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2話 stardust fantasy side A 幻の証言

stardust fantasy のキーキャラクター、来賀朝霧の話。


かつて、質問をしたことがある。

「君は死にたいって思ったことある?」

と。


その質問をしたのは青空が広がる屋上の、昼休みの事だった。広々とした屋上は、しかし生徒立ち入り禁止の留め金がある上多くの生徒が知らないような場所に入口がある。だから生徒が立ち入ることもほとんどなく、晴天の日にはほぼ毎回足を踏み入れても滅多に人がいたことは無かった。それは今日も、そう。

質問された方は間抜け面を晒したあと、もぐ、と焼きそばパンを口に入れる。大体手製弁当が多い彼には珍しい。

何度か咀嚼してから、ようやく口を開いた。

「朝霧、死にたいんですか?」

「えーっと…どうして、そうなったの」

思わず空を見上げてみれば雲一つ浮いていなかった。悩んで考えた末、出した答えがお気に召していないとわかると次霜捻子(ツギシモネジ)は慌てて付け足した。

「あ、いや、だってそういう質問してくるってことは、なんとなくそうなのかなぁって思って………」

僕は足を組み、頬杖をついて捻子を見てため息を吐いた。

次霜捻子という男は、真面目律儀かたっくるしい。そんな言葉が似合う男だ。指定の学生服はぴったり着こなし、もちろん授業態度も良い。少しばかり長めの髪は目を付けられないかと思いがちだがさっぱりとまとめてあるからか、生徒指導を受けている様子を見たこともない。一言でいえば、優等生。…まぁ、その優等生さんは僕なんかに構って着いてきて、立ち入り禁止にも立ち入るようになってしまったのだが。

…といっても、それは僕のせいではないし。

勝手に、着いてきただけ。

「んじゃ、もし僕がいま、」

立ち上がって、手すりの上にするりと上り詰めた。体が風を受けて少しばかり揺らぐ。

下にはグラウンドが広がっていた。サッカーをする生徒もいれば、グラウンドを走る生徒も居る。

「ここから自殺します、っていったら、どうする?」

「止めます」

今度は、即答だった。僕はカクリと首を傾げて、続きの言葉を促す。一回り大きめの学生服が青空に揺らいだ。

「自殺程、意味がないものはありません。例え何が理由でも、自殺をして良いことなどありません。」

例えば、いじめられていた生徒が自殺をした。それでいじめをする生徒は「申し訳ない」とか、そんな罪悪感に満たされるだろうか?否、逃げようとするだろう。自分は違った、自分以外だってやっていたじゃないか。罪の擦り付け合い、やがて自殺自体が薄れ、自殺をした生徒は噂に紛れ、消えていく。

なるほど、全く無意味なことだ。

くるり、僕は手すりの上で回って、その上に腰かけた。捻子はまた一口焼きそばパンを齧る。

僕はうーん、とばかりに指を口に当てた。

死、とは無意味なこと、だろうか。

何かから解放されたい、と願うこと。自殺をした生徒は実際に解放されたことだろう。いつ終わるかもわからない地獄から抜け出した、それは…少なくとも、本人にとっての救いになったのではないだろうか。

