野宿
宜しくお願いします
南部地区にある自宅までの帰路は、普通の馬を使わなければならないタンポポに合わせる必要があり、非常にゆっくりとした行程となった。
特に急ぐ必要があるわけではないのでのんびりと人間の走るくらいの速度で進んでいくシャナと馬に乗ったタンポポ、そして2人と並走して走っているユキナリであった。
天界での過去話の中で1年もの間永遠と走らされたというくだりがあったが、実際のは10年もの期間をアテナによる訓練に明け暮れていたのだった。
一年間走らされた事で基礎体力を大きく向上したユキナリはその後戦闘訓練を受けていた。おそらく戦闘技術の訓練では全次元でも最高峰の優秀な先生であるアテナに指導を受ければ戦闘面のアーツがなくともいっぱしの戦士になれるだろうと思っていたのだが、現実はそう甘くはなかった。
走り込みと並行して行われるようになった戦闘訓練。素手での徒手格闘や、剣や槍、弓等の武具類を使った技術を徹底的に教え込まれて行った。
さらにはチャクラムやトンファーといった特殊な武器類を使った戦闘方法や拳銃や手榴弾なんかの現代兵器も一通り習っていった。
天界生活3年目が終わろうとする頃には、基礎体力がついた事でアテナから課されるシゴキにもついていけるようになり、若干ながら余裕を持つことができるようになっていた。
唐突に始められたアテナ式海兵隊訓練ではあったが、ただただゴロゴロして5年間以上を過ごすだけよりも余程有意義だと遅まきながら気付いたユキナリは気合を入れて訓練に臨んでいたのだが…………。
「武芸の才能皆無だな、お前は。」
ズバンっと一刀両断されてしまった。どうやらユキナリには『武』方面の才能が驚くほど無いらしく、どんなに厳しい訓練を積んだとしても強くなる事はできないそうだ……。特に武器類の扱いには目も向けられない程悲惨であり、かろうじて投石技術には光るものがあるらしいのだが……。
幸いだったのは、戦闘面での成長が見込めないユキナリをアテナは見捨てる事はなかった事だろう。一人前の武士にしようという相手に戦う才能がないのだから見捨てられても仕方ない状況なのだから。
ただ、訓練内容は大きく変わった。体力づくりの走り込みに、唯一鍛えられる投石技術を基本に、後はずっとアテナから繰り出される多種多様な攻撃を躱す訓練であった。
ようは攻める才能がないなら生き残る術だけ鍛えましょうという事なのだろう。
残りの7年もの間ひたすら体力向上、ダッシュ力向上、回避技術を鍛えられた今のユキナリは至近距離からの銃弾ですら軽々躱すほどの技能を身に着けたのだった。
それだけの身体能力を得たユキナリにとって馬と並走して走るの等いつもの訓練でしかなかったのだった。
スピードを抑えているとはいっても馬に並走してくるユキナリに若干気持ち悪そうな視線を向けるタンポポと、流石はご主人様です!と敬愛の視線を向けるシャナ。
時々すれ違う行商の一団が奇異な視線を向けてくるが、訓練中には無心で取り組む事が習慣付いてしまっているユキナリは淡々と走りこむのであった。
状況が変わったのは、中央地区と南部地区の中間地点にある広間であった。野宿のしやすいように草が刈られ、石を積み上げられて作られたカマドがある場所である。せっかくなので此処で野宿をする事にしたユキナリ一行であった。
野宿になれているユキナリとシャナは手早くカマドに火を入れると夕飯の準備を進めていく。反対に都市から殆ど出たことのなかったタンポポは何をすればいいのか分からないのかポツンと立ち尽くしたままであった。
気が強い性格だといってもまだ10歳の子供であるタンポポは疲労も溜まっているだろうと気を使ったユキナリは食事が出来るまでタンポポに中で休んでいるように言葉を掛けた。
一瞬持ち前の勝気な口が文句を言いそうになったが、疲れていたのは事実だったのか大人しく言う事を聞いた。
