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アカツキ小話3つ詰め

①汐と仲良くなりたいホノカの話

②杠と湊の”平和的”協定

③広行と■■と向こう側の話

①【甘えたいんだったら、素直になって】


「汐さん、お菓子食べる?」

「これ、道の途中で見付けた綺麗な石で……」

「新色のコスメを買ってみたよ、お揃いで一つどう?」


 ああ、もう、と汐は、指を突きつけた。

「うるさい! 何なんだ、アンタはァ!」

「え?」

 キョトン、と瞬きをして、汐の王、雨水 ホノカは首を傾げた。汐の感情に呼応して、纏うストールのような布たち――霊布と呼ばれるものだ――がくるりと巡る。

「アタシに必要以上にかまうな! 面倒くさい!」

「もう、汐さん、そんなに怒ったら疲れちゃうよ?」

「ムカつくなァ」

 窘めるような言い方は余計に苛立つ。肩で息をする汐にかまわず、ホノカは茶を啜った。学校帰りの疲弊している身に、茶菓子と共に頂けば、筆舌しがたい美味しさだ。

 ホノカは、少し悩んでから、困ったように微笑んだ。

「だって、私、汐さんと仲良くなりたいから……」

「鬱陶しい」

「酷い……」

 フン、と、彼女は青い瞳を伏せる。

 ホノカという王は、つい最近、この水の支持地の“王”として覚醒した少女だった。望んでいた王の襲名に、勿論、汐とて嬉しいと思う。理性でなく、本能が喜んでいるのだ。だが、それとこれとは別である。

「大体、王様っていうのはさァ。皆からチヤホヤされる側だろォ。逆じゃね?」

「確かに、物語の王様は、高い椅子の上でふんぞり返っているよね」

「そう、そういうので良いんだよ。第一……」

 水の支持地は、十年以上も、王が不在のまま生きてきた土地なのだ。汐が知っている限りの話にはなる。けれど、本当に、長い間、王はいなかった。

「この場所は、汐さんと湊さんが守ってきた土地、だもんね」

 ハッ、と汐は息を呑む。ホノカは穏やかに紡いで、目の前に落ちてきた薄紅色の花弁を見詰めた。流水の音が耳朶を打つ。

「ずっと、昔から。偉いね、汐さんは」

 偉くなんかない、汐は唇を噛み締めた。この地で生まれ、この地以外“どこにも行けない”呪いを汐は掛けられている。産まれながらの従者であり、他の従者とは役割が違うと自覚している。汐は、王の影武者だ。王が居ない支持地で、それでも繁栄させるべく存在してきた。

 ホノカは、そんな事情も分かっていながら、彼女に声を掛ける。

「突拍子もない話になったな、と思ってるよ。王になって、誰かと戦う。命を掛けて。それも、数か月後にはこの国全土を揺るがす事態になる……話のスケールが大きすぎて、戸惑う事が多い」

「でも、アンタは……王になった」

「湊さんと汐さんが助けてくれたから、僕は恩を返すだけ」

 ピリ、と弛緩していた空気が引き締まる感覚。汐は無意識に、霊布を握りしめた。

「この力は守る事しかできないし、守るための力だ。だから、水の支持地を守るし……君とも仲良くなりたい。そうだね、甘えたいなら素直においで」

「誰もそんな」

「じゃあ、何でいつも私に付き合ってくれるの?」

 眉尻を下げて、ホノカは唇を尖らせた。

 先ほど生じた特異な雰囲気が霧散して、何事も無かったかのように戻ってくる。ホノカは、年相応の不満を口にする。

「本当に嫌なら、突っぱねてくれていいよ」

「……あーっ! そうだよ、嫌じゃないよ! 悪いかよ! これでいい?!」

「ヤケクソじゃない」

 ずっと独り。湊と出会ってから二人。けれど、どこにでもいける湊と違い、この地脈に縛られている汐では、天と地の差があった。

 だが、ホノカは。この王様は、どこにも行かないという。

 王として、水の支持地を守るため。例え、何があろうと、この場所に戻るという。

 おいで、とホノカが手招きをする。まだ、淹れたてのお茶は湯気をふかし、透明な和菓子は幾つも残っていた。




②【今何考えているか当ててみて】 ※水の王がみつかっていない少し前の話


 土の支持地は中立を保つ。それが王の方針ではあった。とはいえ、あくまで方針というだけで、中には“悪さ”をする構成員も居る。仕方がない事ではある。全ての人々に目を向けるのは難しい。あの、家族だ、と歌う平和的な桃源郷――木の支持地だ――でさえ、王の眼が届かぬ範囲では、好き放題していることだろう。最もそれも、従者である広行が許す範囲で、だが。