あぁ。

くぁ、と欠伸をかみ殺す。

酷く―――酷く、退屈。

「朝霧?」

「………なんっかさ、面白いことないかなぁ」

零した言葉に、捻子は眉を寄せた。それから一つ頷く。

「これから球技大会とか、文化祭とか、そういう面白い行事があるじゃないですか。楽しみですね!」

ふにゃりと笑う捻子に、陽気なものだなぁとため息を一つ。そういう、そういう楽しさではないのだ。

もっと、背筋が震えるような。

恐ろしいとも感じてしまえるような。

ふつふつとした―――何かを感じられるような、楽しさ。

…まぁ、それを捻子に求めろというのも不可能なことか。諦めて僕は口に当てていた指をこんどは頬に当て、何度かつつく。

食べカス、ついてるよ。


平和が一番、何もないのが一番だって。そんな人生は退屈すぎる。

いつだって刺激が必要だ。もっとも、それは人それぞれであり、僕にとってはその刺激が≪憂鬱≫とはかけ離れたものであるというだけ。

日常的な楽しさだとか、そうじゃない。

それを得るために、死んでみようか。解放されるためではなく、死にあるかもしれない、僕の求めるもののために。


考えるといつも、喉に何かが引っかかる。まるで魚の骨が刺さったように、言葉に表せない不可解な痛みが刺激する。そして、その痛みで僕は考えを改めるのだ。

いや、そんなことをしたって何の意味もないじゃないか。無意味ではないかもしれないが、失う代償が大きすぎるのではないだろうか。

改めて、考え付いて、結局あきらめる。

――まるで、誰かが、ここには居ない誰かが僕を引き留めるように。

まさか、ね。


×


かつて、質問をしたことがある。

「君は死にたいって思ったことある?」

と。


その質問をしたのは暖かい昼下がりのファミレスでのことだった。昼下がり、というか時間としては14時ぐらいで、ちょうど昼と15時の間の時間だからかあまり人も多くはない。人ごみが多いところは好きではないから、ある意味好都合だった。カランカランと鳴るアイスコーヒーをストローで弄りながら尋ねた質問に、眼前に座っていた彼女は応える。

「えー、あるけど」

結構あっさりと、加えると以前の質問相手とは全く違う、ちゃんとした返答が返ってきて思わず反応が遅れてしまった。その様子に不思議そうに彼女は首を傾げる。

「変?…それとも、返答間違えた?」

「いや…」

カラン、コロン。溶けきらない氷が音を立てつづける。ミルクもガムシロップも入っていない、黒い水面を見てから、ようやく指先を止めた。彼女はパンケーキをはむりと口に運んでから、一口サイズに切りこみをいれるとフォークを突き刺した。結構、強く。具体的に言えば、お皿が揺れるぐらい。

