人の女性特有の色香を備えている。そして特筆すべき点はその胸だ。デカイ。メロン級だ。いやらしい視線を向けると悠里にバレる可能性があるので目を逸らしておく。
対してミリスは幼児体型、というか完全に幼児。女性というよりも女子と言う方が正しい見た目をしている。しかし、こう見えて二十歳だそうだ。長い赤毛のポニテをゆらゆらと揺らしている。身体の起伏は乏しいが、こちらも美少女と言っていいだろう。
ハルトは俺と同い年くらいの青髪の青年だ。筋肉を見る限り、かなり鍛えてる様だ。そして、中々のイケメン。
俺の脳内にイケメンが美女と美少女をはべらせている図が完成した。ギルティ。
「……イケメンめ……」
「何か言った?藤原くん」
「自覚のあるイケメンは普通のイケメンより腹立つな」
「あはは、ごめんごめん」
わざとかよ。
「ところで、水とか持ってないかな?身体を洗いたいんだけど……」
誠治が身体を起こしながらリナに尋ねる。お前まだそんなこと気にしてるのか。ギルドに帰ってから流せばいいだろうに。
「水は持ってませんけど……水魔法で良ければ……」
「水魔法?」
「え、水魔法、知りませんか?」
リナがキョトンとした顔で言った。魔法はこの世界の常識のようだ。ヤバイな、墓穴掘ったかも。
俺は誠治に顔を近づけてコソコソと話し始める。
「魔法……あんのかよ、この世界って……」
「知らなかったね……でも、僕たちの特殊能力も魔法みたいなもんだと思うよ?」
「取り敢えず、魔法を知ってるのは常識みたいだぞ?何とか誤魔化してくれ。イケメンの話術に期待するしかないな。頼むぞ」
「分かった。イケメンの話術に期待しといて」
「自分で言う分にはいいけど人に言われると腹立つなそれ」
「理不尽」
誠治がニコニコしながらリナに向き直る。
「へぇ、水魔法なんて使えるんだ、凄いね」
「初級レベルの水魔法くらい誰でも使えますけど……」
おいいいぃぃ!のっけからコケてるじゃねえかぁぁぁぁ!
「あはははは、そ、ソウダヨネー」
お、おい、棒読みになってんぞ、れ、冷静になれよ。
「僕は水魔法が使えないから、お願いしても良いかな?」
「あ、はい。ではいきますよ?」
そう言ってリナは両手から水を噴出した。割と勢いよく大量の水が出てくる。これが魔法か……凄いな。全人類の夢じゃねえか。
「がぼがぼぼぼがぼがぼぼ……」
がぼがぼ言いながら誠治は身体を洗い始める。血が固まる寸前だったらしく、手こずっている。
そして約10分後、水が止まった。
「あれ、」
「す、すみません。魔力が限界でして……」
「あー、成る程ね、そっかそっか、ごめんね?ありがとう」
誠治も得心したらしい。魔力が無くなると魔法は使えなくなるのか。まるでゲームだな。
---
さてと、ドラゴンの死体どうするかね。
「鳥と竜なら竜を優先するよね。康介、竜お願い!」
「おい、あの鳥はどうするんだよ?」
「みんなで頑張る!」
「あ、そ」
悠里はリナ達を連れてストライクガルーダを置いてきた地点まで走って行った。
「さてと、」
俺はゆっくりと立ち上がり、腹に穴の開いたドラゴンの死体を担ぐ。
「誠治、あっち手伝ってやってくれ」
「了解しましたっと」
びしょびしょの身体を拭き終わった誠治も立ち上がり、悠里達の元へと向かった。
俺もすぐに向かう。だが、ドラゴンがデカすぎて担いでるのに羽とか尻尾とかを引きずってしまう。
まぁ、いいか。
俺が悠里達に追いつくとそこではハルトがストライクガルーダを剣で切り分けていた。
「何でそんなことやってんだ?」
悠里が肉片や羽根を布に包みながら答える。
「重いから切り分けて持って行くことにしたの。あと、やっぱり高く売れるんだって〜」
「そりゃあ、やったな」
「早速大金持ちだね!康介!」
「そだな」
「テンション低くない?」
「お前テンション高くない?」
「そんなことないですー、康介のテンションが低いんですー。康介の根暗、馬鹿、阿保、間抜け!」
悠里は頬を膨らませ仲間ら俺に悪態をついてくる。4つの内3つはお前の事じゃねえか。
俺は一人でドラゴンを、残りの五人でストライクガルーダを運んでギルドへと帰還した。
---ギルド---
「いや〜疲れた〜!やっと帰ってきたぁ〜!」
「途中でお前がへばるから遅れたんだろうが」
「女の子はデリケートな生き物なんですー」
「リナやミリスを見習えよ」
リナとミリスは弱音も吐かずに歩き続けたというのに、ウチの駄々っ子は……全く……。
「ほらほら二人共、換金しに行くよ?」
誠治がさっさと換金所に向かう。
「ドラゴンがギルドの扉に引っかかって入らないんですけど」
「お姉さん呼んでくるからそこで待ってて」
「おう」
五人は俺を残してギルドに入って行ってしまった。仕方が無いので俺は一人でドラゴンの見張り番だ。
少ししたら受付嬢とローブを羽織った魔法使いっぽい人と商人のおっさんが来た。
五人は中でストライクガルーダの査定だそうだ。俺一人で大丈夫かな?
