「この気持ちは嘘なんかじゃない」 side葉桜
短文チャレンジ1
【この気持ちは嘘なんかじゃない】
嬉しい、寂しい、悲しい、楽しい。
当たり前にあって当然の感情。名前を憶え、口に出すことは容易いけれど、心の底ではそれらを表現することはできなかった。だから、彼女の姉は、おれに自身の妹を託したのかもしれない。まさか、復讐の手助けのような形で沿うこととなろうとは、思ってもみなかったわけだが。実際の所、彼女の真意は分からない。彼女は何をしたかったのか。昏い鎖の中で、囚われつづけた亡霊は何を伝えたかったのか。何を残したかったのか――おれには分からないし、きっと一生、分からないのだと思う。
ボロボロと音を立てて崩壊は始まり、どこか遠くでは校舎の鐘が鳴り響いているようだった。彼女達は、もうとっくに鎖の外へ出ることができただろうか?
ふと、どうして自分がこの鎖の中へ居ようと思ったのかを、考えてみた。
ううん、理由は色々あって、結局、鎖の中に誰かが残らないといけなかったのだ。
始まりの日、少女に、力が欲しいと請われた日、おれはあの子に力を与えた。あの子の姉から預かっていた、重力と言う名の力を授けた。でも、力の譲渡っていうのは簡単なものではなくて、おれじしんを切り裂かないといけなかった。ぽっかりと空いたおれではないおれは、あの子によって満たされていた。どこも空虚ではなくて、幸せだったなぁ、愛おしかったなぁと、思い出すことができる記憶の数々だ。
この気持ちは、嘘なんかじゃない。
力を譲渡してからの水鳥 葉桜は確かにおれだったし、それ以前も――そして、これからも、全て、おれだ。あの子に与えた力を取りかえして、以前のおれになっても、そこにいるのは違うおれだ。
故に、思う。おれは――あいつらを助けたかったのだろう。ガラにもない、らしくもない、昔の自分なら決してしなかっただろう感情が、ここに誘った。この鎖の中は冷たくて、棺のようで、きっと深くて長い眠りにつく。それはちっとも寂しくない。怖くもない。自分で選んだ道だから。
ただ――ただ、おれの名を呼んでくれた、あの子が悲しみやしないだろうか。
「ああ、そっか……あー……そう、か」
崩れていく音がする。耳元では水が流れる音もしている。
「おれは、おれは本当に、――凛雲のこと、すきだった」
唇の端が吊り上がる。こんな状況で笑みがこぼれる。沈む、沈む、鎖に絡まれ、鎖と共に時が止まる。数多の亡霊を引き込み、封鎖した冬の校舎の中で。
ひとりぼっちで、決して、寂しくはなかったけれど。
「――だから、お前らは、もうくんなよ」
思わずそう言ってしまう程、おれは、あいつらのことが大事だったんだなぁと、気付いた時にはもう、何もかもが遅かった。