ある蒼い少年と、華の邂逅
本当は、蒼華の誕生日小説になる予定でした。
邂逅、もとい、クロスオーバー。「蒼篠」の片割れである彼と、彼に数多の影響を受け、生まれた華。最初は名前だけだった、それでもやっぱり、なんとなく運命めいたものを感じるのです、この二人は。
気が付いたら、俺はどことも知れない空間に立っていた。風もない、殺風景な場所で、正面に机といすがちょこんと置かれているだけ。
「……いやっ、どこだよ?!」
思わず声に出して叫んでみれば、何かが動く気配がした。した、というか、目の前の机――反対側に、誰かが座っていて、驚いたように、その人物が体を揺らした。
「きゅ、急に大きな声だすなよ……」
「え、あ、悪かった……誰?!」
「まぁまぁ、そこはおいといて……とりあえず、座ったら?」
異質、だった。
顔が見えない、声だけで、辛うじて首から下は見えるのだが、その人物はラフな服装をしていた。声音も見た目からも男だろう。だが、俺の記憶を探っても、彼の声は聞いたことはない。
それに、ここはどこだろう?
「俺……ええっと、布団入って、普通に寝たよな」
思い出すように、手繰り寄せる。彼は頷いた。
「だろうな。ここ、精神空間? みたいな? 僕もよく、わからないんだけど」
「曖昧すぎだろ! じゃあこれって夢なのか」
そんなもんかな、と、青年は机を叩きつつ、促した。早く座れ、ということだろう。俺はしばし悩んだが、結局腰を下すことにした。
木製でつくられた椅子が軋んだ音を立てる。それにしては、机は木製じゃなくて、何だか変なスイッチさえついている。こんな机、見たことない。
ちぐはぐな、そんな空間で、俺は意外と冷静だった。
「……それで、一体どうすればこの夢から覚めるんだ」
「うーん……生憎、僕は平凡だから、在り来たりな返事しかできないんだけど。なるようになれ、時間の経過を待つしかないかな。ほら、夢ってそういうもんだろ」
気が付いたら、覚めている。具体的な返答ではないにせよ、覚めれば戻れる――現実へ、と思えば、随分と気が楽になったような気がする。とはいえ、この青年――少年?が誰なのかも分からない状況で、なんとも不思議な状態だ。
「退屈しのぎに、僕の質問に答えてくれないかな」
「へ。……まぁ、いい、けど」
気軽に受け答え、俺は彼と向き合った。
「もし、過去に戻ってやり直せるとするなら、どうする? 戻るか? 戻って、大事な人を取りかえす? 助ける? 守る?」
俺は問いかけに、沈黙で返した。彼は俺の返答を待っているようだ。
過去に、戻る。
それは――過去、俺が両親を亡くす、あの事件をなくすことができる、ということだろうか。脳裏に篠の顔が浮かんで消えた。
「気付いたな。……その歪みを変えた結果、あんたは未来で今の状況を保てない」
「……それって、つまり、篠に――皆に会えなくなる、ってことか」
ふむ、と眉を寄せ、顎に手を添える。
過去に戻って、大事な人達をとるか。
それとも、現状を受け止めるか。
「……だったら、俺、今のままでいいかな」
それなら、やっぱり今を取る。
「「あのときこうすればよかった」とか、後悔って、誰にもあるもんだよ。俺の場合はそれがちょっと大きいってだけで。でも、俺はその延長線上で皆に会えた」
楽しい事、嬉しい事ばかりではなかったかもしれない。苦しい思いをしたこともあるし、歯がゆい思いをしたことだってある。
だけど、六人で過ごした日々は忘れられないものだ。俺にとって、大事で、大切で、なくせない思い出だ。
俺一人、いなくたって、なんて思うことはある。俺の取りえはぶっちゃけツッコミぐらいだし、それは他の皆もできることだろう。でも、俺はその空間が好きだから。手放したくないと思ってしまうようになった。
決して長い時間だったわけじゃない。偶然が重なって、得た友達。
「一年も満たないけど、できた、友達をとるっていうのはおかしいことかな」
彼はしばし悩んだように沈黙を起こし、それから、小さく嘆息したようだ。
絞り出したような声を出す。
「……そんなことは、無いだろ。友達に……時間なんて関係ない」
「そうかも、な。なぁ、お前はどうなんだ? そういう、選択」
「え」
突然振ってみたら、驚愕に言葉を詰まらせた彼に、俺は少し身を乗り出した。やっぱり、彼の姿かたちは見えない。でも、どうしてか俺の中で夕焼け色がイメージとして浮かび上がった。どこか憂いを帯びた、今にも夕立が起きそうなオレンジ色。昼の明るさも持ち、夜の哀愁も持つ、どちらにもいけない半端者。
「……わかんない、けど。今は、……なんていうか、僕を大事に想ってくれている人がいる。だから、その子を裏切りたくはない。過去に戻ってやり直して、……その結果、もし、その子が悲しむとしたら、寂しがるとしたら、僕は嫌だから」
「俺も、辛くて悲しいことは、嫌だな」
結局、今を生きる者同士ということか。
どうせ、過去に戻るなんて夢物語だ。俺はぐるりと周囲を見渡してみた。なんだか靄が掛かってきた気がする。
「……本当にっ、過去に戻れるって言ったらどうする」