 そう、何事も許容範囲、というものがある。

 今回の事案――水の構成員と土の構成員が激しいぶつかり合いをしでかした、という状況は、まったくもって、見過ごせるものではなかった。

「仮にも中立を保つ、というのに、あまりにも看過できないっすよねぇ」

 はい、どうぞ。

 ヘラリ、と笑って現れた青年に、水の従者――巻坂 湊は、コテリ、と首を傾げた。

「あらあら、ご丁寧にドウモ。良かったらお茶でもしていく?」

「えー、良いんっすかー? ちょうどこのお菓子も、お茶に合うんで」

 朗らかに微笑みながら、湊は少しだけ、現れた青年……土の従者、杠を横目に嘆息した。

 結界、張ってあるのになぁ。

 今頃、破られた結界を埋めようと、同じ水の従者である汐が、躍起になっている事だろう。いくら従者といえ、侵入を防げなかった結界の、なんと脆い事か。


 流水の音を聞きながら、湊と向かい合って座る杠は、敵陣だというのに、何とも堂々としていた。最も今回の彼は、一責任者としてここにいる。第一、湊とて、彼と戦う理由は無かった。

 あくまで、部下の不始末。

 水と土、決して仲が良いと言えずとも、悪いとも言えない関係だ。

「口に合うかしら? ワタシ厳選の和菓子よ」

「美味しいっすよ、持ち帰って王様にも食べさせたいなぁ」

 左右色違いの瞳を瞬かせ、杠は笑う。つられて笑みを浮かべながら、湊も口に運んだ。

 そういえば、とわざとらしく、杠が切り出す。

「難航してるみたいっすね、王探し」

「……あら、よく知ってるのね」

 隠すまでもない。何より、ほぼ周知の事実でもある。

 水の支持地には、今、王が不在だ。それは、一時的に居ないというのではなくて、“見つかっていない”のだ。

「物々しい状況の中で、うちの構成員がちょっかいかけて申し訳ないっす」

「本当に、きちんと躾しといてちょうだいね。ワタシのところも、人の事は言えないのだけれど……」

「いやはや、面目ないっす」

 杠は茶を啜る。

 まどろっこしいな、と、湊は目を細める。それは向こうも同じだったのか。

「……オレが何考えてるか、分かるっすかね」

「そうね、提案を受けましょう」

「あはっ、即答っすね」

 杠はコトリ、と茶碗を置いた。

 たかが構成員の数人が引き起こした、小規模の闘争。“珍しい事ではない”のに、わざわざ、従者がここに赴いてきた。それだけで、湊としても察するものはある。

「取引をしたい。そっちの“王”様探し、土の方でも手を貸しましょう」

「代わりに?」

「今、うちは情報を集めている。伝承、歴史……なんでもいい。古ければ古い程いい。とにかく、資料が必要で。ほら、昔から、木の支持地とは良い関係を築いているけれど、他のところにしかない記録はある」

 損はない。こちらの記録を知られたところで、それがどうしたというのだろう。

 所詮、記録は記憶に過ぎない。前世、縛られたままのこの支持地では、あまりにも身近な記憶ではあるけれど。

「……確かに、王様の問題は深刻なのよね。汐とアタシ、二人で何とか持たせているけれど、時効が来る……」

 アカツキの夜、だ。

 もう時間は無い。地脈の振動は、緩やかに時の訪れを叫んでいる。

「取引成立、って事で。……はぁ、良かった! オレはガチムチの戦闘員じゃないっすからね、ここでバトル……ってなったらどうしようかと!」

「あら、ワタシもよ。そういうのは汐の担当だしね。でも、アナタは諜報が得意だと聞いているけれど。そのナイフやら、自慢の義足やらで」

「いやいや、オレはただの科学者なんっすけどね……」

 笑い飛ばした杠は、立ち上がり、詳しい話は後日に、と締める。

 彼の帰路を見届ける為、湊は出入口にまで足を運んだ。

 社をくぐり、長い階段を降りていく。杠の義足が歪に鳴る音が混ざった。

「あ」

 と、杠は、最後の階段を終えてから、後ろを振り向く。

 遠く離れた階段の上で、こちらを見詰める湊に言う。

「結界の事、謝っといてください」


 はぁ、と湊は肩の力を抜いた。ようやく彼の姿が見えなくなると、問題の割れた結界の元まで足を運ぶ。

 そうして、唇に手を当てて、ちょっとだけ困ったように笑みを浮かべた。

「嫌ねぇ、掃除が大変じゃない……」

 巨大な岩石が場所を取っている。幾重にも絡みついたワイヤーで、それを動かしたのだろう。そこにあるだけで質量を感じる岩石は、一体、どれほどの勢いで結界を強打したのか。

