ミールからの感謝の指輪
宜しくお願いします。
ユキナリが入っていった襖を見つめていたシャナは、無事出て来たユキナリに気付くとすぐに駆け寄って行った。
「大丈夫でしたか、ご主人様?室内から怒号が聞こえて来たので殴り込もうと思ったのですが、ご主人様から止められていましたので我慢しておりました。」
褒めて褒めてとシャナの目が訴えかけてくるように感じたので、偉い偉いと頭を撫でると嬉しそうにするのが可愛い。他人の家なのだが構わずシャナを愛でていると。
「何をしてるんだ、お前たちは。」
呆れ顔を浮かべた細長い黒服の男。獣人のテツ君だった。
「さっさと準備をしろ。こっちも暇じゃないんだからな。」
テツ君は、冷たく言葉を吐き捨てるように言うと、とっとと入口の方に行ってしまった。
「えっと、何処かに向かうのですか?」
いちゃついている所を見られて顔を真っ赤にしているシャナに萌えつつも、家を建てる場所をこれから見に行くのだと伝えた。テツ君は道案内に組の親父さんが付けてくれたのだ。
通りすがりのお手伝いさんに貰ったお菓子で腹が膨れたのか、縁側でウトウトと船を漕いでいるミールを回収した俺達が入口に出ると、すでに騎乗したテツ君が待っていた。
「とっとと行くぞ。」
テツ君は一言だけ言うと走り出してしまった。慌ててミールを抱えたままシャナに跨ると後を追う。
「こら!ご主人様に無礼だろうが!」
シャナはテツの態度が気に入らないのか後を追いながら怒っている。まぁまぁとシャナのほっぺをムニムニしながら落ち着かせているユキナリは爆発した方がいいと思う。
シャナの気持ちは嬉しいユキナリだが、自分の価値観を他人に強要するのは良くないという考えの持ち主である為、シャナを抑えているのだが、この世界ではシャナの考え方の方が正常である。王様や貴族は偉くて、他国民や無関係者でも敬意を払わなければいけないという風潮がある。
テツも自身がユキナリに対して失礼な態度を取っている事は理解している。それでも、常識では非難してもおかしくないというのに、激昂する配下のケンタウロスを抑えたりする言動に驚いていた。サングラスとポーカーフェイスによって表情は読めないが、ユキナリに対して何か興味を持ったようだった。
ユキナリ達が目指しているのは、都市南部の【サウダーレア】地域の一角。遊郭や賭場などが軒を連ねる歓楽街にほど近い場所であった。北部にある【飛鼬組】の事務所からだと一般的な馬に乗っても丸二日かかってしまうのだが、脚力に秀でたケンタウロス族であるシャナにかかれば半分の1日に短縮できる。
しかし、連れであるテツはそうは行かない。都市内にもケンタウロス族は住んでいる者もいるが、ケンタウロス族はプライドが高く忠誠を誓った者しか背中に乗せないという習性がある為、普通の人ではシャナのスピードに付いていけないのだ。
しかし、そこは抜かりのないテツ君である。ユキナリの仲間にケンタウロス族が居る事から、彼の同行を命じられて直ぐに部下に命令を飛ばして、ある乗り物を調達してきてもらっていたのだ。
パカラパカラと軽快な音をたてて走るシャナの前方。ドスンドスンと力強い足音とは対照的なスピードで駆け抜ける大きな生物がいた。種族名を【ダッシュラプトル】という3メートル程の体長で、2本足で走る巨大なトカゲ型の魔物である。走りのスペシャリストであるケンタウロスに負けないスピードを出せるのだが、気性が激しく乗り物として調教された個体であっても操縦が難しく、また移動時に飛び跳ねるように進むので余程のバランス感覚の持ち主でないと振り落とされてしまうという危険があるのだ。
テツはイタチの獣人としての身体能力と、稼業として鍛えたバランス感覚によって乗りこなしており、一行は軽快に旅程を進めていた。
半日で中央地区【ベルファニア】まで戻ってきたユキナリ達は、急ぐ旅でもないので一晩宿を取り翌朝出発した。
「ユキナリさん、よければコレ貰ってくれませんか?」
