獣人の扱い
土が剥き出しになった地面に倒れていたのは18歳位の女の子だった。オレンジ色のショートカットに細身ながら引き締まった身体の持ち主で、顔も中々可愛らしい。特に特徴的なのが頭部にはえている猫耳とお尻の辺りに見えるヒョロリと長い尻尾だろう。
やっぱり異世界なんだな、獣人が本当にいるんだ。
獣人とのファーストコンタクトに、ファンタジー好きのユキナリは本当なら興奮する所なのだが、目の前に倒れている彼女を見るとそんな気分はわいてこなかった。
猫耳の獣人の娘は既に死んでいたからだ。
彼女は衣服を着ておらず、その裸体には暴行を受けたのであろう赤い傷がと、白く濁った液体が付着している。そして、彼女の小ぶりな胸には深々と銀製のナイフが突き刺さっていた。おそらく暴漢に襲われた彼女は犯され、そして殺されたのだろう。胸糞が悪い。
馬車で近づいてきたポピドンさんに、彼女の埋葬を手伝ってくれないかと頼むととても驚かれた。元々オーバーリアクションである彼にしても今までで一番反応が大きい。なんだ?この世界では死者を弔う習慣がないのか?
「ユキナリさんは、魔物への忌避感はないのですか?」
ユキナリは、ポピドンから投げかけられた質問の意味が理解できなかった。ユキナリが思う魔物とは【スライム】とか【ドラゴン】とかの異形の生き物だ。目の前で死んでいる彼女は猫の特徴を持ってはいるが、ほとんど人間と変わらない姿をしている。悪く言ったとしても獣人とか亜人とかなら分かるが、魔物とは思えなかった。
ポピドンのセリフから、どうやらこの獣人の女の子は人間からは魔物、つまりモンスターとして扱われるのが当たり前の世界のようだ。魔物が殺されようが、犯されようが関係ないというスタンスなのだろうか、この世界は本当に平和でのどかな世界なのか疑問がわいてくる。
だから、こう言ってやるのだ。彼女が俺らと何が違うのだと。絶望の中殺されたであろう彼女を弔う事に同じ生命として理由は必要ないのだと。
ポピドンさんは基本的に善人だと思うが、この世界の常識を無視する俺に対してどうゆう対応をしてくるかは読めないが、これは譲れない。最悪置いて行かれても彼女を埋葬してやりたかった。
しばらく茫然としていたポピドンさんだったが、俺の目を見て意思が固いと確信したのだろう、自分を落ち着けるように大きく深呼吸をすると、なぜか自分が巻いていたターバンを外しだした。
突拍子もないポピドンの行動に疑問を浮かべるユキナリだったが、ターバンを取り外された頭の上から現れた物体にさらに目を見張る事になった。
そこから現れたのは大きくがっしりとした2本の角だった。くの字型に曲がった白い角が両側のこめかみの辺りから生えていた。人の好さそうな顔つきは変わっていないのに、その力強い角があるだけで歴戦の戦士のような印象をユキナリに与えていた。
「実は私も【牛人族】の魔物……、いえ。獣人なのです。この姿では人間たちの街ではまともな商いはできませんのでこうして隠しておりましたが、ユキナリさんのお気持ちに嘘をつく事が苦になりました。どうか今まで騙していたことをお許しください。」
頭を下げるポピドンさんに気にしていないと頭を上げてもらい、猫の女の子を道から外れた草原の中に数少なく生えている木の下に2人で埋めて埋葬した。牛車の中にあった鍬なんかを使わせてもらったのでなんとか人1人を埋めれる位の穴を掘ることができた。
彼女を埋める際、胸に刺さっていたナイフはもらっていく事にした。過度な装飾はされてはいないが、綺麗に掘られた鷲の文様が特徴的な銀製のナイフだ。丸腰な俺には武器にもなるし、売れば結構な値段になりそうだ。それに可能性は低いだろうが、もしかしたら彼女を殺した殺人犯のことがなにか分かるかもしれないからな。持ってて損はないだろう。
猫の女の子を弔ったユキナリとポピドンは街に向けての移動を開始していた。ポピドンは既にターバンを巻きなおしており角は隠れている。獣人にたいして忌避感のないユキナリに対して、出会った時の固さはなくなり、自然に会話が出来るようになっていた。どうやらユキナリが最初に感じた違和感は、人間であるユキナリに獣人であることがばれないかという恐怖心からだったようだ。
この世界には、人間以外にも数多の種族が生活している。人間の外見をベースに猫や牛などの動物の特徴を持った獣人や、蟻や蜘蛛の身体と人間の身体を持つ者や、背中から翼を生やした者、下半身が魚や蛸の者もいるし、エルフやドワーフといった有名所も勿論存在している。
ただ、各種族は聡明な知識や、高い戦闘力を持つ者が多いながらも種族間での交流はほとんどなく、種族毎に小さな集落や村を作って生活しているような状況であり、数が多く差別意識の強い人間が支配者であるこの世界では、他の種族は下等な魔物と同じ扱いであり法や国によって守られることはなく、さっきの女の子のような被害を受ける者も後を絶たないという。
ほとんどの種族が人間とは関わらないように距離を開けているが、一部の者、ポピドンのように商人に扮して人間からしか手に入らない物資を入手してくる者や、冒険者と呼ばれる無法者達によって捕まり奴隷として飼われるものがいる。
ポピドンも、牛人族の集落で栽培している果物を人間に売り、塩や布などの集落では手に入らないものを仕入れる為に商人をやっている。もし獣人だとばれて殺されても誰も罰せられることもない人間社会に潜入するのは文字通り命がけだが、種族の為にもやらなければならなかった。
ポピドンの話しを聞きながら、ユキナリは再度借りた金貨を観察していた。それはもうじっくりと穴が開くほど見つめていた。ポピドンも、もうユキナリを警戒していないのか金貨を渡しても視線はユキナリではなく前方の進行方向を見ていたが、時折聞こえてくるクヒヒという不気味な笑い声を気にしないようにと誓っていた。
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