終焉の世界での始まり03
「危ないところを助けてくれた事に関しては素直に礼を言う。本気であの時死にかけていたんだからな……なぁだけどさ、そろそろ説明をして欲しいんだが…」
拓哉は小さなテーブルの向かい側に座り、アイスカフェ・オレの入ったマグカップを手にして飲んでいるアリスに青筋をピクピクと立てながら静かに言う。
対してアリスはコクコクと静かにカフェ・オレを飲み干すと、拓哉をじっと見つめながら。
「おかわり……」
「おかわりって、お前どんだけ飲むんだよ!
もう軽く25杯分くらいは飲んでいるからなッ!!」
拓哉は堪らず激しく突っ込んでしまう。
二人はあの後…話をする為に、拓哉のマンションへと移動していた。
部屋は2LDKの広さがあり、独り暮らしでは充分すぎるくらいの広さになっていた。
リビングには、白い小さなテーブルが置かれており、近くにはテレビ、左側には大きな黒い棚が置かれており中に本、DVDなどが詰め込まれている。
リビングとキッチンが隣接している為、すぐ近くにキッチンが見える。
あまり余計な物が置かれておらず、実に殺風景に近い部屋だった。
アリスは可愛らしく小首を傾げながら。
「だって…喉乾いたし……。」
「たっく……仕方ないな……」
拓哉は、ため息混じりに呟くとアリスからマグカップを受け取り、キッチンの冷蔵庫からカフェ・オレの入った1、5リットルのペットボトルを手に取り、氷とカフェ・オレをマグカップの中へと注いだ。
彼はリビングに向かい、それをアリスに差し出すと、拓哉は再び自分の席へと着いた。
「有難う」
アリスは拓哉に礼を言うと一口カフェ・オレを飲み、マグカップをコトッと静かに音を立ててテーブルの上に置き、そしてじっと碧瞳で彼を見ながら唇を動かした。
「では、早速…本題に入るのだけど良い?」
アリスの言葉に拓哉は内心溜め息をついた。
「やっとかよ……良いぜ。何で俺は《代表候補者》と間違われていたんだ?お前は魔術師なんだよな?それと何か関係があるのか?」
「私は……あなたの兄の彩和月智也《代表候補者》付の上核魔術師だったの…」
「兄貴の…」
思わず言葉が詰まる拓哉にアリスは静かにコクリと小さく頷いた。
「智也は死んだ…。それも相手の《代表候補者》の魔術師、または《代表候補者》本人に殺されて……」
「殺された……?どう言う事だ?それ初耳だぞ。原因は確か事故に巻き込まれたと俺は、そう聞いた」
「それは違う……」
拓哉の台詞にアリスは左右に頭を振り、言葉を続けた。
「基本《代表者》《代表候補者》の交代って何だか分かる?…それはその立場から退くか、もしくは死んだ後変わりの者と交代する事になっている……。
だいたいは、相手の魔術師に殺された場合…世間には一切死んだ事を公表などしない……家族には死んだ事を伝えるけど…死因は一切伝えてはいけないルールになっている……。」
「理由は……家族と言えど一般市民を魔術師がらみの戦い、事件に捲き込む恐れがある…だから伝えないのが…基本中の基本……。」
「だったら……何で俺が間違われているんだよ。その《代表候補者》に!兄貴が死んだら変わりの新しい《代表候補者》って奴になるんじゃぁねぇのかよ」
拓哉は自分が感じた疑問をアリスへとぶつける。
「まだ…わからない?…」
そんな疑問に対して彼女は、真っ直ぐに彼を見据える。それはまるで、まだ自分の言っている意味が理解出来ていないのかと…言っているようなそんな瞳をしていた。
アリスは一度言葉を切り、そして言葉を紡いだ。
「《代表候補者》は現在決まってはいない…」
「だから必然的に誰もが智也の弟のあなた…彩和月拓哉が、次の《代表候補者》だと思い、あなたを襲おうとする…。現にあなたは今さっき襲われた。《代表候補者》は基本…魔術師と自分の身の安全の為に…《契約》を交わす。《契約》をまだ交わしておらず、次の《代表候補者》となろう人物を…相手はみすみす逃しはしない…」