シャナの背に跨った俺に抱きかかえられる恰好のミールが俺に差し出してきたのは、銀製の指輪だった。星のような五芒星が掘られていて、俺好みのデザインである。
「昨日の夜、親方の工房をお借りして作ったんです。ユキナリさんのスパイクと一緒で闇の精霊の力が宿っています。使い方ですが、使用すると指輪から黒い煙のような闇が生まれますので、そこに手を突っ込んでください。中に自由に物を出し入れ出来ます。」
要するに、テビニーチャの街で手に入れられなかった収納拡張の魔法の鞄のさらに凄いタイプだという事だ。昨日の旅程中爆睡していたミールは、俺を驚かせようと隠れて作業していたらしい。ありがとうと感謝して頭を撫でるとニパッと笑った。
目的地まであと一時間位という所で昼食の為に休憩をとった。テツ君は「お前等と馴れ合うつもりはない」と言って離れた所に行ってしまった。丁度いいので、ミールに貰った指輪を試してみることにした。
指輪の使用を念じると、五芒星の中央部分からモクモクと黒い煙が出て来た。煙はユキナリの目の前に固定されたように留まっていった。色々試してみたが、固定されるまではある程度の操作が出来るようで、下向きに煙を出したり、身体から離れるように遠くに伸ばすこともできた。ただ、1度固定されると移動させることはできないようだ。
さて、次は収納実験だ。いきなり金貨とかの収納は怖いから、まずは食べ終わった弁当の空容器で試してみよう。いや、別にミールの腕を疑っている訳じゃないぞ。俺は慎重な男なのだよ。
空中にぷかりと浮かんでいる闇の塊に空容器を持った手を突っ込んでみる。特に感触とかは無く少しヒンヤリしている位だ。
闇の中で容器を話して手を抜くと、容器は落ちてこなかった。闇の中に収納されたのだろう。続けて小石や木の枝を放り込んでみたが特に変わった事は起きなかった。結構な収納力はありそうだ。
試しに道に生えていた木を丸々一本入れようとしたけど入らなかった。闇の大きさが足りなかったのか、木は生物として認識されていてダメなのか分からないが万能ではないらしい。(後でミールに聞いてみたら、収納系魔法は全て生き物は入れられないとの事で、後者が正解だった訳だ。因みに使い慣れてくれば、もっと大きな闇を生み出せて大きな物の収納も可能らしい。)
次は逆に取り出す実験だ。何も考えずに手を闇に突っ込んでも何も触れなかった。次に空容器を想像して手を入れると手に当たる物があったので取り出すと、最初に入れた空容器だった。何を取り出すかを考えるだけで目的の物が取れるならかなり便利な機能だ。
今度は道に落ちていた石を、四角、三角、丸と形違いの物を探して収納する。石と念じて手を入れて当たった物を引き抜く実験を10回ほど繰り返すと、四角2回、三角5回、丸3回とバラバラだった。四角い石と念じて取り出すと100%四角い石を取り出せたので、細かいイメージや情報も大事らしい。
最後に大事な防犯面の実験だ。これはミールとシャナにも手伝ってもらう。俺が作った闇にシャナが手を入れても何も取り出せなかったし、ミールが俺から借りて作った闇からは、俺が入れた物は入っていなかったようだ。指輪を盗まれても中の物は悪用されないという利点が素晴らしい。
指輪の有能性に感動しているユキナリを、ミールは優しい顔で見ていた。製作者であるミールは彼のやっていた実験結果を全て知っていたのだが、大真面目に検証しているユキナリが可愛くって黙っていたらしい。とんだ女狐だ。
ちなみに指輪に仕舞われた物品については闇の精霊が管理しているので、もし指輪を無くしても、別の指輪で精霊と再契約すれば中身を取り出せるらしい。
安心したユキナリは、自身の心の支えである金貨の袋を指輪に収納した。最近どんどん貯まっていくので重くて仕方なかったのだが、これで防犯面でも、持ち運びの面でも安心だとホッとしたユキナリであった。
そうして、休憩と実験を終えたユキナリ達は目的地までの旅程を再開するのであった。
ご覧いただきまして有難うございます。
イタチの獣人であるテツ君はこの後レギュラーにしようか悩み中です。男の仲間も必要かな?