トイレの誘惑と誘拐
宜しくお願いします。
さて、テツ君が戻ってくるまでの間にご近所の方々に挨拶回りでもしてくるかな。
「2人はどうする?」
一緒に来るかな?と思って聞いてみると、ミールは付いてくるそうだが、シャナは長期滞在になりそうなので宿の手配をしてきますと行ってしまった。確かに泊まる場所を先に確保しとかないといけなかったよな。気の利くシャナにいつも甘えてしまうけど、一応ご主人様なんだしもっとしっかりしないとダメだよな。
「何処に行きますか?ユキナリさん。」
決意を新たにしていると、ミールが俺のズボンを引っ張ってきた。
「そうだな。とりあえず近所を散策しながら見て回ろうか。」
ミールと手を繋いだ俺は、来るときに通った風俗街とは別方向の、生活用品なんかを扱っている店が並ぶエリアへと向かった。
散策の途中でシャナに日頃の感謝として贈り物でも探せればいいかな?と思っているユキナリであった。
「見事にいかがわしい店が混ざっているなぁ。」
この商店や住宅が建っているエリアには、食品や衣料品を扱っている店舗や、本屋や花屋なんかもあるのだが、【快楽の宿】とか【雌豹との一夜】などといった怪しい名前の看板を下げている店もポツポツと混ざっている。風俗街の時のように堂々とした客引きは行われていないようだが、普通の通行人に混じってガラの悪そうな連中が、そうゆう怪しい看板の店の周りをウロウロしていたりする。近寄らない方が賢明だろう。
しばらくミールと一緒に各種店舗を冷やかしながら見て回ったが、シャナにプレゼントするような品は見つからなかった。代わりに調味料や珍しい魔物の肉なんかは仕入れられたので、料理で労うって手もあるんだけど、やっぱり形に残る物をあげたいって気持ちもあるんだよな。
1番の候補は新しい武器なんだけどな、シャナの武器って未だに鉄の剣だし。俺が装備している風薙ぎの剣も「ご主人様の武器より高価な武器など奴隷としていただけません。」とか言って受け取らないしな。変な所で頑固なんだから。
とはいえ、やっぱり南部だとたいした武器は売ってないんだよな。中央地区に戻った時に見てみた方が賢明かな?職人の街っていうくらいだから良い物有ると思うし。
とか、考えていたら、手を握っていたミールが顔を伏せてなにやらモジモジしている。どうした?と聞くと。
「…………っこ。」
はい?
「うぅ、……おしっこ行きたいです。」
おっと、これはレディに恥ずかしい思いをさせてしまったな。赤い顔で俯いているミールを抱えると、近くの道具屋に入ってトイレを借りた。
「大丈夫か?1人でできるか?付いて行かなくて大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!私は大人です!」
プリプリと怒りながら、道具屋のおばちゃんに連れられて店の奥に入っていくのを見届けて外に出た。因みにミールのおしっこが見たかった訳じゃないからな。本当だぞ。あれは、いうなれば、そう、父親の愛だ。父親が子供をトイレに連れて行くという日常の一コマをやろうとしただけなんだよ。別に恥ずかしがっているミールが可愛くてちょっと暴走しちゃった訳じゃないんだからな。マジで、マジで。
まぁ、風呂は一緒に入ってるんだけどな。父親として安全の為にな。シャナは普通サイズの風呂に入れないから必然的に俺が担当しているだけなのさ。役得だとは思っていませんよ。
なんて、くだらない言い訳を考えていたのがいけなかったのか、突如後頭部に強烈な衝撃を受けた俺は意識を失ってしまったのだった。
「トイレ貸してくれて有難うございます。」
スッキリしたミールは、道具屋を出てユキナリを探して周りをキョロキョロと見回すが、ユキナリの姿が見つからなかった。代わりに大勢の住人がガヤガヤと何かを話し合っているようであった。
「すみません、何かあったのですか?」
近くで固まって居たおばちゃんのグループに声を掛けてみると、ついさっき若い男がガラの悪い男達に後ろから殴られて連れ去られて行ったという話題だった。
見当たらないユキナリに、連れ去られた若い男。小さいながらも聡明なミールの頭の中には1つの最悪な想像がよぎった。もしかしてという最悪な未来予想図にミールの涙腺が緩み目元に大粒の涙が浮かんでくる。
(ぐっ、泣いちゃダメです!もし本当に連れ去られたのがユキナリさんなら、私がなんとかしないと!何が出来るです?何をすればいいのですか?)
グッと力を込めて流れ落ちようとする涙を押し留めると、自分がしなければならない最良の行動を考える。もし、居合わせたのがシャナであったならば思考することもなく、猪突猛進に探索に乗り出す恐れが多いにあった場面ではあるが、知性派であるミールは、自分が出来る事と出来ない事を分別し、最も成功率の高い行動を選択しようと考えたのだ。
「よし!まずはシャナさんと合流しましょう。賊の情報も手に入れなければなりませんし、やることはたくさんあります。急がないと!」
ミールは、ユキナリにプレゼントした指輪と同じデザインの指輪に念じるとリビングアーマーの鎧一式を取り出して魔力によって装備した。この指輪は2つを一緒に作ったもので、さりげなくユキナリとペアリングにしている物である。
大人の大きさになったミールは凄まじいスピードで路地を疾走すると、シャナを探しに出発地点まで走った。ガシャガシャと音をたてながら漆黒の鎧騎士が走り去っていくのを街の住人は茫然と見送るのだった。
南部地区、ブルカリアエリア。南部地区中央にある最大規模のスラム街である。規模も大きければゴロツキも多く、南部の商業エリアや他地区でなにか犯罪があった場合は、まずこのスラムの住人が疑われるのが基本である。
そんなブルカリアのスラム街に建っている朽ちた教会の元礼拝堂に、柱に縛られたユキナリがいた。全裸で……。
その周りを囲むのは筋骨隆々の男達と、1人の小男。傍から見れば同性同士での強姦現場という誰得で話しのカテゴリーが変わってしまうという現場である。
「……っつ!?」
後頭部に走る鈍い痛みにユキナリが目を覚ましたのはそんな状況であった。
「やっとお目覚めですかい?お客さんよぉ。」
ユキナリに話しかけてきたのは大柄な男達の中で唯一、背も低く痩せた人間の男であった。彼の名前はゴンゾウといい、ユキナリとの直接の面識はないが、テツ君の所属する飛鼬組の構成員である。
「……ここは?」
「ブルカリアのスラム街でやんすよ。ついでに言っとくとあんたは俺達に拉致られてきやしたんで、大人しく言う事聞いた方が賢明でさぁ。」
辺りを見回したユキナリはそこそこ広い礼拝堂の中に、20人以上の武器を持った荒くれ者達がいる事で自力での強行突破による脱出の可能性を諦めた。下手な行動をして状況が悪化する事が恐ろしかったのだ。これは前世での過酷な環境で生き残る為に培われた防衛本能に由来するものであった。
「……何が目的なんだ?」
この場を逃れるためにはまず情報を集める事が大切だと、こうなった原因を探るユキナリ。
それに対してゴンゾウがユキナリを拉致った理由として挙げたのは、最も分かりやすいものであった。
「決まってるでしょお。金ですよ、金。あんた親父に金貨20枚もポイと払えるほどの金持ちなんでしょう?どこの貴族のボンボンか知らねぇっすけど、まだ大層な金貨を持っているのは分かってるんっすよ。とっとと渡しちゃくれねぇかいなぁ?」
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