商人のおっさんは「ぬおおおおっ!」とか言いながらドラゴンの死体(腹部陥没)をベタベタと触る。
魔法使いのお兄さんはブツブツと何やら魔法を唱えてドラゴンの死体をカチンコチンにした。
「何やってんだ?」
隣にスッと現れた受付嬢が澱みなく答える。
「冷凍魔法で凍らせて保存状態を良くするんですよ」
「な、成る程」
商人のおっさんはドラゴンの死体を見ながら相当興奮しているようで忙しなく動き回っている。
「旦那ぁ!コレは高く付きやすぜ!あっしに売ってくれやしませんかね!金なら言い値で出しますから!」
商人のおっさんが鼻息荒くしながら詰め寄ってきた。近い、気持ち悪い。
しかし、言い値で出すとはよく言ったものだ。俺にはこの世界の常識なんて無いぞ?物凄い値段を言っちゃっても後悔するなよ?
しかし、ドラゴンの死体の相場がわからんな。受付嬢に聞いて分かるか?
「おい、相場がどれくらいか分かるか?」
「大体、金貨700枚程でしょうか……まだ子供の個体ですし……」
な、ななひゃく⁉︎ってかコレまだ子供なの?
700って言ったらバイト何日分だ?兎に角、当分働かなくても生きていけるだけの貯蓄が手に入るぞ!
「ドラゴンの鱗は殆どの魔法攻撃、物理攻撃を無効化します。その上知能が高く、たとえ子供でも高い戦闘能力を持っています。だから、討伐が非常に困難なんですよ。目安となるランクは子供でもA−、成熟した個体ならS+にはなるでしょう」
「S+って、最強って事でいいのか?」
「はい、もはや人間に太刀打ちできるような種族ではありませんので」
マジでか。
しかし、相場が700とはいえ、レアな代物なんだ。もう少し足元見れるかな……。いや、この際だ、法外なレベルで足元見てやろう。
「よし、金貨1000枚でどうだ?」
「な、1000枚⁉︎それではウチが破産してしまいやす!」
多分破産しないんだろうな。おっさんの目が小狡く光った気がする。
だが、俺もハナから1000枚で売れるとは思っちゃいねえよ。
まず高くふっかけてから、だんだん安くしていって買わせるって方法だ!名前は忘れた!
「じゃあ、990枚だ」
「もう一声!」
「980でどうだ?」
「旦那!もう一声お願いしやす!」
「950だ、これ以上は下げないぞ」
「そこを何とか!」
よし、ここで演技だ。惜しく見えるように舌打ちしながら口調は荒めで一気に値を下げる!
「ちっ、じゃあ890でどうだ!」
「ありがとうごぜえやす!」
よし、釣れた。人間ってのは900と899では1しか変わらないのに数値以上のお得感を感じちまう生き物なんだよなぁ……。
俺は口の端が吊り上るのを必死で我慢していた。まだだ、まだ笑うな……。
コイツも当初の金額から100枚以上安くなって万々歳だろう。俺だって相場よりも200枚近く高く売れてウハウハだ。これぞwinwinってやつだな。笑いが止まらん。