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愛を与える異常者は、愛を謳う

「僕は異常者の君と手を繋ぐ」

愛することに執着する少女、結は、今日も、明日も、その先も、ずっとずっと愛を謳う。


 貴方を愛しています。


 貴方の、少しだけ口角を上げる笑みが好き。艶やかな黒髪が好き。鋭利な双眸が好き。平均的な身長が好き。ちょっと骨ばった掌が好き。辛い物が好きな所が好き。あまり運動が得意じゃない所が好き。カレーが好きな所が好き。怖い物、威圧的な物が嫌いな所が好き。小細工が得意な所が好き。細かいところでも気付いてくれる所が好き。夕日色のピンで留められた、少し長い前髪が好き。しっかり制服を着こなす所が好き。優しい所が好き。誰にでも向き合おうとしてくれる所が好き。ダメな事はダメと言ってくれる所が好き。臆病な所が好き。

 私の、名前を呼んでくれる貴方が好き。

 私を、許してくれる貴方が、好きです。


 だって、だってね、初めてだったの。

 胸が高鳴る、心が震える。落ち着かない鼓動を何度、あやしてみても、一向に収まってはくれなくて。思いのまま、衝動のまま、貴方を見つけてしまった。

 私は私を理解している。私は私を自覚している。私は、私の悪性を知っている。

 それでも、私の色が変わらないのは、私の行為に危険性が無いからであって、私は決して、超えてはいけないラインを知っている。

 苦しいよ、怖いよ、いつだって、私達は監視されているのだから。私達が少しでも犯罪を犯してしまえば、私達はすぐに箱の中に詰められてしまうのだから。

 ――一線を超えてしまった私を、貴方は、通報しないでくれました。

 面倒事が嫌いだから? いいえ、貴方は、私を案じてくれました。

 付き纏う私を、鬱陶しく思いながらも、許してくれました。私と、友達になりたいと、言ってくれました。


 私の異常は、貴方の心を変えないもの。

 私の異常は、私だけのもの。


 ――貴方を知りたい。貴方を愛したい。愛して、愛して、私は貴方への愛に溺れるの。

 息もできないくらい、深くて昏い愛の底に沈みたいの。

 決して満たされる事が無い、異常な愛のその先に。

 誰かを愛せない貴方が、無理に、変わろうとする必要はないのだから。


「どうして、結は狂わないで居れるんだ?」

「どうしたの、狂っちゃってる杏くん」

 キョトン、として、唐突に尋ねられた質問に首を捻る。二人掛けのソファを独占し、何故か、真っ赤に熟れたリンゴ色の頭を床へ向け、両足は背もたれへ――体が痛くなりそうな体勢を保ちながら、逆さの彼が言う。

 真っ赤に熟れたリンゴ、なんて、どちらかといえば、真っ赤な血色のそれだけど。

「結は、いつもギリギリのところで踏み止まるから。俺はもう駄目かも、明日にはまた、施設送りかもな~~」

「ふふ、そう言って、いつも杏くんだって踏み止まるじゃない。赤プレートも形だけ」

「うん、師匠とも約束してるしな。俺、次にやらかせば、師匠に殺されちまうの」

 それは多分、戯言ではなく。杏くんは、カラカラと笑いながら、指先で赤プレートを弾く。

 異常者の証。危険な異常者程、色は深紅に染まる。

 ある化学反応を起こしやすいエネルギーの暴発により、世界に覆われたエネルギーの膜。性交の果てに産み落とされた子供達は、遺伝子操作をも行ってしまうエネルギーの影響を受け、奇しくも複雑に行われた化学反応の末、かつてではあり得なかった体質を持って産まれてきた。

 異常な執着、異常な執念。本能に組み込まれた欲望の塊を内包する子供達。

 異常者。

 ――私は、愛を育む異常者だ。

「欲しいなら奪えばいい。得たいなら掴めばいい。そう言って囁いてくる自分の本能を抑え込むの、結構、しんどいだろ?」

 心配そうに、彼は言う。口調も、表情もそんなことは無いけれど、幼馴染と言うアドバンテージから読み取る。

 ゆっくりと首を横に振り、私は私の心臓に手を当てる。

「辛くなんてないよ。私は与える者。与えられる者じゃない。与えて貰う必要はないの。私はただ、愛したいだけ。愛して、愛して、愛せればそれでいいの」

 その愛に、いつか、潰されてしまうぜ、と杏くんは言う。

 ああ、彼の言う通りかもしれない。だけどそれも良いな、と思う。

 深く深く、自分の愛欲に沈んでいければ、きっと、幸せでいられるのだ。


 そう、思っていたのに。


 いつからか、私は欲張りになってしまった。

 友達になろうと、貴方が言ってくれたから。いつの日か、貴方を愛する私を愛したいのだと、誓ってくれたから。

 ……欲張りに、なっちゃったの。

 繋いだ掌が、暖かいね。

 私も、貴方も、生きているんだね。

 私は異常者で、貴方は平常者。でも、同じ場所に立っているんだね。

「あの、結さん、これ意外と……恥ずかしいな。一度離しても良い?」

 そんな風に、頬をやんわりと赤く染めて貴方が言う。私は笑って、益々手を強く握った。

「ううん、駄目」

「う、手汗も出てきた気がする……!」

 焦ったような横顔が可愛くて好き。

 いつも、私は貴方を困らせてばかり。だけど、私が貴方に向ける愛だけは変わらない。


 私は、異常者。貴方を愛する一人の人間。

 はーくんと同じ、【人間】なのです。


「えへへ、はーくん。杏くんのお掃除終わったかなぁ? 今日は、私も泊まっていい?」

「駄目です、送るから孤児院に帰って……っていうか、本当に杏は居候するつもりなんだな……いや諦めていたけど」


 もう、雨が止んでいる。

 明日の朝には、青い空が広がって、夜には美しい星が散らばるのでしょう。

 そうして、何日経とうとも。


 私は、貴方と繋いだ今日の日を、永遠に忘れる事はないのでしょう。



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