好々爺
長い間眠っていたような頭に霞がかかっているような…………とにかく頭がぼーっとしている。
鈍い頭痛がして手を頭に添えようとしたけど手が動かなかった。変な体制で寝てしまった時の痺れて感覚がないような感じだ。
うーん、試してみたけど足も手も首も動いてくれない。頭もぼーっとするし、仕方ないと思い寝た。
何時間くらい寝たのか、長かった気もするし短かった気もする。一眠りした事がよかったのか、頭や体の不具合はだいぶ収まっていた。
若干のぎこちなさは残っているけど、何とか身体を持ち上げるて周りを見回してみる。
まず目に入ってきたのは大きな白い巨塔だ。かなり離れた所にあるようなのに威圧感がすごい。スカイツリーよりも高いんじゃないだろうか?
次に目がいくのは水路のように張り巡らされた川と橋。そして白に統一された家々だ。イタリアのヴェネツィアをさらに豪華にしたらこんな街になるんだろうなって感じだ。
全体的に白に統一された美しい街並み。俺はその通りにある石製のベンチのような所で寝ていたようだ。このベンチも花崗岩か大理石かを加工したのか3人が座れるくらいの長さで真っ白ではあるが、少しゴツゴツしていた。そりゃこんな所で寝りゃあ身体も麻痺するか。
「おや、起きたのかね?」
!?びっくりした。街中をきょろきょろ見ていたら、いつの間にかベンチの隣にものっすごい長い顎鬚を生やしたおじいさんが座っていた。
「びっくりさせてすまんね、ユキナリ君。わしは神じゃよ。」
唯でさえ突然現れた老人に驚いているというのに、その老人は自分を神でという。逆にちょっと落ち着いた。
改めて老人に話しを聞いてみる。あまりにも状況が理解できないのだからしかたない。
まず、俺は死んだらしい。確かに俺の最後の記憶は刑務所で食事をした時に急に呼吸が出来なくなって倒れた所で終わっている。どうやらその時に死んでしまったらしい。
それでこの白い街は、日本でいうところの天国だってさ。実際は神界というらしいんだけど、神様や天使なんかが暮らしているんだって。ただみんな世界の管理なんかで忙しいらしくてあんまり家に帰ってこないとのことだ。
老人は創造神という最高神の1柱で、かなり偉い神様らしい。ただ、ここ数千年は若い神に仕事を引き継いで隠居暮らしをしているんだとさ。
しかし、気楽な隠居生活も数千年も続けていると飽きてくるんだと。当たり前だろう。それでまた現場に復帰しようとすると、若い神達からやんわりと断られるらしい。そりゃ、自分達の仕事場にいきなりOBが来て別のやり方されちゃあ仕事なんて出来るわけないしな。
そんな我儘な最高神を抑える為に若き神達がしたのはドキュメンタリー番組の作成なんだとさ。随分人間くさい神様達だな。
若き神達は、自分達が管理している世界から面白そうな生物に狙いを合わせ、その生涯を紹介する番組を作って最高神に見せるらしい。対象は動物や昆虫はもちろん、平民から貴族にまでなりあがった男の半生であったり、殺された仲間の敵討ちの為諸国を旅する剣士の話しであったりするのだが、これが最高神にはとても楽しめるものであった。
そして、最高神が昨日見た番組が、地球の担当神が作った俺の一生を編集したドキュメンタリーだったらしい(1話がその内容だ!)。余程悲惨に編集されていたのだろう、話しの途中途中に「大変だったのぉ」とか「あの場面は泣いてしまった」なんかの感想を入れてくるから話しが全然すすまない。
とりあえず、俺のドキュメンタリーにいたく感動した最高神は、死んで魂が成仏する前に霊魂を確保してここに連れて来たとの事だった。
老人らしい余計な話しや、話しの脱線が度々あって結構な長話しになってしまったけども、要約すればこんな所だろう。なんでこの程度の内容の話しに3時間もかかるんだよ。途中の関係ない話しのほうが多いじゃねぇか。
「さて、ユキナリ君。地球での悲惨な人生を歩んできた君に、わしから1つ提案があるのじゃが。」
満面の笑顔の最高神は、またとんでもないこと言ってきた。
別の世界に行って幸せな生活をしてみないか?と聞かれたのだ。
流石は神様。異世界召喚……いや、もう死んでるから異世界転生かな?を簡単に宣言できちゃうとは。図書館に通い詰めていた時に異世界転生物のファンタジー小説や戦記ものは結構好きだった。金がなくて弱者だった俺はチート能力や無双するほどの戦闘力で成り上がる主人公にあこがれたものだ。
よほど、俺の人生に憐れみを持ってくれたのだろう。さらに異世界転生のお約束であるチートを1つくれるという。流石は最高神、太っ腹!
ここまでお膳立てされたら行かない理由はないだろう。もし行かなければまた地球に転生するっていうし。次はもう少しマシな人生になるかもしれないけど、もう日本に信頼とかないしなぁ。しかも、異世界のほうは農業系ゲームのようなほのぼのとして平和な世界だっていうしな。エルフとかドワーフとかもいて楽しい世界だって、その世界の担当神からお墨付きをもらっているらしい。
せっかくの最高神様からのご提案ですから、喜んで行かせていただきます!と言うと、最高神はホッホと好々爺のように笑った。根がすごく良い人……いや神なんだろう。
それでは、どんな願いになるのかの?とチートの内容を聞いてくる最高神。もちろん決まっている。一騎当千の武力?現代兵器を作れる技術力?まさかまさか。俺が信じるのは1つだけさ。
「金が欲しい!世界一の金持ちにしてほしい!」