ふいに、彼は叫んだ。
俺は驚いて、彼を見返す。それから、なんとなく、固唾を呑んで待つ声の主に、俺は笑って答えてやった。うん、だって、答えは出ていた。
夢物語だろうと、あり得るのだろうと。
「いいや、戻らない。俺は、明日も登校して、愛鐘や星羅、篠に史琉に光、皆に会うんだよ。それが今の俺の幸せなんだ」
だから、いいんだよ、と、付け足した。
ぶくぶくと、何かが膨れ上がる音がして慌てて足元を見ると、青い花が乱れ咲いていた。殺風景だった部屋が一面、青色に染まっていく。それは一種の恐怖を煽ったが、俺は踏み散らかそうとも思わなかった。
終わるのか、夢が。予感は的中し、霞が掛かっていく。その中で、俺は、自分でも予想していなかった言葉を吐き出した。
「そ、うだ。なぁ、俺はお前の名前を知らないと思うんだ。いや、ここがどこだよって感じだったし、つまり、俺は知らない筈のお前がどうしてここにいるのかも、よくわかってないし――名前、せめて、名前は! 俺は――蒼華!」
夢の話を現に持ち込めるのかとも思ったが、花弁散る中で問い尋ねた。俺の問いに、ゆるゆると相手は首を振ったようだ。ここにきて教えてくれないのかよっ。
けれど、声の主はどことなく、苦味を伴って言った。
「もう、あんたは僕の名前を口にしてるだろ」
たった、最後にそれだけ。それだけ言い残した彼も、異質な机も、真っ白だったキャンパスは青に塗りつぶされていった。
*
「…………いやっ、どういうことだ?!」
布団を跳ね除けて、起き上がった。カーテンでふさいだ窓の外から、鳥のさえずりが聞こえてくる。隙間からは、太陽の光が覗いていた。朝だ。
俺はガリガリと髪を掻き、首を傾げた。
どういうことだっ、って。
どういうことだよ?
「……なんか、変な夢見てた気がするな……」
ぼやいたと同時に、アラームが鳴った。時間だ。早く支度しないと、学校に遅れてしまう。うだるような重い体を持ち上げて、カーテンを開く。
誰かが育てているのだろうか。目下には、青い花が、黄色い花が、赤い花が――一面、綺麗に咲き誇る花々が目についた。
綺麗なものだ。例え、踏み散らかされても、その種子が生きている限り存続していく。
それがどうしてか、酷く、眩しいもののように感じた。
……
…………
………………
不思議な、話だ。
これは、奇妙で、奇怪で、あやふやで、おぼつかず、極めて不可解だ。
けれども確かに、意味はある。
鼻につく、どこか甘い匂い。其れは決して不愉快じゃなくて、でも、なんだかとても、緊張してしまうものだ。それにしても腹が痛い。ちりっとした地味な痛みで、ふむ。
誰かが乗っている?
≪僕≫は、ゆっくりと瞼を押し上げた。
………………。
「おはようっ、【はーくん】っ!」
「わぁ、目が覚めたら布団の上に美少女がいる……」
幻だろうか。もう一度目を閉じようとすれば、ぺちぺちと頬を叩かれた。あ、だんだん強くなってく、ちょ、地味に痛い、嫌々僕は目を開いた。ああ、景色が変わらないぞ。憂鬱だ。今日もメロメロと綻んだ美少女異常者が目に入る。
「結さん…………あの、つかぬことをお聞きしますけれど……何で僕の上に乗ってるんですか……」
「モーニングコール!」
「えげつないモーニングコールだな」
そんな嬉々として言われても! 可愛いな! 違う、間違えた!
彼女の体を押しのけて、僕は体を起こす。頭が痛い。もうなんなんだ、朝から。
「ふふっ、髪の毛はねてるはーくん、可愛い」
「へ!? うわ、見るのやめてください……」
「ええっ、いいじゃない、ねっ!」
ええいっ、なんなんだ今日のこの子は! いくら、合鍵を持っていると言っても度が過ぎているのではないか!?
というわけで、僕は最終手段を用意した。
「杏!! おいっ、幼馴染だろなんとかしてくれ!!」
思った以上にヒステリックな声が出た、僕は自分に驚く。
しばしの後、面倒くさそうな顔をした赤髪が、ドアを開いて顔をのぞかせた。
「はーくん、うるさい」
「僕が悪いってか」
開口一番それである。
ともあれ、現在の状況に、さしもの彼とて、同情の余地ありと解釈したのか。結さんの首根っこを掴み、部屋の外へと連れ出していく。
「わぁ~~! なにするの、杏くん~!」
「はいはい、朝から元気だなぁ、結」
「元気だよっ、朝からはーくんの顔が見れたんだものっ、えへへ幸せ」
「あっはっは、今日も元気に異常者~」
声が遠ざかっていく。
喧騒が遠のき、僕は額を抑えた。もう何なんだ本当に。
「……ん?」
ふと、目線を下した先に、つまりは床に、青い花弁が散っていた。どうして、こんなものが? どこからか、入り込んでしまったのか。
「……青い花の、言葉。奇跡……かぁ」
拾い上げ、なんとなく揉む。それから、窓を開けた。
空はどんよりとした雲もなく、からっと晴天だ。それもそうだ、梅雨は明けた。目を細め、そっと掌を伸ばす。そこから、花弁は舞っていく。
どこまでも続いている青空の元、僕と同じ名をもって、花はどこまでも遠くへ、飛んでいくのだろう。
その様を、なんとなく、僕は見えなくなるまで見詰めていた。




