終焉の世界での始まり02
くすんだ夕陽の中大勢の人が行き通う街を拓哉は歩き、自宅へと帰っていた。
自宅と言っても現在彼は独り暮らしをしているので、自分の部屋にと述べる方が正しいのかもしれない……。
夕方ということもあり、学生、スーツなどを着た社会人の姿が若干多い気がした。
拓哉は目の前のスクランブル交差点を渡り、
左側に立っている巨大なビルの、大画面モニターを通り過ぎようとした瞬間ふと顔を上げ思わず視線を上のモニター側へと見上げた。
そこには一人の50歳半ばの藍色の着物を身につけ白髪で見た目、厳格そうな強い印象の男が映っていた。
男は優しさと言う概念すら一切、持ち合わせていないであろう印象を他人に与えるかのように厳しく、何処か冷たい表情をしていた。
《関東代表者》彩和月和也。
この日本関東におけるトップの人間であり拓哉の父親そのものだった。
モニターに写る男は市民に向けた言葉を口に出す。
『この《日本》と言う国は6つの国に別れている。昔からこの《日本》を一つの国にしようと互いの代表者達が 昔から争っている!
それはこの国に住む世界中の人間が知っている事だ。』
『私は綺麗ごとなどは一切述べない!だから
諸君等に言うッ!この《関東》と言う国を我々、市民にとって、より住みやすい国へと発展していきたい!』
『その為ならば他国との《同盟》も一つの手だと私は思う。誰もが互いに手にとって平等な世界を結果的には築いていきたい……ッ!
』
『だがその為には我々代表者を初めとする国の政治力だけでは不可能に近い……だから
そこで市民一人一人に力を借りたい、自分には関係ない、無関係だと思わず、一人一人の意見に耳を傾け、一人一人に今どうすべきかを考えて欲しい……』
『この関東…この国は誰の物でもなく、ましてや我々《代表者達》のものではなく、この国に住まう人間のものなのだと私はそう考えている……』
その言葉にモニター側から拍手喝采の音が聞こえる。
拓哉はそれを冷やかに見ているかのような表情をし、吐き捨てるかのように呟いた。
「いい気なもんだよな……この前自分の息子が死んだばかりなのに……」
結局は綺麗ごとばかり並べやがって、ヘドが出る……拓哉の内に沸々と静かに自分の父親…彩和月和也に対しての怒りが沸き起こっていた。
拓哉と和也との親子関係はそれほど良好とは言い難いものだった…。
幼い頃から不器用で要領が悪く、魔術師としての才能すらも皆無に近く、常に5歳年上の優秀な兄と比べられ育ってきた。
当時出来損ないの拓哉に対して父親は彼とは目も合わせようとせず、対象的に魔術師として優秀な兄に対しては自分の《代表者》としての後継者…《代表候補者》として育てていっていた。
厳格で厳しく、建前と理想論での綺麗ごとばかりで他人に語り、惑わせながら、実際はやっている事は自分が述べた台詞と180度違うもの……。
どう他の国を手にいれるか……または相手を騙しこちら側の味方に《同盟》を結ばせ、どう利益を得ようとしか考えていない。
市民の安全性、意思などはきっとあの男はそれすらも何とも思ってないのだ。
自分の損と得の勘定しかしないような男だった……。
拓哉は父親のその考えそのものを激しく嫌っており、中学を上がると同時に一人暮らしをしていた兄の智也のところに転がり込むようなかたちで実家を出て、高校に進学するまで一緒に暮らしていた。
それほどまでに父親がいる実家は当時の幼い拓哉にとってみれば窮屈で、居心地が悪く、彩和月和也《関東代表者》の息子としてのプレッシャーで押し潰されそうだった。
だから彼は捨てたのだ。
《関東代表者》の息子としての立場と国の政治力に関しての情報、そして苦痛でしかなかった実家の全てを捨てたのだ…。
そして関東の国の市民と何一つ変わらない普通で平凡な日々を彼は手に入れた。
彼は満足していた。それは幼い頃からずっと憧れ続けていたそのものだったから……。
そんな時兄の彩和月智也が三週間前に死んだ
――――。
拓哉にとって智也は唯一の理解者だった。
幼い頃、彩和月家の落ちこぼれと周囲から罵られ誰一人からも相手にされない中、兄の智也だけは違っていた。
