解呪
3章スタートします。
宜しくお願いします。
自由都市フリーランドは東西南北に中央という五つの地域に分かれており、それぞれの地域には【五権】と呼ばれる代表者が存在している。
自由都市という名前の通りフリーランドには王族や政府といった統治者は存在してはいない。表向きは国民全員が平等の存在なのだ。
これが個人間の問題であったならたいした事はないのだが、都市とはいえ広大な領土を持っているフリーランドは他国との外交や関税などの、通常は統治組織が担うであろう役割も必要となってくる。大多数が好き勝手に自分の意見だけを主張していれば国としてのまとまりに欠け、他国の侵略を許してしまう危険性があるのも事実だった。
という過程から、次第に一部の優秀な人材に発言権が集められていった結果、実質的に各地区を代表する者や組織が誕生したのだった。
フリーランドには、『五権に喧嘩を売るのは、シーナに戦争を仕掛けるのに等しい。』という戒めの言葉がある。世界最大の国家であるシーナ王国と同等の恐ろしさを五権は持っているという事だ。
そんな特別な存在である五権の1人が南地区【サウダーレア】にある共同墓地に立っていた。日本人からしたら珍しい桃色のロングヘアーをした150cm程の小柄な女性である。絶世の美女という訳ではないが、10人中10人が可愛いと思う愛くるしい顔をしており、黒を基調に白と水色で縁取りされたドレスを着用している。場所柄喪服の様だと思われるが、その胸元を高く突き上げている二つの膨らみによって悲しい雰囲気は感じられなかった。
「この度は、この追悼の儀にお集まり頂きまして誠に有難うございます。」
ドレスの女性が集まっている参加者に向けて綺麗なお辞儀をする。横に並んで立っていた神父の男性も同じように頭を下げている。
「今回、このような痛ましい事件が起きてしまった事は五権である私にも責任がございます。被害者の男性の関係者様方に心より謝罪致します。申し訳ありませんでした。」
女性がもう一度頭を下げると、横に立っていた神父の男性が一歩前に出て来た。
「それでは、これより被害者である【ユキナリ】さんのご冥福をお祈りすると共に浄化の儀を執り行っていきます。」
そう言った神父の男性は、参加者達がいるのとは反対を向いて一冊の分厚い本、【教典】を開いた。その視線の先には【ユキナリ・ココノエ】と掘られた墓石と、直径2メートル程の土でできたボールが20個程あった。ここにあるのはスラム街での誘拐殺人事件の被害者であるユキナリの死体が埋葬された墓と、加害者であるゴンゾウを含めたゴロツキ共の死体が入れらている土の塊なのである。
ユキナリの墓に向けて静かに一礼した神父は、目を閉じて何かの呪文を唱えだした。すると手に持っている教典が勝手にページが捲られていき、あるページに止まるとそこから光の球体が飛び出し、ユキナリの墓と土のボール群を包み込んだ。
【解呪】。神官系の職業が使う事の出来るアーツ、【生命の息吹】の呪文の1つである。通常の使用法は『呪い』や『石化』などの魔法によって起こる状態変化を解消することであり、冒険者等を相手とした教会の収入源の1つともなっている。主な使用法とは別に、【解呪】には邪悪な魔力を浄化するという特性がある。
土葬が一般的なアリエントにおいて死体の処理という物は注意を必要とするものなのである。理不尽な死に方や恨みを持って死んでいった者は、人間や獣人、魔物の区別なく魔力の影響を受けやすいのだ。時間が経つにつれ死者の怨念は魔力を吸い上げ強大化し、死んでいる筈の肉体にまで影響を及ぼし動き出すのだ。そうして動き出した死体は【ゾンビ】や【グール】と呼ばれる魔物になって生き物を襲いだすのである。土葬によって埋められていた為、脳が腐り、皮膚がただれ、身体のあちこちから蛆がわいた死体は動きが鈍く戦闘力も低いが、病原菌や汚物を撒き散らかして衛生面での被害が尋常ではなくなってしまう為、万が一ゾンビが街で発生してしまった場合は迅速な処理の為に騎士団が出動してくる程の事なのである。
とはいえ、人間たちとてバカではないのだからゾンビが発生しないように予防策を発見していた。埋葬される死体には【保存】の魔法が掛けられる為、死後1か月位は亡くなった時の状態を維持でき、その期間の間に【解呪】を掛けると、魔法の効果が保存されて30年位はゾンビ化する危険が無くなるのだ。肉体に掛かった魔法は1か月で切れてしまうが、魔力の方は半永久的に残っているらしく定期的に墓地全体に【解呪】を掛けて行くことでゾンビの発生を抑えているのである。
墓の下に埋められているユキナリの死体にも【保存】の魔法が掛けられているが、誘拐事件の証拠として鑑識による検分などを受けて(この世界にもそういった機関はあるらしい。)いた為、埋葬される頃には死後28日が経過していた。その為同じように検分されていたゴロツキ達の死体共々、神父による【解呪】を受ける事になったのだ。ちなみにユキナリはちゃんとした墓があるが、ゴロツキ達は土のボールのまま墓地の端に掘られた深い穴の中に纏めて埋められる手筈となっている。
しばらくの間参加者も含めて沈黙の時が過ぎる。聞こえるのは風が木々の葉っぱを揺らす音と、球体が発する『シュワシュワ』という音のみであった。
パタリと神父が持っていた教典を閉じると光の球体も消えて行った。儀式が終わったのだろう。
「それではこれにより浄化の儀を終わらせて頂きます。皆様ご協力ありがとうございました。」
最後にドレスの女性がそう締めくくると参加者も帰路について行った。
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