 岩石から感じる土の力。正面からぶつかる、という――記憶にはある青年と異なる戦闘記録から誠意を感じた。

 それでまぁ、湊は許してあげようと、損害に悲鳴を上げているであろう汐の元へ足を向けた。




③【安心したら眠くなっちゃった】


 甘い香りが漂っている。嗅いでみれば、桜の花弁を思わせる匂いだった。

 気が付いたら、真っ白な世界に立っている。広行は、すぅ、と息を吸い込んだ。

 少し、頭はぼんやりとしたが、足を踏み出してみる。

 ――パシャリ、と水が跳ねた。水? と首を捻り、瞬きをする。

 花の香りと、川の中、広行は立っている。

「これ、夢かぁ」

 夢の中で、夢か、と自覚を持つ感覚は何とも言えないものだ。広行がポツリと零すと、そうだよ、とでも言いたげに、桜の花弁が舞い始めた。

 風も無いのに、どこからか、ヒラヒラ、ヒラヒラと。

「広行」

 凛とした声。煙る視界の向こうで、美しい着物を纏う女性が居る。

 クルリ、と彼女は、傘を回す。

 病気がちで血相が悪いから、と、いつも紅色の口紅をつけていた。その唇が、広行を呼ぶ。

「夢、だもんなぁ」

 もう一度誇張するように呟けば、ソレは、クスリと笑う。

「みんなを、お願いね」

 どこかで聞いた言葉だった。広行は、もはや病のせいで身じろぎさえ難しくなってしまった彼女と交わした話を思い浮かべた。

 みんな。

 木の支持地の、みんな。

 新しい王。まだ未熟ながら、支えなければならない従者。

「みんなを……お願いね」

「分かってる、分かってますよ、ほんとに。何べんも言わんでくれ」

 広行は穏やかに、声の主に続ける。

 川の水位が、上がってきた。最初はくるぶし程度だった川の水は、今や、膝上に達している。

 このままでは流されてしまうだろう。それも、まぁ、悪くはないかもしれないけれど。

 広行は、ふ、と花弁を眺めた。

「だから安心してくれて、ええよ」

 彼が紡げば、女性はコロコロと笑った。花吹雪が酷くなる。視界を覆い、足元の水は勢いを増す。濁流になる。川岸も分からなくなる。そうして。


「起きて、広行!」

「ぐふっ!」

 腹部に生じた鈍い痛みに、呻き声を漏らした。徐々に覚醒していく中で、目を開けてみれば、不満そうな幼い顔立ちがある。

 隣の少年は、わずかに瞳を見開かせ、それから、少女の服を引いた。

「乱暴は駄目、だよ、姫」

「あっ、つい……でもお願い、広行! 起きて!」

「う、うーん……? なんや二人して……まだ、夜中の二時やで……」

 時計は深夜。状況も把握できずにいると、ぐい、と彼の王は――ゆうは、広行に訴えた。

「お、お、お化けが出たの!」

「お化けぇ?」


 曰く。ゆうがトイレに出歩いて、戻る途中、ぼう、と庭の池の上に光る灯を目にしたという。驚いた彼女は、ほとんど呆然としたまま木花のもとに飛び込んだ。

 木花を連れ立ち、もう一度、その池の方を見やれば、灯は見当たらない。

 ホッ、とした彼女たちだったが、視線をずらした先で、灯が、スゥ、と音もなく、広行の寝室に入っていったという。

「大丈夫だった?! どこも変なところない?!」

「驚いた。二人で、見た。……広行、平気?」

「あのなぁ、二人とも?」

 広行は、あくびを抑えながら、二人を窘める。

「お化けなんておらんよ、この世界に。だから安心しぃ」

「本当に居たんだもん!」

「分かった、分かったから……ほんじゃ、俺が退治しました、これでええか」

「うーん」

 腑に落ちない表情で、ゆうはぎこちなく頷く。彼女自身、眠くて仕方ないのだろう。起きればきっと忘れてしまうくらいだ。微苦笑を浮かべる広行に、彼女はとうとう、あくびを漏らした。

「安心したら眠くなっちゃった。……ね、広行、今日はここで寝ていい? 木花も良いでしょう」

「ん。……布団、出す」

「ええ、今からぁ? 木花は自分の布団を持っておいで。そうすれば、三人で寝れるくらいにはなるやろ」

 突拍子もない事を言い出すゆうの、懇願するような表情に、呆れながらも指示を飛ばす。すぐに布団を抱えて持ってきた木花が、広行の隣にそれを敷く。

 少し、木花と広行、互いに外側によって、真ん中のスペースを作ってやった。

「ふふっ、よく眠れそう!」

「はいはい、そりゃよかった……ふわぁ」

「……すぅ」

「木花は限界だったみたいね」

 そう言うが、ゆうも、瞼が今にも落ちそうになっている。

 おやすみ、と小さく呟いて、しだいに寝息が二つになった。

 広行も、それを見届けて目を閉じる。……桜の香りがした。甘い、匂い。

 あの、優しい声が耳を打つことは、もうない。

 けれど、彼はいまでも、契りを忘れず生きている。

 みんなを守る。

 彼女たちを守る。

 それが、今を生きる広行の務めだ。


 川を。

 渡り切らなくて良かったな、と。

 濁流の渦に飲まれる寸前、後ろから引かれた小さな手の夢を思い返して、広行は笑った。


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