テツ君は良い子だよ。
宜しくお願いします。
SideChange
「それでは、俺は一度役所に戻って人員と資材を手配してくる。10日後を目途に戻ってくるからそのつもりでいろよ。」
放っておくといつまでも風に当たっていて話しが進みそうにない3人に向けて大人しくしていろよ的な意味合いで言い放ったテツは、ダッシュラプトルに跨ると、中央地区の方へと駆け出した。
ダッシュラプトルの脚力は凄まじく、あっという間に置いてきた3人は見えなくなっていた。
「全く、いろんな意味でおかしな奴らだ。」
ラプトルに騎乗したテツは3人、特にユキナリの事を考えていた。
テツがユキナリに初めて会ってからまだ2日しか経っていないのだが、テツの中でのユキナリの評価は二転三転している。初めて会った時は、世間知らずの貴族のボンボンが来たのかと侮っていた。テツの所属する飛鼬組は、フリーランド内での最高戦力である自警団を所持している北地区の代表である。建設業も営んでいるが、普通の感性の持ち主はわざわざ飛鼬組との関係を持とうとは思わないものだ。北地区には、他にも建築の仕事をしている奴らは多いし、もし組長である親父の機嫌を損ねたりしたら…………。
藪を突いてイタチを出すバカは稀にだが今までもいたのだ。アホ面下げて堂々と来たユキナリも、そんなバカの一人だと思いテツは親父の元へと連れて行った。
親父の陣取る室内には鼬組の精鋭20人が囲っており、大抵のバカはここで逃げ出そうとする。しかしユキナリは組員にも挨拶をするとヒョイヒョイと進んでいって、奥に座っている親父の前でドカッと腰を降ろしたのだ。
あまりの無礼な態度に周りの組員が怒るよりも戸惑っていると、親父の厳つい顔には青筋が浮かんでいた。マジ切れしていたな、あれは。
「家が欲しいんですけど、どっかに広くて空いている土地ってあります?」
気楽にしゃべってくるユキナリに、親父は考える事もなく売れるのは南地区だけだなと嘘をついた。フリーランドはその特殊な運営体制の為、広大な土地の割に人口が少なく使われていない土地も多い。そんな現状で新住人に対して南地区を勧めるというのは、「お前は他の地区には相応しくないから最下層の地区に行け」という嫌がらせなのだ。
当然、来たばかりで都市の現状を知らないユキナリは「じゃあ、そこで」と簡単に了承してしまうので、親父は内心ほくそ笑んでいた。
「うむ、それで予算はどの程度なのだ。うちの組は腕の良い職人が揃っておるからちと値は張るが、納得の仕事をするぞ。そうじゃな、通常の一軒家で金貨1枚といった所かの。」
この世界では、魔法による重量軽減や裁断、身体能力に優れた職人の存在。耐震性や強度に関する基準の未定義などから日本に比べて格段に安く建物を建てる事ができるのだ。因みに2階建ての一軒家の相場は銀貨50枚程(50万円)である。高級建築会社である飛鼬組でも100万円で家が建つのだ。
ユキナリは相場を聞いて悩んでいるように見えた。親父はユキナリが金貨など持っていないだろうと睨んでおり、高級店だと吹っかけていたのだった。実際は日本での金銭感覚を持っていた為、もっと掛かると思っていた所に滅茶苦茶安い値段を言われた為、驚いて声が出なかっただけであったのだが。
「うーん、因みにこの家位の大きさを建てるとしたらどれ位費用掛かりますか?」
「ぬ?ワシの邸宅じゃからな金貨10枚位は必要じゃのう。ふぉっふぉっふぉ!」
ユキナリの質問に自慢げに顎鬚を撫でながら答える親父。本当に自尊心の高いおじいちゃんである。しかし、その自尊心もこの後粉々に砕かれてしまうのだが。
「じゃあ倍の金貨20枚払いますんで、ここと同じくらいの屋敷と普通の大きさでいいんで工房と店舗を建設をお願いします。」
