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SS⑤

終焉世界のブレイン・レコード

「額に押し付けた唇に高い体温が馴染む」


 土砂降りの雨が降っている。ぬかるんだ地面を叩いて走れば、飛沫が上がった。

 く、と少女は唇を噛み締める。

 ――間に合わない。

 恐怖におびえた青年の胸に、鋭い銀の装甲が貫くのと。

 少女の放った一閃が迸ったのは、ほぼ同時の事だった。

 きりもみ回転をしながら速度を殺す。

「……ああ、もう……」

 やるせない息が漏れる。汗が滴り落ちて、コハルは、倒れ伏した青年に手を伸ばした。


 死傷者が多いな、と冷静にツクヨミは分析する。今回の“マギア”襲撃による防衛線。情報の食い違いがあったか、指揮官のミスか。何にせよ、後方支援を命じられたツクヨミ隊の投入の遅さが、今回を招いただろう。

 ツクヨミ隊は少数だ。ツクヨミ、コハル、そしてトウリ。三人のみで構成はされているものの、実力はけた違いである。それゆえ、周りからは疎まれる。異分子扱いされる。だが、結果的に被害者を増やすのはいかがなものか。

「撤収、終わりました。コハルは……うん?」

「戻ったか、トウリ」

 背中にショットガンと、汚れた外套を纏った少年は、ツクヨミの顔を見て、それから首を捻った。銀色の髪は腰ほどある、ツクヨミの影に隠れるようにして。

 少女がくっついている。

 トウリは、小さく笑った。

「コハル? ツクヨミ隊長の邪魔では?」

「離れないんだ」

 ツクヨミの外套にしがみつくコハルに、彼は感情の無い声で呟く。といっても、ツクヨミの平坦な声はいつも通りだ。彼の言葉の端々に、感情が乗る事は少ない。だから、困っているようにも聞こえるし、困っていないようにも聞こえた。

 雨に濡れ、戦場で濡れた外套は、お世辞にも綺麗とは言えない。トウリは、微苦笑しながら彼女を優しく剥がした。

「どうしたんですか。怪我をしました?」

「ううん。何か、疲れちゃっただけ。……はー! でも、元気チャージできたかも! 隊長の側にいると安心する!」

 彼女は背伸びをした。いつものように、太陽みたいな笑顔を浮かべた。

 そのコハルの前に、ツクヨミは膝を折る。

 キョトン、とコハルは瞬きをして、ツクヨミの、傷一つ無い綺麗な顔を見下ろした。

「無理は良くない。辛いなら、口にしろ」

「……うう」

 トウリが少女の背を叩くと、コハルはたまらず、その首根っこに抱き着いた。体幹が良いツクヨミはそれでも動じない。

 人が死んだ。目の前で。自分が、殺した。

 勿論、青年の死因はマギアによるもの。同時に、コハルは仇討ちをした。マギアは、無人の戦闘機だ。兵器を破壊して、それから、コハルは、青年の脳を暴いた。彼女たちには身体能力を高めるチップが組み込まれている。これの回収は、戦場に居る者が必ず行わなければならないものだ。

 いつも通り、変わらず、コハルは準じた。

 それが少しだけ、辛い。

「嫌じゃないんです。ツクヨミ隊長のお役に立ちたいから。……我儘言ってごめんなさい」

「よしよし、コハルは頑張り屋さんですね」

「トウリは子供扱いしないでよ! 私と二個くらいしか違わない筈なのに」

 喜怒哀楽を素直に出せるコハルに、トウリは笑顔で返す。残念ながら、彼女より戦場になれてしまったトウリには、もう、そんな死者の為に悲しむ心は無いので。

 異なる子供たちを見詰めて、ツクヨミは、そ、とコハルの背を撫でた。

「子供じゃないか。ふたりとも」

「え、僕もですか。まぁ、ツクヨミ隊長から見ればそうかもしれませんが」

 難しい表情で呟いて、トウリは、肩を竦める。自分たち以外は撤収を始めていて、彼らもそれに続かなければならない。泥と、灰と、死の臭いが降り積もる戦場に長居はしない方が良いのだ。

 トウリが背を向けると同時に、ツクヨミは少女を押す。彼女は嫌がらなかった。

 頬についた泥と血を、手の甲で拭えば、コハルは目を細めた。

「偉いな」

 軽く額に口づければ、コハルは硬直した。パチリ、とツクヨミは瞬きをする。無意識に動いたソレ。偶然、トウリも振り向いて、それを見ていた。

 コハルは丸い瞳をさらに大きくして、それから、細く息を吸う。

「……びっくりしました!」

「コハルばかり甘やかすのは不公平では? 隊長」

 もう一人の子供も拗ねた。コハルはすっかり元気になって、スキップでもしそうな勢いで歩き出す。トウリに、にんまりと胸を張る仕草に、彼は嫉妬と諦念のようなものを滲ませる。トウリもまた、コハルには甘いのだ。

 ふむ、とツクヨミは、追想した。……子供がいた。転んで、けれど泣かなくて、偉いね、と母親が頭を撫でる。額にキスを落とす。どこにでもあるような、優しい光景だ。

 きっと、それを、人は愛と呼ぶのだろう。

「隊長? 行きますよ~! お腹空いちゃった!」

 コハルは手を、ブンブン、と効果音をつけて振るう。そのたびに、彼女の頭では、一部だけが銀色の髪が揺らめいた。トウリも、銀の星が散らばったような特徴的な瞳を穏やかに細めている。

 連想的に思い浮かべたのは、己の心を動かした――或いは、壊した――青年と女性の姿だった。

 愛している。

 ……愛していた。

 雨はいつの間にか、上がっている。


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