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終わったあと



 ○ ○ ○ ○ ○




 道具にとって、最上の恐怖。

 それは何だろうか。

 壊されること?

 否、形あるものはいつか壊れる。

 使われ続けるということは、摩耗し、壊れる未来を内包している。

 人に使われるために作られた「道具」にとって、損傷は恐れるべきものではない。

 

 怖いのは、否定されることだ。

 

「こんなもの、使う意味がない」

「いらない。必要ない」

「なんで、こんなもの持ってたんだろう」

 

 人に使われるものとして作られた道具にとって。

 その存在意義を否定されることこそ。

 何より恐れることである。

 

 

 さゆは、それを妾にした。

 

 

 包丁は、切るための道具。

 それ以上でも以下でもない。

 持ち主を失い、何も切れなくなることこそが。

 包丁わらわにとって、最も恐れるべきことなのだ。

 

 庇ってほしくなど、なかった。

 餓鬼の持つ人斬り包丁として、共に逝きたかった。

 

 嘘を吐いてほしくなかった。

 さゆの持つ包丁として存在していた自分を、不要と言われたくなかった。

 

 故に。

 さゆに相応しい、包丁になりたかった。

 周囲の人里を恐れさせた「餓鬼」の持ち物として。

 道具を気遣い丁寧に扱う純朴な少女の持ち物として。


 人食い鬼に相応しい道具なら、卜部の一族に痛手を与えるくらいでないと。 

 他者に気を遣いすぎる間抜けな娘に相応しい道具なら、ちゃんと殺されないと。

 

 そんなこだわりにしがみつき。

 数多の時間と想いを積み重ねて。

 怪異を磨き上げてきた。

 

 

 さゆの包丁として、在りたかった。

 

 だから、さゆに捨てられてから。

 

 ずっと、自棄になっていた。

 

 

 

 はずなのに。

 

 

 それを吹き飛ばしてしまった、莫迦が居た。



 

 

 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「郁夫さん、はい。あーん」

「いえ。だからあの。一人で食べられますから橘音さもがっ」

「利き腕使えないくせに何言ってるんですか。いいからいいから」

「あふい。あふいでふ」

「なんと。郁夫さんが伝家の宝刀「ふーふー冷まし」をご所望と!?」

「んぐ。勘弁してください」

 

 病室にて。

 重傷患者をからかう見舞客、ここに在り。

 

 浦辺の屋敷ではない。

 ウチとちょっぴり繋がりのある総合病院。

 そこの個室でのやりとりである。

 

 個室。

 個室て。

 

 健全な男子学生が、なにげに美人な見舞客と二人きりにされて。

 しかもやったらめったらベタベタしてくるハタチの姉御が。

 何故か真冬なのに胸元ゆるめな服を着てきて、前かがみになりながら食べさせてくるとか。

 

 童貞こそ喪失したものの、健全な精神を持つ男子としては。

 なんというかこう、抑えきれないものがあるわけで。

 具体的に言うなれば、左手を布団の下に入れておかないとテントを張ってしまうわけですよ。

 

 右手は負傷中。

 左手は自尊心を守るため奮闘中。

 両手がふさがってしまっては、橘音さんの猛攻に耐えられるはずもない。

 

 だから仕方なく。そう仕方なく。

 橘音さんにお昼ご飯を食べさせてもらうしかないのですよ。

 言い訳してるわけではないです。ええもう。

 

「でも」

 

 ふと。

 攻勢を緩め、食事を脇に置き、橘音さんは真面目な表情でこちらの右手に目を向ける。

 

「くっついてよかったですね。本当に」

「ああ。まあ、右手一本で済むなら、安い状況でしたけどね」

「郁夫さんは、無茶しすぎです」

「……俺は、まだまだ未熟者ですからね。多少の無茶でもしないと」

「今回も……私のときだって……」

 

 あれ?

 なんか真面目な空気になってきたぞ?

 橘音さん、瞳が潤んできてるし。

 徐々に距離が詰められてきてるし。

 あ、ベッドに乗り上げてきた。

 

「……心配する方の身にもなってください」

「えと? その、あの、すみません?」

「助けて頂けた身で言うのも烏滸がましいかもしれません。でも、言わせてください」

「き、橘音さん? その、心配かけてごめん」

「郁夫さんは傷つきすぎです。もっと自分を大事にしてください」

「いや、でもまあ、治るんですし結果オーライということで――」

「――治らないものだってあるんですよ!」

 

 一喝。

 びくり、を背筋を伸ばしてしまう。

 年上の女性に怒られてしまった。

 これ、割と本気で緊張する。

 ていうか顔。顔近い。

 緊張と焦りで混乱が加速していく。

 

「郁夫さんは、状況に身を任せすぎです」

「そ、そんなことは」

「ちょっと油断したら、すぐに人を心配させて」

「な、ないといいな、なんて」

「私だって欲しかったのに。でも、我慢してたんですよ?」

「が、我慢、それは大変でしたね……ん?」

 

 あれ?