そう言ったユキナリは懐から出した革の袋からジャラジャラと眩い輝きを放つ金貨を無造作に取り出すと、親父の前に積んでいった。
ちょうど10枚づつの金貨の柱を2つ作ると、まだ結構な量が入っているのであろうズッシリとした重さを感じられる革袋を再び懐に戻した。(まだミールから指輪を貰っていないので、懐にて管理しているのだ。)
「それじゃあ、そういう事でお願いしますね。これから住む場所も見たいので、誰か案内の人付けてもらえますか?すみませんが宜しくお願いします。」
来た時同様、さっさと出て行ってしまったユキナリに、室内に居た全員が呆気にとられたバカ面で見送ったのだった。
ほおけている面々の中で最初に立ち直ったのはテツであった。型破りとはいえ、対価を払ったのなら彼は客だ。しかも超大口の優良客である。彼を待たせてはいけないと、周りのアホ面を1人殴って正気に戻させると、すぐにダッシュラプトルを借りて来い指示を出し、急いでユキナリの後を追ったのだ。
「しかし、本当に型破りな奴だ。ポンと金貨を20枚も先払いで払うなんて普通は一見客がやるような事じゃないだろうに。」
正式な契約書も書いていないというのに、大金を渡すなどというのは普通は愚行である。高飛びでもされたら一方的に損をしてしまうのだから当たり前だ。
しかし、ユキナリが知ってか知らずか、このフリーランドでは信頼を無くすと言うのは大変な不名誉なのである。特に地区のトップである飛鼬組にとって、持ち逃げ等をして名前に泥を塗るような事は絶対に出来なかった。これは多くの住人が持っている誇りである。
さらにユキナリは提示額の倍の金貨を払っており、もし飛鼬組が手を抜いた作業をすれば、金貨10枚以上をネコババした組織だという噂をユキナリが流せるという罠も仕掛けられており、通常よりもいい仕事をしなければならないという鎖にもなっているのだ。
「本当に喰えない奴だな。親父、どうやら俺達はとんでもない奴を南地区にくれてやってしまったのかもしれないですよ。」
呆れたように独り言をはくテツであったが、その胸中ではユキナリを称賛している自分がいる事に気が付いていた。自分でさえ震える程の威圧感を放つ親父を前に飄々とした態度を崩さず、金貨という武器で急所をえぐる大胆な攻撃方法。豪胆でありながら幾重にも蜘蛛の糸のように罠を張り、相手が気付いた時には逃げられなくなっているという冷淡な智謀。直接的な戦闘力は無さそうだが、これ程恐ろしい奴がいるなんて…………。
テツはユキナリの名前を生涯忘れる事はないだろうと心に刻むのであった。
「へっくし!!」
「大丈夫ですか、ご主人様?お風邪ですか?」
「いや、大丈夫だよ。誰かが噂でもしているんじゃないか?」
ユキナリ達と分かれてから3時間程経った頃、テツは中央地区の方から知っている男が馬に乗って駆けてくるのに気が付いた。
「おい、止まれ!」
「あん?おっと、これはテツさん。失礼しやした。」
テツに呼び止められたのは、飛鼬組の組員である【ゴンゾウ】であった。20代後半の痩せた小男である。ちなみに獣人ではなく人間である。飛鼬組は幹部を始めイタチの獣人族が主体ではあるが、下部組織や下っ端には人間を始めとした多様な種族が所属しているのである。
「どうした、なにか急ぎの用か?」
「へい、ちょいと野暮用で南地区まで行く所でさぁ。」
「……そうか、引き留めて悪かったな。」
「いえ、それでは。」
走り去るゴンゾウの後ろ姿を見送ったテツは何か違和感を持ったが、当初の目的通り中央地区へ向けてダッシュラプトルを走らせるのであった。
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タイトルを変えました。