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前編

 セミの声が鬱陶うっとうしいこの季節。茹だるような暑さを紛らわせるために、生徒たちの間でこんな話が囁かれている。



「学校の怪談」



 どの学校にも幾つかの怪談が存在する。有名どころで言うならば、「勝手に鳴り出す楽器」「歩く二宮金次郎像」「動く人体模型」「一段多い階段」など。学校ごとに内容は違ったりするが、どの学校でも語られるメジャーな話だ。その中でも特に有名な話で、「トイレの花子さん」というものがある。


 私の学校でも「トイレの花子さん」の話は存在する。普通であれば、どこの学校でも話されているありふれた話だ、と言って聞き流すような話だ。実際、他の学校にも花子さんを目撃した学生などいないのだろう。しかし、私にとってこの「トイレの花子さん」という話は聞き流すことのできない話だった。


 この学校のトイレには花子さんが存在する。私自身、花子さんに会ったことがあるのだ。その花子さんがトイレに住み着いたのは、つい二年前のことだった。





「行ってきます!」


 私は家を出て学校へ向かう。学校に行くときは、遠回りをするのが私の日課だった。

 遠回りをして友達の萩本の家に寄っていくのだ。


「美希、おはよう」


 にこやかに私に声をかけてくる女生徒。彼女が萩本だ。


「おはよう、萩本!」


 私は笑顔で答えながら萩本の肩を叩いた。その拍子に萩本の眼鏡がズレる。


「もー、強く叩きすぎ」


 萩本は不機嫌そうに眼鏡の位置をなおした。私は「へへへ」と笑いながら歩き出す。

 こうして毎朝、私たちは学校に一緒に行っていた。何気ない話をして、二人で楽しく笑い合う。こういう日常がずっと続くと思っていた。しかし、長くは続かなかった。


 萩本がいじめのターゲットにされた。いじめの主犯格は、佐々木という女子だった。


 賢くて生活態度も良かった萩本は先生に気に入られていた。萩本を気に入っていた教師が、佐々木を叱っていた時「萩本を見習え」と言ったそうだ。


 それがきっかけで佐々木は萩本を目の敵にするようになった。


 最初は小さないじめだった。無視したり冷たく当たったり。それがだんだんとエスカレートしていった。

 靴を隠す、ノートや教科書を隠す、すれ違いざまに肩をぶつける。どんどんいじめは直接的なものになっていった。


 いじめが続くにつれて、佐々木一人ではなく、数人がそのいじめに協力するようになった。

 いじめは何日も続いたが、萩本は全く動じた様子を見せない。もともとクールな性格ではあったが、反応を示さないことでいじめがなくなっていくだろうと考えていたようだ。そのせいで、違うクラスだった私は萩本がいじめられているのを知らなかった。




 ある日、朝一緒に学校に行く時、萩本は眼鏡をかけていなかった。


「あれ? 萩本、眼鏡は?」


 萩本と私の間に、微妙な空気が流れる。数秒の沈黙の後、萩本は口を開いた。


「昨日の夜、自分で踏んじゃったの」


 萩本の表情が暗い。


「……そう、今度からは気をつけないとね」


 私はその時、萩本が嘘を言ったことがわかったが、追及することができなかった。


 私がいじめを知ったのは、その日の放課後だった。

 放課後、女子数名が萩本を囲んで女子トイレに入っていくのを見かけた。

 隠れながら後を追うと、トイレで萩本が罵声を浴びせられていた。それに加えて、水をかけられたりしている。


 その状況を見て、私はどうにもできなかった。もしここで止めに入って自分もいじめのターゲットにされたら、という考えが過ったのだ。


 どうしようと考えていた時、水をかけられた萩本と目があった。その瞬間、私はとっさに目を逸らしてしまった。


 女子たちがしばらくしてトイレから出た。萩本はトイレの中で座り込んでいる。

 私は萩本に駆け寄って、ハンカチで顔を拭こうとした。その時、萩本が私の手を払った。


「なんで目を逸らしたの?」


 萩本の顔はこれまでに見たことがないほど恐ろしい顔だった。狂気や絶望、怒りなどが混ざり合った複雑な顔をしている。


「……ごめん」


 萩本は立ち上がり、歩き出す。




――友達だと思ってたのに。




 萩本はそう呟いてトイレを去った。

 私は何も言えず、その姿を見送った後、一人で帰宅した。

 翌朝、いじめがあった女子トイレで萩本の首吊り死体が発見された。

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