「まさか、死にたいの?」

じとりと睨みつけられて、肩をすくめる。

「さすがにお荷物持って死ぬつもりはないから」

「む、お荷物って言い方なくない?!」

お荷物――もとい、守時稟斗はわずかに不貞腐れ、それからはちみつとメープルシロップが掛かったパンケーキの一口を僕の前に突き出してきた。暗に、食べる?と。

「…いや、そんな甘いの食べたら吐く…」

「朝霧って意外と甘いのダメな人?」

「…限度、っていうのがあるよね…」

ふーん、とさして興味なさそうに稟斗は自分の口に運ぶ。見ただけで甘い、甘すぎる。思わずアイスコーヒーを口にした。

「朝霧って、死は無意味で無価値だって思ってる?」

「ふぁ?」

は?、とぼくは何度か瞬きをした。だから、と稟斗はフォークをパンケーキに刺しながら問う。

「例えば、自殺をした生徒が居ました。その生徒の死は無意味かつ無価値でしたでしょうか。」

ふむ、何だか聞いたことがある問いかけだ。

「わたしは、意味があるものだと思うよ」

「例えそれが、何の改善にも向かわないものだったとしても?」

突いてでた言葉に稟斗は柔らかく笑って頷く。

「人間なんて、自分勝手に動くものだからね。自殺をして、それで自分が救われたのなら、十分意味があるものでしょう?」

「じゃ、今ここで、僕が自殺をする…といったら」

これも、何だかしたことがある質問だ。

稟斗は最後の一口をほおばって、咀嚼して、ごくんと飲み込む。

「止めるよ」

紡がれた言葉に、僕は彼女を見詰める。薄く笑みを浮かべると、対して稟斗はにっこりと笑った。

「君が自殺をする、っていうんなら、止めてあげる。…けど、もしそれが、本当にそれしか君が選べない、っていうんならさ。一緒に堕ちてあげる」

――虚を、突かれた。

突かれた隙にアイスコーヒーを奪われる。

「一人より二人の方が寂しくないじゃん」

………。

う、と稟斗は眉を寄せてアイスコーヒーを返却してきた。

「にが………」

「ブラックだからね。バカなの?」

「ば、馬鹿じゃないし。ブラックでも飲めるよ…!」

「…いや、そっちじゃなくて」

若干呆れがちに、僕は机に頬杖をついた。バカだとは思っていたが、ここまでのバカだったか。

「なにそれ、道連れとか、そんな趣味ないんだけど?」

水を飲みつくした稟斗は続ける。

「わたしは、別に偽善とか、例えば恩返しとか、そういう意味で簡単に言ってるわけじゃないよ。そういえば君が留まるとも思ってない。けど、その道っていうのは、自殺する人よりも無意味で無価値。」

稟斗は、僕の自殺を自殺と捉えず。

自殺ではなく、純粋に、意味のない逃げと称した。

「だから、わたしが価値をつけてあげる。意味をつけてあげる。わたしをそこまで堕とせました。はなまる、ひゃくてん。よくできました。」

これで、自殺になりました。

からん、…残っていた氷が最後の音を立てた。と、窓の奥、知っている顔があった。

「もちろん、そんな考えまで行かせないけど!わたしだって、責任がある。」

領主であるから、というのはもちろんだけれど。

僕はアイスコーヒーを飲み干して、立ち上がった。それに伴い稟斗も立ち上がって言葉を述べる。

「駄々こねた君を連れ出したの、わたしだし」

「誰が駄々こねたって?君だろ、それ」

ため息を吐いて入口の方に向かうと、見慣れた頭が目に入った。あ、と向こうは僕たちを見つける。そんな間抜けな優等生に、勘定が書かれた紙を手渡した。


え、え?と混乱しているような彼を置いてファミレスを出る。いいタイミングで来てくれてありがたい。

さて、と稟斗は空を見上げた。

釣られるようにして空を見てみれば、雲一つない、きれいな空だ。

「あのね、わたしも自殺しようかなって考えること、よくあったの」

ポケットに手を突っ込んで、僕は横目で稟斗を見る。稟斗はこちらを見ずに、空を見上げていた。

「そうすると、何だか、こう、引き留めるように痛みが走って、あぁまだ死んじゃだめだなぁって思うんだ。」

―――うん、そうだろうね。

「鏡は割れたら、何になるか。ただの欠片になる。…欠片をいくつ持っていても、何かを形成する形になりはしない」

呟いて歩き出せば、彼女もつられて歩き出す。後ろが少々賑やかだ。

「そうそ、だから、割らないでね」

賑やかな声は―――怒り声。やばい、と稟斗は苦笑した。ふ、と臭ってきた甘い香り。それは自分と酷似して、しかし同じではない匂い。

「努力するよ」


会話は、幻の中に消えていく。


×


かつて、質問をしたことがある。

「君は死にたいって思ったことある?」

と。


これだ。

恐ろしいぐらいの、冷たさ。実際に当たっているのは熱のはずなのに、高揚される意識。

―――溶ける。

口から洩れるのは、歓喜だ。

嬉しい、これが、これが―――僕が、求めた。


これは、自殺になりうるか。


死にたい、って思ったこと。あるよ、何度もある。邪魔をされて、だけど何度だってあるよ。

それでもね、意味がないってこと、知ってる。

結局、意味がないって。

最終的に、そういう結論に辿り着ければ、それで死にはしないから。人の自己防衛は、きっとそうやってできているから。


意味がある、意味がある―――そう諭していけばするほど、自殺者は増えていく。


そう、これは自殺なんかじゃない。ましてや、他殺でもない。

これは―――等しい、美しい、終わりだ。


うん、これで。


………満足。


さようなら、の言葉と共に、かつて自殺を引き留めてくれた――止めると、言ってくれた君の刃が振り落とされた。


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