彼だけは拓哉の事を認めてくれた。
そんな兄を拓哉は信頼し、時には憧れすら抱いた。
多少なりとの劣等感がなかったと言えば嘘になってしまうが、それすらも凌駕してしまう程彼は自慢の兄だった。
《代表候補者》の彼は自分の父親とは違う考えを抱いていた。
それを以前拓哉は彼の口から聞いた事があった。
『実はさ、俺この世界を変えたいと思っているんだよ…他の奴から聞いたら酷く甘い考えだけどさ、この国を…世界を一つに纏め上げる事が出来たのならばその先は《平等》な世界にしたいんだ……。』
『国同士が歪み合い裏で殺し合う世界なんかじゃなくって……誰一人も悲しむ人がいない平和な世界を築きたいんだ。その為に俺は《代表候補者》になったんだよ……。』
それは酷く理想論に近い、甘い考えそのものだった。
《平等》なんて言葉この世界に存在などしない。
そんなものは誰でも知っている。
それでも笑って自分の想いを…夢に近い理想論をかざし、話す智也に対して拓哉は純粋に叶って欲しいと感じた。
そんな優しく救いがある世界ならば自分は見てみたいとさえ感じた。
その彼が目指そうとしている世界そのものを……。
拓哉はモニターから視線を逸らし、踵を返し歩き出そうとした。
瞬間―――――。
微かな違和感を拓哉は感じた。
拓哉は視線をチラッと後ろの方へと向ける。
彼の後ろ…一メートル先に真っ黒なフードを被った男が立っていた。
顔はフードを深く被っているため、口元しか見えないが上は黒いフード付の上着、下は黒色のズボンを穿いており、どこか怪しさを漂わせている。
雑踏の中、男は拓哉の方へと静かに視線を向けていた。
拓哉は普通の早さで歩を進める。男はゆっくりと拓哉の後をつけて来る。
(何であいつ俺の事をつけて来ているんだ……。)
そう疑問に感じ拓哉は意を決して地面を勢いよく蹴り、その場を駆け出した。
黒いフードを被った男はその後を追う。
幾つものビルと店が建ち並ぶ中、拓哉は裏路地へと入り、いりくんだ道を駆けて行く。
そして拓哉は素早く脇道へと飛び込んだ。それを見た男は脇道へと入り、そこで思わず足を止めた。
そこには先程まで追っていた少年の姿はどこにもなかった。
男が辺りを見渡そうとした時、ザッと靴底で地面を擦る音が後ろの方から聞こえた。
振り返ると、そこには少年が立っていた。
少年は眉を潜め、怪訝そうな表情を浮かべながら、強い口調で問い掛ける。
「おい!お前何で俺の後をつけたりして来るんだ。俺に何か用でもあるのか!!」
その問い掛けに黒いフードを被った男は暫く黙り、やがて口を動かしまるで機械めいた言葉を発する。
「ダイヒョウコウホシャ…コロス…コロス…」
そして男の周りに幾つもの小さい炎の球が出現した。大きさは普段の野球ボールとあまり変わらないくらいだろう……。
「オマエ…コロス…」
男は宣言するかのようにスッと指を拓哉の方へと差す。それに従い炎の球は拓哉へと襲い掛かった。
「魔術師ッ…!?」
拓哉は呟き、苦虫を噛み殺した表情を浮かべながら舌打ちをした。
そして、次々と襲い掛かってくる炎の球を必死で左右に避け、残り迫ってくる球を彼は、地面へと体を倒すようにかわす。
標的を失った炎の球は空しく石壁へとぶち当たり、暫く燃えていたが次第に消滅した。
拓哉は体を立ち上がらせながら、
「あぶねぇだろーがッ!お前勘違いしてるぞ!!俺は《代表候補者》じゃぁねぇ!一般市民だッッ!」
怒鳴るかのように強く言う。
だが男の反応は変わらず彼の言葉がまるで理解できていないかのように、ただただ無反応なまま、
「ダイヒョウコウホシャ………コロス…」
と何度も呟きながら再び幾つもの炎の球を出現させる。
「クソッ…マジかよ…」
拓哉はそれを見た瞬間、踵を返しその場を再び走り出した。
西暦3015年の現代では6カ国が交わした条令契約に基づき《代表者》《代表候補者》付きの魔術師を含めて、全ての魔術師達は一般市民に危害を加えてはならない。
だから基本、全ての魔術師達はそれに従い危害などを一切加えてなどいない。
条例に違反して危害を加えた実例など過去に指で数える程度の数しか存在していないのだ。
なら…どうして一般市民を襲って来る…?