「中って?」
中に入っているよう言われたのはいいが、此処はカマドしかない平地である。何処の事を言っているのかユキナリに問うと、彼はなにやら虚空に浮かんでいる黒い雲のようなものに手を入れて何かを探しているようにゴソゴソしていた。
「お?あったあった。」
黒い雲から引き抜かれたユキナリの手にはなにか白い物が握られており、それがズルズルと雲から引かれて行った。
ドスンっと地面に置かれたその物体は、巨大なテントのような物体であった。タンポポは知らなかったが、この物体は地球でのモンゴルにおける遊牧民の移動式住居である【ゲル】という建物であった。
見たこともない家屋に恐る恐る入っていったタンポポはその広さとベッド等の生活用品が並べられた室内に驚いていた。
タンポポは取りあえず近場のベッドに腰掛けた。身体が沈むほどのフワフワで柔らかい質感に驚いて飛び上がる程の衝撃を彼女は受けた。
暫くベッドに座ったり、跳ねたり、飛び込んだりしていると外から「ご飯できたぞー」というユキナリの声が聞こえてきたので、ゲルを出た。
外では既にテーブルの上に並べられた料理の数々があった。
「本日のメニューは、ビーフシチュー、ツナとコーンのサラダ、ご飯にパンどちらもあるし、足りなければ肉も焼くから言えよなー。」
渡されたスプーンで目の前の赤茶色のスープのような料理に怖々と救い上げるタンポポ。周りを見るとユキナリは料理の出来栄えに納得がいったのかウンウンと頷きながらスープを口に運んでおり、シャナは大盛りに盛られた料理をおいしそうにかっ込んでいる。
おいしそうに食べる2人を見ていて『きゅ~』と可愛らしくお腹が鳴った。濃厚な旨み成分の匂いに我慢できなくなったタンポポは意を決してビーフシチューを口に入れた。
最初に感じたのはスープの旨み、溶けるまで煮込まれた野菜の旨みだった。さらにモグモグと咀嚼すると柔らかな肉が解れて肉汁が溶け出し、さらに濃厚な味になった。
「……おいしい……。」
自然に漏れた言葉にそれを発した本人が驚いていた。素で褒めてしまった事に急に恥ずかしくなったタンポポがユキナリの方を見ると、ニヤニヤと笑っている彼がいた。
自分の作った料理を普段ツンツンしているタンポポが褒めてくれた事が嬉しかったのだが、からかわれたと勘違いしたタンポポは頬を膨らませて抗議の声を上げようとした時だった。
さっきまでニヤニヤ笑いをしていたユキナリが急に真面目な顔になると、カマドに使っていた火の着いた薪を掴むと、勢いよく真っ暗な草原に投げつけた。
「ギャン!」
投げつけられた薪が当たった何かがあげた悲鳴によって、何かが居る事に他の2人も気が付いた。
薪によって周りの枯草に火が着き、暗闇だった空間が明るくなっていく。
「カーサスウルフ!?」
タンポポが驚いた声を上げた。暗闇に火の明かりによって浮かび上がったのは、ユキナリ達がテビニーチャ近辺で戦った事のある【バウンドウルフ】をさらに大きくした【カーサスウルフ】という狂暴な狼型の魔物の群れであった。その数はゆうに100匹には届くだろうか。
食事の匂いに誘われたのだろうか、涎を垂らしながら牙を見せつけ威嚇する大型の狼に周囲を囲まれてしまったユキナリ一行。剣を抜くシャナは既に戦闘態勢に入っている。戦闘力のないユキナリは火の着いた薪を両手に持つとシャナの邪魔にならないようにゲルを背に徹底防御の体制である。
一触即発の両陣営にいあって1人が一歩前に進み出た。
「ここは私に任せていただきましょうか。」
悠々と出て来たタンポポはペロリと唇を舐めるとニヤリと笑った。口の間から除く八重歯が炎の光が反射してキラリと光ったのだった。
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