「単純に言うと殺して下さいと言っているようなものだし。それに…邪魔な芽はさっさと摘むに限るのだから……」
「……………。」
「それに…あなたが狙われている理由は、もう一つある……」
「もう一つ……?」
拓哉はアリスの言葉にオウム返しに呟き、眉を小さく潜めた。
「それは…あなたの内に眠っているもの……」
アリスはそう言いながら、テーブルに手をつき、身を乗り出す勢いで、一気に拓哉との距離を詰める。拓哉は突然の彼女の行動に内心ドギマギとしてしまうが、彼女は無意識なのだろうか……表情などは一切変えず、人差し指をスッと拓哉の胸へと指した。
「それこそが…あなたが狙われる理由の一つ……全ての魔力の頂点に近いもの《生命の源》(ファージア)」
「《生命の源》の能力は…魔術師にとってブースト的な存在に近いもの……。《生命の源》の持ち主と《契約》をすれば魔術師の魔力が通常の倍以上に上がり、また《生命の源》の血を口にすれば、魔力はその何百倍も増加すると言われている……簡単に言うと賢者の石に近いの」
「だから……魔術師達の間では喉から手が出る程欲しい存在なのよ……。彩和月拓哉が。」
淡々と説明をするアリスの言葉に拓哉は手で制しながら待ったの言葉を彼女に掛ける。
「ちょっと待て!待ってくれ!って事は神宮時の説明を聞く限りでは、俺が一番の狙われている理由は《生命の源》の持ち主だから狙われているって事なのか?」
「でも仮にそうだとしても、だ。俺は魔術師としての素質なんか皆無に近い。実際俺の魔術は暗闇で光の玉を出現させるくらいしか出来ないぞ……。」
多少ドヤ顔で言う拓哉に対してアリスは…なんだそんな事か……などと言う溜め息を短くつき、何処か呆れた目線を拓哉へと向けた。
「《生命の源》の持ち主は基本…あまり魔術を使えないようになっているの…。それは、ブーストと言う巨大な魔力の為でもあり、それを魔術師と正式に《契約》をする事によって…その力を相手へと与え、また自分自身も魔力を扱える…。そんなシステムになっているのだから……だから今のままでは魔術を完全に操る事は無理なのよ……。」
「…………」
拓哉は思わず押し黙ってしまう。
目の前の彼女の説明に正直に言って、まだ理解が及ばない。
だけど…彼女が言う力……魔力そのものは、まるで夢物語に近い事だ。
そんな魔力など拓哉は今まで聞いた事も、ましてや見た事すらもない。
普通ならば、そんな訳が分からない話を誰が信じる?と言って相手にしないのだが、彼には心当たりが存在していた。
もしかしたらそれが、そうだとしたら…………。
彼女の言う事を信じる他ない…。
アリスはスッと拓哉から体を離し、何一つ迷いのない瞳を向け、無表情に、そして何処か彼を、ためすかのように唇を動かした。
「単刀直入に聞く……あなたは《代表候補者》になる気はあるの……?」
拓哉はその言葉に全身がカッと熱くなり、ガタッと立ち上がり強く叫ぶ。
「そんな気はさらさらねぇよ!!《代表候補者》?そんなもん誰がなるかよ!?俺は兄貴とは違う!世界を変えたいとか、そんな大層な夢なんってこれっぽっちすらも持ってねぇッッ!」
「それに、こんな腐った世界なんって俺にとってどうなろうが知った事じゃぁねぇんだよッ!?」
この世界は腐っている……
自分の利益の為に国のトップ達は相手を互いに騙し合い、出し抜き、争いを続けている。
それは国の在籍状況にも大きく関わり、時には一般市民へと影響を及ぼす可能性さえある。
一般市民に危害を加えてはならないと《条令契約》が存在するが、それはあくまでも…《危害を加えてはならない》と言う事のみだけに留まっている。
国を大きくするのならば、当然財政が必要となる。果たしてその財税を得る為にどうすれば良いのか……?