答えは簡単だ……。
(《代表候補者》って事はアイツ…俺を兄貴と勘違いしているって事なのか!?)
ヒュンと背後から迫り来る炎の球が彼の真横をチッと掠めた。
先程より明らかに加速が上がっている。
「うそ…だろう……」
拓哉はゾッとし、背中に冷たい嫌な汗が流れるのを感じた。
さっき程までの速度だったら、無理矢理にでも必死でしのげた。だが今の速度は加速が数倍に跳ね上がっており、もしアレにぶち当たってしまえば火傷どころではすまない……
下手をしたら簡単に死んでしまうレベルの代物だ。
…アレを何とかしなければ本気で死んでしまう……。
そう思い、走るスピードをさらに上げる。
路地を抜けた先に大通りへと出る。そこならばいくら魔術師とは言えど、大勢の人々の前で魔術をぶっぱなすなどと大胆な事は出来ない。
そこにつけ込み、近くの警察…もしくは《総務部隊》へと駆け込み対処をしてもらう。
必死で走りながら思考を巡らせている最中に彼は何かにつまづき、バランスを大きく崩した。
そして地面へと倒れる。
急いですぐさま体を起こし、バッと後ろを振り返ると炎の球はもう間近に迫っていた。
とても避けきれる距離ではない。
その瞬間――――――。
「下がって!」
強く凛とした少女の声がした。と同時に彼はドンと強く突き飛ばされ、思わず地面に尻餅をつく。
そして彼は視線を前へと向けた瞬間に目を大きく見張った。
そこには金髪のゆるいウェーブがかかった髪を赤いリボンでツインテールに結い、宝石のような碧の瞳、人形のような愛らしい顔立ち、そして何より拓哉と同じ青蘭高等学校の制服を着た一人の少女……。
神宮時アリスが拓哉の目の前に立っていた。
「お前何やっているんだ!あぶねぇから、さっさと退けッ!!」
状況が理解できず拓哉は彼女へと怒鳴りながら、急いで体を起こそうとする。だが彼女はそんな彼の様子に全く動じずに静かに呟くように告げた。
「大丈夫…すぐに終わるから…」
彼女はスカートのポケットから一枚のカード…スペードのマークと数字の1が入ったトランプを手に軽く握り、それを炎の球に向けて突き刺すかのように前へと出す。
するとカード周りが淡い赤色へと光を放ち、彼女は唇から短く言葉を紡ぐ。
「second1紅い小瓶!」
強い瞳で彼女は右の方へと切るような感じでカードを動かした。
彼女の言葉に応えるかのように、カードから
放たれる赤色の光はより一層に輝きを増し、バッバッバッバッと迫り来る炎の球がすぐ目の前で爆発した。
爆風で辺り一面を支配する。
目を凝らして見ると、あれだけ幾つものあった炎の球が全て消え去っており、変わりに黒いフードを被った男の姿そこには浮かんでいた。
「あれか………。」
彼女は表情を変えないまま、前を…男の方を鋭く睨み付け、再びカードに力を込める。
「second2青い小瓶」
言葉を発すると同時にカードが薄い青色の光を纏う。
そして彼女は静かに、だが勢いよく、それを縦へとシュッと空気を切りながら振りかざした。
瞬く間の早さで男が、真っぷたつに切り裂かれる。
男の体からは漆黒の霧を噴き出し、しだいに霧へと変わり消える。
消えたと同時に白い紙で出来た一枚の蝶が舞い、蝶はまるで力尽きたかのように地面へと降り立つと、羽からピシッと言う切れ目が入りそのまま倒れて動かなくなった。
アリスはそれを手に取り、その紙の形をした蝶は風に吹かれ彼女の手のひらから、金色の砂粒へと変わり、流れて消えていく――。
「……終わった…のか…?」
呆然と力なく拓哉は呟く。
「終わった…これで大丈夫なはず…」
彼のまるで問い掛けるかのような呟く声に対して彼女は短く答え、スカートのポケットの中にカードをしまうと、ゆっくりと拓哉の方へと振り返る。
自分の方へと体を向ける金髪碧眼の少女が彼の瞳には酷く美しく、だがそれと同時に儚く映って見えた。
アリスは拓哉へと視線を向け無表情のまま、そして唇を動かした。
「あなたをずっと探していた――――」
そう彼女は拓哉に告げたのだった。