 

「いつか私が頂くはずだった、郁夫さんの初めて。もう無くなってしまったんですよ」

「そ、そんな予定があったんですか」

「だからせめてセカンド童貞は逃さないようにと思っていたのに、どうして入院なんてしちゃうんですか!」

「おいちょっと待て」

「休みの日にしか来られないから、会えるのは週一ですし。腕もくっつくまで時間かかりましたし」

「あの、橘音さん? 何を」

 

 何だか、状況が予想の斜め上方向に飛んで行ってる気がする。

 のしかかってくる橘音さん。

 前髪が触れ合う。

 目を合わせられず、視線を逸らす。

 胸元が丸見え。

 谷間についつい視線を奪われてしまう。

 

「看護師さんの誘惑に負けちゃうんじゃないかとか。

 誰かに抜け駆けされちゃうんじゃないかとか。

 心配しながらずっと待つのは……辛いです」

 

 左手を優しく退かされる。

 あ、今はまずい。

 誰か、助け、

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ。郁夫、調子は如何か――」

 

 

 

 

 


 鈴を転がすような、透き通った声が響いた。

 

 

 固まった。

 いや、変な意味ではなく。

 

 個室にて、股間付近に手を添えられ、顔はくっつく寸前。

 

 どう動けばいいかわからず、そのままフリーズしてしまう。

 言い訳不可能なこの状況、修羅場回避は不可能としか、

 

「おや、橘音も参じていたのか。ご苦労じゃ」

 

「……あれ?」

「どうした郁夫? 間抜けな魚のような顔をして」

「その表現普通に酷いがちょっと待て。茅女サン、随分と冷静なご対応で」

「? 別に、橘音とまぐわおうとしていたのだろう。気にせず続けるといい」

「……怒らない?」

「側女に手を出すのは男の甲斐性じゃろうて。妾が本命なのだから仔細ない」

 

 こ、これが本妻の余裕というやつか――!?

 

 とかなんとかやりとりしてたら。

 

 目の前で、橘音さんがむくーと膨れ。

 

「郁夫さんのバカ! むちゅー!」

「むぐっ!?」

 

 え!? ひっぱたくんじゃなくてキスするの!?

 

「ファースト童貞こそ奪われましたが、セカンド童貞は私のものです!

 ええもう! 今度こそ逃しませんからね郁夫さん!」

「何言ってんですか橘音さん! というか他の部屋に聞こえるから大声は」

「こんなテント作ってて何言ってるんですか!

 今日という今日こそは私の番です。この好機を逃すわけには!

 茅女様は年増の油断で問題ないですが、あの方が来たら隙が無くなるので――」

 

 

 

 

 

「好機とは? どういう意味でしょうか黒間様?」

 

 

 

 


 あ、空気凍った。

 

 おかしいなー。ちゃんと暖房効いてるはずなのになー。

 なんか凄く寒いぞー。ガタガタ震えるぞー。

 

「……流さん。随分早いお戻りで」

「ええ。秋夫様の御仕事が予定より早く終わりましたので」

「…………」

「さ。黒間様。個室とはいえ公共の施設でいかがわしい行為は止めた方がいいかと」

「……流さん? 貴女はひとつ重要なことを忘れています」

「は?」

「間合いです。私ベッド。流さん入口。私の技術なら郁夫さんは5秒あれば」

「ちょ、待っ」

 

 慌てて駆け寄ろうとする流。

 しかしそれを、茅女が止める。

 

「何をする! 郁夫様が! 郁夫様が!」

「ふふふ。今の妾は浦辺家の研修生じゃからのう。

 浦辺家研修生の心得・その参。――郁夫と流でとことん遊べ!」

「ふざけるな糞婆!」

 

 わいわい姦しい女性3名。

 それをぼんやり楽しむ自分。

 これはきっと幸せなんだろうなあ。

 

 とかなんとか、物語の締めっぽい真面目な考えをして。

 橘音さんの手の動きに必死に耐える超健全男子なのであった。

 

 

 うっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 瞳術は一瞬だけ。

 流に押し付けられた『自棄』だけ吹き飛ばせるかどうか。

 正直なところ、賭けだった。

 

 でも、あの瞬間、ちゃんと見えた。

 

 過去の持ち主を想い過ぎるあまり、自分を消そうとしていた付喪神が。

 自棄に狂った表情を消し、素直な想いを抱いているのを。

 そう確信できたから、全力で、顔面を地面に叩きつけられた。

 

 

 流とドタバタじゃれあっている茅女。

 目が合った。

 無邪気な笑い。

 伝わる想い。

 

 

『もっと、妾を使ってほしい』

 

 

 そのためなら、研修だって真面目に受けるし、他者とだって仲良くできる。

 人斬り包丁でも、そうやって変わっていけることに嬉しさを覚えてしまう。

 付喪神研修制度。

 色々あるけど、俺の家がやってて、よかったと思う。

 

 

 

 この後、病院の人に滅茶苦茶怒られたけど、まあ、それはそれということで。




   <完>

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