答えは単純だ。
市民達から税と言う形で得れば良いのだ。
そうなれば一般的に国が大きくなり豊かになるだろうと思うが、実際には違う。
国を大きくし、《同盟》を結んでいる国同士の場合などは余った財産で相手の領土の売買が行われているケースだって少なからず存在する。
一方税を高く支払わされている一般市民などの生活は苦しくなる一方だ。
拓哉が住む《関東》の方では、それは一切存在などはしないが、《関東代表者》彩和月和也は相手の国を奪おうと考えている。
おそらくだが……《同盟》を相手の国と結び《同盟》を結んだ相手の国を裏切り、奪う。
そんな考えをあの男は考えている。
結局のところは国のトップ達は根本的に自分の利益しか頭にない。
市民などどうでも良いのだ……
市民なんぞ国のオマケにしか過ぎないと考えている。
だからこの世界はこんなにも腐りきっているのだ………。
叫ぶように強い口調で言い放つ拓哉の方へとアリスは静かに、じっと見上げるかのように呟いた。
「そう……わかった…。」
だが、次の瞬間彼女は凛とした声音で予想外の台詞を口にした。
「じゃぁ…私はあなたを護る…」
「へ……………。」
彼は想像していなかった台詞に思わず、間の抜けた声を上げた。
「あの………………………神宮時…さん、俺は《代表候補者》にならないと言いましたけど……」
「…それは聞いた…。だから私はあなたを護ると言った。」
「いやいや、全然話噛み合ってねーし!」
平然と言ってのけるアリスに対して拓哉は突っ込みながら自分が感じた疑問を彼女へと問い掛けかのように言う。
「それにお前、その《代表候補者》付きの魔術師ならば新しい《代表候補者》を探さねぇとヤバイんじゃぁねぇのか?」
「それは…心配はない。私は智也以外の魔術師と組む気はないし…基本《代表候補者》付きの魔術師は新しい《代表候補者》付きになる場合…契約登録をしなければならない…。」
「契約登録をしていない今の私の立場は、ただの魔術師…扱いになっている……。」
「それに………」
彼女は一度言葉を切り、そして続けた。
「私は智也からあなたを護るように言われていた………。だから護るのよ……今度こそ必ず」
アリスは膝の方に置いていた手をぎゅっと強く握り、凛とした声音で告げた。
その台詞…言葉は何処と無く強い決意を感じさせているかのようだった。
「だっ……だとしても、だ。俺魔術師を雇えるだけの金なんって持ってねーぞ」
「そこは心配しなくても……良い。お金はいらない無償。私が、好きでやる事なのだから……あなたはそれで大丈夫…?」
拓哉は以外な彼女の申し出に対して素直にストッと席に座り直し、頬をポリポリとかきながら、少しぶっきらぼうに答えた。
「……正直に言って護ってもらわなくっても結構だ!…っと言いたいところなのだが、現実問題俺ではあの魔術師には勝てない。なのでお前が協力してくれるならば有り難い。だからお前の提案を飲んでやるよ」
事実彼の魔力は皆無に等しい。
普通の人間と魔術師の力の違いは遥かに違う。それは普通の人間が化け物を素手で相手にするのとさして変わらない。
少し考えれば誰にだって直ぐに分かる結果にすら過ぎない事。
それに目の前の彼女の実力は本物だ。
現に全く手も足も出せなかった魔術師を彼女は一瞬にして倒してしまったのだ。
彼女は自分を魔術師の魔の手から護ると告げるのだが、彼はそんな誰かに護られるだけなんて納得はしてはいなかった。
ただ護ってもらうというのは、自分は一切何もしない……のうのうとそれに甘じんで、今まで通りの生活を送る……。
それだけは決して嫌だと感じた。
だから彼は彼女と協力関係を結び敵を倒そうと考えていた。
それを彼女に悟られない為、男としての余計なプライドが表に出てしまい、強がりな台詞をつい吐き捨ててしまった。
だが、彼女は彼の態度に気を悪くするのではなく、唇の端にどこか微かに笑みを浮かばせながら小さく、
「良かった………。」
と安心した声で呟いた。
あまり表情を表に出さない少女が、その時拓哉には微かに笑った。そんな気がした。
この少女が笑顔を向けたら本当に可愛いのだろうな……と、そんな気さえ拓哉は心のどこかで感じた。
アリスは表情を、いつもの無表情にスッと戻し、次の瞬間爆弾発言を落とした。
「それじゃ………私今日からここに住むから」
「……………………………えっ………?」
一瞬の沈黙が流れる。
「聞こえなかった?………ここに住むから」
「いや、あのさ、2回言いました!って的なノリで言われても困るから!だいたい何でここに住む必要があるんだよッ!」
拓哉の言葉にアリスは人差し指を頬にあて、可愛らしく小首を傾げる。
微かに金色のツインテールがふわっと揺れ、頭にクエスチョンマークが浮かんでいた。
「どうして…?…さっきあなたは…拓哉は私の提案に了承をしてくれた筈だけど……?」
「確かにした!しましたよ!!だからと言って何で一緒に住む必要が存在するんだよッ!」
拓哉の言葉にアリスは溜め息を軽くつき、半ば呆れた声音で彼に告げた。
「だって、あなたは魔術師に狙われている…もし仮に、一人でいる時に襲われたりしたらあなたはどうするの?…魔術師は簡単に人を殺してしまえる力を持っている……あなたはそれに対してどう対処が出来る?……」
「だから……ここに私が住む必要性が必然的に生まれるの……。」
「それに……あなたには拒否権は『ない』。それは、合意の上だから……。」
そう言った後彼女はガタッと立ち上がり、玄関の方へと足を向けようとした。それを拓哉は不思議に思い、彼女へと問い掛ける。
「おい、神宮時何処に行くんだよ?」
拓哉に呼び止められ、彼女は振り向き、まるで当然のように彼へと答えた。
「アリスで良い。今から必要な物を買い出しに行くの……拓哉もついて来て。きっと…一人じゃぁ持てないかもしれないから…」