「好きになって何が悪い」 sideマティナ
【好きになって何が悪い】
最初から、あたしのことなんて眼中にないんでしょうね。そもそも、恋とか愛とかいう定義を知っているのかも謎な人。真っ直ぐに生きていて、胸の内では燻り続ける火種を持っている人。それが、スフィアという男だった。
肌身離さず持ち続けるペンダントを、更に囲って守る様にして、薄いマフラーを身につける。靡く白を振り払い、流儀の無い剣技を放つ。ドがつくほどのお人好しで、そのせいで時々事件に巻き込まれることも多い。
そんでもって、国の王子――国王候補である、ということ。
スフィアという人物を語るのであれば、この程度で十分だろう。
あたしがスフィアと出会ったのは、なんてことない、あいつが倒れていたところをあたしたち――何でも屋を営むあたしたち家族が見つけたから。行き場もない、多くも語らない彼を、あたしたちは同業者として迎え入れたのだ。
片割れを、探したい、と言っていた。いつからか言わなくなっていたけれど、きっと忘れてはいなかったのだと思う。燃え続けた火種と一緒に、しまいこんでいただけだ。あいつの中にはずっとその片割れが居た、あいつは片割れを求めていた。どうしてあたしが気付いたのか、そんなもの、あたしがずっとスフィアのことを見ていたからに過ぎない。
ずっと。
ずっと、あたしはスフィアのことが大好きだったんだ。
「マティナさんは、スフィアさんのどこがお好きなんですか?」
にっこりと表情を朗らかに浮かべながら、セインが頬に当たる三つ編みを軽く指で払って言った。式典の場ということもあってか、出会った頃より少しだけ長くなっている白髪を整えてきている。あたしも、今日の為に赤をモチーフにしたワンピースだ。
新国王がうまれ、新たな時代が始まる。
「なに、突然?」
「ふと、気になっただけですよ。ほら、スフィアさんってお人好しでバカなところ、ありますけど、マイナスなとこもいっぱいあるじゃないですか」
ずけずけと言いながら、やはり笑顔を崩さないセインにやや眉が吊り上がる。
少し遠くでは、小さい体を飛び跳ねさせ、短いワンピースに淡い蒼の衣を羽織ったモルネが「きゃぁあああスフィアさんかっこいいいい!」と叫んでいるのもまた、気に食わなくてイライラした。うるさいのよあの小娘。
「しょうがないじゃない、好きになったんだから。好きになって、何が悪いの?」
――ふ、とセインの表情から笑みが途絶え、代わりにきょとんとしたような色が浮かんでいた。が、すぐに小さく噴き出すと、顔を背けて笑いだす。
あたしは静かに詠唱を始めた。
「ま、すみません、僕が悪かったです。いや、やけに純粋で素直でびっくりしただけです!」
「なに? 燃やされたいのね」
「もー、マティナさんはすぐそうやって暴力で解決しようとしますよねぇ、ちょっと痛いだけですよ、僕にやっても」
治癒能力者。治癒を使える人間は珍しく、――最早、珍しいというか、一種の絶滅危惧種であり、セインのような生き残りぐらいしか確認もできないだろう。当の本人は、そんな絶滅危惧種だろうとなんだろうと、己の生き方を変える気はないようだ。村の復興は勿論進めると言ってはいたが。
己の怪我もまた、己の力で癒すことができるから、そう言うセインに、あたしははため息をついた。
……今日、あたしの好きな彼は、王と成る。
好きになったもんは、しょうがない。そして、スフィアがあたしを映すこともない。
あたしって、スフィアにとってなんなんだろう。仲間? 友人? なんだっていいか。
「ほんと、あたしなんでスフィアなんかを好きになったんだろ」
「なんか、は酷い言いぐさだろ」
「……は?」
真後ろから声が聞こえて、振り返った。銀色の髪。纏うのは軽装。固まってすぐ、反対側を振り向けば、笑顔を振りまくスフィアの姿もあって――
「……?!」
「ちょっと脅し……協力してもらって、幻術系の類をな! あんまりもたないって言われてるけど」
「スフィアさんもお人が悪いですねぇうふふ」
「げ、モルネさん、何時のまにこっちに近づいてきたんですか」
セインは顔を顰め、胸を張るモルネを見た。あたしはスフィアの服装をまじまじとみて、首を傾げ――ふ、と笑った。
「バックれるの?」
「ああ、こんなん性に合わないからな! で、お前らどうする?」
続けられた言葉に、あたしはセインとモルネを向いた。二人はしばし考え、最初に口を開いたのはモルネだ。
「勿論っ、スフィアさんに着いてく!」
「そうですねぇ、僕も、同行しようかな。その方が面白そうですし、あはは、また逃亡生活みたいだ」
「確かに、王様だからなぁ追われる身だ。な、マティナ」
あたしは肩を竦めた。
しょうがない。最初から答えは決めているし。
「――言っとくけど、あたしは高いわよ!」
身分がどうとか、人間性がどうとか、本当、どうでもいいの。
あたしの心はまだスフィアが好きで、変わっていないんだから。